妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊

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第5章 王子の観察眼

5-3

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リリィ・リステアは、今日も完璧な微笑を浮かべていた。

学園の昼下がり。
中庭の噴水のそばで、彼女は紅茶を片手に談笑している。
控えめな笑み、端正な所作、流れるような言葉遣い。
どこを切り取っても、まさに“貴族令嬢の鑑”だった。

だが、その眼差しの先には、別の目的がある。

(……はい、そこ。もう少し左側を通ってくださる?)

彼女の視線を受けて、侍女が軽く会釈をし、静かに位置をずらす。
そのわずかな動きで、庭園の小道の“偶然の導線”が完成した。

やがて、遠くから二人の姿が現れる。
白金の髪を陽に透かした兄アランと、淡く微笑む王太子シリウス。
まるで絵画の一場面のようだった。

(……やはり、並ぶと美しいですわね。)

紅茶を口に運ぶ仕草を保ちながら、リリィは静かに様子を観察する。

使用人が、タイミングを見計らってそっとお茶のワゴンを前へ出す。
その動線は――当然、彼女が指示したものだ。

「殿下、リステア様、こちらへどうぞ。新しい茶葉を淹れました。」

ごく自然な流れで、二人の足が中庭のベンチに誘われる。
アランは少し戸惑いながらも礼を述べ、シリウスは穏やかに頷いた。

完璧に演出された“偶然”。
だが、誰もそれを不自然だとは思わない。

リリィはその様子を横目に、にこやかに友人と会話を続ける。
「ええ、本日のお茶は薔薇と紅茶のブレンドですの。香りが上品で……」
外見上は、ただの社交の一幕。

けれど、その微笑の裏では、冷静な観察が続いていた。

(……殿下の目が、明らかにお兄様を追ってますわ。)

視線の角度、わずかな手の動き、沈黙の間。
細やかな変化を、リリィは逃さない。

兄のほうは――気づいていない。
いつも通り、理屈と責任と心配で頭がいっぱいなのだろう。
それが彼らしい、とリリィは思う。

(お兄様はいつも“守る側”に立ってしまう方。
 けれど殿下は――その背中を、守りたくなる方。)

紅茶の香りの中で、彼女は小さく息をついた。

(きっと、この出会いは偶然なんかじゃない。
 でも、誰にも気づかせてはいけませんわね。)

優雅にカップを置き、立ち上がる。
風に淡いピンクブロンドの髪が揺れた。

誰にも知られぬまま、今日も彼女の“推し事”は完璧に遂行される。
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