妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

第7章 夜会のダンス

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音楽が、静かに終わった。
最後のヴァイオリンが空気を震わせ、拍手が広がる。
でも――俺の耳には、何も届いていなかった。

まだ、殿下の手が俺の手を包んでいる。
軽く、けれど確かに。

（あれ……？　終わったよね？　曲、終わったよね！？）

周囲ではもう次の組が入れ替わっている。
なのに、殿下は手を離さない。

金の瞳が、静かにこちらを見ていた。
照明の光が反射して、瞳の奥に星が宿っているみたいだ。

（ちょ、ちょっと待って。
　この沈黙、重力強くない？　音がない。世界が無音。）

「……君の礼節、見事だったよ。」

低く、落ち着いた声。
まるで夜の空気に溶けるような柔らかさだった。

「れ、礼節……ですか？」

「うん。君は本当に丁寧だ。
　一つ一つの所作に、嘘がない。」

「そ、そんな……！　あの、私などまだ未熟でして……！」

（いや、なにこの“社交辞令＋意味深”の二段攻撃！？
　褒め方が、微妙に距離近くない！？）

殿下は、ふっと笑った。
その笑みが、冷たいでも甘いでもなく――
ただ、穏やかだった。

手袋越しの手に、わずかな圧。
ほんの数秒の出来事。
でも、その一瞬が、どうしようもなく長く感じられた。

「殿下……？」

呼んだ声が、自分でも驚くほど小さかった。
殿下は何も言わず、ようやく手を離す。
けれど、その動作までもがゆっくりで、名残惜しそうに見えた。

（やばい。あの手の温度、まだ残ってる。）

「今夜の舞踏、忘れられそうにない。」

その一言に、周囲の空気がまた揺れる。
軽く告げただけなのに、響き方が違う。
まるで、誰かへの告白みたいで――いや、ちがう。違うはずだ。

「――あ、あのっ！　私も光栄ですっ！」

「そうか。」

微笑んだ殿下の目元が、少しだけ柔らかくなる。
その瞬間、照明が落ち、夜会が終幕を告げた。

拍手とざわめきの中、
殿下は背を向け、ゆっくりと歩き出す。

俺の胸の鼓動だけが、遅れて響いていた。

（……なんだ、これ。
　礼式ダンスって、こんなに心臓に悪かったっけ？）

もう一度、さっきの手を見た。
手袋の上からでも、熱がまだ残っている気がした。

（落ち着け。
　これは社交訓練。妹のための社交訓練。
　……なのに、どうしてこんなに息が詰まるんだろう。）

夜会の灯が遠ざかる。
胸の奥で、静かな余韻だけが長く続いていた。