妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

第14章 裏切り

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貴族の噂というものは、火のようなものだ。
誰かが扇げば、一晩で屋敷を焼き尽くす。
だからこそ、消すなら――煙のうちに。

リリィ・リステアは、完璧な笑顔で紅茶を口にした。
カップの中に映る自分の表情に、一分の乱れもない。

「……つまり、殿下と兄が学園で密会をしていると？」

側近の侍女が、申し訳なさそうに頷く。
「はい、奥様方の間でも……少し話題に。」

「まあ、困りましたわね。」

穏やかな声色。
けれど、その瞳には冷たい光が宿っていた。

リリィはゆっくりと椅子から立ち上がる。
「放っておけば、王家の信用にも関わります。
　ここは、私が動きますわ。」

その決断の早さに、侍女が息を呑む。

翌日。

学園と王都社交界を繋ぐ連絡網――“王太子府発行の近況報”に、
一文の短い声明が発表された。

『王太子シリウス殿下は、リステア令嬢リリィと親交を深めておられ、
両家の間での交流は正式な茶会をもって行われております。』

この文面の意味を、貴族なら誰もが理解する。
――王太子が“お茶会をした”相手。
それは、婚約候補であるという暗黙の表現。

学園中が、その知らせで一変した。

「やっぱり、リステア家の令嬢だったのね。」
「そうよ、あの完璧なリリィ様よ。殿下と釣り合うのは彼女だけだわ。」

噂の矛先が、一瞬で切り替わる。
“殿下×アラン”の話題は、空気のように消えた。

昼下がり、アランが新聞を手に呆然と立ち尽くす。
「……妹が、殿下とお茶……？」

その横顔を、リリィは優雅に通り過ぎながら微笑む。
「お兄様、世の中の火を消すのは水ではなく、香りですの。」

「……え？」

「美しい香りが立てば、誰も煙には気づきませんわ。」

そのまま、完璧なカーテシー。
周囲の令嬢たちがため息を漏らす。

（……完璧ですわ。殿下とお兄様の愛、世間にはまだ早いですもの。）

内心で、紅茶の香りのように甘く笑う。
“公的には婚約候補”、
“実際には恋の守護者”。

王妃教育で培った礼儀と戦略眼が、
いまこそ本領を発揮していた。