毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。

馳 影輝

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第六章 学園生活

第四十六話 一夏の恋

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夏休み二日目──。
 昨日の賑やかな海水浴とはうって変わり、この日は皆、思い思いにのんびりと過ごすことにしていた。
 プールで優雅に泳ぐ者、読書に没頭する者、女子たちはホテルのラウンジでお喋りを楽しんでいる。

 そんな昼下がり。
 ティアたちの部屋のドアが、控えめにノックされた。

「誰かしら?」
 扉を開けると、立っていたのはブライトンだった。
 彼は少し緊張した面持ちで、それでも真剣な眼差しをティアに向けてくる。

「ティア……ちょっと街に出てみないか? 
一緒に散歩っていうか……デート、みたいなやつだ。」

「え……デート?」
 ティアは一瞬きょとんとしたが、すぐに小さな笑みを浮かべた。

「ふふ……いいわ。
せっかくの夏休みだもの。
付き合ってあげる。」

 承諾の言葉を聞いたブライトンの顔は、ぱっと明るくなった。
 そして二人はホテルを出て、リゾート地の街並みへと繰り出していった。

 南国の雰囲気漂う通りには、色鮮やかな花々と小さな雑貨屋。
 観光客向けの露店が立ち並び、香ばしい匂いが風に運ばれてくる。

「すごい……お祭りみたいね。」
「だろ? きっと楽しめると思ったんだ。」

 ティアはブライトンの横顔をちらりと見て、少しだけ頬を赤くした。

街に繰り出した二人だったが、ブライトンはどこか落ち着かない様子だった。
 一方のティアはお土産屋で楽しそうにアクセサリーを物色している。

「これも可愛いわ。」
 指輪やネックレスを手に取り、鏡に映しては笑顔を浮かべるティア。

 そんな姿を見ていたブライトンは、顔を赤らめながら口を開いた。
「ほ、欲しいものがあれば……プレゼントするよ。」

「そう? 
ん~……じゃあ、この指輪にしようかな。」
 ティアが選んだのは、珊瑚を加工して作られた小さな指輪だった。
 決して高価なものではないが、南の海を思わせるような鮮やかな赤が印象的だ。

「はい。」
 ブライトンは指輪を購入し、少し照れながらティアへ手渡した。

「ありがとう。」
 ティアは嬉しそうに微笑み、指にそっとはめる。
 その仕草に、ブライトンの心臓はますます早鐘を打つのだった。

 その後は露店で食べ歩きをしたり、くだらない冗談を言い合ったり。
 夕暮れの街を並んで歩きながら、穏やかな時間が流れていった。

「そろそろ帰りましょうか。」
 ティアが笑顔で言うと、

「ああ、そうだな。」
 ブライトンも応じる。

 だがホテルへの帰り道、彼の様子は相変わらずソワソワとしていた。

「あ、あのさ。ティア。」

「ん? どうしたの?」

「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」

「うん。何?」

「ティアって……好きな人、いるのか?」

「え? あ、好きな人ね。
お付き合いしてる人はいないわよ。
 まあ、今のところ好きな人も出来てないかな。」

「そ、そうなんだ……。
あ、あのさ。」
 言葉を切りながらも、ブライトンは勇気を振り絞った。

「ティア。俺は君が好きだ。
……お付き合いしたいと思ってる。」

「……あ、そうなんだ。
ありがとう。
……でも、ちょっと考えさせて。」

「ああ。急がなくていいから。
考えてくれればいい。」

「うん、わかった。」

 二人はそれ以上言葉を交わさず、並んでホテルへと戻っていった。
 夜の潮風が、どこかぎこちなくなった空気をそっと包み込んでいた。

部屋に戻ったティアを、ぱたぱたと駆け寄って来たメリルが迎えた。

「おかえり!」

「……ただいま?」
ティアはきょとんとする。

「どうだった?どうだったの?
ブライトンとのデート!」
普段はおっとりした彼女が、まるで別人のように目を輝かせて迫ってくる。

「え、えっと……楽しかったよ。」

「わぁ!あ、それ指輪!
もしかしてブライトンに買ってもらったの!?」
メリルの目はすでにティアの手元に釘付けだった。

「え?あ、そ、そうだけど……」

「きゃー!いいなぁ!
それで?それで?なにか言われた?」

「……メリル、すごい勢いね。」

「だって気になるんだもん!」
にっこりと笑いながら、まるで次の台詞を待ち構えるように前のめりになる。

「……付き合って欲しいって、告白されちゃった。」

「えええーーっ!?ほんとに!?
すごいすごいすごい!」
メリルは思わずその場で飛び跳ねた。

「で、でも、どうするの?」

「ん~、悩んでる。
嫌いじゃないけど……まだ“付き合う”って気持ちまで盛り上がってないというか。」

「うんうん、それもわかる!
……でも~、ティアがちょっと照れてるの初めて見たかも!」

「……そんなに覗き込まないで。
ほんとに興味津々な顔してるわね。」

「もちろん!恋バナは世界一楽しいんだもん!」

ティアは溜息をひとつついたあと、真剣な表情で釘を刺した。

「ねえ、メリル。
この話、他の子には絶対内緒だからね。
絶対だよ。」

「わかってるって!言わない、言わない!」
と元気に答えるメリルだったが――そのテンションを見る限り、つい誰かに喋っちゃいそうで、ティアは少し不安になった。

食事の時間になったが、メリルの姿が見当たらない。
仕方なくティアは一人で食堂へ向かった。
 扉をくぐった瞬間、声がかかる。

「ティア!ちょっと、いい?」

 振り向くと、ナターシャがこちらを見て手を振っていた。
 ザザルン王国ラグリレス伯爵家の長女。
明るくて、クラスのムードメーカーでありながら成績優秀。
ティアとは気が合い、自然と仲良くなった友人だ。

「どうしたの?」

 軽く首を傾げて尋ねると、ナターシャは少し言いにくそうに唇を噛み、やがて言葉を選ぶように話し出した。

「……さっき、ブライトンと出かけてた?」

「ああ、うん。誘われて街に行ってきたよ。」

「……そうなんだ。」
 ナターシャの表情がかすかに陰る。

「ねぇ、ティア。私たち、いい友達だよね。
だから正直に聞きたいんだけど……ティアは、ブライトンのこと……好きなの?」

 ――ああ、なるほど。
ナターシャはブライトンが気になっているんだ。
もしかして、本気で好きなのかも。

「ん~……まだ何とも言えないな。」
ティアは小さく息を吐き、正直に告げる。
「フェアじゃないから隠さないで言うね。
ブライトンから“付き合ってほしい”って告白されたの。
でも“ちょっと考えさせて”って答えた。ほんとに、まだよくわからないから。」

「そ、そうなんだ……。」
ナターシャの声が震える。

「ナターシャ……ブライトンのこと、好きなんでしょ?」

「うっ……あ、そ、そう……なの。」
視線を逸らしながらも、赤くなった頬が彼女の本心を物語っていた。

 ティアは微笑んだ。
「だったら、告白してみたら?
私に気を遣わなくていいよ。
今はまだ私の気持ちもはっきりしてないし……ナターシャに後悔してほしくないの。
勇気出して。」

 そう口にしたものの――心の中では小さな不安が芽を出す。

(メリルは、私がブライトンから告白されたことを知っている……。もし話が広まったら、ややこしいことになるかも……。)

夜の浜辺。
 波の音が静かに響き、月明かりが白く砂を照らしていた。
 ナターシャは、ブライトンを呼び出してしまったことに胸を高鳴らせながら、彼の前に立っていた。

「ブライトン、ごめんね。
急に呼び出して……」

「いや、構わないよ。
何かあった?」
 ブライトンは柔らかな声で応える。
その気遣いが、逆にナターシャの心を締め付けた。

「う、うん……あのね……」
 言葉が喉につかえて出てこない。
ティアに“勇気を出して”と背中を押されたのに、どうしても声が震える。

 それでも――逃げたくなかった。

「こうしてみんなと過ごすのは楽しいね。」
ブライトンがふと笑って言った。
「この夏休みは、一生の思い出になるよ。」

「……うん。
そうだね。」
 ナターシャは大きく息を吸い込み、胸の奥から絞り出すように叫んだ。

「わたし……ブライトン! 
あなたが好き! 
ずっと、好きだったの!」

 ブライトンは目を見開き、息を呑んだ。
「あ、え……そうなんだ……」
 一瞬の沈黙の後、彼は苦しそうに言葉を続ける。
「……ごめん。
すごく嬉しいんだけど……
今、好きな人がいるんだ。」

 ナターシャはうつむいたまま、小さく笑った。
「知ってるよ。
……ティアでしょ。
見てればわかる。
ずっとティアを見てるから……前から気づいてた。」

 震える声が夜風に溶けていく。

「それでも……わたしは、あなたが好きだから……」

 涙をこらえきれず、ナターシャは踵を返して駆け出した。
 月光に揺れる髪が、彼女の未練を映すように煌めいた。

 残されたブライトンは拳を握りしめ、複雑な想いに押し潰されそうになっていた。
 ナターシャを傷つけた苦しみと、それでも諦められないティアへの想いが胸の中でせめぎ合っていた。
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