トキノクサリ

ぼを

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花火 -3-

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 ウミは、町に降った分を除いても、既に三百個近い燐光石を浄化していたが、相変わらず、至って元気そうだった。燐光石を僕から受け取る時のウミの反応は、毎回どこか緊張感がなく、段々と、石を持って社に帰る瞬間が、僕にとって、とても心の落ち着く、穏やかな時間になっていった。この島や、島の住民の安全や将来の為、たった二人、焼印をそれぞれの片手に、一時の試練を共有する。少しの不安と疲労感、それを包み込む互いの笑顔のもたらす安心感が、僕達の関係性を強固な物にしている事を、ウミも、僕も感じていたと思う。

 ある時、僕は人形山で、燐光石の光が空を横切るのを目にした。石が空を飛ぶ、なんて事は当然あり得ないのだが、僕には思い当たりがあった。それは、カラスだ。カラスが燐光石を咥えて、巣に持ち帰る。このシナリオは、カラスの巣の中から燐光石が出てくる事からも自明だし、ウミの祖父が想定していた事でもある。しかし、僕がこの人形山に入ってから、実際に飛び回っているカラスはさほど目にしていない。特に、燐光石を咥えている現場というのは初めてだ。夏休みも終わろうというこのタイミングで、まだ営巣をして雛を育てているカラスが森に残っているんだろうか。
 僕は、エリアを外れる事は解っていたが、鳥を逃すな、という祖父の言葉を思い出し、追いかける事にした。遠方の中空にちらつく燐光石の光と、時折聞こえる羽音を頼りに、僕はかなりの距離を移動した。果たして、カラスは、木の上に設えられた巣の縁に止まった。雛の姿は見えないようだが…。

「撃ち落とすしかないか…」

 石を咥えたまま、下手に移動されると厄介だ。僕はヘッドライト消し、猟銃を構えると、暗闇で判別が難しいスコープの先にカラスを捉えた。このカラス…何をやってるんだ? 雛がいるんだろうか。雛に、燐光石を食べさせるつもりか?
 僕は引き金を絞り、息を止めると、一気に引いた。途端、ペレット弾はカラスに命中し、バサバサ、という藻掻くような羽音と主に、カラスが巣から地面に落ちた。絶命しただろうか?
 落ちたカラスに近づくと、まだ死んではおらず、傷ついて飛べない羽をバタバタと動かしていた。悪い事をした。頭を狙って一撃で殺すべきだった。僕は、鉈を使ったものか、このまま猟銃で撃った物かを迷ったが、逆にこの近距離で正確に撃ち込む自信がなかったので、鉈を使う事にした。

「ごめんな」

 僕は呟くと、鉈をカラスの首元目掛けて振り落とした。それで、カラスはようやっと絶命した。 
 僕はトングを取り出すと、近くに転がっている、先ほどまでカラスが咥えていた燐光石を拾い上げ、袋に入れた。ヘッドライトを点け、カラスの首の皮一枚でつながった顔を確認すると、嘴のあたりがどうも腐敗したかのようにただれているのが見えた。そう言えば、以前森で遭遇した大量の死体も、毛が抜けたり、特に嘴あたりがこんな感じにただれていたような気がする。でも、このカラスはさっきまで生きていたんだぞ…? カラス特有の流行病だろうか。
 思い当たる事があった。それで、僕はヘッドライトを消すと、先ほどの巣の方を見上げた。予想通り、巣はぼんやりと光っていた。このカラス、何個かの燐光石を巣にコレクションしていたんだ。

 僕は猟銃を巣に向けて構えると、支えている枝に向けて撃った。四発撃ち込み、ちょうど残弾が切れた所で、巣はくるくると回転しながら、周りの枝と共に落ちてきた。地面に転がった燐光石の数は…五つか。よくぞ集めてくれたものだ。

 不図、地面にひっくり返った巣の裏側に、蠢く物があるのを感じた。一定のリズムで躰を動かし、巣から抜け出そうとしているような…。
 僕は猟銃の砲身の先っぽを巣の下に挿し込むと、ヘッドライトを点け、一息にひっくり返した。そこには、雛…というにはちょっと成長しすぎた、カラスの子供がいた。まだ羽が全て生えそろっていないのか、特に尾っぽのあたりのサイズ感が小さく、子供である事を伺わせた。

「しまったな…。僕には、この子ガラスを撃ち殺す合理的な理由がないや…」

 かといって、放置する訳にも行くまい…。
 どうするべきか、暫く悩んだが、当然連れて帰る訳にも行かず、良い手が思い浮かばなかった。それで、巣を近くの背の低い木のできるだけ高いところに固定すると、その中に子ガラスを帰してやった。うまくすれば、もうちょっとで巣立ちをして、一羽で生き抜いていくか、他の若ガラスと群衆行動をとれるようになるのかもしれない。もっとも、他のカラスのように要因不明の死を遂げる可能性も否定できないけれど。
 せめてもの罪滅ぼしに、僕は固形携行食を巣の中に入れ、その上からさらにゼリー携行食をかけてやった。これで水分補給と栄養補給ができる…だろうか。不安ではあったが、カラスは小さく啼き声をあげながら、その携行食品をついばみ始めた。僕も、それを見ながら、固形携行食を一本、自分の口に運んだ。子ガラス、腹を壊したりしなければいいけれどな…。

 ところが、このカラスとの関係は、これで終わりではなかった。驚いた事に、その次の探索において、向こうから僕に飛びかかって来たのだ。これには、本当にびっくりした。いつも通り、エリアの出発点に向かって歩いている時だ。ガサガサ、と上の方から葉擦れの音がしたかと思うと、突然黒い塊が凄い勢いで向かって来た。瞬間、色々な事を思いめぐらした。真っ先に頭をよぎったのは、先般殺生したカラスの仲間が、僕を人形山から追い出そうと威嚇行動にでた、という事だ。だが、それはすぐに違うのだと解った。そのカラスは、僕の背中のリュックの上に飛び乗ってきたのだ。

「お前…飛べるようになったのか」

 僕はそれが、例の子ガラスであると、すぐに気が付いた。親殺しをしてしまった事に対し、子供もそのために死んでしまうのでは、という罪悪感があったので、元気そうな姿を見て、僕は正直、ほっとした。カラスは、リュックと僕の肩をピョンピョンと飛び跳ねて行き来すると、時折、その嘴で僕の頬をつついた。

「そうか、食べ物を催促されているのか…」

 まずい事になったな、と思った。下手に懐かれて、毎度こんな風に食事を要求されてはたまらない。かと言って、このまま情が移ると容易には殺せなくなってしまう。であれば、今、始末してしまうべきか…。親の仇である僕に懐くのも不憫だし、親子ともに同じ人間に殺されるのも不憫だが…。
 僕は携行食を取り出すと、手に持ったまま、子ガラスに近づけてやった。子ガラスはそれを器用に啄んだ。咥える力が強いので、そのまま全体を持っていかれそうになったが、なんとか堪えて、そのまま携行食を片手に、地面に子ガラスを誘導してやった。それから猟銃をソフトケースから取り出すと、安全装置を外し、撃ち易い位置まで離れようと後退りをした…その時。

「しまった! 逃げられた」

 いや、待て、逃げられた分には、放って置けばいいのか? そうじゃない、それは駄目だ。次回以降も、毎回あの子ガラスに苛まされることになるぞ。
 僕は、子ガラスが飛んだ方へと走った。子ガラスは、まるで僕を待っているかのように、所々の枝に止まっては啼いた。が、僕が近づくと、また飛び立ってしまうのだ。からかっているのか…?

 やがて、例の沢に出た。前に来た時よりも、これはずっと上流だ。このまま進むのは危険か…。しかし、子ガラスは、ぐんぐんと進んで行ってしまう。深追いするのは止めるべきか…。でも、沢沿いであれば道を失う事はない。
 山の勾配が段々ときつくなり、道と言えるような道もなくなってきてしまった。所々、岩に手をついて登らなければならなかったが、それでも子ガラスは進んでいく…。このまま更に追っていくと、今回のエリア消化が難しくなってしまう…。
 
 かなり人形山を登ったところで、子ガラスは羽を広げて降りてくると、僕の肩に止まった。それから、更に前方に向かって、大きく啼いた。僕は走り続けた事で、既に、肩で息をしていたので、足を暫く止めて呼吸を整えた。

「だいぶ登ってきてしまったぞ…」

 僕はスマホを取り出すと、マップを開いた。GPSで現在地を確認すると…。

「参った…。殆ど頂上だ。このまま進むと噴火口に入り込んでしまう。神主さんから、絶対に立ち入ってはいけない、と言われていたエリアだ。物理の先生だってガス溜まりで死ぬかもしれない、とか気にしていたな…。引き返さなきゃ」

 僕は、子ガラスを肩に乗せたまま、踵を返した。
 瞬間、子ガラスは再び大きく啼いたかと思うと、僕の肩から飛び立った。今度は低空飛行で、山頂の方に向かって行った。

「おいおい、まだ僕に、ついてこい、というのか…」

 でも、よく考えれば、子ガラスがあの高さの飛行で死ななければ、そこにはガス溜まりはない、という事だ。何かを知っていて、僕に見せたい物があるのだろうか…。
 僕は再び、頂上に向かって、子ガラスの後を追いかけ始めた。

 更に暫く進むと、僕は周囲の森の雰囲気が少し変化した事に気が付いた。植生が変わった 、という訳ではなく、何かというと…木々が、微妙に光っているのだ。これは、本当に微かな光で、真っ暗闇でも目を凝らさないと気づかない程度だ。しかし、確かに、発光している。頂上付近は燐光石の影響が強いのだろうか…。であれば、頂上は避けずに、尚更、本格的な浄化が必要なのではないのか…。
 
 そして、次にカラスが僕の肩に飛び降りたとき、僕の目の前には、不思議な物体が現れていた。僕は…息を飲んだ。最初、走ってきた疲れで、視界がおかしくなったのだと思った。何故なら、星空の一部が切り取られて、まるでズレてしまったかの様に見えたからだ。でもそれが、点々と発光している、巨大な岩である事に、やがて気づいた。巨大な岩…。一枚岩の様に見えるが、全体が光り輝いている訳ではない。所々に燐光石が埋まっているかのように、それこそまるで星空が落ちてきたかのように、天の川がそこに再現されたかのように、美しく発光して、鎮座している。ヘッドライトを消すと、光は更に顕著になった。

「大岩…。これが…?」

 僕は、アメリと見つけた古文書の地図を思い出していた。あの地図には、確かに岩の事が描かれていたのだ。

「という事は…」

 僕は、その巨大な岩の周りをゆっくりと歩いた。よく見ると、その岩肌は、一周、線を引いたかのように筋が入っているようだった。すぐに、それがしめ縄か何かの痕であると気づいた。やはり、霊験あらたかな物体として崇められていたんだ…。
 そのまま岩を回り込み、火口の縁まで来た時、僕はそこに、石造りの鳥居を発見した。かなり古い時代の物の様だ…。よく、崩れずに残っていたものだ。山道側…つまり、岩側から鳥居を覗くと、その先は星空。山頂なのでこれ以上先にはなにもなく、まるで鳥居の隙間が窓のような…異次元への扉であるかのような錯覚に襲われる。今度は逆に、火口側から鳥居を覗くと、その先には大岩。そして、大岩には、まるでトンネルのように人が入れる大きさにくりぬかれた穴があり…その終着点は祠になっている様だった。僕は、ヘッドライトを点けたまま、ゆっくりと鳥居をくぐり、そしてトンネルの中に足を踏み入れた。トンネルの中も、数多くの燐光石で光っており、その光だけを頼りに奥まで行けてしまいそうだった。まるで宇宙の中にいるみたいだ…。とても幻想的で、美しい。なんだか、心地よい暖かみまで伝わってくるようだ…。
 刹那、肩にいた子ガラスが大きな声で啼き始めた。そして、今までになく羽をバタつかせた。それで、僕は我に返った。

「この中は危険…という事か」

 僕は急いで岩を離れると、元来た道を引き返す事にした。
 僕は、大岩の事を、神主にもウミにも、物理教師にも言わなかった。古文の先生の解読が終わって、もう少し詳しい事が解ったら、判断しようと思った。
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