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花火 -4-
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夏休みも最後の日となった。日曜日だったので、浄化作業はお休み。明日から学校が始まり、ウミや皆と会う頻度が増えるかと思うと、何となく楽しみだった。でも、半数の生徒は島外退避をしているから、きっと教室は伽藍堂だろうなあ…。
僕は最終日をなんとなしに過ごしていたが、ウミからメッセンジャーが来た。
―― ねえ、ユウくん、今日、予定あいてる?
―― 予定? あいてるけど…。浄化作業もないのに婆ちゃんが出かけちゃったから、留守番してるけれどね
―― えへへ、そうなんだ
―― なんだよ、どうしたの?
―― ねえ、ちょっと出てこない? 今日、花火がみられるかもよ
―― 花火? だって、花火大会は中止だろ?
―― そうだね。じゃあ、夕方の六時頃に神社の入口で待ち合わせね!
急なお誘いだ。でもまあ、最近はウミと浄化以外で会う事もあまりなかったから、夏休み最後の日を一緒にいられるというのは悪くない。そういえば、野辺やアメリは一緒なんだろうか? であれば、それこそ手持ち花火くらいは皆で出来るかな。
六時少し前に戸締りをして、僕は家を出た。外はまだ明るいが、あと一時間もしない内に日は暮れるだろう。例年は花火大会で、この町も少しは賑わうんだろうな。イベントごとの少ない島だから、コトリ祭にしろ、みんな必死に楽しもうとするに違いない。
神社参道に続く石段の下に到着すると、ウミは既にそこで待っていた。待っていたのだけれど、僕はすぐに彼女の存在に気づけなかった。というのも、彼女は浴衣を着ていたからだ。紺と言うよりも群青色に近い色使い。元から透き通るウミの肌に、その色はとても映えて見えた。髪は後ろで結っており、色白のうなじが覗いている。僕がウミに気づいたと解るなり、ウミは恥ずかしそうに上目遣いをしながら、頬を染めた。
「へえ、浴衣を着たんだね」
「うん。いいでしょ? ユウくんのお婆さんに着付けて貰ったんだよ」
ああ、それで祖母は、今日も出かけていたのか。
「なんというか…とても似合ってると思うな。なんだかウミじゃないみたいだ」
僕の言葉に、ウミは、にひひ、と笑った。
「何を隠そう、わたしの人生、初浴衣なのです!」
僕は、おお~、と声を出しながら、パチパチと拍手をした。そうか、だから、あんなに着たがっていたのかな。
僕らは、斜陽の石段をゆっくりと並んで上った。ウミが慣れない下駄で足許をとられそうになる度、手を差し伸べてやった。
「そう言えば、花火大会は中止だった筈だよね。てっきり、野辺とアメリも呼んで境内で手持ち花火でもするかと思ったけれど」
ウミは微笑んだ。
「二人を呼んでもよかったかもね~。でも、まだわたしとユウくんだけの秘密にしておきたいな」
「ひみつ…? 秘密って?」
「せっかちしないの。もう少ししたら解るから」
石段を登り、広い参道に出た。ウミも僕も、週に何回も通っている道だ。けれど、今日はなんだか違って見えた。
「コトリ祭の時を思い出しちゃうね」ウミが言った。「ほら、このあたりに屋台が並んでさあ」
ウミは浴衣姿で駆け出すと、器用に跳ね回り、手を広げて、この辺りにクラスの屋台があったよね、とか、ジェスチャーで示したりした。ウミは、まるで鳥みたいだ。残念ながら、飛べない鳥だけど。
「あれから、まだ何週間も経ってないのに、もう随分昔の事みたいに思えるよな」
「なになに? 巫女装束が恋しくなっちゃった? 今度は一緒に女の子の浴衣を着てみる?」
「そんな訳ないよ」僕は苦笑した。「島外退避が始まったり、僕達の浄化作業が始まったりさ…。今はなんとか穏やかな状況を持ちこたえているけれど、正直、色々と不安なんだ。ウミの事だって…」
ウミは何も言わずに微笑んだ。
「ちょっと、座ろっか」
僕とウミは、石段の最上段に並んで腰かけた。浄化の時は帰宅が夜なので景色をじっくりと見るような事はできないが、今日はまだ日が明るかったので、町並みや水平線を臨む事ができた。こうしてみると、とても平和だし、長閑で美しい島だ。耳をそばだてると、ひぐらしの啼き声の隙間に、遠く潮騒が聞こえる。僕達は、暫くそうして無言で景色を眺めていた。
「毎年ね、ここへは、アスカと一緒に来るんだ。前にも言ったかな? あの子、人込みが嫌いでね、それで、ここから花火を見るんだよ。例年なら、丁度今ごろ、練習用の花火をいくつか打ち上げている頃かな。港からここまで、遠いでしょ? だからね、花火が見えてから音が届くまで、結構時間がかかるんだ。それをアスカが数えるの。あ、今、何秒経った、って」
仲の良い姉妹なのは、何となく解っている。だからこそ、アスカの事も心配なのだ。あの子は、姉の現状についてどう思っているんだろうか…。
「今年は、アスカちゃんと一緒じゃなくて大丈夫だった?」
ウミは顔を傾けて僕の方に視線を送ると、笑顔で首肯した。
「だって、今年は花火大会は中止だもんね」
「アスカちゃんが、それなのに浴衣に着替えるウミに、馬鹿みたい、って言ってる姿が想像できるな…」
「でしょ? でも実際は、お姉ちゃん頭おかしいんじゃないの、だって」
僕とウミは、声を立てて笑った。こうして笑うのは、なんだか久々な気がした。ウミの笑い声を聞くのが、とても心地よかった。
僕は、花火が見られるんじゃなかったのか、とは訊かなかった。ウミはきっと、花火をきっかけに、僕を連れ出してくれたのだ。僕らは花火なんか見られなくても、こうして並んで他愛のない会話ができれば、それで充分なんだ。
「あ、ユウくん、今、花火なんて見られないじゃないか、って思ったでしょ」
僕は苦笑した。
「思ってないよ。でも、見られなくても別にがっかりはしないよ」
ウミはまた、無言で微笑んだ。
「わたしね、アスカには、大きくなったら、島を出て欲しいと思ってるんだ」
「島を? どうして?」
ウミは小さく頷いた。
「この島の事は、わたしもアスカも大好きだよ。いい人たちばかりだし、海も山も森も綺麗だし。そりゃあ、色々と不便ではあるけれどね。でも、やっぱり色々と不安。噴火の事も、燐光石の事もね。だから、アスカの為に、わたし、準備も始めているんだよ」
「アスカちゃんの事はそうかもしれないけれど…ウミ自身の事はどう思ってる? ウミも、本当はこの島を出たいんじゃないのか?」
僕の言葉に、ウミは目をそらすと、少し俯く様な仕草をした。それから寂しそうに微笑むと、ゆっくりとかぶりを振った。
「ううん。大丈夫。だって、ユウくんも一緒だもん」
それって…どういう事なんだろうか。
「ウミ、つらいなら、言葉に出して言って欲しい。燐光石の浄化なんて、どう考えても生身の人間が行うような事じゃないよ。だって、毒を吸い取ってるんだよ?」
ウミは答えなかった。
「ねえ、焼印、重ねてくれる?」
僕は一瞬、ウミの言葉の意図が解らず、狼狽えた。が、すぐにウミの手を、僕の手で握った。ウミは満足そうに満面の笑みを向けると、やはり、にひひ、と笑って見せた。
「ウミの焼印…。一生残っちゃうだろうか」
ウミは、さあ、どうでしょう、と呟いた。
「わたしは大丈夫だよ。全然平気だもん。そりゃね、ちょっとは怖いかもしれないけれど、全然平気。だから、これ以上、心配しないで欲しいな」
僕は、言葉を継げなかった。このまま何事もなく浄化作業は終わるだろう、と今の僕達は考えている。けれど、島外退避の事や、アメリや委員長の言葉に、どうしても払拭できない違和感があるのだ。ただ、言えるのは、燐光石の毒について、現時点では結局誰も本当の事は解らない、という事だ。
「あ! ほら! もうすぐ太陽が沈むよ」
ウミは急に立ち上がると、夕日の方を指さした。境内には少数の街灯があるが、それも僕達の顔を照らすには充分は光ではないだろう。このままここに居れば、僕たちは暗闇に包まれる。
「あんまり暗くなっちゃうと、折角のウミの浴衣も見えなくなるな…」
「そう思う? でも、見ててね、もうすぐ、花火が打ちあがるから」
まだそんな事を言っている。花火大会は、中止だと自分でさっき言ってたじゃないか。
その時、僕はある事に気が付いた。それは…ウミの…ウミ自身の、躰だ。周りが暗くなるにつれ、ウミ自身が、ぼんやりと光り輝き始めたのだ。
「これって…」
ウミは得意げに、浴衣のまま一回転してみせると、少しよろけた。それから僕の肩を両手で押すと、石段から数歩離れた所に立たせた。僕の視界には、鳥居、ウミ、町並み、海。ウミは、丁度、花火が打ちあがるだろうその場所に立っている。
「ね? 凄いでしょう」
闇が深まるにつれ、ウミの光は、ますます強くなるように思われた。燐光石と同じ、蛍色の光。ウミが巫女舞の動作を始めると、光は闇夜に残像して、まるでフェアリーダストの様だ。見とれるほど、美しい…。美しいが、大丈夫なのだろうか…。これはつまり、燐光石の光…つまり毒が、彼女に蓄積している事を示している。
ひとしきり踊ると、最後にウミは両手を大きく広げ、力の限り飛び上がった。
「どーーーん!」
ウミは声を上げると、笑った。
僕らはまた、石段に腰かけた。ウミは少しだけ息を整えるように、深呼吸をした。
「びっくりしたよ。つまり、花火というのは…」
「そうだよ、わたしの事だよ」
言って、ウミはまた、ケラケラと笑った。本人は、至って元気で、燐光石の影響など微塵も感じさせない。
「ウミが元気ならいいけどさ」僕が言った。「それって、大丈夫なの?」
ウミは大きく頷いた。
「燐光石の浄化をするとね、浄化の巫女は躰が光るようになるんだって。綺麗でしょう」
「そうだね。でもそれって、ずっと光り続けるのかな?」
「う~ん、どうなんだろう。浄化が終わって暫くすれば、消えちゃうんじゃないかな。ずっとこのまま、というのも、ちょっと不便だしね」
それはそうだ。
「遠くから見たら、幽霊みたいに見えるかもね」
「あ、ちょっとお。人をお化けみたいに言わないでよ」
僕らは笑った。
「でも、こうして見ると…」僕が言った。「場所によって、光の強さが違うみたいだ」
「そうでしょ? 浄化する時に燐光石との接触が多い場所が、強く光るみたい。一番光ってる場所、どこか解る?」
どこかって…。僕は、ウミの全身にくまなく視線を送った。
「くちびる…かな?」
ウミは静かに微笑んだ、
「そうだよ、くちびる」囁くように言った。それから、僕の方に顔を寄せると、人差し指をくちびるに当て、クスクスと笑った。「ねえ、キスしてみる?」
僕は最終日をなんとなしに過ごしていたが、ウミからメッセンジャーが来た。
―― ねえ、ユウくん、今日、予定あいてる?
―― 予定? あいてるけど…。浄化作業もないのに婆ちゃんが出かけちゃったから、留守番してるけれどね
―― えへへ、そうなんだ
―― なんだよ、どうしたの?
―― ねえ、ちょっと出てこない? 今日、花火がみられるかもよ
―― 花火? だって、花火大会は中止だろ?
―― そうだね。じゃあ、夕方の六時頃に神社の入口で待ち合わせね!
急なお誘いだ。でもまあ、最近はウミと浄化以外で会う事もあまりなかったから、夏休み最後の日を一緒にいられるというのは悪くない。そういえば、野辺やアメリは一緒なんだろうか? であれば、それこそ手持ち花火くらいは皆で出来るかな。
六時少し前に戸締りをして、僕は家を出た。外はまだ明るいが、あと一時間もしない内に日は暮れるだろう。例年は花火大会で、この町も少しは賑わうんだろうな。イベントごとの少ない島だから、コトリ祭にしろ、みんな必死に楽しもうとするに違いない。
神社参道に続く石段の下に到着すると、ウミは既にそこで待っていた。待っていたのだけれど、僕はすぐに彼女の存在に気づけなかった。というのも、彼女は浴衣を着ていたからだ。紺と言うよりも群青色に近い色使い。元から透き通るウミの肌に、その色はとても映えて見えた。髪は後ろで結っており、色白のうなじが覗いている。僕がウミに気づいたと解るなり、ウミは恥ずかしそうに上目遣いをしながら、頬を染めた。
「へえ、浴衣を着たんだね」
「うん。いいでしょ? ユウくんのお婆さんに着付けて貰ったんだよ」
ああ、それで祖母は、今日も出かけていたのか。
「なんというか…とても似合ってると思うな。なんだかウミじゃないみたいだ」
僕の言葉に、ウミは、にひひ、と笑った。
「何を隠そう、わたしの人生、初浴衣なのです!」
僕は、おお~、と声を出しながら、パチパチと拍手をした。そうか、だから、あんなに着たがっていたのかな。
僕らは、斜陽の石段をゆっくりと並んで上った。ウミが慣れない下駄で足許をとられそうになる度、手を差し伸べてやった。
「そう言えば、花火大会は中止だった筈だよね。てっきり、野辺とアメリも呼んで境内で手持ち花火でもするかと思ったけれど」
ウミは微笑んだ。
「二人を呼んでもよかったかもね~。でも、まだわたしとユウくんだけの秘密にしておきたいな」
「ひみつ…? 秘密って?」
「せっかちしないの。もう少ししたら解るから」
石段を登り、広い参道に出た。ウミも僕も、週に何回も通っている道だ。けれど、今日はなんだか違って見えた。
「コトリ祭の時を思い出しちゃうね」ウミが言った。「ほら、このあたりに屋台が並んでさあ」
ウミは浴衣姿で駆け出すと、器用に跳ね回り、手を広げて、この辺りにクラスの屋台があったよね、とか、ジェスチャーで示したりした。ウミは、まるで鳥みたいだ。残念ながら、飛べない鳥だけど。
「あれから、まだ何週間も経ってないのに、もう随分昔の事みたいに思えるよな」
「なになに? 巫女装束が恋しくなっちゃった? 今度は一緒に女の子の浴衣を着てみる?」
「そんな訳ないよ」僕は苦笑した。「島外退避が始まったり、僕達の浄化作業が始まったりさ…。今はなんとか穏やかな状況を持ちこたえているけれど、正直、色々と不安なんだ。ウミの事だって…」
ウミは何も言わずに微笑んだ。
「ちょっと、座ろっか」
僕とウミは、石段の最上段に並んで腰かけた。浄化の時は帰宅が夜なので景色をじっくりと見るような事はできないが、今日はまだ日が明るかったので、町並みや水平線を臨む事ができた。こうしてみると、とても平和だし、長閑で美しい島だ。耳をそばだてると、ひぐらしの啼き声の隙間に、遠く潮騒が聞こえる。僕達は、暫くそうして無言で景色を眺めていた。
「毎年ね、ここへは、アスカと一緒に来るんだ。前にも言ったかな? あの子、人込みが嫌いでね、それで、ここから花火を見るんだよ。例年なら、丁度今ごろ、練習用の花火をいくつか打ち上げている頃かな。港からここまで、遠いでしょ? だからね、花火が見えてから音が届くまで、結構時間がかかるんだ。それをアスカが数えるの。あ、今、何秒経った、って」
仲の良い姉妹なのは、何となく解っている。だからこそ、アスカの事も心配なのだ。あの子は、姉の現状についてどう思っているんだろうか…。
「今年は、アスカちゃんと一緒じゃなくて大丈夫だった?」
ウミは顔を傾けて僕の方に視線を送ると、笑顔で首肯した。
「だって、今年は花火大会は中止だもんね」
「アスカちゃんが、それなのに浴衣に着替えるウミに、馬鹿みたい、って言ってる姿が想像できるな…」
「でしょ? でも実際は、お姉ちゃん頭おかしいんじゃないの、だって」
僕とウミは、声を立てて笑った。こうして笑うのは、なんだか久々な気がした。ウミの笑い声を聞くのが、とても心地よかった。
僕は、花火が見られるんじゃなかったのか、とは訊かなかった。ウミはきっと、花火をきっかけに、僕を連れ出してくれたのだ。僕らは花火なんか見られなくても、こうして並んで他愛のない会話ができれば、それで充分なんだ。
「あ、ユウくん、今、花火なんて見られないじゃないか、って思ったでしょ」
僕は苦笑した。
「思ってないよ。でも、見られなくても別にがっかりはしないよ」
ウミはまた、無言で微笑んだ。
「わたしね、アスカには、大きくなったら、島を出て欲しいと思ってるんだ」
「島を? どうして?」
ウミは小さく頷いた。
「この島の事は、わたしもアスカも大好きだよ。いい人たちばかりだし、海も山も森も綺麗だし。そりゃあ、色々と不便ではあるけれどね。でも、やっぱり色々と不安。噴火の事も、燐光石の事もね。だから、アスカの為に、わたし、準備も始めているんだよ」
「アスカちゃんの事はそうかもしれないけれど…ウミ自身の事はどう思ってる? ウミも、本当はこの島を出たいんじゃないのか?」
僕の言葉に、ウミは目をそらすと、少し俯く様な仕草をした。それから寂しそうに微笑むと、ゆっくりとかぶりを振った。
「ううん。大丈夫。だって、ユウくんも一緒だもん」
それって…どういう事なんだろうか。
「ウミ、つらいなら、言葉に出して言って欲しい。燐光石の浄化なんて、どう考えても生身の人間が行うような事じゃないよ。だって、毒を吸い取ってるんだよ?」
ウミは答えなかった。
「ねえ、焼印、重ねてくれる?」
僕は一瞬、ウミの言葉の意図が解らず、狼狽えた。が、すぐにウミの手を、僕の手で握った。ウミは満足そうに満面の笑みを向けると、やはり、にひひ、と笑って見せた。
「ウミの焼印…。一生残っちゃうだろうか」
ウミは、さあ、どうでしょう、と呟いた。
「わたしは大丈夫だよ。全然平気だもん。そりゃね、ちょっとは怖いかもしれないけれど、全然平気。だから、これ以上、心配しないで欲しいな」
僕は、言葉を継げなかった。このまま何事もなく浄化作業は終わるだろう、と今の僕達は考えている。けれど、島外退避の事や、アメリや委員長の言葉に、どうしても払拭できない違和感があるのだ。ただ、言えるのは、燐光石の毒について、現時点では結局誰も本当の事は解らない、という事だ。
「あ! ほら! もうすぐ太陽が沈むよ」
ウミは急に立ち上がると、夕日の方を指さした。境内には少数の街灯があるが、それも僕達の顔を照らすには充分は光ではないだろう。このままここに居れば、僕たちは暗闇に包まれる。
「あんまり暗くなっちゃうと、折角のウミの浴衣も見えなくなるな…」
「そう思う? でも、見ててね、もうすぐ、花火が打ちあがるから」
まだそんな事を言っている。花火大会は、中止だと自分でさっき言ってたじゃないか。
その時、僕はある事に気が付いた。それは…ウミの…ウミ自身の、躰だ。周りが暗くなるにつれ、ウミ自身が、ぼんやりと光り輝き始めたのだ。
「これって…」
ウミは得意げに、浴衣のまま一回転してみせると、少しよろけた。それから僕の肩を両手で押すと、石段から数歩離れた所に立たせた。僕の視界には、鳥居、ウミ、町並み、海。ウミは、丁度、花火が打ちあがるだろうその場所に立っている。
「ね? 凄いでしょう」
闇が深まるにつれ、ウミの光は、ますます強くなるように思われた。燐光石と同じ、蛍色の光。ウミが巫女舞の動作を始めると、光は闇夜に残像して、まるでフェアリーダストの様だ。見とれるほど、美しい…。美しいが、大丈夫なのだろうか…。これはつまり、燐光石の光…つまり毒が、彼女に蓄積している事を示している。
ひとしきり踊ると、最後にウミは両手を大きく広げ、力の限り飛び上がった。
「どーーーん!」
ウミは声を上げると、笑った。
僕らはまた、石段に腰かけた。ウミは少しだけ息を整えるように、深呼吸をした。
「びっくりしたよ。つまり、花火というのは…」
「そうだよ、わたしの事だよ」
言って、ウミはまた、ケラケラと笑った。本人は、至って元気で、燐光石の影響など微塵も感じさせない。
「ウミが元気ならいいけどさ」僕が言った。「それって、大丈夫なの?」
ウミは大きく頷いた。
「燐光石の浄化をするとね、浄化の巫女は躰が光るようになるんだって。綺麗でしょう」
「そうだね。でもそれって、ずっと光り続けるのかな?」
「う~ん、どうなんだろう。浄化が終わって暫くすれば、消えちゃうんじゃないかな。ずっとこのまま、というのも、ちょっと不便だしね」
それはそうだ。
「遠くから見たら、幽霊みたいに見えるかもね」
「あ、ちょっとお。人をお化けみたいに言わないでよ」
僕らは笑った。
「でも、こうして見ると…」僕が言った。「場所によって、光の強さが違うみたいだ」
「そうでしょ? 浄化する時に燐光石との接触が多い場所が、強く光るみたい。一番光ってる場所、どこか解る?」
どこかって…。僕は、ウミの全身にくまなく視線を送った。
「くちびる…かな?」
ウミは静かに微笑んだ、
「そうだよ、くちびる」囁くように言った。それから、僕の方に顔を寄せると、人差し指をくちびるに当て、クスクスと笑った。「ねえ、キスしてみる?」
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