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少年期編
27 ヴィヴィアン領へ【前編】
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大慌てで走り去るサイラスの背中を見送って、アル――アルフレッドも踵を返した。ここに長居するのは良くないだろうと思えたからだ。
(嫌な気配だ)
例えるなら、四方から自分を食い殺そうとする獣に睨まれているような、早く出ていけと急かされているような――。ともかく、アルフレッドは少し先で待たせていた護衛の所へ戻った。
「アルフレッド様!」
姿をみとめるや、野太い声で主を呼ぶ護衛は、この辺りでは見ない鎧を纏っていた。そして何より、ウィリスの森にはいない生き物――一頭の飛竜を従えている。砂色の硬い鱗に被われた飛竜は、二メートルくらい。その名の通り大きな翼があり、背には騎乗用の鞍と手綱がつけてあった。
「帰るぞ、」
「ハハッ」
ひらりと飛竜に飛び乗ったアル。その後ろに護衛も跨がった。
「飛べ!」
護衛の合図で飛竜は翼を大きくはばたかせ、その辺りの木の葉や土を舞上げた。あっという間に森の高い木々を越え、弧を描いて上空へと飛翔する。森から離れた途端、纏わり付いていた不快な冷気が霧散した。
「俺たちは歓迎されていないみたいだな」
「鎧を纏い、飛竜を連れておりますれば」
魔の森の昔話は、アルたちの国――アルスィル帝国メドラウド領でも知られている。本来の予定では森に降りるつもりはなかったのだが、サイラスがポン菓子擬きを作った凄まじい爆音が聞こえたので、何事かと……興味本位で降りてみたのだ。まさか人に会うとは思わなかったが。
「して、音の正体は改められましたか。」
思い出したように問われて、アルフレッドはあの風変わりな少女のことを脳裏に浮かべ、フフッと微笑んだ。
「ああ。確かに見た。だが、」
秘密。
台詞だけはあの少女の言ったことをそのまま。悪戯で不敵な目でアルフレッドはそう返した。
◆◆◆
森で会った少年――アルはどこの子なんだろう。
最近の私の悩みだ。
空腹と甘味で阿呆になってて、いつになく饒舌だったんだよな~、あの時の私。父さんやヴィクターに聞いても、心当たりはないという。ニマム村の子でもなさそう。えっ?じゃあどっから来たんだ?あの子。
ウィリス村は街道の終点で、付近の集落と言えばニマム村のみ。他にウィリスの森に隣接している村とか街はないはずなのだ。森の反対側は岩だらけの険しい山岳地帯で、人はおろか植物すら育たない不毛の地。集落はないし、もちろん道も通っていない。
話を戻して。
じゃああの子供はどこから来たのか、に戻ってくるワケよ。迷子か?いやいや。もしそうだったら、私に助けを求めてくるはず。迷子ではない子供が一人で森にいる……ティナじゃあるまいし。あ、ティナにも確認したけど、森の中で暮らす人間はいないという。ということは…だよ、
高い確率で、近くにあの子の親ないし保護者がいたと考えられるのだ。すると気になるのは、その大人の正体。何が目的でこの辺境の森に来たのか。
(う~ん…)
考えても考えても答は出ない。一応、人に会ったことは父さんを始め、ヴィクターや狩人たちにも伝えてはおいた。まだ顔も知らない彼らが、ウィリス村にとって無害と判断するのは早計だよねぇ…
王国兵がやってきて以来、私はすっかり外部の人間に不信感を抱くようになってしまったようだ。
ゴトン!
「おっ、と…」
乗っていた荷馬車が急停車して、荷台に座っていた私は、バランスを崩してごろんと床を転がった。
「そろそろ着くよぉ、サイラス君!」
イライジャさんの声で私はゴソゴソと木箱の一つに入りこんだ。人間が乗っているとわかると、税金を余計に取られるからね。イライジャさんがモルゲン領から盟友であるヴィヴィアン領に行くのだって、例外にはしてくれない。税金は皆に平等なのだ。
森で丸一日寝こけてから、一人で森に入るのを禁じられた。しかも大人たち―特にヴィクターが過保護になった。公園でヨチヨチ歩きのちびっ子を遊ばせるママの如く、目に入るところに立っているんだから…。私もう十一歳なんだよ!前世で言えば小学校高学年。保護者同伴は卒業してるよ!……はあ。
気を紛らわせようと、カードゲームの企画に没頭していたら、イライジャさんから行商についてこないかと誘われた。もちろん飛びついたよ。ヴィクターは「うちの子はまだ小さいから(※私はヴィクターの子供ではない)」と渋ったけれど、こういうチャンスは滅多にないんだから。拝み倒して、許可をもぎ取ったよ。
木箱の中で息を潜めていると、
「ご苦労さん。出てきて大丈夫だよ、」
イライジャさんが言った。無事検問を突破できたみたいだ。
「まずは、ヴィヴィアンの採掘場で荷を捌く。帳付け頼むよ。」
「は~い」
ヴィヴィアン領はモルゲンと接する北側は、山岳地帯に沿う細長い形をしている。採掘されるのは、主に顔料の元となる種々の鉱物と、わずかだけど宝石も。街で鉱物を砕いて顔料に加工し、それをイライジャさん率いるメリクリウス商会がカードゲーム用に仕入れている。
ちなみに、イライジャさんはこの顔料を仕入れて画家に流行の絵画――あの怖~い戦乙女が魔法の杖で敵の甲冑軍団をギッタンギッタンに殺る絵――を描かせ、それを売って商会を興したんだとか。余談だけど。
私たちはまず市場に出向き、モルゲンで仕入れた薬種や食品、雑貨などを売り払った。日持ちしない食品は、腐ってしまう前に全部売り切ってしまわなければならない。食品を買うお客さんは、鉱山労働者を相手にする屋台や料理屋だ。値段なんか決まっていない。全部その場で交渉するのだ。まるで魚市場の競りみたいだよ。商人同士の駆け引きにドキドキしたね。
そして、荷を売って空いたスペースに今度は仕入れた顔料を積みこむ。こちらは、盟友様たちの取り決めで値段が決められているから、種類と量を確認するだけだ。それも終わる頃には、既に日が暮れかけていた。
「おーい、腹減ったかもしれんがもう一カ所寄る!ちょっと飛ばすから掴まってろよ?」
イライジャさんの怒鳴り声と共に荷馬車は急発進。転がってきたティナを慌てて受け止める。どこへ行くんだろう?
◆◆◆
日が落ちる直前――こっちでは閉店時間直前に、荷馬車は何とか目的の店の前に滑りこんだ。
「上等のワインをいれる瓶をおくれ。」
なんとワイン瓶の仕入れだった。この街ではガラス製品も盛んに作っているようだ。通りに工房が軒を連ねている。せっせと荷を動かしてワイン瓶を積めるスペースを空けながら、私は木箱に並べられたそれをチラリと見た。うん。形自体は前世のワインボトルと同じだね。色も光を通さない色ガラスだ。違うところがあるとすれば……あ。
いいこと思いついちゃったー。
「ねえねえ、イライジャさ~ん!」
「ん?なんだい、サイラス君」
「インクと糊、少しくれな~い?試作したいものがあるんだ。」
私のお願いを、イライジャさんは快くOKしてくれた。よし、今夜宿に着いたら早速作ってみよう。
◆◆◆
イライジャさんがよく使うという宿に到着した。今まで車中泊だったからね。久しぶりのベッド!
「サイラス君はこっちで」
と、イライジャさんは部屋の真ん中辺りに衝立を立てた。なぜに部屋を仕切るの??
「いらっしゃ~い♡ウフッ。待ちくたびれちゃったわぁ…」
すんごいケバい…げっふんげっふん、美しい女性…この際歳は言うまい…が入ってきました。ああ…なるほど。そういうことね。
つまり、ここってアレだ。艶宿。
「サアラぁ~、あのオバチャンなあに?」
「ティナ、そういう事は言っちゃいけない」
ヒョコッと出てきたティナが、衝立の向こうを指差して無邪気に聞いてきたよ。ああ、ティナの声が私にしか聞こえなくてよかった。聞こえたら部屋を叩き出されるよ!
こういう時は作業に集中すれば、衝立の向こうのことなんか気にならないはず。私は、イライジャさんからもらったインクと植物紙を床の平らなところに広げた。四角い植物紙いっぱいにまず外枠を描いて…
「………。」
気にしない気にしない…。
次に、カリグラフィーっぽく小洒落た書体でワインの銘柄を書く。
ティナがちょこちょこと衝立の向こうをのぞいては、「ね~え~、アレうるさ~い」とか、「サアラぁ~、私が脅かして追い出す~?」とか言ってくるけど、ティナよ、衝立はイライジャさんの善意だから、ね?宿代も食事代もイライジャさん持ちだから、ね?これは…頼んでいないオプション――有料サービスなんだ。贅沢を言っちゃいけない。
「………。」
気にしない気にしない気にしない…。
空いたスペースに丁寧に葡萄とワイングラスのイラストを描く。集中集中…
「サアラぁ~、やっつけてくるぅ~」
私は、夕飯にもらったパンの残りをちぎって自分とティナの耳に突っ込んだ。よし!な~んにも聞こえなぁ~い!!
「………。」
「………。」
うあ~…集中できな~い(涙)
◆◆◆
翌朝。スッキリ爽やかなイライジャさんとあのオバ…ゴホッゴホゴホッ、美しい女性と一緒に宿で朝食を食べた。
(肉だ…!)
皿代わりのカピカピパンの上にのった肉の丸焼きに目を瞬く。私史上最強に贅沢なごはん!肉は御馳走なんだよ!今年は謝肉祭を王国兵に潰されて、肉はおあずけだったから余計に!昨日のあれこれが頭から吹っ飛んだ。お肉は正義だ。お肉が正しい。お肉は神様ですっ!
「そういえば…昨日試作するとか言っていたのは、何なんだい?」
オ…女性にア~ンをしてもらっていたイライジャさんが、お肉を堪能する私を現実に引き戻した。
「ラベルを作ってみたんだよ。」
衝立の向こうから絶えず聞こえる騒音に負けず描いた、私の力作を見よっ!できるだけ前世のワインのラベルデザインを思い出して作りました。インクは黒一色で地味だけど、作製はカードゲームのカードと同じで、それをボトルに糊で貼りつけるだけ。現代日本一の化学糊と違って、強力粘着じゃないから、洗えばすぐ剥がせる。リサイクルにも優しいよっ!
「ほお…これなら銘柄が一目でわかる!」
「あらぁ~、なんだか高級そうに見えますわ~ン」
お褒めの言葉をいただいた。うん。頑張った甲斐があったね。
「それにこれなら、幅広い商品に応用できます。宣伝効果も抜群ですよ?」
ついでに、ラベルシールって筆記用具じゃないよね?間違っても羊皮紙で同じモノ作ろうって思わないでしょ?
「ふむ。経費はさほどでもない…。検討する価値がありますな。うまく売り込めば、儲けが…」
素早く計算して、にんまり笑うイライジャさん。大商いになりそうだね。私もいっとう楽しみになってきた。
(嫌な気配だ)
例えるなら、四方から自分を食い殺そうとする獣に睨まれているような、早く出ていけと急かされているような――。ともかく、アルフレッドは少し先で待たせていた護衛の所へ戻った。
「アルフレッド様!」
姿をみとめるや、野太い声で主を呼ぶ護衛は、この辺りでは見ない鎧を纏っていた。そして何より、ウィリスの森にはいない生き物――一頭の飛竜を従えている。砂色の硬い鱗に被われた飛竜は、二メートルくらい。その名の通り大きな翼があり、背には騎乗用の鞍と手綱がつけてあった。
「帰るぞ、」
「ハハッ」
ひらりと飛竜に飛び乗ったアル。その後ろに護衛も跨がった。
「飛べ!」
護衛の合図で飛竜は翼を大きくはばたかせ、その辺りの木の葉や土を舞上げた。あっという間に森の高い木々を越え、弧を描いて上空へと飛翔する。森から離れた途端、纏わり付いていた不快な冷気が霧散した。
「俺たちは歓迎されていないみたいだな」
「鎧を纏い、飛竜を連れておりますれば」
魔の森の昔話は、アルたちの国――アルスィル帝国メドラウド領でも知られている。本来の予定では森に降りるつもりはなかったのだが、サイラスがポン菓子擬きを作った凄まじい爆音が聞こえたので、何事かと……興味本位で降りてみたのだ。まさか人に会うとは思わなかったが。
「して、音の正体は改められましたか。」
思い出したように問われて、アルフレッドはあの風変わりな少女のことを脳裏に浮かべ、フフッと微笑んだ。
「ああ。確かに見た。だが、」
秘密。
台詞だけはあの少女の言ったことをそのまま。悪戯で不敵な目でアルフレッドはそう返した。
◆◆◆
森で会った少年――アルはどこの子なんだろう。
最近の私の悩みだ。
空腹と甘味で阿呆になってて、いつになく饒舌だったんだよな~、あの時の私。父さんやヴィクターに聞いても、心当たりはないという。ニマム村の子でもなさそう。えっ?じゃあどっから来たんだ?あの子。
ウィリス村は街道の終点で、付近の集落と言えばニマム村のみ。他にウィリスの森に隣接している村とか街はないはずなのだ。森の反対側は岩だらけの険しい山岳地帯で、人はおろか植物すら育たない不毛の地。集落はないし、もちろん道も通っていない。
話を戻して。
じゃああの子供はどこから来たのか、に戻ってくるワケよ。迷子か?いやいや。もしそうだったら、私に助けを求めてくるはず。迷子ではない子供が一人で森にいる……ティナじゃあるまいし。あ、ティナにも確認したけど、森の中で暮らす人間はいないという。ということは…だよ、
高い確率で、近くにあの子の親ないし保護者がいたと考えられるのだ。すると気になるのは、その大人の正体。何が目的でこの辺境の森に来たのか。
(う~ん…)
考えても考えても答は出ない。一応、人に会ったことは父さんを始め、ヴィクターや狩人たちにも伝えてはおいた。まだ顔も知らない彼らが、ウィリス村にとって無害と判断するのは早計だよねぇ…
王国兵がやってきて以来、私はすっかり外部の人間に不信感を抱くようになってしまったようだ。
ゴトン!
「おっ、と…」
乗っていた荷馬車が急停車して、荷台に座っていた私は、バランスを崩してごろんと床を転がった。
「そろそろ着くよぉ、サイラス君!」
イライジャさんの声で私はゴソゴソと木箱の一つに入りこんだ。人間が乗っているとわかると、税金を余計に取られるからね。イライジャさんがモルゲン領から盟友であるヴィヴィアン領に行くのだって、例外にはしてくれない。税金は皆に平等なのだ。
森で丸一日寝こけてから、一人で森に入るのを禁じられた。しかも大人たち―特にヴィクターが過保護になった。公園でヨチヨチ歩きのちびっ子を遊ばせるママの如く、目に入るところに立っているんだから…。私もう十一歳なんだよ!前世で言えば小学校高学年。保護者同伴は卒業してるよ!……はあ。
気を紛らわせようと、カードゲームの企画に没頭していたら、イライジャさんから行商についてこないかと誘われた。もちろん飛びついたよ。ヴィクターは「うちの子はまだ小さいから(※私はヴィクターの子供ではない)」と渋ったけれど、こういうチャンスは滅多にないんだから。拝み倒して、許可をもぎ取ったよ。
木箱の中で息を潜めていると、
「ご苦労さん。出てきて大丈夫だよ、」
イライジャさんが言った。無事検問を突破できたみたいだ。
「まずは、ヴィヴィアンの採掘場で荷を捌く。帳付け頼むよ。」
「は~い」
ヴィヴィアン領はモルゲンと接する北側は、山岳地帯に沿う細長い形をしている。採掘されるのは、主に顔料の元となる種々の鉱物と、わずかだけど宝石も。街で鉱物を砕いて顔料に加工し、それをイライジャさん率いるメリクリウス商会がカードゲーム用に仕入れている。
ちなみに、イライジャさんはこの顔料を仕入れて画家に流行の絵画――あの怖~い戦乙女が魔法の杖で敵の甲冑軍団をギッタンギッタンに殺る絵――を描かせ、それを売って商会を興したんだとか。余談だけど。
私たちはまず市場に出向き、モルゲンで仕入れた薬種や食品、雑貨などを売り払った。日持ちしない食品は、腐ってしまう前に全部売り切ってしまわなければならない。食品を買うお客さんは、鉱山労働者を相手にする屋台や料理屋だ。値段なんか決まっていない。全部その場で交渉するのだ。まるで魚市場の競りみたいだよ。商人同士の駆け引きにドキドキしたね。
そして、荷を売って空いたスペースに今度は仕入れた顔料を積みこむ。こちらは、盟友様たちの取り決めで値段が決められているから、種類と量を確認するだけだ。それも終わる頃には、既に日が暮れかけていた。
「おーい、腹減ったかもしれんがもう一カ所寄る!ちょっと飛ばすから掴まってろよ?」
イライジャさんの怒鳴り声と共に荷馬車は急発進。転がってきたティナを慌てて受け止める。どこへ行くんだろう?
◆◆◆
日が落ちる直前――こっちでは閉店時間直前に、荷馬車は何とか目的の店の前に滑りこんだ。
「上等のワインをいれる瓶をおくれ。」
なんとワイン瓶の仕入れだった。この街ではガラス製品も盛んに作っているようだ。通りに工房が軒を連ねている。せっせと荷を動かしてワイン瓶を積めるスペースを空けながら、私は木箱に並べられたそれをチラリと見た。うん。形自体は前世のワインボトルと同じだね。色も光を通さない色ガラスだ。違うところがあるとすれば……あ。
いいこと思いついちゃったー。
「ねえねえ、イライジャさ~ん!」
「ん?なんだい、サイラス君」
「インクと糊、少しくれな~い?試作したいものがあるんだ。」
私のお願いを、イライジャさんは快くOKしてくれた。よし、今夜宿に着いたら早速作ってみよう。
◆◆◆
イライジャさんがよく使うという宿に到着した。今まで車中泊だったからね。久しぶりのベッド!
「サイラス君はこっちで」
と、イライジャさんは部屋の真ん中辺りに衝立を立てた。なぜに部屋を仕切るの??
「いらっしゃ~い♡ウフッ。待ちくたびれちゃったわぁ…」
すんごいケバい…げっふんげっふん、美しい女性…この際歳は言うまい…が入ってきました。ああ…なるほど。そういうことね。
つまり、ここってアレだ。艶宿。
「サアラぁ~、あのオバチャンなあに?」
「ティナ、そういう事は言っちゃいけない」
ヒョコッと出てきたティナが、衝立の向こうを指差して無邪気に聞いてきたよ。ああ、ティナの声が私にしか聞こえなくてよかった。聞こえたら部屋を叩き出されるよ!
こういう時は作業に集中すれば、衝立の向こうのことなんか気にならないはず。私は、イライジャさんからもらったインクと植物紙を床の平らなところに広げた。四角い植物紙いっぱいにまず外枠を描いて…
「………。」
気にしない気にしない…。
次に、カリグラフィーっぽく小洒落た書体でワインの銘柄を書く。
ティナがちょこちょこと衝立の向こうをのぞいては、「ね~え~、アレうるさ~い」とか、「サアラぁ~、私が脅かして追い出す~?」とか言ってくるけど、ティナよ、衝立はイライジャさんの善意だから、ね?宿代も食事代もイライジャさん持ちだから、ね?これは…頼んでいないオプション――有料サービスなんだ。贅沢を言っちゃいけない。
「………。」
気にしない気にしない気にしない…。
空いたスペースに丁寧に葡萄とワイングラスのイラストを描く。集中集中…
「サアラぁ~、やっつけてくるぅ~」
私は、夕飯にもらったパンの残りをちぎって自分とティナの耳に突っ込んだ。よし!な~んにも聞こえなぁ~い!!
「………。」
「………。」
うあ~…集中できな~い(涙)
◆◆◆
翌朝。スッキリ爽やかなイライジャさんとあのオバ…ゴホッゴホゴホッ、美しい女性と一緒に宿で朝食を食べた。
(肉だ…!)
皿代わりのカピカピパンの上にのった肉の丸焼きに目を瞬く。私史上最強に贅沢なごはん!肉は御馳走なんだよ!今年は謝肉祭を王国兵に潰されて、肉はおあずけだったから余計に!昨日のあれこれが頭から吹っ飛んだ。お肉は正義だ。お肉が正しい。お肉は神様ですっ!
「そういえば…昨日試作するとか言っていたのは、何なんだい?」
オ…女性にア~ンをしてもらっていたイライジャさんが、お肉を堪能する私を現実に引き戻した。
「ラベルを作ってみたんだよ。」
衝立の向こうから絶えず聞こえる騒音に負けず描いた、私の力作を見よっ!できるだけ前世のワインのラベルデザインを思い出して作りました。インクは黒一色で地味だけど、作製はカードゲームのカードと同じで、それをボトルに糊で貼りつけるだけ。現代日本一の化学糊と違って、強力粘着じゃないから、洗えばすぐ剥がせる。リサイクルにも優しいよっ!
「ほお…これなら銘柄が一目でわかる!」
「あらぁ~、なんだか高級そうに見えますわ~ン」
お褒めの言葉をいただいた。うん。頑張った甲斐があったね。
「それにこれなら、幅広い商品に応用できます。宣伝効果も抜群ですよ?」
ついでに、ラベルシールって筆記用具じゃないよね?間違っても羊皮紙で同じモノ作ろうって思わないでしょ?
「ふむ。経費はさほどでもない…。検討する価値がありますな。うまく売り込めば、儲けが…」
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