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2章 セイクリールの歩き方 編
ハーレムキングは堂々と宣言する
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セイクリール神殿・北翼の大書院。
神殿内でも限られた者しか入れぬその部屋の扉の前で、オレたちは立ち止まっていた。
「ここがイルセ様の執務室です」
サラがごくごく自然な面持ちで呟いた。
「単なる司祭には取り合ってもらえんのに、その上の大司祭の元まで易々来れるのはおかしな話だな」
「あははは……実はイルセ様がそれを望んでいるんです。他の神官とは別に、私だけは直接ここにきても良いという許可をいただいてます」
全く緊張していないのはそういう理由があるからか。そして、周囲から引くほどいびられているのもそれが起因してるのだろう。神託の器の破壊事件とは別にな。
「王様は緊張しないんですか? 神官のトップに会うんですよ?」
「緊張? はっ、馬鹿馬鹿しい! 王は緊張しない! 誰に対してもありのままで接するのが王だ! 向こうが神官の王を自称するならば、オレはハーレムキングとしては一切の躊躇をしないつもりだ!」
「……まあ、王様は王様ですもんね。聞くだけ損でした」
サラは嘆息して鼻で笑うと、ノックの代わりに金属製の呼鈴を鳴らす。オレの叫びは会えなく流されたようだ。
数秒の沈黙の後、分厚い扉の向こうから低く渋い声が響いた。
「入れ」
開いた扉の奥にいたのは、年の頃は六十前後の男だった。
背筋はまっすぐ。雪のように白い神衣に身を包み、額には深い皺。
その目は老いを感じさせぬ鋭さを宿し、見る者の内側まで透かすようだった。
だが、その手は机の上で整然と並べられた書簡を丁寧に扱う、知性と規律を持った動きだった。
サラが小さく息を呑む。
「イルセ様、少しお時間よろしいですか?」
その声に、大司祭はほんの一瞬、手を止めた。
だがすぐに再び視線を書類に落とし、低く言う。
「サラ、その者は?」
イルセの視線はオレに向けられていた。
問われたサラは、息を整えてから一歩前に出た。
「こちらは——」
「ハーレムキング・デイビッド! つまりは、王の中の王! サラを脅かす悪の神官たちを打ち倒しに参った!」
オレは胸を張り、腕を振り、声を張り上げ、イルセと視線を交わした。
決まった……またしても決まってしまった!
王の自己紹介は清々しくもありながら、全人類の心を打つ! さながら長文の感動スピーチのようだが、オレのは至ってシンプルで簡潔にまとめあげている。
これを聞いたものは戦慄する!
「よろしく頼む!」
オレはイルセに手を差し出した。
しかし、彼はオレの手を一瞥して首を振った。
「……サラ、付き合う人間はよく選んだ方が良い」
「え、えと……」
「ふははははははっ! 王に向かって変人扱いするとは面白い! 気に入った! さすがはサラを見込んだ初老である!」
「アレッタ、元気か?」
オレを空気のように扱うとは! やるではないか! さすがは神官の王だ!
「うん、おっさんこそな」
「ふむ……それで、今日は如何様だ?」
イルセは一度としてオレには目もくれず、サラとアレッタを交互に見やった。
「率直に言います。神託の器の破損に関して、再調査をお願いしたく存じます」
「……」
イルセは顔を上げ、無言のままサラを見た。
沈黙が数秒続いたのち、彼は椅子を引いて立ち上がった。
「理由を述べよ。筋は通せているのか? 現場の管理責任者である司祭が調査を打ち切ったのだから、それなりの理由がなければ調査の再開は難しいぞ」
「はい。証拠も、目撃情報も集めました。器に関する不自然な記録、成りすまし入室の痕跡、それらを結びつける人物の存在……全て調べ上げました」
サラは、用意してきた資料を机の上に置いた。
「その調査を、神官の立場で行ったのか? この質問がどういう意味かは賢いお前なら理解できるな?」
「うっ……そ、その……」
小さく言い淀んだサラに、イルセの眼差しがわずかに鋭くなる。
だが次の瞬間——
「ご安心いただきたい、大司祭殿! この件に真っ向から取り組んだのは、この王、ハーレムキング・デイビッドである! サラの意思を尊重しつつも、全てを画策し仕組んだのは王なのだ! サラとアレッタは何の罪も犯していない!」
オレは一歩前へ進み、右手を胸に、堂々と頭を下げるでもなく宣言した。
王に頭を下げさせるには、それ相応の理由が必要だからな!
「王とは、民の願いを受け止め、信義に報いる者! サラの名誉と未来にかけて、王たるオレが動いたのは、必然!」
アレッタが「うわ、また変なこと言ってる……」と小声で呆れ、サラは恥ずかしそうに顔を覆っていたが、全く気にしない。
「それに、民を守る拳を持たぬ王に、王の名を名乗る資格はない! よって、オレは拳を持って調べ、足を使って探り、頭を回して証拠を積み上げた! 全ては、王としての義務ゆえ!」
その声は大司祭の書棚にまで反響した。あまりの迫力に本棚から数冊の本が転げ落ちていた。王の声は静止する物体すらも操ってしまう!
イルセは一瞬、何か言おうとして口を閉じたあと、深く、それでいて静かに息を吐いた。
「改めて聞く……貴殿は何者だ?」
「改めて聞かれれば、改めて答えよう! オレは旅人にして、王! 敬愛と浪漫と混沌をもって、ハーレムと真実に挑む者である! そして、サラのパートナーだ!」
補足する! かけがえのないパートナーだ!
「……」
目の前で真顔で堂々とそう名乗られた大司祭の顔に、少しの疲労が滲んだのをオレは見逃さなかった。
オレの圧勝だ! 王としての器の差が見えたな!
「ただの旅人が、夜半の神殿に忍び込み、調査を行い、大司祭の執務室に顔を出したと?」
イルセは調査結果の記された紙をめくりながら尋ねた。
「実に刺激的な経験だった! 脈打つ心臓も喜んでいた!」
「…………」
イルセはしばらくオレを無言で見つめ、その後、小さくため息をついた。
「よくもまあ……このような奇怪な変人がいたものど、サラらしい」
「えっ、えっ!?」
「それでも……貴殿が“筋を通した”というなら、私は話を聞こう。その者の言葉に嘘はなかったからな。さあ、証拠を並べろ」
「うむ! アレッタ、頼んだぞ!」
「自己主張するだけして後はあたし任せかよ!」
ぶつくさ言いつつも、アレッタはサラの説明に合わせて順に用意してきた資料を並べ始めた。サラ
イルセは黙ってそれを見つめ、時折、短く確認の言葉を挟んだ。
やがて、全てを聞き終えたとき。
「……ファムス・エイル司祭の件、確認に動こう。まだ仮設段階で疑念は残るが、真実を確かめる価値は充分にあるだろう」
その言葉に、サラの目が見開かれた。
「それと、サラ」
「……はいっ」
「お前が器を壊したことを、私は責めなかった。責任を問わなかったのは、“原因が他にある”と感じていたからだ」
「え……」
「だが、こうして自ら歩き、調べ、ここに戻ってきた。それが何よりの答えだろう」
イルセは、ふっと微笑んだ。とても、とても珍しいことだった。
「立派になったな」
「っ……!」
サラの目に、涙が浮かぶ。
「イルセ様……!」
「お前の想いと行動が、真実に届くことを祈っている。王とやらも、存分に働け」
「もちろんだ! オレは指図されてから動き始める王ではない!」
こうして、イルセ大司祭の了承を得たことで、神託の器の真相は、公の場での追及へと移ることになった。
ちなみに、後から聞いたのだが、イルセは神官の王ではなかった。そもそも神官には王という立場が存在しないようだ。
つまりは王対王の直接対決はオレの不戦勝となったわけだ!
王は決して敗北を喫しない!
◇◆◇◆◇
セイクリール神殿の中央に位置する円形聖堂。
数日後。神殿内でも最も格式あるその場所に、関係者が一堂に会していた。
広大な円形の聖堂に、光が差し込む。
高台には複数名の上級神官と司祭。
そして中央に座すのは、裁定権を持つ大司祭・イルセ・ライナー。
聴聞席には、サラ、アレッタ、そしてオレ——ハーレムキング・デイビッドの三名が並んでいる。
緊張感に満ちた場だが、オレだけは堂々としたものだった。なぜならオレは王だから!
王たる者、群衆の中にいても孤高であれ!
その背中に民の声がなくとも、正義を語るのが王の道だ!
というわけで、オレは今日も完璧だった。
黄金に輝くマントを羽織り、胸を張って玉座の如き椅子に座っている。
これはつい最近街の市場で買った。村人のお下がりでは窮屈だったからな。
今ではこうして黄金に輝く衣装に全身を包んでいる。
……隣のサラは、やや胃を押さえているようだが気にしない。
「では——開廷する」
イルセの重厚な声が響いた。
まず、被疑者として呼び出されたのは、聖具保管室の現場管理責任者・ファムス・エイル司祭。
黒に金の縁取りの神衣に身を包み、冷ややかな目をしている。が、どこか余裕がない。
「ファムス・エイル司祭、あなたは神託の器に関する虚偽の報告、記録の偽造、ならびに他者への罪の擦り付けの嫌疑がかけられている」
イルセの言葉に、ファムスは顔色を変えた。
「……なにを根拠にしている? それは一部の問題児どもの妄言に過ぎ——」
「根拠はここにある!」
オレが立ち上がり、資料の束を高く掲げた。
誰しもが驚愕した目を向けてくるが、ちまちまやりとりをするよりも、何事もタイミングが命! 今しかない!
「入退室記録の偽造。使用者不在の名義記録。さらに、封印箱の内部に残された“異なる魔力痕跡”!」
オレは一気に語り、最後にずばりと言い放つ。
「全てが示している! この王の目から見ても、サラが器を壊したのは偶然ではない! 偽装された器をサラに渡し、罪を擦り付けようとした誰かの意志があった!」
場内がざわめいた。
「静粛に!」
イルセの一喝で場が収まる。
だがファムスは、顔をこわばらせながらも反論を試みる。
「私が……そのようなことをする理由など……!」
「理由は明白。左遷直前のバレト司祭との繋がりだよ!」
アレッタが鋭く言った。続けて、オレが呼応した。
「君がその地位を手に入れられたのは、バレトの推薦状のおかげ。だから、バレトが不正の咎で左遷された後も、君が地位を保つにはその痕跡を消すしかなかった。なぜなら君はバレトと結託し寄付金の横領に手を染めていたのだから! 保管庫の奥に隠された管理記録の中に、彼の名がある限り……君にかけられた疑いが完全に晴れることはなかった」
「……っ!」
イルセがすべてを聞き終え、立ち上がった。
「ファムス・エイル。証拠に反証できない限り、これらの事実は、貴様の責任とみなす。バレトと共に寄付金横領に手を染めた事実、信託の器を意図的に破壊した事実、サラ神官へ全ての罪をなすりつけた事実、なにか異議申し立てはあるか」
ファムスは、震える手を握りしめたまま……沈黙した。
その瞬間、聖堂の空気が、静かに、変わった。
イルセが頷き、言葉を下す。
「——神託の器の破損は、意図的に仕組まれたものである可能性が高い。これより、内部調査を再開し、ファムス・エイルを正式に処分対象とする」
場がどよめく中、イルセはもう一つの判断を下した。
「また、サラ神官に対する破損の責任は、この時点をもって正式に解除される。名誉は回復され、神殿記録より疑義は全て削除される」
「……っ!」
サラは、信じられないというように目を見開いた。
そして、視線をオレに向けた。
微かに潤む瞳の奥で、彼女は確かに“笑っていた”。
「ありがとう……王様」
その瞬間、オレは高らかに宣言した。
「ふははははっ! 当然のことをしたまでよ! 王とは、民の悩みに応える存在だからな! 皆もこれでわかっただろう! 証拠も確証も何もない段階で無実の人物を責め立てるなど言語道断! 今後はくれぐれも気をつけるといい! 以降もサラを責め立てる者がいるのならオレが相手になろう!」
聖堂の光が、オレの背に差し込む。
王が民を救った朝。それは、セイクリールの歴史に残る爽快な結末であった。
実に気持ちがいい!!!!
神殿内でも限られた者しか入れぬその部屋の扉の前で、オレたちは立ち止まっていた。
「ここがイルセ様の執務室です」
サラがごくごく自然な面持ちで呟いた。
「単なる司祭には取り合ってもらえんのに、その上の大司祭の元まで易々来れるのはおかしな話だな」
「あははは……実はイルセ様がそれを望んでいるんです。他の神官とは別に、私だけは直接ここにきても良いという許可をいただいてます」
全く緊張していないのはそういう理由があるからか。そして、周囲から引くほどいびられているのもそれが起因してるのだろう。神託の器の破壊事件とは別にな。
「王様は緊張しないんですか? 神官のトップに会うんですよ?」
「緊張? はっ、馬鹿馬鹿しい! 王は緊張しない! 誰に対してもありのままで接するのが王だ! 向こうが神官の王を自称するならば、オレはハーレムキングとしては一切の躊躇をしないつもりだ!」
「……まあ、王様は王様ですもんね。聞くだけ損でした」
サラは嘆息して鼻で笑うと、ノックの代わりに金属製の呼鈴を鳴らす。オレの叫びは会えなく流されたようだ。
数秒の沈黙の後、分厚い扉の向こうから低く渋い声が響いた。
「入れ」
開いた扉の奥にいたのは、年の頃は六十前後の男だった。
背筋はまっすぐ。雪のように白い神衣に身を包み、額には深い皺。
その目は老いを感じさせぬ鋭さを宿し、見る者の内側まで透かすようだった。
だが、その手は机の上で整然と並べられた書簡を丁寧に扱う、知性と規律を持った動きだった。
サラが小さく息を呑む。
「イルセ様、少しお時間よろしいですか?」
その声に、大司祭はほんの一瞬、手を止めた。
だがすぐに再び視線を書類に落とし、低く言う。
「サラ、その者は?」
イルセの視線はオレに向けられていた。
問われたサラは、息を整えてから一歩前に出た。
「こちらは——」
「ハーレムキング・デイビッド! つまりは、王の中の王! サラを脅かす悪の神官たちを打ち倒しに参った!」
オレは胸を張り、腕を振り、声を張り上げ、イルセと視線を交わした。
決まった……またしても決まってしまった!
王の自己紹介は清々しくもありながら、全人類の心を打つ! さながら長文の感動スピーチのようだが、オレのは至ってシンプルで簡潔にまとめあげている。
これを聞いたものは戦慄する!
「よろしく頼む!」
オレはイルセに手を差し出した。
しかし、彼はオレの手を一瞥して首を振った。
「……サラ、付き合う人間はよく選んだ方が良い」
「え、えと……」
「ふははははははっ! 王に向かって変人扱いするとは面白い! 気に入った! さすがはサラを見込んだ初老である!」
「アレッタ、元気か?」
オレを空気のように扱うとは! やるではないか! さすがは神官の王だ!
「うん、おっさんこそな」
「ふむ……それで、今日は如何様だ?」
イルセは一度としてオレには目もくれず、サラとアレッタを交互に見やった。
「率直に言います。神託の器の破損に関して、再調査をお願いしたく存じます」
「……」
イルセは顔を上げ、無言のままサラを見た。
沈黙が数秒続いたのち、彼は椅子を引いて立ち上がった。
「理由を述べよ。筋は通せているのか? 現場の管理責任者である司祭が調査を打ち切ったのだから、それなりの理由がなければ調査の再開は難しいぞ」
「はい。証拠も、目撃情報も集めました。器に関する不自然な記録、成りすまし入室の痕跡、それらを結びつける人物の存在……全て調べ上げました」
サラは、用意してきた資料を机の上に置いた。
「その調査を、神官の立場で行ったのか? この質問がどういう意味かは賢いお前なら理解できるな?」
「うっ……そ、その……」
小さく言い淀んだサラに、イルセの眼差しがわずかに鋭くなる。
だが次の瞬間——
「ご安心いただきたい、大司祭殿! この件に真っ向から取り組んだのは、この王、ハーレムキング・デイビッドである! サラの意思を尊重しつつも、全てを画策し仕組んだのは王なのだ! サラとアレッタは何の罪も犯していない!」
オレは一歩前へ進み、右手を胸に、堂々と頭を下げるでもなく宣言した。
王に頭を下げさせるには、それ相応の理由が必要だからな!
「王とは、民の願いを受け止め、信義に報いる者! サラの名誉と未来にかけて、王たるオレが動いたのは、必然!」
アレッタが「うわ、また変なこと言ってる……」と小声で呆れ、サラは恥ずかしそうに顔を覆っていたが、全く気にしない。
「それに、民を守る拳を持たぬ王に、王の名を名乗る資格はない! よって、オレは拳を持って調べ、足を使って探り、頭を回して証拠を積み上げた! 全ては、王としての義務ゆえ!」
その声は大司祭の書棚にまで反響した。あまりの迫力に本棚から数冊の本が転げ落ちていた。王の声は静止する物体すらも操ってしまう!
イルセは一瞬、何か言おうとして口を閉じたあと、深く、それでいて静かに息を吐いた。
「改めて聞く……貴殿は何者だ?」
「改めて聞かれれば、改めて答えよう! オレは旅人にして、王! 敬愛と浪漫と混沌をもって、ハーレムと真実に挑む者である! そして、サラのパートナーだ!」
補足する! かけがえのないパートナーだ!
「……」
目の前で真顔で堂々とそう名乗られた大司祭の顔に、少しの疲労が滲んだのをオレは見逃さなかった。
オレの圧勝だ! 王としての器の差が見えたな!
「ただの旅人が、夜半の神殿に忍び込み、調査を行い、大司祭の執務室に顔を出したと?」
イルセは調査結果の記された紙をめくりながら尋ねた。
「実に刺激的な経験だった! 脈打つ心臓も喜んでいた!」
「…………」
イルセはしばらくオレを無言で見つめ、その後、小さくため息をついた。
「よくもまあ……このような奇怪な変人がいたものど、サラらしい」
「えっ、えっ!?」
「それでも……貴殿が“筋を通した”というなら、私は話を聞こう。その者の言葉に嘘はなかったからな。さあ、証拠を並べろ」
「うむ! アレッタ、頼んだぞ!」
「自己主張するだけして後はあたし任せかよ!」
ぶつくさ言いつつも、アレッタはサラの説明に合わせて順に用意してきた資料を並べ始めた。サラ
イルセは黙ってそれを見つめ、時折、短く確認の言葉を挟んだ。
やがて、全てを聞き終えたとき。
「……ファムス・エイル司祭の件、確認に動こう。まだ仮設段階で疑念は残るが、真実を確かめる価値は充分にあるだろう」
その言葉に、サラの目が見開かれた。
「それと、サラ」
「……はいっ」
「お前が器を壊したことを、私は責めなかった。責任を問わなかったのは、“原因が他にある”と感じていたからだ」
「え……」
「だが、こうして自ら歩き、調べ、ここに戻ってきた。それが何よりの答えだろう」
イルセは、ふっと微笑んだ。とても、とても珍しいことだった。
「立派になったな」
「っ……!」
サラの目に、涙が浮かぶ。
「イルセ様……!」
「お前の想いと行動が、真実に届くことを祈っている。王とやらも、存分に働け」
「もちろんだ! オレは指図されてから動き始める王ではない!」
こうして、イルセ大司祭の了承を得たことで、神託の器の真相は、公の場での追及へと移ることになった。
ちなみに、後から聞いたのだが、イルセは神官の王ではなかった。そもそも神官には王という立場が存在しないようだ。
つまりは王対王の直接対決はオレの不戦勝となったわけだ!
王は決して敗北を喫しない!
◇◆◇◆◇
セイクリール神殿の中央に位置する円形聖堂。
数日後。神殿内でも最も格式あるその場所に、関係者が一堂に会していた。
広大な円形の聖堂に、光が差し込む。
高台には複数名の上級神官と司祭。
そして中央に座すのは、裁定権を持つ大司祭・イルセ・ライナー。
聴聞席には、サラ、アレッタ、そしてオレ——ハーレムキング・デイビッドの三名が並んでいる。
緊張感に満ちた場だが、オレだけは堂々としたものだった。なぜならオレは王だから!
王たる者、群衆の中にいても孤高であれ!
その背中に民の声がなくとも、正義を語るのが王の道だ!
というわけで、オレは今日も完璧だった。
黄金に輝くマントを羽織り、胸を張って玉座の如き椅子に座っている。
これはつい最近街の市場で買った。村人のお下がりでは窮屈だったからな。
今ではこうして黄金に輝く衣装に全身を包んでいる。
……隣のサラは、やや胃を押さえているようだが気にしない。
「では——開廷する」
イルセの重厚な声が響いた。
まず、被疑者として呼び出されたのは、聖具保管室の現場管理責任者・ファムス・エイル司祭。
黒に金の縁取りの神衣に身を包み、冷ややかな目をしている。が、どこか余裕がない。
「ファムス・エイル司祭、あなたは神託の器に関する虚偽の報告、記録の偽造、ならびに他者への罪の擦り付けの嫌疑がかけられている」
イルセの言葉に、ファムスは顔色を変えた。
「……なにを根拠にしている? それは一部の問題児どもの妄言に過ぎ——」
「根拠はここにある!」
オレが立ち上がり、資料の束を高く掲げた。
誰しもが驚愕した目を向けてくるが、ちまちまやりとりをするよりも、何事もタイミングが命! 今しかない!
「入退室記録の偽造。使用者不在の名義記録。さらに、封印箱の内部に残された“異なる魔力痕跡”!」
オレは一気に語り、最後にずばりと言い放つ。
「全てが示している! この王の目から見ても、サラが器を壊したのは偶然ではない! 偽装された器をサラに渡し、罪を擦り付けようとした誰かの意志があった!」
場内がざわめいた。
「静粛に!」
イルセの一喝で場が収まる。
だがファムスは、顔をこわばらせながらも反論を試みる。
「私が……そのようなことをする理由など……!」
「理由は明白。左遷直前のバレト司祭との繋がりだよ!」
アレッタが鋭く言った。続けて、オレが呼応した。
「君がその地位を手に入れられたのは、バレトの推薦状のおかげ。だから、バレトが不正の咎で左遷された後も、君が地位を保つにはその痕跡を消すしかなかった。なぜなら君はバレトと結託し寄付金の横領に手を染めていたのだから! 保管庫の奥に隠された管理記録の中に、彼の名がある限り……君にかけられた疑いが完全に晴れることはなかった」
「……っ!」
イルセがすべてを聞き終え、立ち上がった。
「ファムス・エイル。証拠に反証できない限り、これらの事実は、貴様の責任とみなす。バレトと共に寄付金横領に手を染めた事実、信託の器を意図的に破壊した事実、サラ神官へ全ての罪をなすりつけた事実、なにか異議申し立てはあるか」
ファムスは、震える手を握りしめたまま……沈黙した。
その瞬間、聖堂の空気が、静かに、変わった。
イルセが頷き、言葉を下す。
「——神託の器の破損は、意図的に仕組まれたものである可能性が高い。これより、内部調査を再開し、ファムス・エイルを正式に処分対象とする」
場がどよめく中、イルセはもう一つの判断を下した。
「また、サラ神官に対する破損の責任は、この時点をもって正式に解除される。名誉は回復され、神殿記録より疑義は全て削除される」
「……っ!」
サラは、信じられないというように目を見開いた。
そして、視線をオレに向けた。
微かに潤む瞳の奥で、彼女は確かに“笑っていた”。
「ありがとう……王様」
その瞬間、オレは高らかに宣言した。
「ふははははっ! 当然のことをしたまでよ! 王とは、民の悩みに応える存在だからな! 皆もこれでわかっただろう! 証拠も確証も何もない段階で無実の人物を責め立てるなど言語道断! 今後はくれぐれも気をつけるといい! 以降もサラを責め立てる者がいるのならオレが相手になろう!」
聖堂の光が、オレの背に差し込む。
王が民を救った朝。それは、セイクリールの歴史に残る爽快な結末であった。
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ファンタジー
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その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
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