ハーレムキング

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4章 論理と感情を合わせる方法 編

ハーレムキングは想いを残す

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 時は流れ、夕暮れになった。

 陽の角度が傾き始めた頃、オレとサラは賑やかな街の喧騒から外れた、静かな丘陵地へと足を伸ばしていた。

 道なりに咲く白い花。風に揺れる草木。
 遠くからは鐘の音が小さく聞こえる。

「ずいぶんと静かな場所だな。女の子どころか男すらいないとは……」

「男すらってなんですか……女の子を神格化しすぎでは?」

「もうわかっていると思うが、これはハーレムキングとしての癖みたいなものだ。で、ここはどこなんだ? まさか迷子になったわけではあるまいな?」

「観光案内には載ってなかったですね……でも、地図にはこのあたりは普通に“墓地”って書かれてます」

「ふむ、墓地か。静かなはずだ」

 なんて会話を交わしながら、やがて小高い丘を登りきった先にそれはあった。

 整然と並んだ石碑の列。
 しかし、どれも形が簡素で、名前や銘は削られている。あるいは最初から刻まれていないものもあった。

 そのどれもが、まるで“存在を忘れられること”を宿命づけられたかのように、静かに並んでいた。

「なんなんでしょうね、ここ……?」

 サラが声を潜めてつぶやく。

 入口には、注意を促す木板が立てられていた。

『——この場所に祈りを捧げてはならない——』

 明確な禁忌だ。

 サラが看板を見つめて首を傾げた。

「……これ、どういう意味なんでしょう? お墓にお祈りしてはいけないなんておかしいですよね?」

 オレは墓地の一角を見渡し、重い空気の理由を肌で感じ取る。

 そこには“死”の痕跡があった。だが、戦場のような激しさではない。もっと静かで、冷たくて、陰のような終わり。
 どこか禍々しい看板の言葉と辺りの雰囲気に、オレが眉をひそめたそのときだった。

「やめておきなされ」

 背後から、しわがれた声が届いた。

 振り返ると、杖をついた老人がひとり、ゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる。長い髭、古びたローブ、そして腰には古代文字らしき紋様が刻まれた魔導書。

 見るからに、魔法使いの爺さんだ。

 しかし、一目で爺さんの体がおかしいことがわかった。ローブに隠れて外に晒されてはいないが、立ち振る舞いを見ればすぐにわかる。

「……むぅ……左腕が欠損してるのか? それに、眼帯で隠しているが片目もないな?」

 オレは目を細めて老人の姿を観察した。
 そんなことなどつゆ知らず、老人は静かにこちらに近づいてきた。

「観光かね? 若いの。悪いことは言わん、その場所には近づかんほうがいい」

「あんたは?」

「ただの老いぼれじゃよ。昔はしがない魔法使いじゃった。まあ、今は暇つぶしに散歩をしておるだけの老人じゃ」

 そう言って、老人は墓地の入り口に目を向け、わずかに寂しげな笑みを浮かべた。

「そこは“無名の墓地”じゃ。名を刻まれることすら許されなかった……禁忌を犯した研究者たちの眠る場所、と言えばわかるかのう?」

「禁忌……つまり、禁呪ですか?」

 サラが呟くと、老人はうなずいた。

「そう。“禁呪”じゃよ。古来より定められた四大魔法体系において、最も触れてはならぬ領域……それが、禁呪魔法。特にここに眠る者たちは死者蘇生を研究していたんじゃ」

 空気が、すっと冷たくなった気がした。

 サラが驚きと共に口を開く。

「ひ、人を、生き返らせる……魔法?」

「そう。言わば死を乗り越える魔法じゃな。しかし、死は絶対の摂理じゃ。これに逆らおうとすれば、代償を払うのは当然じゃろう?」

 老人の瞳が鋭く光った。

「彼らは命を賭して研究したが、成果は出なかった。それどころか、何十人も命を落とし、その結果がこれじゃ。国はこの墓を記録から外し、功績を記さず、ただ彼らを“罪人”として葬った。無名の墓地はそんな彼らへのせめてもの情けじゃよ」

「だから、“祈るな”と? そういう理由か?」

 オレは尋ねた。

「そう。彼らに祈ることは、禁呪を肯定するのと同義。禁呪によって命を落とした者がいる……その真実を知る者は多いが、それを口にする者やこの場を訪れる者はもうほとんどおらん」

「……」

 サラは何も言えず、ただ目の前の石碑を見つめていた。
 墓のどれにも名はない。そこにあるのは、ただ命を削って何かを求めた者たちの“無”だけだった。

「も、もし、本当に……人を生き返らせられたら……」

 ポツリと、サラが呟いた。それは単なる呟きではなかった。オレの耳には、サラの言葉が懇願のように聞こえた。まるで生き返らせたい相手がいるかのような。

 老人がその横顔に視線を向ける。

「若いの、おぬし……誰かを、救いたかったのか?」

 サラは、ふっと小さく微笑んだが、答えは返さなかった。

 ただ、その瞳に浮かんだものは希望の光とは程遠く、粘度の高い悲しみに満ちていた。
 どろっとした、瞳の奥に宿る淡く暗い光だ。快活なサラの瞳だとは信じたくないほどだ。

「そうか。じゃが、禁忌を犯すのはやめたほうがいい。わしのようになりたくなければ、な」

 老人はそれ以上何も言わず、ゆっくりと杖を突きながら去っていった。
 同時に、強い風が吹く。白い花が揺れる。沈黙が辺りを支配する。

 その場に残されたのは、オレとサラ、そして数えきれないほどの報われなかった墓標だけだった。

 老人が伝えたかったことが、オレにはよくわかった。
 欠損した片腕と片目を見るに、おそらく老人もまた禁忌を犯した者なのだろう。
 幸いにも命は残ったが、代わりに人体の一部分を失った。きっとそうだ。

「……」

 サラは何も言わずに、目の前の墓標を見つめている。
 その表情に、どこか後ろめたいような、でも拭いきれない想いが宿っていた。

 オレはふと、その足元へと歩み寄る。

 手を合わせたりはしない。跪きもしない。
 ただ、まっすぐにその名もなき墓標の前に立った。

 静かに、口を開いた。

「……サラ、オレは国や世間がどう考えようと、自らの行動とは何ら関係ないと思っている。だから、今からオレがやるのは、祈りではなく敬意だ」

 鳥が小さく鳴いた。

 今にも死にゆく誰かの声のように、消え入りそうな音だった。

「死をもって道を切り開こうとした者がいた。それが罪ならば、王は裁かぬ。ただ、今やるオレの行いは、その事実を知っている者として、それを認めたという証を置いていくだけに過ぎない。決して、祈りを捧げているわけでも、禁忌を肯定しているわけでもない」

 オレは視線を墓標に落とす。

 苔むした石の一つに、ただ、掌を添えた。

「想いを踏みにじられることと、忘れ去られることは、まったく別物だからな。時には彼らのことを思い出してやる時間も必要だ。過去の贖罪を忘れないように……オレはそう思う。違うか?」

 沈黙の中で、サラがぽつりと呟く。

「……王様って、本当に……時々、すごくずるいです」

「ふははははっ! 要所で機転が効くと言ってもらいたいな!!」

 誇らしげに言い放ち、オレは最後に墓標へと小さく一礼した。

「安らかに眠れ。名は刻まれずとも、想いは確かにここにあった。王がそれを証明しよう。そして過去の間違いを胸に刻ませてもらおう! 二度と同じ過ちを犯さぬように!」

 振り返ると、サラが目を潤ませながら、でも優しく微笑んでいた。

 そしてオレたちは無名の墓地を後にした。

 祈りではなく、敬意と共に——。
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