ハーレムキング

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4章 論理と感情を合わせる方法 編

ハーレムキングは怪しい男に誘われる

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 セレナとの会話が終わってすぐに、サラが申し訳なさそうに言った。

「私、もう少しセレナさんに話を聞いてみます。神聖魔法はダメでしたけど、構築魔法の実践例とか……少しでも吸収したいので」

「よかろう。王は一人でも輝く生き物だからな。心配無用! 気にせず談義を堪能するといい!」

「はいはい。王様は変な人に絡まれないでくださいよ? 一人だと心配なんですからね?」

「君はオレのママなのか?」

「ママじゃありませんから!」

「うむ、サラ、君は王のヒロインだ! たくさんの知恵を蓄えるといい! ではな!」

 軽く手を振ると、サラはセレナの方へ向かっていった。
 その背中を見送ってから、オレはひとり研究室の奥へと足を進めた。
 心配せずとも何も起こりようがないではないか。オレは王だぞ?




 ——薄暗く、静寂に包まれた通路。

 壁には魔法の回路の図面や研究者の名札がずらりと並び、まるで知識の迷宮だった。
 見ても何一つとしてわからない。

「……なるほど、これが“知の殿堂”か。サラは楽しそうだったが、オレはこの密度では息が詰まるな。しばらく滞在していたら頭も痛くなりそうだ」

 適当な小部屋を覗きながら歩いていると、ふと、誰かの視線を感じた。

 その瞬間。

「——そこの旦那、少し話を聞いてくれますか」

 背後から、ぬるりとした声がかけられた。

 振り返ると、そこには黒ずくめのローブを纏い、顔の半分をフードで隠した男が立っていた。
 明らかに怪しい。人間……ではないような気がする。殺意こそ感じないが、オレに向ける下卑た視線は少々癪に触る

「……誰だ? 貴様は研究者ではないな?」

 オレは鋭く睨みつけた。

「ただの案内人ですよ。……旦那のような特別な素質を持つお方にこそ、ふさわしい術がありましてね」

 男の目が細められ、口元が吊り上がる。

「術、だと?」

「ええ。死を超える術……世間では禁呪とも呼ばれていますが、あなたのような方ならば、きっと興味をお持ちになると。その素質があれば成功率は格段に上がる。どうです? 試してみませんか?」

「素質とは何だ?」

「へへへへ、随分と乗り気ですね。素質とはつまり心の強さ、そして願いの大きさ。禁呪の成功には必要不可欠な素質です。どうです? 何人たりとも成功していない禁呪を旦那なら完璧に成功させられるはず……」

「まるで興味がない。王に必要なのは“生きる力”のみ。死人を弄る術など、腐敗した夢に過ぎん」

 暇つぶしに詳しい話を聞いてみたが……論外だ。

「……ですが、それがもし、あなたの大切な人を救う手段だったとしたら? 一人くらいはいるでしょう? 幼い頃に亡くしたご両親ですか? それとも育ての親のおばあさま? つい最近亡くなってしまった親友とか?」

 男が一歩、距離を詰めてきた。
 その指先には、黒く歪んだ魔力が滲んでいた。

「それとも……旦那のお仲間のお嬢ちゃんとか?」

「——下がれ。王に近づきすぎだ」

 オレは軽く踏み込むと、男の首元を片手で掴み、壁へと叩きつけた。

 ドンッ!

 男の背が石壁にめり込むようにぶつかり、息が詰まる。

「ガァッ……っ!」

 人間と同様の呼吸器を持っているらしい。
 だが、人間とは思えない感触だ。まるで骨のない物体、粘土を掴んでいるような感覚だ。

「オレは死を超えたりせん。“今”を生きる。それが王の流儀だ」

「っ……王、だと……? ぐぅ、まだ話は……!」

「しつこい。貴様の言葉は薄い。甘言に説得力がない。それは己の信仰に酔っている者の目だ。周りが見えなくなっているようだな」

 オレは男を放り捨てるように手を離し、彼のフードを片手で跳ね上げる。

 その素顔は思ったより若い。顔立ちは人間だ。しかし、その眼光や表情は狂気に染まっていた。
 真っ赤な瞳、裂けた口元、抉れた鼻、コケた頬……チラリと見えた鎖骨は肉がなくなり露出していた。

 ——これは、放っておいていい存在ではないかもしれんな。
 人間の形を模した別の何かだ。

「貴様、何者だ?」

「……さあね」

 男は逃げるように、研究室の闇の中へと消えていった。魔法で逃げたのか、姿形が泡のように弾けてなくなってしまった。

 オレは男がいた場所を見つめて、舌を鳴らした。

「死者蘇生の禁呪、か……愚かな話だ。だが——」

 サラのあの一言が、ふと胸によみがえる。

 「人を生き返らせられたらいいのにね」

「……あれは、どうしてもただの戯言で済ませていい言葉ではなかったな」

 男が闇に紛れて姿を消したあと、オレはしばしの間、石造りの廊下に立ち尽くしていた。
 サラの過去は深く知らない。理解する必要がありそうだ。

「……まったく、どうにも後味の悪い出会いだな」

 オレはため息をつき、壁に掛かった案内板を横目に廊下を歩き始める。

 このフロアには様々な専門室があるらしく、通路の奥では実験の音や魔力の波動が微かに伝わってくる。

 しばらく進むと、開けたホールの片隅で、なにやら道具を整理している男の姿が見えた。

 腰に白い作業エプロン、頭には小さなゴーグル。見た目は完全に気の良さそうな魔導具職人といった風体だ。

「む?」

 オレは足を止め、その男に声をかけた。

「ちょっと聞くが、ローブ姿の黒ずくめ、顔を半分隠して、口がやたら回る胡散臭いやつを見なかったか? 人間を模した化け物のようなやつだ」

「んー……?」

 中年の男は立ち上がって首を傾げた。

「……もうちょい特徴がないと……いや、待てよ……それって……いや、やっぱ知らんわ」

「そうか」

「というか、あんたもまあまあ変な格好してるぞ?」

「王だからな!」

「ははっ! そりゃ失礼! 王様だったかい」

 男は人懐こく笑って、腰の布巾で手を拭いた。

 ……オレが王であるとは微塵も信じていないようだが、悪いやつではなさそうだ。少し話を聞いてみるか。

「ところで、……“禁呪”について教えてほしい。無論、オレは魔法など微塵も使えない故、知識として知っておきたいだけなのだがな!」

 オレの明るい問いに対して、男の笑みがすっと消えた。

「……まあ、教えるだけならいいけど、変な知識を身につけておかしなことはするなよ?」

「無論だ」

「第一に、禁呪は古くは“禁断術”とも呼ばれてた禁忌の行為だな。なにせ、ろくな使い道がないからな。死体を操るだの、因果を弄るだの、過去を引き戻すだの……」

「死体、因果、過去、か。ろくでもないな」

「ああ、だいたいそういう方向の魔法だ。しかも、成功したって話はゼロ、挑んだ末に死んだって話しか聞いたことがない。特に死者蘇生系の禁呪は、研究中に暴走して……あちこちに、無名の墓標が立ったんだ。あんたも観光客なら一度は見ただろ。丘陵地の上に並べられた大量の墓標だよ」

「……」

「通称“無名の墓地”だ。禁呪研究で命を落とした者たちの眠る場所で、表立って語る者はいないが……あれは、この国が背負ってきた“代償”だよ。魔法に明るいやつや俺みたいな研究者連中を除けば、今ではこの話すら知らないやつもいる。そもそもあんな場所に足を運びたがらない奴がほとんどさ」

 男の目が、どこか遠くを見るような色になった。

「禁呪ってのはな。欲望と執着が産んだ“歪んだ魔法”だ。だから、まともな奴ほど触れようとしない」

「ふむ、興味深い話だった」

「おう、まあ、魔法を使えないっていうあんたには無縁だろうがな」

「さあ、どうかな?」

 オレは肩をすくめて笑うと、男に軽く手を振った。
 ただ、普通に手を振った。

「情報、感謝する。“王”の礼だ」

「ハハ、なんのこっちゃ。でも、あんた変わってるな。……ま、気をつけなよ。禁呪ってのは、深追いすると何かを持っていかれるからな」

 男の言葉を背に受けながら、オレは再び廊下を歩き出す。

 禁呪。人が踏み込むには深すぎる闇か。

 だが、その闇の果てに、誰かが“光”を見出そうとしているならば、オレもそこへ向かわざるを得ないのだろう。

 禁忌の先に道はない!
 王は禁忌をよしとしない!

 足を踏み外そうとする者がいるならば、王はそれを止める義務がある!
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