ハーレムキング

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4章 論理と感情を合わせる方法 編

ハーレムキングは酒場で邂逅する

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 夕暮れの喧騒が、イデアの中央街区の一角を包んでいた。

 研究室からの帰り道。
 王たるオレとサラは、街角のにぎやかな酒場へと立ち寄っていた。
 魔法で暖かく照らされた木造の屋根、香ばしい肉の匂い、そして賑やかな笑い声。どれもがこの国の“日常”を彩っていた。

「……んーーーーーーー! 今日はすごく勉強になったなぁ! あの構築魔法の再現性の話、ちょっと衝撃でした」

 サラは体を伸ばしながら言った。頭を使ったらしく、表情には疲れの色が見える。

「ふはははははっ! 知識に酔いしれたか? それもまた旅の醍醐味というものだ。知の宴、賢者の贅沢、というやつだな!」

 オレが誇らしげに言うと、サラはくすっと笑ってコップの水を口に運んだ。

 ——だが、その笑みはほんの僅かに、普段とは違って見えた。

 口元の動きがわずかに硬い。
 喉を鳴らす音が微かに遅れた。
 表情に曇りはないが、どこか“言葉にできない何か”が心の奥に引っかかっているようだった。

 普通の人間なら、きっと気づかない。

 だが、オレは王だ。
 些細な揺らぎすら、見落とさない。
 まして相手はハーレム構成員のサラである。

 生意気にもサラはオレに悩みを明かすつもりはないようだ。
 ふむ……まあいいか。

 ——それでも、あえて何も言わない。

 まだ“今”は、口を挟む時ではないと感じたからだ。

「ところで……セレナの話、どうだった? あの少女、なかなか興味深いだろう?」

 オレは水を口に含みながら、さも軽く問いかけるように話を振った。

 サラは一瞬だけ考え込むような間を置いてから、小さく首を縦に振った。

「うん。すごかったです。あんな感じだけどまだ十五歳で私の年下でしたし、それなのにもう独り立ちしていて立派な研究者として暮らしてるそうです」

 これは嘘偽りない素直な言葉だ。憧憬を抱きながらも、尊敬も忘れず、同時にサラの瞳の奥にはわずかな闘争心も見える。ふむ、今は敵わずとも目標となる相手を見つけたらしい。

「それに、構築魔法の話は私じゃ半分も理解できなかったけど……自分の信じてる理論を雄弁に語るところはすごく真摯でした。私、もっと頑張らなきゃってなりましたっ!」

 サラはテーブルの上に置いた拳を力強く握り込んでいた。

「ふはは! セレナはまさに学術に生きる者の顔だったな。だが、愛嬌はない。あれでは口説きがいがないのが難点だ」

「……ほんと、どこにでもそういう視点入れるの、やめた方がいいと思いますよ?」

「む? これはハーレムキングとしては当然の視点! 愛嬌も重要な要素だろう? ほら、こうして君と話している方がよほど心が休まる。これぞ初期ヒロイン枠というものだ! いつも感謝する!」

「……もう……調子のいいこと言って」

 小さく笑って、サラは目を伏せた。

 その笑みは、さっきよりほんの少し柔らかかった。

 だが、オレは知っている。
 この微笑の下にあるものが、まだ晴れてはいないということを。
 だからこそ、今は追わない。問いたださない。守るのが王の役目だ。
 オレはいつも通りの顔で、堂々と杯を掲げた。

 ——そして。

「あれ? おーい! 元問題児のサラと王様じゃん!」

 店の奥から、聞き覚えのある快活な声が響いた。

「……え? ア、アレッタ!?」

 サラが驚いた顔で立ち上がると、そこに現れたのは、軽装鎧に身を包み、長い外套を肩にかけた女性騎士——セイクリール神殿を警備する第三部隊隊長、アレッタだった。

「おお! 赤みがかった短髪に金色の瞳! アレッタ! アレッタではないか! 騎士系ヒロインが知の国へ何用だ! 会いたかったぞ!」

「王様、久しぶりね。相変わらず騒がしいけど……その、あたしも会いたかった……まず手を離してくれる?」

 おっと失敬。胸の高鳴りを抑えきれず、ついついアレッタに近寄りその可憐な両手を包み込んでいた。
 岸らしからぬもちもちのおててがまた可愛いことこの上なし!

「ふはははっ! これまた見事な再会だ! いやぁ、麗しき銀の騎士とまた会えるとは! 王たるオレの魅力が君のことを引き寄せたとしか思えんな! これはまさに運命と呼ぶに相応しいだろう!」

「相変わらずうるさいわね、王様気取り」

「王様“気取り”ではない。オレは王様“そのもの”だ!」

「……はいはい、変わってないねぇ」

 アレッタがあきれつつも笑みを浮かべるが、安心しきって綻んだその表情は信頼の証と受け取っておこう。
 その隣で、サラもほっとしたように微笑んでいた。

「それで、二人はここで何してたの?」

「私が神聖魔法をもっと学びたいと思ったので、王様に無理を言って一緒に遊びにきたんです」

「へー、収穫はあったの?」

「まあ、はい!」

「そう」

「アレッタはどうしてイデアに……?」

「うん、任務でね。セイクリールに悪い魔法使いがいたんだけど、めちゃくちゃすばしっこいやつでね。なんか嫌な予感がしたからここまで追いかけてきたんだ。だから、しばらくこっちに滞在する予定」

「そうなんだ……お手洗いしてくるね」

 サラはどこか安心したようだった。ふらっと立ち上がる。

 ——さて。

 軽く杯を交わしたあとは、例によってオレのターンだ。

「アレッタよ、君とサラの関係は幼馴染だったな? ふむ、それなら昔の話を一つや二つ、聞かせてもらっても罰は当たらんだろう?」

「え、何? 昔話?」

「興味があるのだ。君たちの“始まり”を知ることに、王としての意味があると思ってな。せっかくの機会だ。悪くないだろう?」

 わざとらしく腕を組んで言うと、アレッタは不意に目を細めた。

「……あんたって、意外と真面目なとこあるよね」

「当然だ。王だからな!」

「ふふ……まあいいわ。話しても大丈夫そうなやつだけ教えてあげる。サラがおねしょばっかりしてた話とか聞きたい?」

「アアアア、アレッタ!! そんな恥ずかしい話を王様に教えたらさすがに私も怒りますからね!?」

 席を立ったはずのサラだったが、地獄耳で聞こえていたのか大胆にも離れた場所から遠距離ツッコミを決めてきた。
 さすがのツッコミ属性持ちは違うな……

「ん、冗談だよ、サラ」

 アレッタはビールを一口あおり、ぽつりと続けた。
 サラの扱いは随分と慣れている。さすがは幼馴染である。

「……サラはね、昔から優しくてまっすぐで、でもそのせいで、孤児院だけじゃなくて、あの神殿でもずっと浮いてたの。権威や命令より“人を助ける”ことを優先しちゃうから」

「ほう。殊勝だな」

「それでね、上層部の人たちとも何度も衝突して……結局、いろんなこと押しつけられて、でも文句一つ言わずに耐えてた。……ほんと、あんたが現れる前のサラは、ずっと独りだったのよ」

「……なるほどな」

 オレは視線をコップに落としながら、小さく呟く。

 その言葉の奥に、サラが背負ってきた重みの一端が透けて見えた気がした。

「では、もう一つ尋ねよう」

 次が本命だ。

 心して聞くが良い!

「なに?」

「君たち二人は孤児院育ちだそうだが、サラは自らの両親についてどう評している? あるいは兄弟姉妹がいればその者たちへの評価あるいは印象を聞きたい」

「……難しいね。でも、両親は物心つく前に死んじゃってるからなんとも思ってないと思うよ。唯一の肉親は妹だけど……まあ、その……言いにくいなぁ」

「死んだのか」

「王様、そんなあっさり……」

 アネッタは顔に影を落として息を吐いた。そんな顔はするな。可愛い顔が台無しじゃないか!

「死は摂理、誰しもに降りかかる運命の瞬間だ。何も発言を躊躇する事象ではない。まあ、気持ちは汲むがな」

 サラは妹を亡くしている。その事実を知れただけでオレは満足した。王として知るべきことを知れた瞬間だ。

「……サラの妹はあたしたちの二つ下なんだけど、体が弱くて三歳の時に死んじゃってるのよ」

「十年以上前か。蛇足な質問だとは思うが、サラは実妹を愛していたのだな?」

「そりゃそうよ。最近はわからないけど、セイクリール神殿にいた時はたまにぼやいてたわよ。また会いたいなぁ……ってね」

「ふむ、一生会うことが叶わない相手に会いたいと懇願するのは愛を注いでいた証拠……もしもまた会える可能性を知ってしまえば、どういう行動に出るのかは容易に想像がつくな」

「何の話?」

「む? 死者蘇生の禁呪を知らないのか?」

「……なんかやばそうじゃない? それ」

「本来なら君にも情報を共有しておきたいところだが、詳しくは追って話す」

「隠し事はなしよ?」

「ふはははははっ! 王はアレッタ、君を信頼している! ならば見ておくがいい。オレは必ず、彼女を“救い続ける”と誓ったのだからな!」

 静かに、だが揺るぎなく告げると、アレッタはふっと息を吐いた。

「……その目、嘘じゃないんだね。色々とあたしが知らないことも多いみたいね」

 酒場の灯りの中、アレッタの瞳が真剣にオレを見ていた。

「当然! 王は嘘をつかない!」

 オレが堂々と宣言したところで、離席していたサラが戻ってきた。完璧な段取り。情報の取得。ヒロインの傷に、無理に触れず知る——それが王たる流儀というもの!

「おまたせー……二人とも、変な話はしてないですよね? なんか不安なんですが……」

「してないしてない! サラが子犬に吠えられてびっくりしてお漏らしした話なんてしてないから!」

 アレッタはすっと表情を戻して、また陽気な騎士へと戻っていた。

「わわわわわ! だ、ダメ! その話はしないでください! 六歳にもなってそんな真似をしたと知られたら恥ずかしくて生きていけません!」

「安心しろ、サラ! 王は全てを許容する! お漏らしをしようと、それもまた人間を構成する一つのピースだ!」
 
「え……寛大ですね、王様! って、そもそも食事中にお漏らしの話をするなんておかしいですからね!?」

 困ったようにツッコミを入れてくるサラと、そんな彼女を挟んで両側に座るオレとアレッタ。

 静かな夜は、騒がしく、優しく、そしてほんの少しだけ切なく——それでも、確かな絆と共に過ぎていった。
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