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三章 ライナスのぬくもりに溶かされて
ライナスの気配
しおりを挟む先に風呂を浴びてから俺は寝室へと向かう。
寝る前にストーブで部屋を温めておいたほうがいいだろうと思って足を運んだが、ふすまを開けるといつもの冴えた空気の出迎えはなかった。
冷え切った廊下を渡り終えたことを労うような、不意打ちのぬくもり。独りではないという証に頬が緩む。
「この部屋で誰かの気配を感じるなんて、学生の時以来か?」
子どもの頃は俺以外の誰かが出入りしていた。風邪を引いて寝込んだ時に看病してくれた母親。たまにここへ遊びに来てくれた辻口や学友たち。成人してからは俺しか出入りしていない。
誰も入れる気のなかった部屋。まさかこの年になって、一緒に寝るためにここへ人を招く日が来るとは……。
少し感慨深くなりながら部屋の明かりを点ける。
飾り気のない殺風景な和室に敷かれた二組の布団。ぴっちりと隙間なく並べられた様に、思わず生々しさを感じてしまう。
ああ、落ち着かない。本当に俺はアイツと寝るのか?
昨日は大事を取って、前の部屋で丸一日ライナスを休ませた。だからこの部屋で一緒に寝るのは今日が初めてだ。
一応付き合うことになったんだ。横に並んでただ寝るだけで済まないだろう。
ゲイではないが、その道の人に男同士のやり方を教わりに行ったライナス。無知で色恋には無縁でとっくに枯れていた俺とは違い、若くて貪りたい盛りのアイツは仲の深め方を知っている。
俺からは何もする気はない。ライナスが望んだことだ。気が済むまでやればいい。飽きて離れることを期待しながら相手をする気だと知ったら、さすがに悲しむだろうか。
……早く俺から離れて欲しいが、ライナスに悲しい思いをさせるのは嫌だ。
ライナスのことを考えてしまうと、どこまでも取り留めなく思考を働かせてしまう。それだけ頭の中で流せないほど、ライナスの存在が大きくなっていることを自覚する。
今まで築き上げてきた自分が壊れていくのを感じる。ずっとこの家で独り、ただ誰よりも深い漆黒だけを求めて生きていけるように作った自分が――。
ふっ、と我に返り、俺はふすまを閉じてストーブ前を陣取る。
赤々とした輝きから放たれる熱が俺の顔に届く。熱く感じるのはストーブのせいなのか、俺が赤面しているせいなのか、うやむやになっていく。
考えることに疲れてぼんやりしている内に、眠気が俺を包み込んでくる。コクッ、コクッ、と横に舟を漕ぎ始めていると、
「お待たせしました、カツミさん」
背後からライナスに抱き包まれる。少し冷え始めていた背中に風呂上がりの体温を感じてしまい、その心地良さに息が零れた。
「別に、待っていない」
「でもカラダ、冷えてます」
「ライナスは風呂から出たばかりだからな。そのせいだろう」
「しっかりあたためますね」
人の話を聞かず、ライナスが俺に熱を移してくる。
腕の中があまりにあたたかくて、心ごと溶かされていく。もっと熱が欲しいと強請るように顔を上げれば、既に寄せ始めていたライナスの唇に出迎えられ、口付けで体を熱くさせられる。
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