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四章 試練と不調と裸の付き合い
町の社交場
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総湯は町の人間の社交場だ。この付近に住んでいる者なら、毎日入りに来ている者も多い。年配者ならなおさらだ。漆器業は自分のペースで仕事ができる。仕事をさっさと済ませ、昼間から総湯でまったりとくつろぎ、顔馴染みと談笑するのが昔の定番だった。
今は車の移動が当たり前になって娯楽は増えたが、それでも昔の名残はある。地域住民にとっては日常の一部。この近所に住んでいる水仲さんなら、ほぼ毎日通っているだろう。
時間を合わせ、顔を見る機会を増やしていき、馴染みを作っていく。漆とは関係ない場所から繋がりを作ったほうが、遠回りなようで有効なのかもしれない。辻口の狙いに俺は納得したが、
「どうしても、入らないとダメ、ですか?」
隣でライナスが物悲しい顔で俺に訴えてくる。
うっ、と心が揺らぎかけたが、俺は堪えてライナスの背をバンッ叩く。
「お前のためだ、我慢しろ。俺とずっと一緒にいたくないのか?」
一番効きそうな餌をチラつかせれば、案の定ライナスは食いついた。
「いたいです! ガマンします!」
突然俺の手を両手で握り込み、熱さが増した青い目で俺を見つめてくる。
……お前な、出入り口で目立つことするな。ただでさえ海外の人間で背が高いってだけでも目立ってるんだから。
さっさと顔を逸らし、手を離させて俺は番台へ券を二枚出す。
番台のじいさんは小さく皺だらけの手で券を取り、ロッカーの鍵を渡しながら口を開いた。
「久しぶりやなあー幸正のぼっちゃん。弟子連れてよう来たんなあ。まあゆっくり入ってき」
俺のことも覚えているとは……と驚いてから、俺は目を見張る。ライナスのことも知ってるとは。総湯情報網恐るべし。
一度も総湯へ来たことのないライナスを番台のじいさんが知っているということは、誰かが話したのだろう。多分、漆芸館にいる人間だろうが、きっと談笑の種として利用され、広がったのだろう。もしかすると町の人間の半数ぐらいはライナスが俺の弟子だと知っているかもしれない。
長身で金髪の異邦人。海外旅行者が増えたとはいえ、田舎には珍しい。ましてや漆芸を学んでいるなんて、稀にもほどがある。
それに俺は変わり者だった親父の息子。目つきの悪さも、人付き合いの悪さも親父譲り。そんな人間がライナスを弟子にしているのだ。目立たない訳がない。
面倒だな、と思ってから諦めの気持ちに切り替え、俺は鍵を受け取りながら番台のじいさんに答えた。
「ああ。しばらく通うと思うから、よろしくな」
にこやかなじいさんの顔が、ますます目を弧にして俺たちを歓迎してくれた。昔ながらの知り合いに悪く思われないのは、素直に嬉しい。
ここ数年は足が遠ざかっていたが温泉はいい。目的を果たせるかは謎だが、風呂を楽しむだけでも有意義だ。そう思いながら脱衣所へ向かうと、既に温泉のほのかな熱気が肌を撫でてくる。
温泉で温まった体を冷ましている最中のじいさんたちを尻目に、各々にカギに書かれたナンバーのロッカーへ行く。手早く服を脱ぎ、雑に畳んでロッカーへしまってから、俺はライナスを見た。
「おいライナス。辻口から借りた温泉セットのタオル、腰に巻いておけ――」
「カツミさん、早く隠しましょう!」
俺よりも早く裸になったライナスは、自分のタオルを素早く俺の腰に巻いてくる。
お前、自分に巻けよ。ソコは色も形も日本人と違うから。目立つから。
慌てて俺はライナスの腰へタオルを巻いてやる。なぜか互いにやり合うという状態になってしまい、何をやっているんだと内心呆れてしまう。
ばっちり周囲から視線を感じる。俺たちの異質さが気になって仕方ないらしい。ゴホンと咳払いしてから、俺はライナスから離れた。
「ライナスは総湯初めてなんだろ? 人の心配はしなくていいから、まずはどんな場所か知ってくれ」
あくまで何も知らない海外出身のライナスを教えている雰囲気を出し、その場をどうにか誤魔化す。これで怪しまれないだろうと思ったが、
「あ……」
「どうしたライナス?」
「すみません。痕、付けちゃって……」
今は車の移動が当たり前になって娯楽は増えたが、それでも昔の名残はある。地域住民にとっては日常の一部。この近所に住んでいる水仲さんなら、ほぼ毎日通っているだろう。
時間を合わせ、顔を見る機会を増やしていき、馴染みを作っていく。漆とは関係ない場所から繋がりを作ったほうが、遠回りなようで有効なのかもしれない。辻口の狙いに俺は納得したが、
「どうしても、入らないとダメ、ですか?」
隣でライナスが物悲しい顔で俺に訴えてくる。
うっ、と心が揺らぎかけたが、俺は堪えてライナスの背をバンッ叩く。
「お前のためだ、我慢しろ。俺とずっと一緒にいたくないのか?」
一番効きそうな餌をチラつかせれば、案の定ライナスは食いついた。
「いたいです! ガマンします!」
突然俺の手を両手で握り込み、熱さが増した青い目で俺を見つめてくる。
……お前な、出入り口で目立つことするな。ただでさえ海外の人間で背が高いってだけでも目立ってるんだから。
さっさと顔を逸らし、手を離させて俺は番台へ券を二枚出す。
番台のじいさんは小さく皺だらけの手で券を取り、ロッカーの鍵を渡しながら口を開いた。
「久しぶりやなあー幸正のぼっちゃん。弟子連れてよう来たんなあ。まあゆっくり入ってき」
俺のことも覚えているとは……と驚いてから、俺は目を見張る。ライナスのことも知ってるとは。総湯情報網恐るべし。
一度も総湯へ来たことのないライナスを番台のじいさんが知っているということは、誰かが話したのだろう。多分、漆芸館にいる人間だろうが、きっと談笑の種として利用され、広がったのだろう。もしかすると町の人間の半数ぐらいはライナスが俺の弟子だと知っているかもしれない。
長身で金髪の異邦人。海外旅行者が増えたとはいえ、田舎には珍しい。ましてや漆芸を学んでいるなんて、稀にもほどがある。
それに俺は変わり者だった親父の息子。目つきの悪さも、人付き合いの悪さも親父譲り。そんな人間がライナスを弟子にしているのだ。目立たない訳がない。
面倒だな、と思ってから諦めの気持ちに切り替え、俺は鍵を受け取りながら番台のじいさんに答えた。
「ああ。しばらく通うと思うから、よろしくな」
にこやかなじいさんの顔が、ますます目を弧にして俺たちを歓迎してくれた。昔ながらの知り合いに悪く思われないのは、素直に嬉しい。
ここ数年は足が遠ざかっていたが温泉はいい。目的を果たせるかは謎だが、風呂を楽しむだけでも有意義だ。そう思いながら脱衣所へ向かうと、既に温泉のほのかな熱気が肌を撫でてくる。
温泉で温まった体を冷ましている最中のじいさんたちを尻目に、各々にカギに書かれたナンバーのロッカーへ行く。手早く服を脱ぎ、雑に畳んでロッカーへしまってから、俺はライナスを見た。
「おいライナス。辻口から借りた温泉セットのタオル、腰に巻いておけ――」
「カツミさん、早く隠しましょう!」
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お前、自分に巻けよ。ソコは色も形も日本人と違うから。目立つから。
慌てて俺はライナスの腰へタオルを巻いてやる。なぜか互いにやり合うという状態になってしまい、何をやっているんだと内心呆れてしまう。
ばっちり周囲から視線を感じる。俺たちの異質さが気になって仕方ないらしい。ゴホンと咳払いしてから、俺はライナスから離れた。
「ライナスは総湯初めてなんだろ? 人の心配はしなくていいから、まずはどんな場所か知ってくれ」
あくまで何も知らない海外出身のライナスを教えている雰囲気を出し、その場をどうにか誤魔化す。これで怪しまれないだろうと思ったが、
「あ……」
「どうしたライナス?」
「すみません。痕、付けちゃって……」
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