58 / 79
四章 試練と不調と裸の付き合い
家風呂が良い理由
しおりを挟む
一瞬なんのことだと首を傾げたが、すぐ察しがつく。
バッと振り返り、洗面台に備え付けられた大きな鏡に顔を近づける。
しっかりと首元に刻まれたキスマーク。いつの間に……っ、と俺は慌てて手で押さえた。
羞恥で顔が赤くなっていく自分を鏡で見ながら、俺は体を震わせる。なんてことを、と怒鳴ってしまいたいが、人前でそうする訳にもいかず、耐えるしかない。
不意に濱中が俺に近づき、小声で告げてくる。
「幸正さん、変に意識しないほうが良いですよ。ソワソワすると、余計に目立ちますから」
「ああ、そうだな。浴場へ行けば煙で見えなくなるしな」
濱中の声に俺は落ち着きを取り戻す。事情を知っているのが思慮深い彼で本当に良かったと思っていたが、
「は、濱中、大丈夫か? 目の焦点がブレてるぞ」
「ええ、はい、まだ直視する覚悟が、できなくて……」
一見するといつもの淡白な濱中の顔。しかし目の焦点が揺れている他にも、うっすらと汗をかいて動揺を滲ませている。
俺たちから少し離れた所にいる辻口が、俺たちを見て苦笑している。その姿が鏡に映ってしまい、濱中は顔を逸らす。
「早く入るぞー。ひと風呂浴びて待てばいいだろ」
何も知らない辻口が俺たちを促してくる。ぎこちないままの濱中と、ソワソワするライナスを連れ、俺たちは浴場へ向かった。
立ち上る湯気に出迎えられ、互いの姿がわずかにぼやける。これなら誤魔化せるかと思いながら、かけ湯をしてだだっ広い風呂へ体を浸す。
肩まで入れば完全に安堵して息をつく。思いは違うはずだが、隣に来たライナスも同じように息をつき、俺に笑いかけてきた。
「すごいですね! こんな大きなお風呂、初めてです」
「だろうな。こっちのほうが体が芯まで温まるから、家の風呂が入りにくくなるぞ」
「でも、家のお風呂もいいです。嬉しくなります」
まさか俺が入った後だから、なんて言い出さないよな?
嫌な予感に動悸を覚えていると、ライナスからフッと優しく息をつく音がした。
「いつも家でお風呂に入ると、独りじゃないと思います。それが嬉しいです」
予想外に共感することを言われて、俺は一瞬真顔になる。そして勝手に顔が緩む。
「そうだな。俺も、そう思う」
先に入ろうが、後に入ろうが、自分以外の誰かの気配を色濃く感じる。それがホッとして、愛おしくも思う日が来るなんてなあ。
これが家の中なら喜びのままライナスに飛びつかれているだろうと思っていると、ボソリと低い呟きが聞こえてきた。
「……やっぱり、家がいいです」
俺への想いがジワリと滲み、強引に体の奥から熱を引き出されてしまう。ああ、一回り以上違う年下の男に振り回されている自分が情けない。
湯の中に頭まで沈めてしまいたい思いに駆られていると、湯の中を進んできた辻口と濱中が現れた。
「念のために洗い場のほうも探してみたが、水仲さんはいなかった。のぼせない程度に長風呂して待つしかないな」
肩をすくめながら辻口は湯に肩を沈める。少し離れて濱中も湯につかるが、もう首から上が赤い。
倒れなければいいが……と心配していると――こてっ。俺の肩に何かがぶつかる。
視界の脇に映ったのは、しっとりとした金髪。
ライナスの頭だと分かった瞬間、俺の背筋から血の気が引いた。
「ライナス……っ、おい、大丈夫か!」
ぐったりと俺にもたれかかる姿に、辻口と濱中も血相を変える。
「もう茹ったんですか! ライナス、しっかりして下さい」
すぐに濱中が近づき、俺に目配せしてそれぞれにライナスの肩を持って引き上げようと息を合わせる。
異変に気付いた者たちが俺たちを囲み、ざわざわし出す。それに気づいた辻口が説明に回っている中、ライナスがピクリと動いた。
バッと振り返り、洗面台に備え付けられた大きな鏡に顔を近づける。
しっかりと首元に刻まれたキスマーク。いつの間に……っ、と俺は慌てて手で押さえた。
羞恥で顔が赤くなっていく自分を鏡で見ながら、俺は体を震わせる。なんてことを、と怒鳴ってしまいたいが、人前でそうする訳にもいかず、耐えるしかない。
不意に濱中が俺に近づき、小声で告げてくる。
「幸正さん、変に意識しないほうが良いですよ。ソワソワすると、余計に目立ちますから」
「ああ、そうだな。浴場へ行けば煙で見えなくなるしな」
濱中の声に俺は落ち着きを取り戻す。事情を知っているのが思慮深い彼で本当に良かったと思っていたが、
「は、濱中、大丈夫か? 目の焦点がブレてるぞ」
「ええ、はい、まだ直視する覚悟が、できなくて……」
一見するといつもの淡白な濱中の顔。しかし目の焦点が揺れている他にも、うっすらと汗をかいて動揺を滲ませている。
俺たちから少し離れた所にいる辻口が、俺たちを見て苦笑している。その姿が鏡に映ってしまい、濱中は顔を逸らす。
「早く入るぞー。ひと風呂浴びて待てばいいだろ」
何も知らない辻口が俺たちを促してくる。ぎこちないままの濱中と、ソワソワするライナスを連れ、俺たちは浴場へ向かった。
立ち上る湯気に出迎えられ、互いの姿がわずかにぼやける。これなら誤魔化せるかと思いながら、かけ湯をしてだだっ広い風呂へ体を浸す。
肩まで入れば完全に安堵して息をつく。思いは違うはずだが、隣に来たライナスも同じように息をつき、俺に笑いかけてきた。
「すごいですね! こんな大きなお風呂、初めてです」
「だろうな。こっちのほうが体が芯まで温まるから、家の風呂が入りにくくなるぞ」
「でも、家のお風呂もいいです。嬉しくなります」
まさか俺が入った後だから、なんて言い出さないよな?
嫌な予感に動悸を覚えていると、ライナスからフッと優しく息をつく音がした。
「いつも家でお風呂に入ると、独りじゃないと思います。それが嬉しいです」
予想外に共感することを言われて、俺は一瞬真顔になる。そして勝手に顔が緩む。
「そうだな。俺も、そう思う」
先に入ろうが、後に入ろうが、自分以外の誰かの気配を色濃く感じる。それがホッとして、愛おしくも思う日が来るなんてなあ。
これが家の中なら喜びのままライナスに飛びつかれているだろうと思っていると、ボソリと低い呟きが聞こえてきた。
「……やっぱり、家がいいです」
俺への想いがジワリと滲み、強引に体の奥から熱を引き出されてしまう。ああ、一回り以上違う年下の男に振り回されている自分が情けない。
湯の中に頭まで沈めてしまいたい思いに駆られていると、湯の中を進んできた辻口と濱中が現れた。
「念のために洗い場のほうも探してみたが、水仲さんはいなかった。のぼせない程度に長風呂して待つしかないな」
肩をすくめながら辻口は湯に肩を沈める。少し離れて濱中も湯につかるが、もう首から上が赤い。
倒れなければいいが……と心配していると――こてっ。俺の肩に何かがぶつかる。
視界の脇に映ったのは、しっとりとした金髪。
ライナスの頭だと分かった瞬間、俺の背筋から血の気が引いた。
「ライナス……っ、おい、大丈夫か!」
ぐったりと俺にもたれかかる姿に、辻口と濱中も血相を変える。
「もう茹ったんですか! ライナス、しっかりして下さい」
すぐに濱中が近づき、俺に目配せしてそれぞれにライナスの肩を持って引き上げようと息を合わせる。
異変に気付いた者たちが俺たちを囲み、ざわざわし出す。それに気づいた辻口が説明に回っている中、ライナスがピクリと動いた。
11
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
俺の推し♂が路頭に迷っていたので
木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです)
どこにでも居る冴えない男
左江内 巨輝(さえない おおき)は
地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。
しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった…
推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる