11 / 41
11 果樹園
しおりを挟む
……こわかった。
男の鋭い視線が。あの真っ黒な瞳が。
あれが魔法なの? 魔石の力も借りず、魔物のように魔法を使った。
おそろしいわ。魔物と同じね。黒い髪に黒い瞳。
あれが帝国の貴族。
黒い炎が燃えているような、魔物のような目をした人間。
「聖女さま~?」
人型になった精霊が、首をかしげて私を見上げた。
「ごめんね。朝ごはんの途中だった?」
自室のベッドに座り、震える肩を自分で抱きしめて、ルリに向き合う。
精霊は、にこにこしながら空間から長い物を取り出した。細くて長くて黒い物体には、毛が生えている。
「残りは持ってきたから大丈夫~」
そう言って、子供の姿の精霊はポリポリと魔物蜘蛛の足をかじり出した。
「……それを食べてからでいいから、もう一回転移してくれる?」
「はあーい」
ルリは急いで口いっぱいに蜘蛛の足を詰め込んだ。
離宮に転移してくれたのはいいのだけれど、今日は他にも行く場所があるのだ。
王都のはずれにある小さな農園を、メイドのマリリンの親を通して購入した。物乞いに、この場所の地図を書いた紙を銀貨と一緒に渡した。ここで果物を育てている。できるだけたくさんの収穫を見込んでいるので、人手が必要なのだ。
「こんにちは。種を持って来ました」
転移の後、鳥の姿にもどったルリをポケットに入れて、顔を見られないようにフードを深くかぶる。そして、見張り小屋に座っている中年の男に挨拶をした。
「おお。親方はあっちにいるぞ」
男が指さした先にいる老人の方へ歩きながら、畑の様子を観察する。
数日前に種を植えたばかりなのに、葉が生い茂り、すでに蕾をつけている。実を収穫できるのは、もうすぐね。赤い花が咲いた後、大きな丸い実ができる。
甘くて、とろけるように美味しいその果物は、帝国人がこぞって買い求めるだろう。
でも、絶対に、この国の民が食べてはいけない。
「こんにちは。種を持って来ました」
フードを深くかぶって顔を隠した私は、怪しく見えるだろう。
でも、金で雇った貧しい老人は、そんなことは気にならないようだ。
「素晴らしい種ですな。まるで、昔、精霊の加護があった時代のようです。何もしなくてもすくすく育つ。これは、どんな実ができるのかね?」
「赤い実です。でも、絶対に食べないでください。高級品なので、あなた方の所持金ではとても購入できませんよ」
高値で売るつもりだ。この味を知れば、どれほど値上げしようとも帝国人は買い求めるだろう。一度食べたら、もう一つ食べたくなる。そして、二個、三個と食べ続けたら……。もう、この果物なしでは生きていられない。
――幸せの夢。
ルリに頼んで、残っていた種を探してきてもらった。精霊の加護がかかっているから成長が早い。
これを帝国へ輸出する。
100年前、私の父王は、これを好んで食べ、身を滅ぼした。この実を食べると、幸せな夢を見ることができるけれど、中毒性があるのだ。幸せな夢の世界で生きるために、父はこれを食べ続けた。そして、やがて現実に戻ることをやめた。
私の国民を奴隷にしようとする帝国人に与えるには、ぴったりの商品ね。
教会で出会った魔物のような男を思い出して、わずかな罪悪感を忘れることにした。
魔物のように魔法を使う者から、私の愛する国民を守るためだもの。
これは、必要なことよ。
「もしもここで働く者が、この果物を食べたら、見せしめとして、できるだけひどい処罰をしてちょうだいね」
絶対に、国民には食べさせないわ。
私の強い言葉に、老人はびくりと震えた。
上の者の言いなりになることしかできない、愛すべき国民。
精霊の加護のおかげで、無知で純粋に育った者たち。
私は、王女として、彼らを導かないといけない。
だって、私はそのために犠牲になったのよ。
私の国民を帝国人なんかに渡さないんだから。
男の鋭い視線が。あの真っ黒な瞳が。
あれが魔法なの? 魔石の力も借りず、魔物のように魔法を使った。
おそろしいわ。魔物と同じね。黒い髪に黒い瞳。
あれが帝国の貴族。
黒い炎が燃えているような、魔物のような目をした人間。
「聖女さま~?」
人型になった精霊が、首をかしげて私を見上げた。
「ごめんね。朝ごはんの途中だった?」
自室のベッドに座り、震える肩を自分で抱きしめて、ルリに向き合う。
精霊は、にこにこしながら空間から長い物を取り出した。細くて長くて黒い物体には、毛が生えている。
「残りは持ってきたから大丈夫~」
そう言って、子供の姿の精霊はポリポリと魔物蜘蛛の足をかじり出した。
「……それを食べてからでいいから、もう一回転移してくれる?」
「はあーい」
ルリは急いで口いっぱいに蜘蛛の足を詰め込んだ。
離宮に転移してくれたのはいいのだけれど、今日は他にも行く場所があるのだ。
王都のはずれにある小さな農園を、メイドのマリリンの親を通して購入した。物乞いに、この場所の地図を書いた紙を銀貨と一緒に渡した。ここで果物を育てている。できるだけたくさんの収穫を見込んでいるので、人手が必要なのだ。
「こんにちは。種を持って来ました」
転移の後、鳥の姿にもどったルリをポケットに入れて、顔を見られないようにフードを深くかぶる。そして、見張り小屋に座っている中年の男に挨拶をした。
「おお。親方はあっちにいるぞ」
男が指さした先にいる老人の方へ歩きながら、畑の様子を観察する。
数日前に種を植えたばかりなのに、葉が生い茂り、すでに蕾をつけている。実を収穫できるのは、もうすぐね。赤い花が咲いた後、大きな丸い実ができる。
甘くて、とろけるように美味しいその果物は、帝国人がこぞって買い求めるだろう。
でも、絶対に、この国の民が食べてはいけない。
「こんにちは。種を持って来ました」
フードを深くかぶって顔を隠した私は、怪しく見えるだろう。
でも、金で雇った貧しい老人は、そんなことは気にならないようだ。
「素晴らしい種ですな。まるで、昔、精霊の加護があった時代のようです。何もしなくてもすくすく育つ。これは、どんな実ができるのかね?」
「赤い実です。でも、絶対に食べないでください。高級品なので、あなた方の所持金ではとても購入できませんよ」
高値で売るつもりだ。この味を知れば、どれほど値上げしようとも帝国人は買い求めるだろう。一度食べたら、もう一つ食べたくなる。そして、二個、三個と食べ続けたら……。もう、この果物なしでは生きていられない。
――幸せの夢。
ルリに頼んで、残っていた種を探してきてもらった。精霊の加護がかかっているから成長が早い。
これを帝国へ輸出する。
100年前、私の父王は、これを好んで食べ、身を滅ぼした。この実を食べると、幸せな夢を見ることができるけれど、中毒性があるのだ。幸せな夢の世界で生きるために、父はこれを食べ続けた。そして、やがて現実に戻ることをやめた。
私の国民を奴隷にしようとする帝国人に与えるには、ぴったりの商品ね。
教会で出会った魔物のような男を思い出して、わずかな罪悪感を忘れることにした。
魔物のように魔法を使う者から、私の愛する国民を守るためだもの。
これは、必要なことよ。
「もしもここで働く者が、この果物を食べたら、見せしめとして、できるだけひどい処罰をしてちょうだいね」
絶対に、国民には食べさせないわ。
私の強い言葉に、老人はびくりと震えた。
上の者の言いなりになることしかできない、愛すべき国民。
精霊の加護のおかげで、無知で純粋に育った者たち。
私は、王女として、彼らを導かないといけない。
だって、私はそのために犠牲になったのよ。
私の国民を帝国人なんかに渡さないんだから。
46
あなたにおすすめの小説
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
姫君の憂鬱と七人の自称聖女達
チャイムン
恋愛
神殿の勝手な暴走で異界より七人の女性を召喚されたエルダン王国の世継ぎの姫君の物語。
聖女候補として召喚された七人には聖女の資格は皆無だった。
異界転移した七人にとってこの世界は、乙女ゲームの世界そっくりだった。
やがて、この世界の人々は七人との齟齬に気づき…
七人の処遇に困ると同時に、エルダン王国が抱える女王反対派問題の解決の糸口になることに気づく。
※こちらは2022年11月に書いた『姫君の憂鬱と11人の(自称)聖女』の改訂版です。ざっくり削ぎました。
治癒魔法で恋人の傷を治したら、「化け物」と呼ばれ故郷から追放されてしまいました
山科ひさき
恋愛
ある日治癒魔法が使えるようになったジョアンは、化け物呼ばわりされて石を投げられ、町から追い出されてしまう。彼女はただ、いまにも息絶えそうな恋人を助けたかっただけなのに。
生きる希望を失った彼女は、恋人との思い出の場所で人生の終わりを迎えようと決める。
【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪
鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。
「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」
だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。
濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが…
「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。
妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。
その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。
家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。
ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。
耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。
聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます
あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。
腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。
お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。
うんうんと頭を悩ませた結果、
この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。
聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。
だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。
早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
―――――――――――――――――――――――――
※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。
※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。
※基本21時更新(50話完結)
婚約者が毒を使って私を消そうとするけど、聖女だから効きません
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私シルフは聖女になっていたけど、家族以外には伝えていない。
婚約者のズドラは侯爵令嬢のロゼスが好きで、私を切り捨てようと考えていたからだ。
婚約破棄を言い渡されると考えていたけど、ズドラは毒で私を消そうとしてくる。
聖女の力で無力化できたけど――我慢の限界を迎えた私は、やり返そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる