【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜

白崎りか

文字の大きさ
10 / 41

10 精霊教会

しおりを挟む
 バシャッ

 靴に水がかかった。

「っ! 申し訳ございません! お許しを……って、なんだ。人形姫か」

 早朝に部屋から出ると、掃除中のメイドたちに出くわした。

 バケツを倒した粗相を謝罪しかけたメイドは、相手が私だと分かると、卑しむような顔で見て来た。

「こんな朝早くから邪魔をしないでくださいよ」

「ほんと、不気味ね」

 私は王女なのに、メイドたちからもバカにされている。

 いつものように何も聞こえていないふりを続けて、人形のように静かに歩く。

「あーあ。こんなのでも王女だから、働かなくていいなんて、ほんとうらやましい」

「しかも、婚約者があの賢者アスランの子孫のアーサー様でしょう!」

「『生贄聖女と賢者アスラン』良かったよね~。ラストは涙で本がびしょ濡れよ」

 ブルーデン家が出版した小説は、瞬く間に流行した。王都の女性に大人気だ。

「アーサー様は、賢者アスランと聖女様の子孫なんでしょう?」

 !?

 後ろから聞こえたメイドの声に驚いて立ち止まる。

「何それ?」

「『聖女の契り~真実の愛はあなただけ~』に書いてあったのよ。精霊界にたどり着いた賢者アスランは、一人の赤子を託されるの。それは、二人の涙の別れの夜に、聖女が身ごもった賢者アスランの子供なの!」

「きゃー!! 二人は一夜をともにしてたの?」

 !!してませんっ!!

 顔が熱くなる。違う、違う。あの夜は、私達はキスしかしてないっ!

「違うってば、それは二次創作された作り話よ。ちなみに、私は、賢者アスラン派じゃなくて、精霊宰相派よ。生贄を迎えに来た美貌の精霊と聖女の間に愛が芽生えて、二人はめくるめく夜を共にするの」

 !!してませんっ!!

 今度は背筋が寒くなる。
 ああ、ぶるぶる。あの冷血精霊と何が芽生えるって? 夜をともに?
 うぇ。吐きそう。気持ち悪い。

 ああ、嫌な会話を聞いたなぁ。
 アスラン様の小説が流行ったのはいいけれど、勝手に派生小説を書いて出版している人がいるみたい。大人向けの二次創作が受けているのか……。

 掃除もせずに盛り上がっているメイドたちを後に、私は離宮を出た。

 まだ早朝なため、息が白い。こんなに冷たい朝は100年前にはなかった。
 空から降りて来て、肩にとまった鳥の精霊をマントのポケットに入れてから、フードを深くかぶった。

 ルリの空間移動の力で、目的地まで直接行ってもよかったのだけど、100年ぶりに自分の足で教会まで歩きたかった。

 100年前も、この離宮から一人で精霊教会に歩いて通っていた。聖女になる妹を補佐するために。

 誰もいない離宮の裏門を通って、寂れた通りを歩く。
 薄汚れて、ごみが錯乱した道には、物乞いが眠っている姿が目立つ。やせ細って、死んだように眠る彼らに横に、紙に包んだ銀貨をそっと置く。

 昔は、この通りは、教会へ通う人たちでにぎわっていた。道の両端には出店が並び、客に呼びかける声で騒がしかった。各地でとれた色鮮やかな果物が、かごいっぱいに積まれていた。
 でも、精霊の加護のない今は、果実はもう実らない。

 目的地の精霊教会に着く頃には、持ってきた銀貨はほとんどなくなっていた。
 高くそびえたつ礼拝堂を仰ぎ見る。誰も掃除をしないのだろう。焼け焦げたすすで壁が黒く変色している。

 あれほど豪華で壮大だった教会の建物は、今はもうない。
 精霊の加護がなくなったことを逆恨みした民が、教会の豪華な建物に火をつけたのだ。礼拝堂だけが焼け残った。

 感慨深く立ち止まって見つめていると、隣のゴミ捨て場に大きな魔物蜘蛛の影が見えた。

「朝ごはん! 食べてくる」

 ポケットから出て来た鳥の精霊が、嬉しそうに飛んでいく。

「行ってらっしゃい。残さず食べてね」

 パタパタと飛ぶ青い姿を見送ってから、礼拝堂に一礼してから中に入った。

「100年……、ううん、15年ぶりね」

 空っぽの礼拝堂の中で、私のつぶやき声が響いた。
 精霊宰相が赤子の私をメイドに渡した場所だ。
 ゴミを避けながら、精霊王の像の前に立つ。

 どこか遠くを見つめている白い石の彫刻は、粗削りで、顔立ちや体つきは良く分からない。背中には大きな翼がある。

 聖女候補として修行した時、私はこの像を一日に何度も磨かされた。100年間も手入れされていないのに、白い石はかつてと同じ輝きを見せている。手を伸ばして、その冷たい石に触れる。

「私は、王女としての務めを果たせましたか? 生まれて来た罪を償えましたか?」

 昔のように、ひざまずいて祈ることはもうしない。私はもう、聖女じゃないのだから。

「どうか私の罪が許されますように。どうか私が国民を愛して、彼らのために命を捧げることができますように。……なんて、毎日祈っていた私の声は届いてました? 罪深い私は100年を生き延びてしまいました。王女として受け入れてもらっておきながら、国民のために死ねなかったのです」

 こつん。
 私は白い石像をこぶしでたたく。こんなこと、昔は畏れ多くてできなかった。でも、この石像には何の力もないことは、もう分かっているもの。

「私が生まれたことって、そんなにも罪深いことだった? 不貞を犯して私の母を妊娠させたのは、父でしょう? 私生児の私に何の罪があるっていうのよ」

 100年前の答えを求めようと、私は精霊王の像に語り掛ける。

「教会で下働きとして育てられたことも。神聖力が多いことが分かったとたん、王女として離宮に引き取られたことも。聖女候補になりながら、精霊王に選ばれなかったことも。全て、私のせいだっていうの?」

 感情が爆発して、涙があふれてくる。

「聖女に選んだ妹は、結局は浮気したのよ。そっちだって選ばれなかったんだから。ざまあみろ!」

 何も答えない白い彫刻を今度は思いっきり蹴りつける。
 っう、痛い……。
 足を押さえて振り返る。
 物音が聞こえた。
 誰かいる?


「はっ、あきれたな」

 低い声とともに、黒い影が教会の入り口から姿を現した。
 黒いマントに真っ黒な髪をした男の人だ。
 目も黒い。
 帝国人だ!

「かつては先祖が世話になったというのに、精霊王をなじるのか」

 バカにするように鼻で笑って、男は私に近寄って来た。
 呆然と立ちすくむ私のすぐ目の前に来る背の高い男。

 私の言葉を聞かれていた? 
 どこまで?
 私が王女とバレた?

「教会で発する言葉がざまあみろとは、とことん腐った国民だな」

 逃げ場をふさぐように、壁に手をついた男は私を見下ろした。
 黒い瞳が軽蔑の色を浮かべている。

 ざわりと、背筋が冷える。
 真っ黒な男。
 こわい。
 魔物と同じ色をしている。
 男は、獲物を狙うように目を細めた。そして、深くかぶった私のフードを覗き込もうとする。

「おまえ、顔を良く見せろ。その目は……? 暗いな。炎よ! 明かりを灯せ」

「!」

 男の左手に炎が出現した。

 魔法使いだ! この男は、帝国の貴族!

「ルリ!」

 呼び声に答えて、青い鳥が男の顔を狙うように飛んでくる。

「なんだ? 鳥?!」

 ルリを避けようと男が離れた隙に、私は出口へ走った。

「おい! 待て! なんだ、この鳥は?!」

 全速力で教会の外に走り出て、飛んできたルリの転移の力で離宮に戻った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

はずれの聖女

おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。 一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。 シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。 『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。 だがある日、アーノルドに想い人がいると知り…… しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。 なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

婚約者を妹に奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

秋月乃衣
恋愛
幼くして母を亡くしたティアリーゼの元に、父公爵が新しい家族を連れて来た。 自分とは二つしか歳の変わらない異母妹、マリータの存在を知り父には別の家庭があったのだと悟る。 忙しい公爵の代わりに屋敷を任された継母ミランダに疎まれ、ティアリーゼは日々疎外感を感じるようになっていった。 ある日ティアリーゼの婚約者である王子と、マリータが思い合っているのではと言った噂が広まってしまう。そして国から王子の婚約者を妹に変更すると告げられ……。 ※他サイト様でも掲載しております。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。 しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。 周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。 エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。 ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。 貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。 甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。 奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

処理中です...