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11 果樹園
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……こわかった。
男の鋭い視線が。あの真っ黒な瞳が。
あれが魔法なの? 魔石の力も借りず、魔物のように魔法を使った。
おそろしいわ。魔物と同じね。黒い髪に黒い瞳。
あれが帝国の貴族。
黒い炎が燃えているような、魔物のような目をした人間。
「聖女さま~?」
人型になった精霊が、首をかしげて私を見上げた。
「ごめんね。朝ごはんの途中だった?」
自室のベッドに座り、震える肩を自分で抱きしめて、ルリに向き合う。
精霊は、にこにこしながら空間から長い物を取り出した。細くて長くて黒い物体には、毛が生えている。
「残りは持ってきたから大丈夫~」
そう言って、子供の姿の精霊はポリポリと魔物蜘蛛の足をかじり出した。
「……それを食べてからでいいから、もう一回転移してくれる?」
「はあーい」
ルリは急いで口いっぱいに蜘蛛の足を詰め込んだ。
離宮に転移してくれたのはいいのだけれど、今日は他にも行く場所があるのだ。
王都のはずれにある小さな農園を、メイドのマリリンの親を通して購入した。物乞いに、この場所の地図を書いた紙を銀貨と一緒に渡した。ここで果物を育てている。できるだけたくさんの収穫を見込んでいるので、人手が必要なのだ。
「こんにちは。種を持って来ました」
転移の後、鳥の姿にもどったルリをポケットに入れて、顔を見られないようにフードを深くかぶる。そして、見張り小屋に座っている中年の男に挨拶をした。
「おお。親方はあっちにいるぞ」
男が指さした先にいる老人の方へ歩きながら、畑の様子を観察する。
数日前に種を植えたばかりなのに、葉が生い茂り、すでに蕾をつけている。実を収穫できるのは、もうすぐね。赤い花が咲いた後、大きな丸い実ができる。
甘くて、とろけるように美味しいその果物は、帝国人がこぞって買い求めるだろう。
でも、絶対に、この国の民が食べてはいけない。
「こんにちは。種を持って来ました」
フードを深くかぶって顔を隠した私は、怪しく見えるだろう。
でも、金で雇った貧しい老人は、そんなことは気にならないようだ。
「素晴らしい種ですな。まるで、昔、精霊の加護があった時代のようです。何もしなくてもすくすく育つ。これは、どんな実ができるのかね?」
「赤い実です。でも、絶対に食べないでください。高級品なので、あなた方の所持金ではとても購入できませんよ」
高値で売るつもりだ。この味を知れば、どれほど値上げしようとも帝国人は買い求めるだろう。一度食べたら、もう一つ食べたくなる。そして、二個、三個と食べ続けたら……。もう、この果物なしでは生きていられない。
――幸せの夢。
ルリに頼んで、残っていた種を探してきてもらった。精霊の加護がかかっているから成長が早い。
これを帝国へ輸出する。
100年前、私の父王は、これを好んで食べ、身を滅ぼした。この実を食べると、幸せな夢を見ることができるけれど、中毒性があるのだ。幸せな夢の世界で生きるために、父はこれを食べ続けた。そして、やがて現実に戻ることをやめた。
私の国民を奴隷にしようとする帝国人に与えるには、ぴったりの商品ね。
教会で出会った魔物のような男を思い出して、わずかな罪悪感を忘れることにした。
魔物のように魔法を使う者から、私の愛する国民を守るためだもの。
これは、必要なことよ。
「もしもここで働く者が、この果物を食べたら、見せしめとして、できるだけひどい処罰をしてちょうだいね」
絶対に、国民には食べさせないわ。
私の強い言葉に、老人はびくりと震えた。
上の者の言いなりになることしかできない、愛すべき国民。
精霊の加護のおかげで、無知で純粋に育った者たち。
私は、王女として、彼らを導かないといけない。
だって、私はそのために犠牲になったのよ。
私の国民を帝国人なんかに渡さないんだから。
男の鋭い視線が。あの真っ黒な瞳が。
あれが魔法なの? 魔石の力も借りず、魔物のように魔法を使った。
おそろしいわ。魔物と同じね。黒い髪に黒い瞳。
あれが帝国の貴族。
黒い炎が燃えているような、魔物のような目をした人間。
「聖女さま~?」
人型になった精霊が、首をかしげて私を見上げた。
「ごめんね。朝ごはんの途中だった?」
自室のベッドに座り、震える肩を自分で抱きしめて、ルリに向き合う。
精霊は、にこにこしながら空間から長い物を取り出した。細くて長くて黒い物体には、毛が生えている。
「残りは持ってきたから大丈夫~」
そう言って、子供の姿の精霊はポリポリと魔物蜘蛛の足をかじり出した。
「……それを食べてからでいいから、もう一回転移してくれる?」
「はあーい」
ルリは急いで口いっぱいに蜘蛛の足を詰め込んだ。
離宮に転移してくれたのはいいのだけれど、今日は他にも行く場所があるのだ。
王都のはずれにある小さな農園を、メイドのマリリンの親を通して購入した。物乞いに、この場所の地図を書いた紙を銀貨と一緒に渡した。ここで果物を育てている。できるだけたくさんの収穫を見込んでいるので、人手が必要なのだ。
「こんにちは。種を持って来ました」
転移の後、鳥の姿にもどったルリをポケットに入れて、顔を見られないようにフードを深くかぶる。そして、見張り小屋に座っている中年の男に挨拶をした。
「おお。親方はあっちにいるぞ」
男が指さした先にいる老人の方へ歩きながら、畑の様子を観察する。
数日前に種を植えたばかりなのに、葉が生い茂り、すでに蕾をつけている。実を収穫できるのは、もうすぐね。赤い花が咲いた後、大きな丸い実ができる。
甘くて、とろけるように美味しいその果物は、帝国人がこぞって買い求めるだろう。
でも、絶対に、この国の民が食べてはいけない。
「こんにちは。種を持って来ました」
フードを深くかぶって顔を隠した私は、怪しく見えるだろう。
でも、金で雇った貧しい老人は、そんなことは気にならないようだ。
「素晴らしい種ですな。まるで、昔、精霊の加護があった時代のようです。何もしなくてもすくすく育つ。これは、どんな実ができるのかね?」
「赤い実です。でも、絶対に食べないでください。高級品なので、あなた方の所持金ではとても購入できませんよ」
高値で売るつもりだ。この味を知れば、どれほど値上げしようとも帝国人は買い求めるだろう。一度食べたら、もう一つ食べたくなる。そして、二個、三個と食べ続けたら……。もう、この果物なしでは生きていられない。
――幸せの夢。
ルリに頼んで、残っていた種を探してきてもらった。精霊の加護がかかっているから成長が早い。
これを帝国へ輸出する。
100年前、私の父王は、これを好んで食べ、身を滅ぼした。この実を食べると、幸せな夢を見ることができるけれど、中毒性があるのだ。幸せな夢の世界で生きるために、父はこれを食べ続けた。そして、やがて現実に戻ることをやめた。
私の国民を奴隷にしようとする帝国人に与えるには、ぴったりの商品ね。
教会で出会った魔物のような男を思い出して、わずかな罪悪感を忘れることにした。
魔物のように魔法を使う者から、私の愛する国民を守るためだもの。
これは、必要なことよ。
「もしもここで働く者が、この果物を食べたら、見せしめとして、できるだけひどい処罰をしてちょうだいね」
絶対に、国民には食べさせないわ。
私の強い言葉に、老人はびくりと震えた。
上の者の言いなりになることしかできない、愛すべき国民。
精霊の加護のおかげで、無知で純粋に育った者たち。
私は、王女として、彼らを導かないといけない。
だって、私はそのために犠牲になったのよ。
私の国民を帝国人なんかに渡さないんだから。
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