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13 聖女の肖像画
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この国の公爵家は二つある。王室と結びつきが強いブルーデン家と帝国とつながりのあるレドリオン家だ。大災害以降、ブルーデン家の力は弱まり、帝国との貿易で儲けたレドリオン家が力を強めて来た。そして、金の力で成り上がったレドリオン家は公爵の地位を手に入れ、その娘は王妃になった。
しかし、レドリオン家に大きく傾いていた天秤は、ブルーデン家の方に少しだけ戻ってきている。
果物の輸出により、ブルーデン家が莫大な利益を出したからだ。他では手に入らない珍しい果物は、帝国で爆発的に流行した。
賢者アスランと聖女フェリシティを題材にした小説の影響も大きい。歴史人物の悲恋の物語に国民は夢中になった。
ブルーデンの評判の悪かった公爵令息は、今では賢者アスランの再来とまで呼ばれるようになった。
中身は全然似ていないのに……。
「王女様! 聞きましたか? レドリオン家が肖像画を寄贈したって話!」
掃除に来たマリリンが興奮気味に話しだした。
「知らないわ」
私はそっけなく答える。
最近では、レドリオンの祖父に呼ばれることはなくなっていた。もともと、離宮に住む私は、王宮にいる王妃に会うことさえないのだ。
人形姫がおかしくなったと噂されて以来、私は捨てられたように暮らしている。会議の場にも呼ばれなくなった。
「もう、もっと興味を持ってくださいよ! なんと、聖女フェリシティ様の肖像画が発見されたそうですよ!」
え?!
驚いて、読みかけの本を閉じてしまった。
「聖女の肖像画?」
「そうです! 幻の聖女様です! 100年前に生贄になった王女様の肖像画は、どこにも残されてなかったんです。噂では賢者アスランが全部持ち出したって」
それはうそよ。アスラン様には持ち出せないわ。
だって、私は兄や妹と違って、肖像画なんて……。
「一緒に見に行きましょう! お城の広場に飾られるそうですよ。みんなが見られるようにしてくださるなんて。レドリオン公爵は、とってもいい人ですね!」
王女の私を気軽に誘ってるの?
マリリンのメイドとしてのレベルが低すぎることにあきれながらも、すこし動揺して手が震える。
私の肖像画は、描かれなかったはずよ。
でも、もしかして、私が生贄になった後で、私を知っている人が描いたのなら……。
私の正体が分かってしまう。
100年前に死ななかった聖女が、今、ここにいることを……。
ぞくりと身震いをして、私はマリリンが手渡したマントを羽織る。フードを深くかぶり、彼女と一緒に部屋を出た。
確認しないといけない。
その肖像画がどれほど正確に描かれているのかを。
一目見て、私と分かる出来なのかを。
広間には大勢の人が詰めかけていた。
みんな、話題になった小説の聖女の絵を見たいのだ。
私は、大広間の中央で燃えている建国の炎の側で、柱の影にかくれた。ここには誰も近づかない。誤ってこの炎に触れれば、一瞬で燃え尽きてしまうからだ。
煌々と燃える紫色の炎を見たら、100年前を思い出した。
兄は、私の靴を脱がせて、炎の中に放り込んだ。
私のマントも脱がせて、放り込んだ。
服も全部脱がせて炎の中に……。
急いで取り返そうとしたけれど、全て燃え尽きた後だった……。
ああ、嫌なことを思い出したわ。
「王女さま。あんまり近づくと危ないですよ!」
マリリンは私の袖をつかんで引っ張った。
「その炎は危ないんです。この前、炎の近くで転んだメイドが、腕をなくしたんです。危ないから消しとけばいいのに」
マリリンはとんでもなく罰当たりなことを言う。
今の国民は、建国神話を知らないの?
国の始まりから燃え続ける建国女王の炎なのに!
「あ! 布がおろされますよ! わっ! あああ、私、目が悪いから、この距離じゃよく見えない! もっと側に行かなきゃ。ああ、でも、私はメイドだから近づけないー!!」
広間の壁に、小さな肖像画が飾られた。
歴代の国王の肖像画の隣に、小さな額縁に入った聖女の絵。
そこには、ゆるくカールした金髪の少女が描かれている。紫の瞳。そして、その顔立ちは……。
「ちがう……」
私ではなかった。絵の中の少女は、100年前の妹に少し似ている。
細いあごに、くっきりした目鼻立ち。そして、浮かべているのは、すべての人を虜にする微笑。精霊王を一目で夢中にさせた妹の微笑みを思い出させた。
「カルミラ……」
小さくつぶやいた名前をマリリンが聞きとがめた。
「カルミラって、精霊王を殺した悪女ですか?」
「ええ、そうよ。カルミラに少しだけ似ているわ」
動揺を隠して、私はマリリンの問いに答えた。
「ええーっ!? あの大災害を引き起こした魔女カルミラに、聖女フェリシティ様が似てるんですか? ってか、良くこの距離で見えますね。王女様、めちゃくちゃ目がいいんですね」
「聖女には似てないわ」
大声で騒ぐマリリンに、私は一言だけ告げて踵を返した。彼女の声が注目を集めて人が寄ってくる前に、離宮に帰ろう。
心配することはなかった。私の存在は誰にもバレやしない。
だれも、私のことを知らないんだから。
100年前に生きていた人は、この世界には誰も残っていない。
誰も、生贄になった聖女の顔すら知らない。
ふいに、自分が一人ぼっちだと感じた。孤独に押しつぶされそうになる。
「寒い……」
立ち止まって、マント越しに自分を抱きしめた。
庭園の木々は茶色に変わっている。
一枚また一枚、ひらひらと枯れ葉が散っていく。
私もこの落ち葉のように、朽ちていくべきだったのだ……。
しかし、レドリオン家に大きく傾いていた天秤は、ブルーデン家の方に少しだけ戻ってきている。
果物の輸出により、ブルーデン家が莫大な利益を出したからだ。他では手に入らない珍しい果物は、帝国で爆発的に流行した。
賢者アスランと聖女フェリシティを題材にした小説の影響も大きい。歴史人物の悲恋の物語に国民は夢中になった。
ブルーデンの評判の悪かった公爵令息は、今では賢者アスランの再来とまで呼ばれるようになった。
中身は全然似ていないのに……。
「王女様! 聞きましたか? レドリオン家が肖像画を寄贈したって話!」
掃除に来たマリリンが興奮気味に話しだした。
「知らないわ」
私はそっけなく答える。
最近では、レドリオンの祖父に呼ばれることはなくなっていた。もともと、離宮に住む私は、王宮にいる王妃に会うことさえないのだ。
人形姫がおかしくなったと噂されて以来、私は捨てられたように暮らしている。会議の場にも呼ばれなくなった。
「もう、もっと興味を持ってくださいよ! なんと、聖女フェリシティ様の肖像画が発見されたそうですよ!」
え?!
驚いて、読みかけの本を閉じてしまった。
「聖女の肖像画?」
「そうです! 幻の聖女様です! 100年前に生贄になった王女様の肖像画は、どこにも残されてなかったんです。噂では賢者アスランが全部持ち出したって」
それはうそよ。アスラン様には持ち出せないわ。
だって、私は兄や妹と違って、肖像画なんて……。
「一緒に見に行きましょう! お城の広場に飾られるそうですよ。みんなが見られるようにしてくださるなんて。レドリオン公爵は、とってもいい人ですね!」
王女の私を気軽に誘ってるの?
マリリンのメイドとしてのレベルが低すぎることにあきれながらも、すこし動揺して手が震える。
私の肖像画は、描かれなかったはずよ。
でも、もしかして、私が生贄になった後で、私を知っている人が描いたのなら……。
私の正体が分かってしまう。
100年前に死ななかった聖女が、今、ここにいることを……。
ぞくりと身震いをして、私はマリリンが手渡したマントを羽織る。フードを深くかぶり、彼女と一緒に部屋を出た。
確認しないといけない。
その肖像画がどれほど正確に描かれているのかを。
一目見て、私と分かる出来なのかを。
広間には大勢の人が詰めかけていた。
みんな、話題になった小説の聖女の絵を見たいのだ。
私は、大広間の中央で燃えている建国の炎の側で、柱の影にかくれた。ここには誰も近づかない。誤ってこの炎に触れれば、一瞬で燃え尽きてしまうからだ。
煌々と燃える紫色の炎を見たら、100年前を思い出した。
兄は、私の靴を脱がせて、炎の中に放り込んだ。
私のマントも脱がせて、放り込んだ。
服も全部脱がせて炎の中に……。
急いで取り返そうとしたけれど、全て燃え尽きた後だった……。
ああ、嫌なことを思い出したわ。
「王女さま。あんまり近づくと危ないですよ!」
マリリンは私の袖をつかんで引っ張った。
「その炎は危ないんです。この前、炎の近くで転んだメイドが、腕をなくしたんです。危ないから消しとけばいいのに」
マリリンはとんでもなく罰当たりなことを言う。
今の国民は、建国神話を知らないの?
国の始まりから燃え続ける建国女王の炎なのに!
「あ! 布がおろされますよ! わっ! あああ、私、目が悪いから、この距離じゃよく見えない! もっと側に行かなきゃ。ああ、でも、私はメイドだから近づけないー!!」
広間の壁に、小さな肖像画が飾られた。
歴代の国王の肖像画の隣に、小さな額縁に入った聖女の絵。
そこには、ゆるくカールした金髪の少女が描かれている。紫の瞳。そして、その顔立ちは……。
「ちがう……」
私ではなかった。絵の中の少女は、100年前の妹に少し似ている。
細いあごに、くっきりした目鼻立ち。そして、浮かべているのは、すべての人を虜にする微笑。精霊王を一目で夢中にさせた妹の微笑みを思い出させた。
「カルミラ……」
小さくつぶやいた名前をマリリンが聞きとがめた。
「カルミラって、精霊王を殺した悪女ですか?」
「ええ、そうよ。カルミラに少しだけ似ているわ」
動揺を隠して、私はマリリンの問いに答えた。
「ええーっ!? あの大災害を引き起こした魔女カルミラに、聖女フェリシティ様が似てるんですか? ってか、良くこの距離で見えますね。王女様、めちゃくちゃ目がいいんですね」
「聖女には似てないわ」
大声で騒ぐマリリンに、私は一言だけ告げて踵を返した。彼女の声が注目を集めて人が寄ってくる前に、離宮に帰ろう。
心配することはなかった。私の存在は誰にもバレやしない。
だれも、私のことを知らないんだから。
100年前に生きていた人は、この世界には誰も残っていない。
誰も、生贄になった聖女の顔すら知らない。
ふいに、自分が一人ぼっちだと感じた。孤独に押しつぶされそうになる。
「寒い……」
立ち止まって、マント越しに自分を抱きしめた。
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