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14 紫の目の王

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「おい! おまえ。なにをのんびりしてる! 会議に出席しろ!」

 部屋で本を読んでいると、お茶会の日でもないのに婚約者がやって来た。乱暴にドアを開けて、私しかいない部屋に勝手に入ってくる。後ろに、申し訳なさそうなふりをした従者がついてきている。

「本なんて読んでる場合か! レドリオンのおまえの祖父が、紫の目以外でも王になれるって法案を通そうとしてるぞ!」

 バンッと大きな音を立てて、アーサーはテーブルを叩いた。
 ルリが盗って来てくれたばかりの紅茶がこぼれた。

 アーサーは悪びれもせずに、アップルパイをつかんでむしゃぶりつく。

「なんだ、これうまいな。離宮の料理人もなかなかやるな」

 それを作ったのは、レドリオン家の料理人ですよ。

 心の中で訂正してから、アーサーに向き合う。
 ああ、大好きな青銀の髪に紺碧の瞳……だけが似ている欠陥品。

「紫の目を持つ者しか王位につけないのは、建国女王からの決まりです。誰もそれを変えられません」

 私は静かに告げる。
 紫眼を持たない者が王位についたならば、この国は終わるだろう。

「そんなの分かんないじゃないか。まあ、俺の親父がその場を収めたがな。何しろ、国王の娘はお前ひとりだ。いくら評判の悪い人形姫でも、代わりがいないんじゃあ仕方ない」

「レドリオン公爵は、なぜ孫のあなたを冷遇するのですか?」

 いつもは黙っている従者が、アーサーの後ろから質問した。

 私はアーサーの顔色をうかがってから、それに答える。

「分かりません」

「しかし、王妃様も娘のあなたに会おうともしない。国王も。頭が足りない人形姫だから冷遇されるのかと思っていましたが、そうでもないようですし」

「! おい! 無礼だぞ! これでも王女だ!」

 アーサーが従者をどなりつけた。
 自分では私のことを、うすのろだとかバカとか貶めるくせに、身分の低い者からの暴言は許さないのがアーサーだ。

「しかし、まあそうだな。なんでおまえは、こんな離宮に閉じ込められているんだ? おまえは唯一の王女だろう? それに、頭はともかく、見た目だけならば、金髪に紫の目で、これぞ王族の色だ。特に目の色は、国王よりもずっと紫で……」

 そこまで言って、閃いたと言う風にアーサーはポンと手を打った。

「分かったぞ! 国王はおまえに嫉妬しているんだ! その紫の目だ。おまえの方が王族らしい色だからな!」

 アーサーは「なるほど、なるほど」と自分で納得している。

「もしも陛下がそのようにお考えなら、紫眼以外が王位を継ぐ法案も通る可能性があるかと……」

 従者が糸目を細めながら言うと、アーサーは「全くだ」とうなずいた。

「劣等感って、ほんっと、どうしようもないな。でも、おまえの方が紫だからって気にすることはないのにな。人気者の聖女フェリシティと同じ色合いだけど、聖女の美貌には程遠いじゃないか。その子供のような体形も含めて、おまえなんかをうらやましがる必要はないぞ。まったく」

 いちいち腹の立つことを言わずにおけないのが、アーサーだ。彼の話は、右から左に流して、私は従者の最初の質問の答えを考えた。

 レドリオンのやりたいことは分かる。
 本者の王女のカレンを王位につけたいのだ。入れ替えた私のことを王妃は心底憎んでいる。自分の娘の場所を盗られたとばかりに、私を虐待した。

 人望のない人形姫のかわりに、本物の王女を帝国から帰国させて王位につける。

 でも、どうやって?
 紫の目を持たないという理由で、私とカレンは入れ替えられた。王族の印を持たない娘を、どうすれば王女に戻せるの?

 広間で燃える建国の炎を脳裏に思い浮かべる。

 あの紫の炎は、建国女王の血が王族から絶えれば消えてしまうのに……。


 ◇◇◇◇◇

 騒がしい婚約者が帰った後、静かになった部屋で本を読む。
『帝国語の発音と基本会話集』
 美しい響きの我が国の言葉と違って、帝国語は鼻濁音が続く汚い言語だ。しかも、舌を突き出すように発音するので、つばが飛んで見苦しい。

『ワダ……ワダズ……ワデ?』

 小さな声で練習する。これで合ってるのかどうか分からない。帝国語を教えてくれる人はいないのだから。

 精霊界で100年の間、ルリが盗って来てくれた帝国の本を読みつくした。分からない言葉は、自分で辞書で調べた。だから、帝国語をすらすら読むことはできる。
 でも、会話は全くできない。
 なぜって、精霊界には私しか人間がいなかったから。もちろん、帝国人もいない。
 そして、人間界に戻って来て、王女として入れ替えられた後でも、人形姫に家庭教師はつかなかった。

『アアダ……アンデ……アーダ?』

「ああもう! わかんない!」

 イライラして、本を投げつけた。何もない部屋の壁にあたって、分厚い本がバタンと落ちる。

 いっそのこと、ルリに転移で帝国に連れて行ってもらって、現地で会話の修行をしてくる?

 そんな考えが浮かんだけれど、すぐに打ち消した。

 魔物みたいな人が大勢いる国よ。
 怖いわ。そんな所に行きたくない。

 帝国と商売をしているマリリンの両親なら、帝国人の良い家庭教師を紹介してくれるかしら?

 廊下から聞こえるマリリンの鼻歌を聞きながら、そう思った。

 最近、手下に何も命じてないし、少しは役に立ってもらいましょう。
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