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17 甘い飴
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「古い物をいっぱい買ってたよ」
部屋の中に飛んできた青い鳥が、子供の姿に変わった。
ルリにジンの様子を探ってもらったのだ。
彼の商会は、わが国の絵画や骨とう品を仕入れて、帝国で売っているようだ。特に、精霊を描いた絵画や本を好んで集めている。
精霊の加護があった時代、わが国の民は芸術を楽しんでいた。国民は皆、労働をする代わりに、毎日絵を描き、詩を読み、音楽を奏でた。今ではもうそんな余裕はないけれど、どの家にも先祖の作った作品がたくさん眠っている。
「あとね、幸せの夢の果物をね、この国の人がなんで食べないかって聞いてたよ」
私は、ルリの髪をなでる手を止めた。
「帝国は、あの果物の危険性に気が付いてるかしら」
「うーん、わかんない」
甘えて頭をおしつけてくるルリを、ぎゅっと抱きしめる。
「売れなくなったら困るわ。まだ十分に蔓延してないから」
帝国人にあの魔の果実をもっと流行らせなくては。
ジンは契約通り毎日離宮にやって来た。そして、私の帝国語の発音もどんどん改善される。
「これは、一種の慣用句なのですが、高貴な女性は良く使います。『女神の御心のままに』」
「『めが、みの、みこころ、まに』……帝国の神は女神様なのね」
「ええ、この世界は女神様が創られたと言われております。とは言っても、王国の精霊信仰と違い、実際に女神を見た者はいません。信仰の対象として、心の支えとして、国民は女神様に祈ります。しかし、この国の宗教である精霊は、実際に存在するのですよね。100年以上前にはたくさんいたのでしょう?」
「そうね。でも、今はいなくなったわ」
あなたのことを窓辺から監視している青い鳥の精霊を除いてだけどね。
「会ってみたかったな。母の祖母は、精霊教の熱心な信者で、精霊の話をよく母に語っていたそうです。私は、母からその話を聞いて育ったので……」
ジンは物思いにふけるように窓の方を見つめた。
彼の視線の先にいる青い鳥は、くちばしで毛づくろいをしている。
「精霊の本を集めてるって聞いたわ。精霊協会にはもう行ったの?」
「ええ、王女様は行かれたことは?」
「ないわ。私はここから出られないもの」
さらりと嘘をつく。離宮には使用人はいなくなった。いつでも出入り自由だ。でも、普通の王女は一人で外に出ることはない。
彼は、私をかわいそうな王女だと思っているだろう。
古い離宮で、誰にも世話をされない一人ぼっちの王女。
多分、年のわりに子供っぽい私の見た目も影響しているだろう。最近では、手土産にお菓子をいっぱい持ってきてくれる。
同情されてるの?
彼が持ってきた飴を一つ取って口に入れた。
レモンの味がして、少し酸っぱい。奥歯でカリッと噛んだら、中からとろりとした甘い蜜が出て来た。
……おいしい。
「気に入りましたか? 中に蜂蜜が入っているんです。良かったら今度は別の味の物も持って来ましょう」
かわいそうな王女に施しを与えるつもりなの?
長い足を折り曲げて座る美貌の商人は、私にむかって優しく微笑んだ。かわいそうな王女様に向ける微笑みだ。
「王女様の婚約者は、ブルーデン公爵家の方だと聞きました。彼は、あなたの状態はご存じですか?」
「知ってるわ」
「婚約者は、あなたを助けないのですか?」
「私の噂は知ってるでしょう? 愚かな人形姫。狂った王女。王族の恥さらし、あと、何だったかしら? 半分死んでるとか、ずっと眠ってるとか」
「あなたはそんな王女ではない」
「そうね。でも、いいの。そういう扱いは慣れてるから。私は、王族の誰とも似ていないもの」
黒い瞳が私のことをじっと見ている。痛ましそうに。
その視線から顔を背けて、話を続ける。
「そうそう、広間の絵は見た? 聖女フェリシティの肖像画。あれは、代々の王族の顔立ちの特徴を持ってるわね。隣の先代王、それからその前の、先々代の王。聖女フェリシティの肖像画と鼻の形が同じよ。私とは似ていないでしょう? 私が似ているのは髪と目の色だけで、あの肖像画の聖女は、」
「フェリシティ王女」
私の話を遮って、ジンが名前を呼ぶ。私のこと? それとも聖女フェリシティのこと?
「あの絵は……」
ジンは何かを言いかけて、そしてやめた。
その後は、雑談もせずに発音の授業を続けた。
部屋の中に飛んできた青い鳥が、子供の姿に変わった。
ルリにジンの様子を探ってもらったのだ。
彼の商会は、わが国の絵画や骨とう品を仕入れて、帝国で売っているようだ。特に、精霊を描いた絵画や本を好んで集めている。
精霊の加護があった時代、わが国の民は芸術を楽しんでいた。国民は皆、労働をする代わりに、毎日絵を描き、詩を読み、音楽を奏でた。今ではもうそんな余裕はないけれど、どの家にも先祖の作った作品がたくさん眠っている。
「あとね、幸せの夢の果物をね、この国の人がなんで食べないかって聞いてたよ」
私は、ルリの髪をなでる手を止めた。
「帝国は、あの果物の危険性に気が付いてるかしら」
「うーん、わかんない」
甘えて頭をおしつけてくるルリを、ぎゅっと抱きしめる。
「売れなくなったら困るわ。まだ十分に蔓延してないから」
帝国人にあの魔の果実をもっと流行らせなくては。
ジンは契約通り毎日離宮にやって来た。そして、私の帝国語の発音もどんどん改善される。
「これは、一種の慣用句なのですが、高貴な女性は良く使います。『女神の御心のままに』」
「『めが、みの、みこころ、まに』……帝国の神は女神様なのね」
「ええ、この世界は女神様が創られたと言われております。とは言っても、王国の精霊信仰と違い、実際に女神を見た者はいません。信仰の対象として、心の支えとして、国民は女神様に祈ります。しかし、この国の宗教である精霊は、実際に存在するのですよね。100年以上前にはたくさんいたのでしょう?」
「そうね。でも、今はいなくなったわ」
あなたのことを窓辺から監視している青い鳥の精霊を除いてだけどね。
「会ってみたかったな。母の祖母は、精霊教の熱心な信者で、精霊の話をよく母に語っていたそうです。私は、母からその話を聞いて育ったので……」
ジンは物思いにふけるように窓の方を見つめた。
彼の視線の先にいる青い鳥は、くちばしで毛づくろいをしている。
「精霊の本を集めてるって聞いたわ。精霊協会にはもう行ったの?」
「ええ、王女様は行かれたことは?」
「ないわ。私はここから出られないもの」
さらりと嘘をつく。離宮には使用人はいなくなった。いつでも出入り自由だ。でも、普通の王女は一人で外に出ることはない。
彼は、私をかわいそうな王女だと思っているだろう。
古い離宮で、誰にも世話をされない一人ぼっちの王女。
多分、年のわりに子供っぽい私の見た目も影響しているだろう。最近では、手土産にお菓子をいっぱい持ってきてくれる。
同情されてるの?
彼が持ってきた飴を一つ取って口に入れた。
レモンの味がして、少し酸っぱい。奥歯でカリッと噛んだら、中からとろりとした甘い蜜が出て来た。
……おいしい。
「気に入りましたか? 中に蜂蜜が入っているんです。良かったら今度は別の味の物も持って来ましょう」
かわいそうな王女に施しを与えるつもりなの?
長い足を折り曲げて座る美貌の商人は、私にむかって優しく微笑んだ。かわいそうな王女様に向ける微笑みだ。
「王女様の婚約者は、ブルーデン公爵家の方だと聞きました。彼は、あなたの状態はご存じですか?」
「知ってるわ」
「婚約者は、あなたを助けないのですか?」
「私の噂は知ってるでしょう? 愚かな人形姫。狂った王女。王族の恥さらし、あと、何だったかしら? 半分死んでるとか、ずっと眠ってるとか」
「あなたはそんな王女ではない」
「そうね。でも、いいの。そういう扱いは慣れてるから。私は、王族の誰とも似ていないもの」
黒い瞳が私のことをじっと見ている。痛ましそうに。
その視線から顔を背けて、話を続ける。
「そうそう、広間の絵は見た? 聖女フェリシティの肖像画。あれは、代々の王族の顔立ちの特徴を持ってるわね。隣の先代王、それからその前の、先々代の王。聖女フェリシティの肖像画と鼻の形が同じよ。私とは似ていないでしょう? 私が似ているのは髪と目の色だけで、あの肖像画の聖女は、」
「フェリシティ王女」
私の話を遮って、ジンが名前を呼ぶ。私のこと? それとも聖女フェリシティのこと?
「あの絵は……」
ジンは何かを言いかけて、そしてやめた。
その後は、雑談もせずに発音の授業を続けた。
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