【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜

白崎りか

文字の大きさ
18 / 41

18 魔物トカゲ

しおりを挟む
『じゃあ、今日も授業を始めよう。まずは、これを繰り返して』

 家庭教師の授業は順調だ。
 最近、ジンとの距離が近づいたのが問題だけど。

『そうそう。上手! 今の発音は完璧だった! 帝国貴族にも通じる!』

 時々、砕けた口調になる。
 王女に対する尊敬の念が薄すぎる。
 平民特有のへりくだった態度がまるでない。彼の父親が貴族だからだろう。

 黒い服を着崩していても、その立ち姿はどこか品がいい。
 腰につけた剣はかなり高価なものだ。ただの商人では決してない。

『これは、貴族が使う言葉だが、女性はよくこんな風に発音する』

 ほら、帝国貴族の言葉にも通じている。それに、女性の会話にも詳しい。きっと、この容姿で貴族女性をたくさんたぶらかして知識を得ているんだ。

 私は、発音を学びながら、彼を観察する。

 人のいなくなったこの離宮にやってくるのは、メイドのマリリンと家庭教師のジンぐらいだ。

 人恋しさのせいか、前ほど、黒髪の男に嫌悪感を抱かなくなった。それに、むしろ、家庭教師の時間になるのを楽しみに感じてしまっている。

『パーティで男性から声を掛けられた時に、断りたい時はこのように……!』

 流ちょうに話している途中で、ジンは口を閉ざして、唇に人差し指をあてた。音を立てずにそっと立ち上がって、ドアの前に立つ。

 誰か来たの?

 部屋の中で帝国人の男と二人きりで過ごしている。
 誰かに見られたら、言い訳できない状況だ。

 扉を開けられないかドキドキしながら、ジンと一緒に耳を澄ます。廊下から複数の足音が聞こえる。何か重いものを引きずるような音がしてから、遠ざかって行った。

 ふう。

 止めていた息を吐きだす。

「なんだか、俺たちは、いけない逢瀬をしているみたいだな」

 ジンは私を見て、にやりと笑った。

「下人が食料をまとめて届けに来るのよ」

 私はジンの軽い言葉を無視して、立ち上がる。
 見捨てられている人形姫だけど、殺すつもりはないみたい。最低限の食料は届けてくれる。野菜や肉は、すぐ冷暗所に入れないと腐ってしまう。早く片付けなきゃ。

「今日はもう帰って」

 憂鬱な気持ちになって、家庭教師をさっさと追い出すことにした。

「王女様。今度、帝国料理を持って来ます。うちの料理人は腕がいいんですよ。粗食ばかりでは成長できませんよ」

 王女の私に同情しているの?
 食料を恵んでくれるの? ひどい侮辱ね。

「けっこうよ。私にもおいしい料理を手に入れる伝手ぐらいあるわ。さあ、さっさと帰って」

 イライラして、ジンの横を通ってドアを大きく開く。

「フェリシティ様!」

 突然、広い胸に抱き寄せられた。

 なに!? どうしたの?!

 生臭い息が顔にかかる。
 巨大な黒いトカゲが、太い舌を出して私を見ていた。

「王女様、落ち着いて」

 驚いて、恐ろしくて、逃げ出そうとジンの腕の中でもがいた。

「魔物トカゲは目が良くありません。このまま俺の腕の中で、一緒にゆっくり後ろに下がって」

 ぎゅっと強く私を抱きしめたジンは、巨大なトカゲから目を放さずに後ずさりをする。

 こわい。こわい。いやだ。痛いのはイヤ。

 恐怖で涙が溢れる。

「しーっ。大丈夫。大丈夫。ほら、テーブルの下に隠れて」

 震えながらジンにすがりついていると、魔物トカゲが頭を上げるのが見えた。

「逃げろ!」

 どんっと突き飛ばされる。
 手をついて転んで、四つん這いになって、テーブルの下に潜り込む。

 こわごわ見上げると、黒い剣を構えたジンがトカゲとにらみ合っていた。

「フシャーッ」

「≪魔を滅する炎よ、剣に宿れ!≫」

 ジンの剣が炎を噴き上げる。襲ってくるトカゲから素早く身を躱して横に飛ぶ。そして、大きく開いたトカゲの口の中に、炎の剣を突っ込んだ。

 床に倒れた大トカゲは、バタンバタンと長いしっぽを叩いて暴れる。

「≪炎の玉よ。魔を滅せよ≫」

 ジンの手から、小さな炎の塊がたくさん出てくる。そして、トカゲの黒くて太い体に命中する。

 魔物の動きはだんだん鈍くなり、ついに動かなくなった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄はこちらからお願いしたいのですが、創造スキルの何がいけないのでしょう?

ゆずこしょう
恋愛
「本日でメレナーデ・バイヤーとは婚約破棄し、オレリー・カシスとの婚約をこの場で発表する。」 カルーア国の建国祭最終日の夜会で大事な話があると集められた貴族たちを前にミル・カルーア王太子はメレアーデにむかって婚約破棄を言い渡した。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

はずれの聖女

おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。 一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。 シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。 『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。 だがある日、アーノルドに想い人がいると知り…… しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。 なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

婚約者を妹に奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

秋月乃衣
恋愛
幼くして母を亡くしたティアリーゼの元に、父公爵が新しい家族を連れて来た。 自分とは二つしか歳の変わらない異母妹、マリータの存在を知り父には別の家庭があったのだと悟る。 忙しい公爵の代わりに屋敷を任された継母ミランダに疎まれ、ティアリーゼは日々疎外感を感じるようになっていった。 ある日ティアリーゼの婚約者である王子と、マリータが思い合っているのではと言った噂が広まってしまう。そして国から王子の婚約者を妹に変更すると告げられ……。 ※他サイト様でも掲載しております。

処理中です...