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18 魔物トカゲ
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『じゃあ、今日も授業を始めよう。まずは、これを繰り返して』
家庭教師の授業は順調だ。
最近、ジンとの距離が近づいたのが問題だけど。
『そうそう。上手! 今の発音は完璧だった! 帝国貴族にも通じる!』
時々、砕けた口調になる。
王女に対する尊敬の念が薄すぎる。
平民特有のへりくだった態度がまるでない。彼の父親が貴族だからだろう。
黒い服を着崩していても、その立ち姿はどこか品がいい。
腰につけた剣はかなり高価なものだ。ただの商人では決してない。
『これは、貴族が使う言葉だが、女性はよくこんな風に発音する』
ほら、帝国貴族の言葉にも通じている。それに、女性の会話にも詳しい。きっと、この容姿で貴族女性をたくさんたぶらかして知識を得ているんだ。
私は、発音を学びながら、彼を観察する。
人のいなくなったこの離宮にやってくるのは、メイドのマリリンと家庭教師のジンぐらいだ。
人恋しさのせいか、前ほど、黒髪の男に嫌悪感を抱かなくなった。それに、むしろ、家庭教師の時間になるのを楽しみに感じてしまっている。
『パーティで男性から声を掛けられた時に、断りたい時はこのように……!』
流ちょうに話している途中で、ジンは口を閉ざして、唇に人差し指をあてた。音を立てずにそっと立ち上がって、ドアの前に立つ。
誰か来たの?
部屋の中で帝国人の男と二人きりで過ごしている。
誰かに見られたら、言い訳できない状況だ。
扉を開けられないかドキドキしながら、ジンと一緒に耳を澄ます。廊下から複数の足音が聞こえる。何か重いものを引きずるような音がしてから、遠ざかって行った。
ふう。
止めていた息を吐きだす。
「なんだか、俺たちは、いけない逢瀬をしているみたいだな」
ジンは私を見て、にやりと笑った。
「下人が食料をまとめて届けに来るのよ」
私はジンの軽い言葉を無視して、立ち上がる。
見捨てられている人形姫だけど、殺すつもりはないみたい。最低限の食料は届けてくれる。野菜や肉は、すぐ冷暗所に入れないと腐ってしまう。早く片付けなきゃ。
「今日はもう帰って」
憂鬱な気持ちになって、家庭教師をさっさと追い出すことにした。
「王女様。今度、帝国料理を持って来ます。うちの料理人は腕がいいんですよ。粗食ばかりでは成長できませんよ」
王女の私に同情しているの?
食料を恵んでくれるの? ひどい侮辱ね。
「けっこうよ。私にもおいしい料理を手に入れる伝手ぐらいあるわ。さあ、さっさと帰って」
イライラして、ジンの横を通ってドアを大きく開く。
「フェリシティ様!」
突然、広い胸に抱き寄せられた。
なに!? どうしたの?!
生臭い息が顔にかかる。
巨大な黒いトカゲが、太い舌を出して私を見ていた。
「王女様、落ち着いて」
驚いて、恐ろしくて、逃げ出そうとジンの腕の中でもがいた。
「魔物トカゲは目が良くありません。このまま俺の腕の中で、一緒にゆっくり後ろに下がって」
ぎゅっと強く私を抱きしめたジンは、巨大なトカゲから目を放さずに後ずさりをする。
こわい。こわい。いやだ。痛いのはイヤ。
恐怖で涙が溢れる。
「しーっ。大丈夫。大丈夫。ほら、テーブルの下に隠れて」
震えながらジンにすがりついていると、魔物トカゲが頭を上げるのが見えた。
「逃げろ!」
どんっと突き飛ばされる。
手をついて転んで、四つん這いになって、テーブルの下に潜り込む。
こわごわ見上げると、黒い剣を構えたジンがトカゲとにらみ合っていた。
「フシャーッ」
「≪魔を滅する炎よ、剣に宿れ!≫」
ジンの剣が炎を噴き上げる。襲ってくるトカゲから素早く身を躱して横に飛ぶ。そして、大きく開いたトカゲの口の中に、炎の剣を突っ込んだ。
床に倒れた大トカゲは、バタンバタンと長いしっぽを叩いて暴れる。
「≪炎の玉よ。魔を滅せよ≫」
ジンの手から、小さな炎の塊がたくさん出てくる。そして、トカゲの黒くて太い体に命中する。
魔物の動きはだんだん鈍くなり、ついに動かなくなった。
家庭教師の授業は順調だ。
最近、ジンとの距離が近づいたのが問題だけど。
『そうそう。上手! 今の発音は完璧だった! 帝国貴族にも通じる!』
時々、砕けた口調になる。
王女に対する尊敬の念が薄すぎる。
平民特有のへりくだった態度がまるでない。彼の父親が貴族だからだろう。
黒い服を着崩していても、その立ち姿はどこか品がいい。
腰につけた剣はかなり高価なものだ。ただの商人では決してない。
『これは、貴族が使う言葉だが、女性はよくこんな風に発音する』
ほら、帝国貴族の言葉にも通じている。それに、女性の会話にも詳しい。きっと、この容姿で貴族女性をたくさんたぶらかして知識を得ているんだ。
私は、発音を学びながら、彼を観察する。
人のいなくなったこの離宮にやってくるのは、メイドのマリリンと家庭教師のジンぐらいだ。
人恋しさのせいか、前ほど、黒髪の男に嫌悪感を抱かなくなった。それに、むしろ、家庭教師の時間になるのを楽しみに感じてしまっている。
『パーティで男性から声を掛けられた時に、断りたい時はこのように……!』
流ちょうに話している途中で、ジンは口を閉ざして、唇に人差し指をあてた。音を立てずにそっと立ち上がって、ドアの前に立つ。
誰か来たの?
部屋の中で帝国人の男と二人きりで過ごしている。
誰かに見られたら、言い訳できない状況だ。
扉を開けられないかドキドキしながら、ジンと一緒に耳を澄ます。廊下から複数の足音が聞こえる。何か重いものを引きずるような音がしてから、遠ざかって行った。
ふう。
止めていた息を吐きだす。
「なんだか、俺たちは、いけない逢瀬をしているみたいだな」
ジンは私を見て、にやりと笑った。
「下人が食料をまとめて届けに来るのよ」
私はジンの軽い言葉を無視して、立ち上がる。
見捨てられている人形姫だけど、殺すつもりはないみたい。最低限の食料は届けてくれる。野菜や肉は、すぐ冷暗所に入れないと腐ってしまう。早く片付けなきゃ。
「今日はもう帰って」
憂鬱な気持ちになって、家庭教師をさっさと追い出すことにした。
「王女様。今度、帝国料理を持って来ます。うちの料理人は腕がいいんですよ。粗食ばかりでは成長できませんよ」
王女の私に同情しているの?
食料を恵んでくれるの? ひどい侮辱ね。
「けっこうよ。私にもおいしい料理を手に入れる伝手ぐらいあるわ。さあ、さっさと帰って」
イライラして、ジンの横を通ってドアを大きく開く。
「フェリシティ様!」
突然、広い胸に抱き寄せられた。
なに!? どうしたの?!
生臭い息が顔にかかる。
巨大な黒いトカゲが、太い舌を出して私を見ていた。
「王女様、落ち着いて」
驚いて、恐ろしくて、逃げ出そうとジンの腕の中でもがいた。
「魔物トカゲは目が良くありません。このまま俺の腕の中で、一緒にゆっくり後ろに下がって」
ぎゅっと強く私を抱きしめたジンは、巨大なトカゲから目を放さずに後ずさりをする。
こわい。こわい。いやだ。痛いのはイヤ。
恐怖で涙が溢れる。
「しーっ。大丈夫。大丈夫。ほら、テーブルの下に隠れて」
震えながらジンにすがりついていると、魔物トカゲが頭を上げるのが見えた。
「逃げろ!」
どんっと突き飛ばされる。
手をついて転んで、四つん這いになって、テーブルの下に潜り込む。
こわごわ見上げると、黒い剣を構えたジンがトカゲとにらみ合っていた。
「フシャーッ」
「≪魔を滅する炎よ、剣に宿れ!≫」
ジンの剣が炎を噴き上げる。襲ってくるトカゲから素早く身を躱して横に飛ぶ。そして、大きく開いたトカゲの口の中に、炎の剣を突っ込んだ。
床に倒れた大トカゲは、バタンバタンと長いしっぽを叩いて暴れる。
「≪炎の玉よ。魔を滅せよ≫」
ジンの手から、小さな炎の塊がたくさん出てくる。そして、トカゲの黒くて太い体に命中する。
魔物の動きはだんだん鈍くなり、ついに動かなくなった。
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