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16 初めての授業
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「こちらは静かでいいですね」
次の日、さっそくやって来た黒髪の男、ジンは私に挨拶をしてから椅子に座った。
帝国語の会話集を開いて、さっそく勉強を始める。
雑談なんてする暇はない。この恐ろしい男の授業をさっさと終わらせたい。
「これを読めばいいの?」
「その前に、まず基本的な口の使い方から学びましょう」
「口の使い方?」
ジンはにやりと笑ってから、自分の口元を指差した。
「よく見ていてください。王国語と違って、帝国語は舌をこのように動かします」
そして、口を大きく開けて、赤い舌をのぞかせた。
「この音の発音は、前歯の裏をこするように。ほら、こうして」
大きく開かれた口の中で、赤い舌が白い歯の間を動く。
「そして、この音は、こうして舌を突き出すように」
今度は閉じた唇の間から、赤い舌がぬっと出てくる。
「これは、このように、下唇を噛むのです」
白い歯が、彼の薄い唇を噛んだ。
私は魔物に魅入られたように、その動作を見つめた。
「ほら、やってみて」
言われるままに、口を少し開けて、自分の下唇をぎゅっと噛む。
「そんなに強く噛むんじゃない。もっと、そっと、優しく。そう、甘噛みするように」
私に見せつけるように、何度も彼は自分の唇を噛んだ。
私を向ける黒い瞳が怪しく光っている。
きっと、マリリンがいたら、とろけるような瞳で彼を見つめるだろう。
確かに、彼女の言うとおり、ただ顔が良いだけではなく、どこか危険な魅力を持つ男だ。
「それじゃあ、これを読んでみてください」
自分の口の中を散々見せつけた後、彼は私に帝国語の文字を読ませた。
『わだす は おうじょ どす』
習ったばかりの口の動きをして、読み上げる。
どう? 上手く言えた?
見上げると、男は無表情で固まっていた。
そして、
「くっ、は、ははは」
お腹を抱えて大笑いした。
「ちょっと、なんで笑うのよ!」
「ははは……いや、悪い、はっ……ちょっと……ギャップが……はは、くるし……」
「無礼よ!」
睨みつけたのに、ジンはしばらく笑い続けた。
「いや、申し訳ございません。あまりにも王女様がおかわいらしかったので」
ようやく発作が収まったのか、彼は授業を再開した。
『私は王女です。はい、繰り返して』
『わ、わたすは、おじょです?』
『くっ……、いい、でしょう。でも、もう一回、私は王女です』
『わたすはオウジョです?』
『もう一息、私は王女です』
『わたすは……』
こんな感じで、無礼な男との授業は過ぎて行った。
でも、不思議なことに、授業の終わりには、初めて会った時の恐怖は薄れていた。
きっと、彼の母親が王国人だからだろう。奴隷として連れて行かれたなんて……許せない。私の国民にそんな仕打ちをした帝国人は絶対に許してはおけない。帝国の商人の子を産まされるなんて、ひどい屈辱だわ。
商人……?
ううん、違う。
精霊教会で会った時に、彼は魔法を使っていた。
魔法は貴族にしか使えないはずだ。
油断してはいけない。半分王国の血を引くとは言っても、彼はうそつきの帝国人なのだから。
次の日、さっそくやって来た黒髪の男、ジンは私に挨拶をしてから椅子に座った。
帝国語の会話集を開いて、さっそく勉強を始める。
雑談なんてする暇はない。この恐ろしい男の授業をさっさと終わらせたい。
「これを読めばいいの?」
「その前に、まず基本的な口の使い方から学びましょう」
「口の使い方?」
ジンはにやりと笑ってから、自分の口元を指差した。
「よく見ていてください。王国語と違って、帝国語は舌をこのように動かします」
そして、口を大きく開けて、赤い舌をのぞかせた。
「この音の発音は、前歯の裏をこするように。ほら、こうして」
大きく開かれた口の中で、赤い舌が白い歯の間を動く。
「そして、この音は、こうして舌を突き出すように」
今度は閉じた唇の間から、赤い舌がぬっと出てくる。
「これは、このように、下唇を噛むのです」
白い歯が、彼の薄い唇を噛んだ。
私は魔物に魅入られたように、その動作を見つめた。
「ほら、やってみて」
言われるままに、口を少し開けて、自分の下唇をぎゅっと噛む。
「そんなに強く噛むんじゃない。もっと、そっと、優しく。そう、甘噛みするように」
私に見せつけるように、何度も彼は自分の唇を噛んだ。
私を向ける黒い瞳が怪しく光っている。
きっと、マリリンがいたら、とろけるような瞳で彼を見つめるだろう。
確かに、彼女の言うとおり、ただ顔が良いだけではなく、どこか危険な魅力を持つ男だ。
「それじゃあ、これを読んでみてください」
自分の口の中を散々見せつけた後、彼は私に帝国語の文字を読ませた。
『わだす は おうじょ どす』
習ったばかりの口の動きをして、読み上げる。
どう? 上手く言えた?
見上げると、男は無表情で固まっていた。
そして、
「くっ、は、ははは」
お腹を抱えて大笑いした。
「ちょっと、なんで笑うのよ!」
「ははは……いや、悪い、はっ……ちょっと……ギャップが……はは、くるし……」
「無礼よ!」
睨みつけたのに、ジンはしばらく笑い続けた。
「いや、申し訳ございません。あまりにも王女様がおかわいらしかったので」
ようやく発作が収まったのか、彼は授業を再開した。
『私は王女です。はい、繰り返して』
『わ、わたすは、おじょです?』
『くっ……、いい、でしょう。でも、もう一回、私は王女です』
『わたすはオウジョです?』
『もう一息、私は王女です』
『わたすは……』
こんな感じで、無礼な男との授業は過ぎて行った。
でも、不思議なことに、授業の終わりには、初めて会った時の恐怖は薄れていた。
きっと、彼の母親が王国人だからだろう。奴隷として連れて行かれたなんて……許せない。私の国民にそんな仕打ちをした帝国人は絶対に許してはおけない。帝国の商人の子を産まされるなんて、ひどい屈辱だわ。
商人……?
ううん、違う。
精霊教会で会った時に、彼は魔法を使っていた。
魔法は貴族にしか使えないはずだ。
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