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40 初恋(ルカ)1
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俺の名は、ルカ・バース。バース子爵家の五男ってことになっている。これは仕事上の名前だ。ここ数か月、この偽りの姿で任務についていた。
ああ、疲れたな。
襟元に手を入れて、騎士服の下につけていた魔道具を外す。
銀色の魔石をはめ込んだペンダント型魔道具だ。これのおかげで、実の姿を偽り、茶髪の平凡な顔に変身することができた。変声機能までついている優れものだ。
ただ、欠点もある。つけている間、魔力を吸われ続けるのだ。ものすごく疲れるから、魔力が多い者にしか使えない。
「潜入捜査、お疲れ様です」
後ろから声をかけて来た仮面の男に、鏡越しに、うなずく。
彼は王国秘密騎士だ。そして、俺の部下でもある。この部屋には、他に人はいないのだから、仮面を外せばいいのに。融通のきかないまじめな男だ。まあ、今回の任務では、いろいろと役にはたったが。
「今回の団長の潜入捜査は、長かったですね。そのお姿に戻られるのは、久しぶりですね」
「ああ、やっと元の姿にもどれた。だが、やはり、変身姿の方がいいな。俺の容姿は、目立ちすぎる。この仕事には向かない」
鏡に映った自分の姿を見て、ため息をつく。
珍しい黒髪に、父親譲りの派手な顔に見つめ返されて、嫌になる。どこに行っても注目をされてしまう容姿だからだ。
まあ、この顔のおかげで、父の子だと証明され、殺されずに済んだのだが……。
父親にそっくりのこの顔は、あまり好きではない。
自分の顔の中で唯一気に入っているのは、青い目だ。
王族の血族眼が、青でよかった。貴族はたいてい青い目をしているから、目立たなくて良い。
この魔道具では、瞳の色までは、変えることができないからな。辺境伯のように、赤や紫の特徴ある目ではなくて助かった。
そのおかげで、魔道具で変身して、自ら潜入捜査をすることができたのだから。
「今回の功績は、処刑対象者を発見できたことですね。さすがはリハルト団長。誰も存在を知らなかった罪人の娘を見つけ出すなんて」
部下は、俺に尊敬の目を向けるが、それはただの偶然だった。俺はただ、父に命じられるままに、辺境伯の娘に近づき、ドラゴンの様子を観察しただけだ。まさか、罪人の娘が、自分から名乗り出るとは思ってもみなかった。
「それで、陛下には、ドラゴンのことをどのように報告すればよいですか? 結界を壊す危険性は、どれくらいありますか?」
「ああ、それは全くない。確かに、ドラゴンの炎の力は、結界を壊せるほどに強力だ。しかし、それは成獣になってからの話だ。あれは、まだ子供だ。成獣になるには、あと1000年は必要だろう」
いつも俺の膝で眠っていたアカのことを思い出す。
寝てばかりなのは、炎の魔力が足りないからだ。親ドラゴンがいないから、満足する魔力が得られないのだろう。
「気の長い話ですね。ドラゴンと言うものは、そんなに長生きなんですか?」
「まあ、そうだな」
実際には少し違う。ドラゴンが成獣になるには、多大な魔力が必要なだけだ。アカの場合は、炎の魔力だ。いつも俺にくっついて、ごっそり魔力を食っている。大食漢だ。あれを成長させるには、辺境伯の魔力をもってしても、1000年はかかるだろう。
だから今の所、ドラゴンは全く脅威にならない。
「それから、ロンダリング侯爵はどうしますか? やはり、彼は、反結界主義者ですか」
「そうだろうな。かなり怪しいと思う。証拠が見つかり次第、処分するつもりだ。おそらく、南の辺境の結界を破壊しようと企んでいるのだろう。一番結界がもろいのは、南だからな。息子を結婚させたのも、辺境伯の弱みを握ろうとしたのだろう」
「それでは、団長はこの後、ロンダリング侯爵家に潜入をされるのですか?」
「いや、それは別の者に頼もう。俺は、南の辺境で、聖女の秘宝を探すよ」
「え? 聖女の秘宝ですか? あるかどうかも分からない伝説ですよ」
その伝説を探すように、彼女は父親に頼んでいたのだ。
アリシアと辺境伯の会話を思い出す。
「ねえ、お父様! 領地に帰ったら、聖女の秘宝を取って来て! 場所は分かってるよ。炎の洞窟にある泉の中よ。聖杯があるの! それからね、炎の山の噴火口には、聖剣が隠されてるから。ちょっと熱いけど、お父様なら多分平気よね。ぱぱっと行って、ささっと取って来てね。あ、耐熱マントを着るのを忘れないでね」
なぜ彼女は、そんなことを知っているのか。
23年前の事件のことも知っているようだった。夢で見たと言っていたが……。
彼女の口から王国秘密騎士団の名が出た時には、ひやりとした。
まあ、おそらく、彼女が幼い頃に、誰かが口を滑らせたのを聞いたのだろう。
あるいは、何か特別なスキルを持っているのか……。
俺のお嬢様は、本当に不思議な女性だ。
ドラゴンの癒しの力で、あれほど賢くなれるなんて。
アリシアと出会ったのは、まだ子供の頃。
そのころの俺は、スキルのせいで人間不信になっていた。
俺のスキルは、心読みだ。
といっても、人の心が全て分かるわけではない。目に力を込めて、じっと見ると、その人が強く考えていることが、一瞬だけ読み取れる。
子供の頃、食事を持って来た侍女が挙動不審だった。じっと見つめると、「毒」という文字が読み取れた。案の定、食事には毒が入っていた。王妃の仕業だった。
平民の母と同じ黒髪で生まれた俺が気に入らないのだ。王族は皆、銀髪をしている。黒髪の俺は、生まれてすぐに、欠陥者として王妃に殺されかけた。
通常は、母親の不貞を疑うだろうが、父に監禁されていた母に、浮気など不可能だった。魔力が多いから、欠陥者ではない、と父が宣言するまで、赤子だった自分を世話する者はいなかった。
今でも王妃は、俺に会う時はいつも、「殺」という文字を浮かべる。非常に分かりやすい。
王妃に命を狙われる俺を気遣って、父王は俺を辺境に送った。……というのは、建前で、魔力が多い俺の才能を見込んで、王国秘密騎士団の団長として育てるべく、修行の旅に出したのだ。
南の辺境は、結界が壊れていて、魔物が自然発生する。その魔物は、ダンジョンの物とは違い、瘴気を吐き出すため、とても危険だ。だから良い訓練になるとのことだった。
今までも、秘密騎士の訓練生が、何人も傭兵として辺境に送られている。帰って来ない者も多い。
戻って来た訓練生が、興奮した口調で語るのは、南の辺境伯アーサー・カイザールのことだった。
「閣下は、とにかくめちゃくちゃ強いんです! 武器を使わずに、素手で魔物を屠るんです」
「あの方がいれば、魔物に囲まれても、安心です。世界最強です! 惚れました! 閣下の炎の魔法は神です!」
「あれは、炎の凶戦士などではなく、炎の悪魔、いや、炎の破壊神ですね。いや、褒め言葉ですよ。とにかく、人間技ではない」
なんでも、彼は剣を使わずに、拳に炎をまとわせて魔物を討伐するそうだ。しかも、その炎は拳から勢いよく噴きだし、逃げた魔物を追いかけては、灰も残さないぐらいに焼き尽くすそうだ。
なんだそれは。化け物か。
杖を使わずにそんな魔法を使うなんて、いくらスキルだとしてもありえないだろう?
子供の頃の俺は、その年頃にありそうなことに、自分こそが世界最強だと思っていた。実際、王族の中でも、魔力が多かったし、頭もよかった。剣を振るっても、誰も俺にはかなわない。
だから、秘密騎士が言う「最強の男」に会ってみたかった。
ああ、疲れたな。
襟元に手を入れて、騎士服の下につけていた魔道具を外す。
銀色の魔石をはめ込んだペンダント型魔道具だ。これのおかげで、実の姿を偽り、茶髪の平凡な顔に変身することができた。変声機能までついている優れものだ。
ただ、欠点もある。つけている間、魔力を吸われ続けるのだ。ものすごく疲れるから、魔力が多い者にしか使えない。
「潜入捜査、お疲れ様です」
後ろから声をかけて来た仮面の男に、鏡越しに、うなずく。
彼は王国秘密騎士だ。そして、俺の部下でもある。この部屋には、他に人はいないのだから、仮面を外せばいいのに。融通のきかないまじめな男だ。まあ、今回の任務では、いろいろと役にはたったが。
「今回の団長の潜入捜査は、長かったですね。そのお姿に戻られるのは、久しぶりですね」
「ああ、やっと元の姿にもどれた。だが、やはり、変身姿の方がいいな。俺の容姿は、目立ちすぎる。この仕事には向かない」
鏡に映った自分の姿を見て、ため息をつく。
珍しい黒髪に、父親譲りの派手な顔に見つめ返されて、嫌になる。どこに行っても注目をされてしまう容姿だからだ。
まあ、この顔のおかげで、父の子だと証明され、殺されずに済んだのだが……。
父親にそっくりのこの顔は、あまり好きではない。
自分の顔の中で唯一気に入っているのは、青い目だ。
王族の血族眼が、青でよかった。貴族はたいてい青い目をしているから、目立たなくて良い。
この魔道具では、瞳の色までは、変えることができないからな。辺境伯のように、赤や紫の特徴ある目ではなくて助かった。
そのおかげで、魔道具で変身して、自ら潜入捜査をすることができたのだから。
「今回の功績は、処刑対象者を発見できたことですね。さすがはリハルト団長。誰も存在を知らなかった罪人の娘を見つけ出すなんて」
部下は、俺に尊敬の目を向けるが、それはただの偶然だった。俺はただ、父に命じられるままに、辺境伯の娘に近づき、ドラゴンの様子を観察しただけだ。まさか、罪人の娘が、自分から名乗り出るとは思ってもみなかった。
「それで、陛下には、ドラゴンのことをどのように報告すればよいですか? 結界を壊す危険性は、どれくらいありますか?」
「ああ、それは全くない。確かに、ドラゴンの炎の力は、結界を壊せるほどに強力だ。しかし、それは成獣になってからの話だ。あれは、まだ子供だ。成獣になるには、あと1000年は必要だろう」
いつも俺の膝で眠っていたアカのことを思い出す。
寝てばかりなのは、炎の魔力が足りないからだ。親ドラゴンがいないから、満足する魔力が得られないのだろう。
「気の長い話ですね。ドラゴンと言うものは、そんなに長生きなんですか?」
「まあ、そうだな」
実際には少し違う。ドラゴンが成獣になるには、多大な魔力が必要なだけだ。アカの場合は、炎の魔力だ。いつも俺にくっついて、ごっそり魔力を食っている。大食漢だ。あれを成長させるには、辺境伯の魔力をもってしても、1000年はかかるだろう。
だから今の所、ドラゴンは全く脅威にならない。
「それから、ロンダリング侯爵はどうしますか? やはり、彼は、反結界主義者ですか」
「そうだろうな。かなり怪しいと思う。証拠が見つかり次第、処分するつもりだ。おそらく、南の辺境の結界を破壊しようと企んでいるのだろう。一番結界がもろいのは、南だからな。息子を結婚させたのも、辺境伯の弱みを握ろうとしたのだろう」
「それでは、団長はこの後、ロンダリング侯爵家に潜入をされるのですか?」
「いや、それは別の者に頼もう。俺は、南の辺境で、聖女の秘宝を探すよ」
「え? 聖女の秘宝ですか? あるかどうかも分からない伝説ですよ」
その伝説を探すように、彼女は父親に頼んでいたのだ。
アリシアと辺境伯の会話を思い出す。
「ねえ、お父様! 領地に帰ったら、聖女の秘宝を取って来て! 場所は分かってるよ。炎の洞窟にある泉の中よ。聖杯があるの! それからね、炎の山の噴火口には、聖剣が隠されてるから。ちょっと熱いけど、お父様なら多分平気よね。ぱぱっと行って、ささっと取って来てね。あ、耐熱マントを着るのを忘れないでね」
なぜ彼女は、そんなことを知っているのか。
23年前の事件のことも知っているようだった。夢で見たと言っていたが……。
彼女の口から王国秘密騎士団の名が出た時には、ひやりとした。
まあ、おそらく、彼女が幼い頃に、誰かが口を滑らせたのを聞いたのだろう。
あるいは、何か特別なスキルを持っているのか……。
俺のお嬢様は、本当に不思議な女性だ。
ドラゴンの癒しの力で、あれほど賢くなれるなんて。
アリシアと出会ったのは、まだ子供の頃。
そのころの俺は、スキルのせいで人間不信になっていた。
俺のスキルは、心読みだ。
といっても、人の心が全て分かるわけではない。目に力を込めて、じっと見ると、その人が強く考えていることが、一瞬だけ読み取れる。
子供の頃、食事を持って来た侍女が挙動不審だった。じっと見つめると、「毒」という文字が読み取れた。案の定、食事には毒が入っていた。王妃の仕業だった。
平民の母と同じ黒髪で生まれた俺が気に入らないのだ。王族は皆、銀髪をしている。黒髪の俺は、生まれてすぐに、欠陥者として王妃に殺されかけた。
通常は、母親の不貞を疑うだろうが、父に監禁されていた母に、浮気など不可能だった。魔力が多いから、欠陥者ではない、と父が宣言するまで、赤子だった自分を世話する者はいなかった。
今でも王妃は、俺に会う時はいつも、「殺」という文字を浮かべる。非常に分かりやすい。
王妃に命を狙われる俺を気遣って、父王は俺を辺境に送った。……というのは、建前で、魔力が多い俺の才能を見込んで、王国秘密騎士団の団長として育てるべく、修行の旅に出したのだ。
南の辺境は、結界が壊れていて、魔物が自然発生する。その魔物は、ダンジョンの物とは違い、瘴気を吐き出すため、とても危険だ。だから良い訓練になるとのことだった。
今までも、秘密騎士の訓練生が、何人も傭兵として辺境に送られている。帰って来ない者も多い。
戻って来た訓練生が、興奮した口調で語るのは、南の辺境伯アーサー・カイザールのことだった。
「閣下は、とにかくめちゃくちゃ強いんです! 武器を使わずに、素手で魔物を屠るんです」
「あの方がいれば、魔物に囲まれても、安心です。世界最強です! 惚れました! 閣下の炎の魔法は神です!」
「あれは、炎の凶戦士などではなく、炎の悪魔、いや、炎の破壊神ですね。いや、褒め言葉ですよ。とにかく、人間技ではない」
なんでも、彼は剣を使わずに、拳に炎をまとわせて魔物を討伐するそうだ。しかも、その炎は拳から勢いよく噴きだし、逃げた魔物を追いかけては、灰も残さないぐらいに焼き尽くすそうだ。
なんだそれは。化け物か。
杖を使わずにそんな魔法を使うなんて、いくらスキルだとしてもありえないだろう?
子供の頃の俺は、その年頃にありそうなことに、自分こそが世界最強だと思っていた。実際、王族の中でも、魔力が多かったし、頭もよかった。剣を振るっても、誰も俺にはかなわない。
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