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歴史の勉強
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「え……ヴェルトさまは迎賓館に来られない……?」
「はい。小耳に挟んだのですが、どうやら辞退する方向で考えておられる様ですね」
皇宮の一室で、アデライアはディアノーラと話をしていた。そこで建国祭に招待されていたヴェルトが当日姿を見せないと聞いたところだ。
アデライアは目に見えて悲しそうに赤い眼を伏せた。
「久しぶりお会いできるかと思っていたのですが……」
「確かに。アデライア様は皇族ですし、なかなか接点はありませんからね……」
「でも。ヴィローラ姉さまはこの間お会いになられたと聞きました」
「ああ……」
アデライアは拗ねる様な口調で声を出す。こうした感情を見せる様になったのも最近になってからだ。
段々年頃の少女らしい一面を見せるアデライアを見て、ディアノーラは微笑ましく思った。
(これもヴェルト殿と黒狼会のおかげか。ヴェルト殿はアデライア様にとって、少々刺激の強い男性になったが……それも致し方無しというもの)
アデライアもディアノーラもヴェルトの戦いをその眼で何度も見たのだ。そして常にその手で未来を切り開いてきた。
ましてやゼルダンシア帝国と深い繋がりのある伝説の傭兵団、群狼武風そのものなのだ。今もその力は健在であり、ひとたび戦場に立てばどのシーンもたちまち英雄譚となる。
その素性を知れば、男女関係なく胸の一つや二つ、ときめくというものだろう。もちろんディアノーラ自身もだ。
(ふ……。戦う姿を見て胸を躍らせるとは。私も自分で思っているより乙女だったということか)
ウィックリン皇帝より提案された貴族位を蹴り、今も帝都で商会を営みながらその治安を守っている。1人の男性としても尊敬できるとディアノーラは考えていた。
「ヴェルト殿はエルヴァール殿を含め、帝国貴族と縁もあります。またお会いできる機会もありますよ」
「……本当ですか?」
「ええ。それにやり様はいくらでもありますからね」
実際、会うこと自体はそう難しい話ではないのだ。しかしその事がアデライアにとって良い事なのかは判断が難しいと感じていた。
「それより。もうすぐフォルトガラム聖武国のフランメリア王女が帝都に来られるのです。王女は帝都滞在中、ここ皇宮で寝泊まりされますからね。アデライア様含め、多くの皇女様方が対応する事になるのです。さぁ、歴史の勉強を進めてください」
「……はい」
アデライアを含む皇族や貴族には、フォルトガラム聖武国の歴史書が用意されていた。
国賓として歓待するのだ、相手国の知識を身に付けておこうというウィックリンの計らいである。
「……フォルトガラム聖武国にもかつて大幻霊石があったのですね」
「はい。この大陸に4つ、ガラム島に1つ。他の大陸に3つあったと言われていますね」
「かつてのゼルダンシア王国はどうやって海を隔てた大陸を統治していたのでしょう……」
幻魔歴の末期ではゼルダンシア王国陣営とノンヴァード王国陣営に分かれていたが、一部フォルトガラム聖武国の様に独立もしくは中立の立場に立つ国もあった。
それらはそうした立場が許される環境……大陸交通路の要の地域を統治していたり、強大な海軍を有する島国だったりと、相応の理由があるのだが。
「いろいろ学説がありますね。どちらの陣営に付くか態度をはっきりさせていただけだとか、実際に政務官を派遣していたとか。いずれにせよ全ての大幻霊石が砕けて、また多くの国家が生まれる事になったのですが」
そしてこの大陸ではアルグローガがゼルダンシア帝国の礎を築き、今では大陸の半分以上を支配する大帝国となっている。
だが海を隔てた先にある大陸では今も多くの国同士、戦争が続いているのだ。
「現在までしっかりと国を繋いできているフォルトガラム聖武国はすごいですね。この歴史書にはおおよその出来事しか記載されていませんが、きっと本国には多くの文化や歴史が今も息づいているのでしょう」
中でも金属加工の技術は特筆すべきものがあるし、全体的に手先が器用な者が多いとも言われている。過去には大陸に渡って名を残している者もいるのだ。
「……ディアノーラ」
「どうしました?」
「ここ……」
ディアノーラはアデライアに指さされた場所に目を通す。そこにはガラム島出身で大陸に渡った有名人が羅列されていた。
「鍛冶師ガーディン……ああ、かつて群狼武風の隊長格に武具を打った鍛冶師として有名ですよね」
「はい。見ていただきたいのはそこの注釈です」
再びアデライアが指定する文面に目を通す。そこには少し驚きの出来事が記載されていた。
「ガーディンは……群狼武風と一緒にガラム島から大陸へと渡ってきた……?」
「どういう……ことでしょう。かつて群狼武風の皆さんは、ガラム島にいたということでしょうか……?」
異国の歴史書に突然出て来た見知った単語、群狼武風。まさかここでその文字を見る事になるとは予想していなかったのだ。
群狼武風は最後はゼルダンシア王国に雇われていたが、それ以前はどこで何をしていたのか。そうした歴史資料は一切存在していない。おそらく戦乱の世を駆け巡っていたのだろうが。
「……ふふ。アデライア様、ここは歴史の勉強をしっかりとしないといけませんね」
「ディアノーラ……?」
「せっかく当時を知る者がこの帝都にいるのです。アデライア様のお勉強のため、講師としてお招きになられたらいかがでしょうか」
「…………!」
アデライアはパッと明るい笑顔を見せる。その顔が見られただけでも提案した甲斐はあったと、ディアノーラは微笑んだ。
「フォルトガラム聖武国の歴史に対する勉強は、皇帝陛下の意向でもあります。フランメリア王女とどういう会話が繰り広げられるか分かりませんからね。王女が帝都に来る前に、可能な限り知識を取り入れておくべきでしょう。きっと陛下も許可してくださいますよ」
「さっそく……! お父さまのところへ……!」
「お待ちください。陛下は城におられます。お忙しい身ですからね。焦らずとも皇宮へアデライア様のお顔を見に来るタイミングがございますよ」
「……はい!」
ディアノーラはリーンハルトから聞いた、ヴェルトの普段の様子について思い出す。
ヴェルト自身も歴史に興味があるのか、日ごろからよくいろんな資料を集めては読みふけっているとの事だった。
(元貴族にして魔法を使う傭兵、そして今は歴史資料を好んで読む商会の代表か……。本当に不思議な御仁だ)
だがきっとこの話は引き受けてくれるだろう。ディアノーラにはその確信があった。
■
リステルマは旅をしていた。行く宛てはない。ただ足が向かう先に進むのみ。
「…………」
帝都地下で目を覚ました時、自分に止めが刺されていなかった事に驚いていた。特に自分に姉を殺されたと思っているリリアーナは確実にこの命を奪うだろうと考えていたのだ。
だがレクタリアの遺体を見つけ、全てを失った事を理解した。
「…………」
朽ちゆくレクタリアの遺体をそのままにはできず、辛い気持ちを押し殺してベインと共に埋葬した。ベインもレクタリアを信奉していたため、自分と同じく喪失感に苛まされているだろう。
「…………」
リステルマもしばらく呆然自失としていたが、今も魔導の力を持っている事を思い出す。レクタリアの残してくれたこの力を使って、自分にできる事が何かあるのではないか。最近はそう考えるようになっていた。
だからという訳でもないが、今では辺境の地で賊討伐の様な事をしている。昨日も盗賊団を一つ壊滅させたところだ。だから最初は、その報復を考えるものだと思っていた。
「……誰です? さっきから私をつけているのは」
「へぇすっげぇ! お姉さん、僕に気付いてたんだ!」
姿を見せたのは1人の少年だった。どこにでもいそうな、ごく普通の少年。武器も持っていない。
「……お金に困っているのなら、少し分けてあげましょう。ですがお金は働いて稼ぐのだというのを今のうちに癖付けておいた方が良いですよ」
「あっはは! なにそれ! あ、もしかして僕の事、お姉さんを狙った物盗りか何かだと思った!?」
少年の反応にリステルマは眉をひそめる。
「あ、でもある意味正解かな! 僕が欲しいのは、お姉さんの持つエルクォーツなんだ!」
「え……」
「ね、お願い! どうしても欲しいんだよぉ! ちょうだい!」
少年は屈託のない笑みを浮かべながら頼んでくる。だがリステルマの思考は一瞬停止した。
(な……に? エルクォーツ……!?)
「ちょうだい……よぉっ!!」
少年は叫ぶと同時に両手をリステルマに向けて突き出す。その先端からリステルマより大きな、魚の形をした光の塊が飛び出した。
「な……!」
その魚は獲物を食いちぎる様な、獰猛な見た目をしていた。光の魚は素早い動きでリステルマに迫る。
「……っ!」
だがリステルマとてエルクォーツを4つも埋め込んだ身である。素早く真横へと飛び、魚の突撃を躱す。
「わお、すっげぇ! この距離で避けられるなんてね!」
「あなた……! 一体……!?」
「でもさ! 俺のグレートサンダードラゴンはこんなもんじゃないんだぜぇ!」
リステルマは魚が通り過ぎて行った方向に視線を向ける。すると先ほどの魚は猛スピードで向かってきているところだった。
「く……!」
再び真横へと躱す。今度は地を滑る様な動きだった。魚は少年の周囲を周遊する。
「へっへっへ! どうだい、お姉さん! 俺のグレートサンダードラゴンは!」
「どういう事です……!? どうしてエルクォーツの事を!? それにその力は一体……!?」
「まだまだいくよ! 飛べぇ!」
魚は再び加速しながらリステルマに迫る。だがリステルマは今度は手を掲げ、正面に大きめの光球を生み出した。
「お、なにそれ! すげぇ!」
光球で魚の動きを封じる。そう考えての行動だったが、魚は光球に触れると口を大きく開けて食いちぎっていく。
「なん……!」
「俺のグレートサンダードラゴンは何でも食い破りながら前進できるんだぜ! すげぇだろ!」
魚は光球を抉りながら突撃をしてくる。リステルマは一度大きく真横に跳ぶと、今度は少年に向けて直接光球を連続で放った。
もはや相手が少年だからと、舐めてかかる訳にはいかない。そういう手合いの相手ではないと悟る。
「これで……!」
魚は厄介だが、本体を倒せば消える。そう考えての行動だった。しかし。
「…………!」
「あっそうそう! グレートサンダードラゴンには兄弟もいるんだぜ!」
いつの間にか現れていた二体目の魚が少年の周囲を周遊しており、迫る光球に対して口を開ける。光球は次々と口の中へと入っていき、それっきり爆発も何も起こらなかった。
(ばかな……! これほどの魔法が……!? まさか群狼武風……!? いや、違う! 歴戦の傭兵という空気は感じない! 本当に見た目通り、ただの少年の様……!?)
自分の力に酔いしれ、こうしてリステルマを追い詰める事を無邪気に楽しんでいる。その姿は少年そのものだった。
だがこれで自分が不利になったという訳ではない。リステルマはここからは本気を出す事を決める。
(身体能力を最大まで強化……! 回避に専念しつつ、光球の連発で隙を作る……! そして……!)
「いっけぇグレートサンダードラゴン! 必殺技だぁー!」
「っ!?」
自分に迫る魚が急に高く飛び上がり、リステルマの頭上へと移動する。そしてその腹部が膨張したかと思うと、眩い光を放ちながら爆発を起こした。
「くぅ……!」
予測不可能な攻撃。リステルマは堪らず爆風による熱と衝撃を真上からまともに受けてしまう。
またあまりに眩しかったため、一時的に視界が真っ白になった。
(しまった……! これでは視力が元に戻るまで、時間が……! それに身体も……!)
耳もやられたのか、平衡感覚を失っているのが分かる。おそらく自分は今、倒れているのだろう。そんな中でも少年の声は聞こえた。
「よぅし、よくやったぞ、僕のグレートサンダードラゴン! それじゃお姉さん! まずは服を脱いでねー!」
身体が思う様に動かせない。このままでは少年にいい様にされてしまうだろう。何とか体勢を整え、活路を見出さなければ。そう思っていた時だった。
「うん? お姉さん、ひょっとしてまだ元気? よぅし、グレートサンダードラゴン! 体当たりだ!」
次の瞬間、真横から何かがぶつかってくる。リステルマは堪らず吹き飛ばされた。
(ぐ……! 今、のは……! き、きましたね……! あばらが、折れましたか……!)
レクタリアより力を貰ってから、ここまで追い詰められたのは黒狼会に次いで2人目である。
まさかこの短期間でこうも苦戦する相手に遭遇するとは。ゆっくりと目を開くと、少年は既に目の前まで来ていた。その周囲には二匹の魚が周遊している。
「へへへへ! 何だかどきどきしてきた! それじゃお姉さん……!」
少年の手がリステルマに向かって伸びる。だが次の瞬間、その真横に大柄な男が立っていた。
「ふんっ!!」
男は少年が知覚するより早く、その脇腹に拳を突き入れる。少年は身体を不気味に折り曲げながら吹き飛んでいく。そしてリステルマはその拳の一撃が必殺技だと知っていた。
「ルー……ド」
「久しぶりだな、リステルマ。元結社最強の閃罰者らしくもない。少年の見た目に騙されて初手で油断したな」
その男は暗殺組織 閃刺鉄鷲の七殺星、その頂点。壊腕のルードだった。
「はい。小耳に挟んだのですが、どうやら辞退する方向で考えておられる様ですね」
皇宮の一室で、アデライアはディアノーラと話をしていた。そこで建国祭に招待されていたヴェルトが当日姿を見せないと聞いたところだ。
アデライアは目に見えて悲しそうに赤い眼を伏せた。
「久しぶりお会いできるかと思っていたのですが……」
「確かに。アデライア様は皇族ですし、なかなか接点はありませんからね……」
「でも。ヴィローラ姉さまはこの間お会いになられたと聞きました」
「ああ……」
アデライアは拗ねる様な口調で声を出す。こうした感情を見せる様になったのも最近になってからだ。
段々年頃の少女らしい一面を見せるアデライアを見て、ディアノーラは微笑ましく思った。
(これもヴェルト殿と黒狼会のおかげか。ヴェルト殿はアデライア様にとって、少々刺激の強い男性になったが……それも致し方無しというもの)
アデライアもディアノーラもヴェルトの戦いをその眼で何度も見たのだ。そして常にその手で未来を切り開いてきた。
ましてやゼルダンシア帝国と深い繋がりのある伝説の傭兵団、群狼武風そのものなのだ。今もその力は健在であり、ひとたび戦場に立てばどのシーンもたちまち英雄譚となる。
その素性を知れば、男女関係なく胸の一つや二つ、ときめくというものだろう。もちろんディアノーラ自身もだ。
(ふ……。戦う姿を見て胸を躍らせるとは。私も自分で思っているより乙女だったということか)
ウィックリン皇帝より提案された貴族位を蹴り、今も帝都で商会を営みながらその治安を守っている。1人の男性としても尊敬できるとディアノーラは考えていた。
「ヴェルト殿はエルヴァール殿を含め、帝国貴族と縁もあります。またお会いできる機会もありますよ」
「……本当ですか?」
「ええ。それにやり様はいくらでもありますからね」
実際、会うこと自体はそう難しい話ではないのだ。しかしその事がアデライアにとって良い事なのかは判断が難しいと感じていた。
「それより。もうすぐフォルトガラム聖武国のフランメリア王女が帝都に来られるのです。王女は帝都滞在中、ここ皇宮で寝泊まりされますからね。アデライア様含め、多くの皇女様方が対応する事になるのです。さぁ、歴史の勉強を進めてください」
「……はい」
アデライアを含む皇族や貴族には、フォルトガラム聖武国の歴史書が用意されていた。
国賓として歓待するのだ、相手国の知識を身に付けておこうというウィックリンの計らいである。
「……フォルトガラム聖武国にもかつて大幻霊石があったのですね」
「はい。この大陸に4つ、ガラム島に1つ。他の大陸に3つあったと言われていますね」
「かつてのゼルダンシア王国はどうやって海を隔てた大陸を統治していたのでしょう……」
幻魔歴の末期ではゼルダンシア王国陣営とノンヴァード王国陣営に分かれていたが、一部フォルトガラム聖武国の様に独立もしくは中立の立場に立つ国もあった。
それらはそうした立場が許される環境……大陸交通路の要の地域を統治していたり、強大な海軍を有する島国だったりと、相応の理由があるのだが。
「いろいろ学説がありますね。どちらの陣営に付くか態度をはっきりさせていただけだとか、実際に政務官を派遣していたとか。いずれにせよ全ての大幻霊石が砕けて、また多くの国家が生まれる事になったのですが」
そしてこの大陸ではアルグローガがゼルダンシア帝国の礎を築き、今では大陸の半分以上を支配する大帝国となっている。
だが海を隔てた先にある大陸では今も多くの国同士、戦争が続いているのだ。
「現在までしっかりと国を繋いできているフォルトガラム聖武国はすごいですね。この歴史書にはおおよその出来事しか記載されていませんが、きっと本国には多くの文化や歴史が今も息づいているのでしょう」
中でも金属加工の技術は特筆すべきものがあるし、全体的に手先が器用な者が多いとも言われている。過去には大陸に渡って名を残している者もいるのだ。
「……ディアノーラ」
「どうしました?」
「ここ……」
ディアノーラはアデライアに指さされた場所に目を通す。そこにはガラム島出身で大陸に渡った有名人が羅列されていた。
「鍛冶師ガーディン……ああ、かつて群狼武風の隊長格に武具を打った鍛冶師として有名ですよね」
「はい。見ていただきたいのはそこの注釈です」
再びアデライアが指定する文面に目を通す。そこには少し驚きの出来事が記載されていた。
「ガーディンは……群狼武風と一緒にガラム島から大陸へと渡ってきた……?」
「どういう……ことでしょう。かつて群狼武風の皆さんは、ガラム島にいたということでしょうか……?」
異国の歴史書に突然出て来た見知った単語、群狼武風。まさかここでその文字を見る事になるとは予想していなかったのだ。
群狼武風は最後はゼルダンシア王国に雇われていたが、それ以前はどこで何をしていたのか。そうした歴史資料は一切存在していない。おそらく戦乱の世を駆け巡っていたのだろうが。
「……ふふ。アデライア様、ここは歴史の勉強をしっかりとしないといけませんね」
「ディアノーラ……?」
「せっかく当時を知る者がこの帝都にいるのです。アデライア様のお勉強のため、講師としてお招きになられたらいかがでしょうか」
「…………!」
アデライアはパッと明るい笑顔を見せる。その顔が見られただけでも提案した甲斐はあったと、ディアノーラは微笑んだ。
「フォルトガラム聖武国の歴史に対する勉強は、皇帝陛下の意向でもあります。フランメリア王女とどういう会話が繰り広げられるか分かりませんからね。王女が帝都に来る前に、可能な限り知識を取り入れておくべきでしょう。きっと陛下も許可してくださいますよ」
「さっそく……! お父さまのところへ……!」
「お待ちください。陛下は城におられます。お忙しい身ですからね。焦らずとも皇宮へアデライア様のお顔を見に来るタイミングがございますよ」
「……はい!」
ディアノーラはリーンハルトから聞いた、ヴェルトの普段の様子について思い出す。
ヴェルト自身も歴史に興味があるのか、日ごろからよくいろんな資料を集めては読みふけっているとの事だった。
(元貴族にして魔法を使う傭兵、そして今は歴史資料を好んで読む商会の代表か……。本当に不思議な御仁だ)
だがきっとこの話は引き受けてくれるだろう。ディアノーラにはその確信があった。
■
リステルマは旅をしていた。行く宛てはない。ただ足が向かう先に進むのみ。
「…………」
帝都地下で目を覚ました時、自分に止めが刺されていなかった事に驚いていた。特に自分に姉を殺されたと思っているリリアーナは確実にこの命を奪うだろうと考えていたのだ。
だがレクタリアの遺体を見つけ、全てを失った事を理解した。
「…………」
朽ちゆくレクタリアの遺体をそのままにはできず、辛い気持ちを押し殺してベインと共に埋葬した。ベインもレクタリアを信奉していたため、自分と同じく喪失感に苛まされているだろう。
「…………」
リステルマもしばらく呆然自失としていたが、今も魔導の力を持っている事を思い出す。レクタリアの残してくれたこの力を使って、自分にできる事が何かあるのではないか。最近はそう考えるようになっていた。
だからという訳でもないが、今では辺境の地で賊討伐の様な事をしている。昨日も盗賊団を一つ壊滅させたところだ。だから最初は、その報復を考えるものだと思っていた。
「……誰です? さっきから私をつけているのは」
「へぇすっげぇ! お姉さん、僕に気付いてたんだ!」
姿を見せたのは1人の少年だった。どこにでもいそうな、ごく普通の少年。武器も持っていない。
「……お金に困っているのなら、少し分けてあげましょう。ですがお金は働いて稼ぐのだというのを今のうちに癖付けておいた方が良いですよ」
「あっはは! なにそれ! あ、もしかして僕の事、お姉さんを狙った物盗りか何かだと思った!?」
少年の反応にリステルマは眉をひそめる。
「あ、でもある意味正解かな! 僕が欲しいのは、お姉さんの持つエルクォーツなんだ!」
「え……」
「ね、お願い! どうしても欲しいんだよぉ! ちょうだい!」
少年は屈託のない笑みを浮かべながら頼んでくる。だがリステルマの思考は一瞬停止した。
(な……に? エルクォーツ……!?)
「ちょうだい……よぉっ!!」
少年は叫ぶと同時に両手をリステルマに向けて突き出す。その先端からリステルマより大きな、魚の形をした光の塊が飛び出した。
「な……!」
その魚は獲物を食いちぎる様な、獰猛な見た目をしていた。光の魚は素早い動きでリステルマに迫る。
「……っ!」
だがリステルマとてエルクォーツを4つも埋め込んだ身である。素早く真横へと飛び、魚の突撃を躱す。
「わお、すっげぇ! この距離で避けられるなんてね!」
「あなた……! 一体……!?」
「でもさ! 俺のグレートサンダードラゴンはこんなもんじゃないんだぜぇ!」
リステルマは魚が通り過ぎて行った方向に視線を向ける。すると先ほどの魚は猛スピードで向かってきているところだった。
「く……!」
再び真横へと躱す。今度は地を滑る様な動きだった。魚は少年の周囲を周遊する。
「へっへっへ! どうだい、お姉さん! 俺のグレートサンダードラゴンは!」
「どういう事です……!? どうしてエルクォーツの事を!? それにその力は一体……!?」
「まだまだいくよ! 飛べぇ!」
魚は再び加速しながらリステルマに迫る。だがリステルマは今度は手を掲げ、正面に大きめの光球を生み出した。
「お、なにそれ! すげぇ!」
光球で魚の動きを封じる。そう考えての行動だったが、魚は光球に触れると口を大きく開けて食いちぎっていく。
「なん……!」
「俺のグレートサンダードラゴンは何でも食い破りながら前進できるんだぜ! すげぇだろ!」
魚は光球を抉りながら突撃をしてくる。リステルマは一度大きく真横に跳ぶと、今度は少年に向けて直接光球を連続で放った。
もはや相手が少年だからと、舐めてかかる訳にはいかない。そういう手合いの相手ではないと悟る。
「これで……!」
魚は厄介だが、本体を倒せば消える。そう考えての行動だった。しかし。
「…………!」
「あっそうそう! グレートサンダードラゴンには兄弟もいるんだぜ!」
いつの間にか現れていた二体目の魚が少年の周囲を周遊しており、迫る光球に対して口を開ける。光球は次々と口の中へと入っていき、それっきり爆発も何も起こらなかった。
(ばかな……! これほどの魔法が……!? まさか群狼武風……!? いや、違う! 歴戦の傭兵という空気は感じない! 本当に見た目通り、ただの少年の様……!?)
自分の力に酔いしれ、こうしてリステルマを追い詰める事を無邪気に楽しんでいる。その姿は少年そのものだった。
だがこれで自分が不利になったという訳ではない。リステルマはここからは本気を出す事を決める。
(身体能力を最大まで強化……! 回避に専念しつつ、光球の連発で隙を作る……! そして……!)
「いっけぇグレートサンダードラゴン! 必殺技だぁー!」
「っ!?」
自分に迫る魚が急に高く飛び上がり、リステルマの頭上へと移動する。そしてその腹部が膨張したかと思うと、眩い光を放ちながら爆発を起こした。
「くぅ……!」
予測不可能な攻撃。リステルマは堪らず爆風による熱と衝撃を真上からまともに受けてしまう。
またあまりに眩しかったため、一時的に視界が真っ白になった。
(しまった……! これでは視力が元に戻るまで、時間が……! それに身体も……!)
耳もやられたのか、平衡感覚を失っているのが分かる。おそらく自分は今、倒れているのだろう。そんな中でも少年の声は聞こえた。
「よぅし、よくやったぞ、僕のグレートサンダードラゴン! それじゃお姉さん! まずは服を脱いでねー!」
身体が思う様に動かせない。このままでは少年にいい様にされてしまうだろう。何とか体勢を整え、活路を見出さなければ。そう思っていた時だった。
「うん? お姉さん、ひょっとしてまだ元気? よぅし、グレートサンダードラゴン! 体当たりだ!」
次の瞬間、真横から何かがぶつかってくる。リステルマは堪らず吹き飛ばされた。
(ぐ……! 今、のは……! き、きましたね……! あばらが、折れましたか……!)
レクタリアより力を貰ってから、ここまで追い詰められたのは黒狼会に次いで2人目である。
まさかこの短期間でこうも苦戦する相手に遭遇するとは。ゆっくりと目を開くと、少年は既に目の前まで来ていた。その周囲には二匹の魚が周遊している。
「へへへへ! 何だかどきどきしてきた! それじゃお姉さん……!」
少年の手がリステルマに向かって伸びる。だが次の瞬間、その真横に大柄な男が立っていた。
「ふんっ!!」
男は少年が知覚するより早く、その脇腹に拳を突き入れる。少年は身体を不気味に折り曲げながら吹き飛んでいく。そしてリステルマはその拳の一撃が必殺技だと知っていた。
「ルー……ド」
「久しぶりだな、リステルマ。元結社最強の閃罰者らしくもない。少年の見た目に騙されて初手で油断したな」
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黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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