BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび

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【小話5】

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「郁ちゃんって、かみのけすごくきれいだよね」

「…そう?」





俺の髪はストレートで、サラサラとクセもなく流れる。
幼い頃、近所に住んでいた男の子…七海照史にそう言われたのはいつの事だっただろうか。

物心つく前から両親から見た俺は『息子』ではなく、『将来会社を継ぐもの』だった。
父は跡継ぎの俺に厳しく、優しい姿なんて1度も見たことがない。
母は息子としての俺ではなく、優秀な跡継ぎとしてしか見ていない。
「郁真なら大丈夫ね」
「郁真だから」
「郁真だもの」
母はいつもそう言う。
どんな時も、どんな時も。

俺は幼少期から俺自身を見て、俺自身と話してくれる人がいない環境で育った。
だから周りの大人に対しても期待なんてしていなかったんだ。
どうせ父の子として、あの会社の跡継ぎとしてしか見ない。
だからこそ俺は、子供らしさを捨てた。

父に誕生日のプレゼントは何が欲しいか聞かれれば[経営者としての勉強したい]と言う。
母に誕生日のプレゼントは何が欲しいか聞かれれば[将来のためにパソコンを習いたい]

俺がそう言えば父や母は「流石だ」「いい子ね」と褒める。
そうして自分を押し殺して過ぎていく小学生生活。
しかし、そんな日々も小学3年時…一気に形を変えた。

隣の空き家にとある家族が引っ越して来たらしい。
父曰く「近所付き合いも経営者としての勉強になる」と挨拶に来た隣の家族の対応を任された。
隣の家族は父と母、そして幼稚園の年長さんだと言う男の子の3人家族だ。
菓子折りと…洗剤か何かだろうか?紙袋を渡されて挨拶を交わすと相手方の息子くんが俺の服をちょいちょいと引っ張った。





「なぁに?」

「…えへへ」





ぽけーっと見上げて来たと思ったら急にヘラっと頬を緩めて笑うこの子に、純粋に可愛いな。そう思う。
同じように笑い返すとそれが嬉しくなったのかギュッと抱きついて来るその子の頭を慣れない手つきで撫でてあげると、男の子の両親がゆっくり俺たちの隣にしゃがんで目線を合わせる。






「えーと、郁真くん?ごめんなさいね、急に抱き付いたらびっくりしちゃうわよね」

「この子は照史、もう幼稚園も卒園する歳なんだ。小学校でも仲良くしてあげて欲しい」

「勿論、私たちとも仲良くしてね。郁真くん」






優しい眼差しに慣れない俺は少しむず痒さを覚え、目線を逸らしてコクンと頷いた。
視線を逸らした先には照史くんがいたけれど、照史くんは俺の方なんて見ておらず俺に抱きついたままニコニコと笑っている。
彼を腹に抱えたまま再び頭を優しく撫でてあげればニコニコだった彼の表情はさらに明るいものとなり、その変化が面白くてただただ撫でていた。






「照史ってば、お兄ちゃん困ってるわよ。そろそろこっちおいで」

「おにーちゃん?」






照史母の言葉に俺を見上げながら首を傾げる照史くん。
お行儀が悪いと思いながらも貰った紙袋を地面に置き、照史くんに目線を合わせるとキラキラと光る目は俺だけを捉える。
…少し、ゾワっと鳥肌がたった。







「…照史くん、俺の名前は郁真。郁ちゃんだよ」

「いくちゃん?」

「そう、俺のことは郁ちゃんって呼んでね」






なるべく優しく微笑めば、照史くんは嬉しくなったのか俺にギュッと抱きついて俺の名前を何度も呼んだ。
いくちゃん!と嬉しそうにするこの子はとても小さく、可愛らしい存在。
それはこの両親にとっても同じなのだろう、2人とも完全に表情がだらしなくなっていたのを直そうともしないで照史くんを見つめていた。
…あぁ、本当の親っていうのは子供にこんな表情するんだな。
照史くんを見つめる2人を見ながら、人事のように思うのに虚しく感じる胸を一つ撫でる事で誤魔化した。





















「…ヒッ、ごめんなさい…!ごめんなさい…っ!」

「それは何に対してのごめんなさいなのか、早く言えよ」

「ぁ…、えと…僕がテストでいい点とっちゃったから…っ!」





苛立った俺は泣きながら謝るソイツの顔の真横に勢いよく足を置く。
蹴られそうになった、と勝手に勘違いしたソイツは身体を大袈裟にビクッとさせてボロボロと涙を流す。






「…なに?俺が馬鹿だって言いたいの?」

「ち、ちがうよ…!そんな事絶対ないよ…!」

「…次のテストでは今の点数の半分だけ取れよ、じゃないと…お前の秘密全部みんなにバラすから。ぜーんぶ」






コイツがいなければ俺は学年で1位の点数だった。
コイツがいたから俺は2位だ。

ビクビクと怯えながらコクコクと壊れた人形のように首を振り続けるソイツに、最後床に置いてた左手を軽く踏ん付けてやると大袈裟に痛がりうー、うー…!と泣きながら左手を胸に抱えた。
そんなソイツに飽きた俺はそのまま帰路に着くと家の前で大きなため息を吐く。

…どうせ、怒られるんだろうな。

点数を見てみると100点が並ぶ中に1つの教科だけ94点と低い数字が飛び出てくる。
テストが返ってくる時だけは早く帰ってくる父に嫌な音を立てる胸を押さえながらこのテストを見せなきゃいけない。
嫌だな、なんて思ってる余裕もないまま玄関を潜りゆっくり手を洗い、うがいをする。
ただの時間稼ぎ、なんて馬鹿なことをしてる自覚はあるが本能がリビングに行くのを嫌がっている。
タオルで拭いた後、進みたがらない足をゆっくりゆっくりとリビングに進めて行く。

リビングの扉を開ければすぐ、ソファに座った父と目があってしまいビクッと身体が硬直してしまう。






「…何してる、早くテストを持ってこい」

「……はい」








父の近くに寄り、ランドセルから返されたばかりのテストを数枚クリアファイルから取り出して両手で父に渡す。
俺はその場で正座をして待つ、というのがいつもの流れだ。

ジッとテストを見ていた父が鋭い視線を俺に向け、テスト用紙を開いていた手でバシバシ叩く。






「…この間違えた問題はなんだ。原因はわかっているのか」

「……は、い。単純な計算のまちが…ミスでした。次はないように心がけます」

「で、学年で何位だ」






いつも聞かれるその質問にビクッと身体が震える。
俺の通う小学校はテストの順位が廊下に貼り出され、それを参考に世に言うお受験対策として役立てる親が多くいる。
うちの家では、1位以外は許されない。






「郁真、何位だ」

「……に、2位でした…」

「……なんだその不甲斐ない結果は!」






ガッと強い衝撃が俺の頭を襲う。
力一杯頭を殴られた俺はその場に蹲り、流れ出そうになる涙をなんとか堪える。
ここで涙を流せば、今度は男が涙なんかを流すな!と別の理由で殴られるだけだ。
殴られたばかりで脳が揺さぶられる感覚のまま、なんとか体制を整えて正座の姿勢に戻る。

父はまだ様々なお叱りの言葉を並べているが、もうこの数年で何度も聞いた言葉ばかりで冷静に耳から入れては耳から出す作業をするだけ。
わざとらしく身体をフルフル震わせて父の言葉に頷き、謝っていると父は満足したのか乱暴に立ち上がり俺の横を通過して行った。






「お前は今日夕飯抜きだ、朝まで正座して反省してろ」






ただ、その言葉を冷たく投げ付けて父はリビングを去った。
今の俺にできる事はただ、父の言うことに従って正座を続けるだけ。
朝まで足、もつかな…無理だな…なんて痛む頭を軽く摩りながら床を見つめているとガチャっと扉が開く音がする。
扉は真後ろにあるため、正座のままでいないといけない俺は誰が入ってきたかなんて確認出来ない。
確認した時、父だったらさらにひどい罰を与えられるだろう。それだけは回避したい。






「…郁真、正座してるの?」

「…お母さん…」






俺の隣に立つのは母。
ニコニコと笑顔で近寄ってくるが、コイツは父側の人間だ。






「もぉー、郁真がちゃんと1位取らないからお父さん怒っちゃうのよ?しっかり1位取らないとダメ!郁真は会社を継ぐんだからしっかりしないとダメよ!」

「…ごめんなさい」

「ごめんなさいは無駄!反省するなら次に生かしなさい!そうだわ、お勉強しながら正座したらどうかしら!テーブル持ってきてあげるから朝まで正座しながらお勉強しなさいね」





パンっと両手を合わせ、二コーっと笑ったその顔は悪魔のようで…それでも悪気はないのが伺えてとても不快だ。
思い浮かぶのはこの前あった照史、そしてそのお母さん。

どうして同じ生物なのにこんなにも違うんだろう。
どうしてうちの親は俺を俺として見てくれないんだろう。

疑問を浮かべるも答えなんて出ないのはわかりきってる。
今日は諦めて正座しながら勉強するしかない、か…。
テーブルを俺の前に設置して鼻歌を歌いながらノートや参考書を置いていく母にバレないよう、小さく小さくため息を吐いた。

その次の日はかなり酷いものだった。
足がとにかく動かなくて流石に学校へ行くことも出来ず休んだ。
本末転倒じゃないか、なんて思っているとベッドで休んでいた俺の元に1日限りの家庭教師が来た。
休みでも勉強しろって事か…。
それも、珍しい話ではなかった。

1位が取れなければ罰。
それは小学校に通い始めてから当たり前となかった事。
取れない時は必ず次の日は休むことになるから、その度に先生は呼ばれる。
その先生はなんとなく状況を把握しているものの、雇われ教師だということもあり何も言えなそうだ。
まぁ、期待なんてしてないけど。

将来、今の会社を継ぐ事になる俺はただの『後継者』
俺を『高城郁真』として見てくれる人なんて、いない。

全てを諦め、やりたいことも諦め…俺は後継者となるべく時間を使った。
…けど。






「あ、郁ちゃん!」

「……照史、くん?」






とある日の学校帰り、同じく小学生となった照史くんに声をかけられる。
俺の通う小学校は照史くんの通う小学校とは違うため、たまに通学路で会えたらいいくらいの頻度で会っている。
照史くんは友達にバイバイと手を振って俺の元へ駆け寄ってきた。






「郁ちゃん!一緒にかえろ!」

「うん、いいよ」





頷くと嬉しそうに笑い俺の隣を歩き始める照史くんはとても可愛らしいと思う。
見た目だけではなく、俺をお兄ちゃんと慕ってくれる所とか…子供らしく怒るところとか。

照史くんから学校での出来事を聞きながら歩いていると、とある小さな公園が見えてくる。
そうだ、と声を上げると照史くんは首を傾げて俺を見上げる。






「ちょっとだけ寄り道しようか、あそこの公園で四葉のクローバー探そう」

「くろーばー!探す!」






パッと明るい笑顔になると俺の手をギュッと握って早く早く!と急かす照史くん。
温かいその手に頬が緩むのを感じ、抵抗することなく先を急ぐ照史くんの後に続く。

この公園の端っこにはクローバーが沢山生えている場所があり、よく女子中学生が四葉のクローバーを探しては栞にすると意気込んでいるのを見かける。
ただ、それだけいろんな人が四葉のクローバーを探しにくる場所だからもしかしたら見つからないかもしれない。
まぁ、見つからなかったらまた今度リベンジしたらいいか。

既にクローバーの海の中しゃがみ込んでいる照史くんの隣にしゃがみ、下を見て四葉はないか見ているとフと髪に何かが触れた。






「…郁ちゃんのかみのけって、すごくきれいだよね」

「……そう?」






コクコク、と頷きながら俺の髪をサラサラと触る照史くん。
流石に擽ったくなって小さく笑いながら身を捩ると、それがおかしかったのか照史くんもクスクスと笑い始めた。
穏やかなこの時間、今まで感じたことのない平和な…優しい空気。






「郁ちゃんのかみのけ、もっと長かったらぼくむすんであげるよ」

「……ほんと…?」

「うん、やくそく!」






ニコッと可愛らしい笑顔を見せ、右手の小指を差し出してくる照史くんについ顔が緩み自身の小指を差し出すとお互いの小指が絡み合い『約束』と笑い合う。
なんて幸せな時間なんだろう。
こんな時間がずっと、続けばいいのに…そう思った。






















「お前は何をやってるんだ!!」

「………っ」




季節が変わり、また別のテストの後。
俺は気が緩んでいたらしくテストの欄をずれて書いてしまうという初歩的なミスをおかした。
それにより点数はグンっと下がり、当然のことながら順位も一気に下がって2桁台となってしまう。
それに憤慨した父におもいきり頬を殴られ、そこに痛みを感じる前に髪を鷲掴みにされ外の倉庫へと連れていかれる。

そこは、俺の中では最悪のお仕置きだった。

真っ暗な倉庫の中で、今何時なのかもわからないまま過ごすその時間はとても苦痛でたまらない。






「お、お父さん…!ごめんなさい、俺こんなミスはもうしないから!!絶対しないから…!!ここはいや…っ!!」

「うるさい!!前回のテストでは2位、今回はそれ以下だ!!これが何を意味してるのかお前はわかっているのか!!」

「ごめんなさい!!やだ、ごめんなさい!!」





バァンッと大きな音を立ててしまった倉庫の扉は、無情にも鍵をかけられてしまい中からは何をしても開かない。
窓もないその空間は何も見えず、辛うじて扉の隙間から差し込む光で太陽が出ているかわかる程度。
父の気分次第でいつここから出してもらえるかが決まるため、いつ出してもらえるのか俺にはわからない。

ヒッヒッと喉を痙攣させながら泣きじゃくる俺は涙も、鼻水も全部服で拭うしかない。
ここにはティッシュもタオルも、何もないのだから。






「ぅぅーっ、ごめんなさい…っ!ごめ、なさい…っ!おと、さん…ごめ…っさ…!」






謝れど謝れど、その人物に届くことなく暗闇に吸い込まれて行く。
ここに入れられてからどのくらいの時間が経ったのだろう。
まだ数分かもしれないし、数時間かもしれない。
わからない、わからない、わからない。
ただわかるのは、俺は許してもらえるまでこの地獄にいなければならないということだけ。






『郁ちゃん!』

「……照史くんに、あいたいなぁ…」





泣きつかれ横になってみると思い出すのは最近よく一緒にクローバーを探しに行く彼の事。
愛らしい笑顔に俺はずっとあの子のことばかりを考えるようになっていた。






『郁ちゃんのかみのけ、長かったらぼくむすんであげる!』

「……あは…髪、伸ばそうかな…」





照史くんの優しくて可愛い声を思い浮かべると、俺の気分は少しだけ浮上してくる。
かといって今の状況が良くなるわけではないが、それでもいつもよりは全然良い。
暗くても、俺には照史くんがいる。
照史くんの声を思い浮かべると、怖いと思っていたものが怖く無くなる。

照史くんって、天使みたいな子だな…。

1人、暗闇の中目を閉じ照史くんの笑顔を思い浮かべていると…。

キンコーン…キンコーン…

と、来訪者を知らせる呼び鈴が鳴った。
それがなんなのかは俺に知る術はないのだが、それでもつい耳をすませてしまう。
誰だろう、宅急便かな。






「……?……、…」

「………。……」






父が、誰かと話している。
女の、人?

ただの女の人かと思ったがその声は聞いたことのあるものだった。
…照史くんの、お母さん。

照史くんは一緒なのかな。
…会いたいな、会えないのかな。

俺はつい、扉に手を触れると一瞬だけガタッと音がした。
よくある日常の音、きっと誰も気に留めない。そんな音。なのに…






「…いくちゃん?」

「……あき、と…くん?」






扉の向こう側から想い、会いたいと願っていたあの子の声が聞こえてきた。
あぁ、なんて奇跡だ。

俺は扉に耳を寄せ、俺を心配する照史くんの声に集中する。
声変わりなんてまだ来てるわけのない高くて、透き通って、可愛らしいあの子の声。
その声が耳を通って俺の脳に直接響く、幸せな瞬間。






「どうして郁ちゃん、ここに入ってるの?」

「郁真がいけないことをしたからなのよ、さぁこちらにいらっしゃい」

「いけないことって?」






照史の愛らしい声に聞き惚れていると母が照史を倉庫から離そうとする声が聞こえる。
まだ、この子の声を聞いていたい。
まだ、この子を近くに感じていたい。
そうは思っていても、俺は今お仕置きされている身。
変にここから出して、なんて言えば後からどうなるかは目に見えている。

会いたい、なんて言葉は飲み込んで俺はゆっくりとした口調で照史に知らせた。






「…照史くん、俺はダメな事したからここにいるんだよ。でもすぐに出してもらえるから大丈夫」

「…ほんと?すぐ出る?」

「うん、だから出たらまた遊んでくれる?」

「…!うん、遊ぶ!」






嬉しそうな声が倉庫の中まで聞こえてきて、俺は自然と頬が緩んだ。
可愛らしい笑い声に楽しみにしてるね、なんて声をかければ更に嬉しそうな声が聞こえてくる。
彼の母親は俺の母に何かを言ってるようだが、その声はここまで聞こえない。
今の俺の世界は、この子の声で成り立っている。
この子の声がなかったら、俺は泣いて泣いて…苦しいままお仕置きを受けていたかもしれない。
この声が聞けて、嬉しい。

次の日の朝、お仕置きが終わり真っ先に向かったのは愛らしい彼の元。
一緒に学校に行こう、と声をかけると嬉しそうにうん!と頷かれる。





「…郁真くん、お家のことだけど…」

「大丈夫です、なんでもないので」

「でもね、おばさん達ができる事あるかもしれないから…」

「いいえ、このままでいいです」





心配そうなおばちゃんの声に首を振り、助けようとする大人の手を振り払う。
だって、俺にはこの子がいる。
この子がいれば…俺はまだ頑張れるから。
俺の手を握る小さな、小さなその手をキュッと握ると嬉しそうに俺に笑いかける可愛い子。
俺は君のために頑張るんだ。
跡継ぎ?そんなの関係ない。
俺が会社を継ぐのはこの子のため。
この子を幸せにするため。

この子は、俺のだ。

それなのに、大人は勝手だ。






「ぇ、ひ…こし…?」

「そうなの。急でごめんなさいね、もう次の家も決まってるの」

「郁ちゃん…僕お手紙書くよ!郁ちゃんも書いてね…!」





引っ越しまであと数日。
そんな時にそう言われて頭が真っ白になった。

どうして?俺から奪うの?
なんで、どうして?

照史は、どうして笑ってられるの?
俺から離れるの?

そう思っても表に出せないまま、俺たちは別れた。
最後は笑って、会いに行くね。なんて言って。
そんな小さなことでも、俺の心は徐々に壊れていった。





「…会社継ぐのに、照史は必要不可欠じゃないか」

「俺が頑張ってきたのは誰のため?照史のためだろ」

「俺から照史を奪う奴は全員いなくなればいいんだ」





そう、俺は周りを憎み始めていた。
照史以外なんてどうでもいい。
照史は俺のだ、俺が幸せにするんだ。

照史は俺だけを見ていればいいんだ。

中学、高校と照史がいない生活を過ごし…表面上は特に何も問題のない日常を普通に過ごした。
テストはもちろん満点、生徒会も務め、クラスや学校の代表として前に立つこともある。
そんな日々は全部、照史のために用意されたもの。

あの子がいなければ、何の意味もない。







「今遠距離中なんだけどさぁ、ほんと遠距離だと一気に忘れられるのよね」

「えー、そう?連絡はしてるんでしょ?」

「してるけど向こうで何があったかなんて目に見たわけじゃないでしょ?電話しても前みたいに優しくしてくれないのよ」





たまには気分を変えて、ととあるカフェに来ていた。
コーヒーを飲みながら小説でも読もうと本を開いていたら隣に座っていた女性達が話している声が自然と聞こえてきて耳を傾けてしまう。





「前みたいに、なんて無理な話だよね。だって離れてるんだもん」

「そうかもしれないけど…あー!もう!こんな風になるなら私に依存させてから送り出すべきだったー!」

「怖いこと言わないでよ」





あはは、なんて笑いながら話している女性達の話が頭から離れない。
前みたいには無理?
忘れられるの?
優しくしてもらえない?
ふと頭をよぎったのは、愛らしいあの子。
あの子だって幼い時に別れてから会ってなんていないし、もしかしたら俺のことを忘れてるかもしれない。

『郁ちゃんのかみのけって、すごくきれいだよね』

『郁ちゃんのかみのけ、もっと長かったらぼくむすんであげるよ』

あの約束も、忘れてしまっているのだろうか。

一つに結んだ髪がサラッと俺の肩を伝って前に出てくる。
あの約束から髪を伸ばし始め、今では腰あたりまでサラサラと流れる髪。
この髪は、照史のために…照史に触って欲しくて、結んで欲しくて長く伸ばしたものだ。
あの約束、忘れているとしたらどうしたらいいかな…。

【依存】

少し、落ち込みそうになった脳に過ぎる言葉。
隣の女性も言っていたように、俺に依存させてから送り出せばよかったな。
…まだ、間に合うかな。

俺は今、高校2年。

大学を照史の住んでいる所の近くにしたらどうだろう。
まず照史の住んでいる所の近くにある大学を調べないと、あと照史の住んでいる所の近くにあるお手頃のアパート。

なんとか父を説得できるくらいの大学を探して、それから…それから…。

あと2年か。
俺は照史に会えるかもしれないという期待に、ソワっと胸が落ち着かなくなっていた。
こんな子供のような気持ち、久しぶりだ。

まず、やらないといけないことは沢山ある。
俺はあの子に会うために1つでも、1mmでも抜けている部分があってはいけない。

ぱたん、と読んでもいなかった小説を閉じて飲みかけのコーヒーを飲み干す。

さぁ、照史を迎えに行く準備をしよう。

あの子の隣は、俺のものだ。







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