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25 神月の宴3
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水無瀬家の挨拶を無事に終えて下がろうとした、その時だった。
空気がざわりと揺らぎ、次の瞬間、会場の外から禍憑が雪崩れ込んできた。
「結界が……破られた!?」
人々の間にどよめきが広がる。その只中で、御三家の当主たちが同時に立ち上がり、凄烈な神気を解き放った。
「慌てるな!まずは家族を守れ!」
「討伐に向かえる者は、ただちに前へ!」
鋭い声が場を貫き、瞬く間に秩序が戻っていく。次の瞬間、御三家の当主たちは真っ先に禍憑へと躍り出た。
その背後では、御三家の家族が残り、混乱の中で指揮を執り始めていた。
父と母もすぐさま動いた。
「透子、行ってくる」
「わかったわ」
父は禍憑を討つために駆け出し、母は即座に結界を張り巡らせ、私と光矢を包み込んだ。叔父様は結界の外で神具を構え、禍憑を迎え撃つ準備を整えている。
「ここから出てはなりませんよ」
「……はい」
そう告げると母は結界の外へ出て、戦えない者たちを一人ひとり導き、結界の内に入れていった。
禍憑の群れはすでに間近まで迫ってきている。胸の奥には、禍憑そのものとは違う、もっと嫌な気配がじわじわと強まっていくのを感じていた。
天璽家の方々は、家臣たちに守られながらそれぞれ別々の方向へと避難を進めていた。狙いを一手に集めてしまわぬよう、一人ひとりが家臣の護衛に囲まれ、壁のように守られながら分かれて退いていく。
「光矢、何か嫌な予感がするの。天璽家の周囲はどう?」
私は結界の中で光矢に問いかけた。光矢は私の意図を察して、じっと目を凝らし、力を使ってくれている。
「……今、会場中が黒いモヤで覆われていて、すごく見えにくいんだ……。あっ、あそこ! 皇女殿下を抱えている侍女と、その周りが、特に黒い!」
――皇女殿下!?
その言葉で、私ははっとした。
思い出す。過去の記憶を。
皇女殿下はここで攫われてしまう。後に救い出されはしたものの、その後は二度と公の場に姿を見せることはなかった。
「光矢、思い出したわ。皇女殿下は過去、ここで攫われたの。私、行ってくる!」
「うん。一緒に行きたいけど、禍憑が多すぎる。この場には戦えない人も多いし、僕は叔父様と一緒に戦うよ」
「わかった。気をつけてね」
私は結界の外にいた母に呼びかけた。
「お母様、皇女殿下のもとへ参ります。嫌な気配がするのです。私の結界で必ずお守りします!」
母は驚いたように目を見開いたが、すぐに静かにうなずいた。
「……行きなさい。瑞葉の結界ならきっと守れるわ。でも、無茶は決してしてはなりません」
そう言うと母は私の手をぎゅっと握りしめ、力を込めてから放した。
私は自身に薄い結界をまとわせ、禍憑の群れをかわしながら、急ぎ皇女殿下を護衛する一団を追う。
廊下に出て、その姿を捉えた瞬間――鋭い金属音が響いた。
目の前で、護衛の一人が突然、仲間を斬りつけた。
「な……!?」
さらに数人が牙を剥き、次々と本物の護衛へ刃を振るう。
仲間だと信じていた者の急変に戸惑い、抵抗する間もなく斬り伏せられていった。
「皇女殿下を……!」
最後に残った護衛の声は、途中で途切れた。
私は即座に結界を展開し、皇女殿下だけを包み込む。殿下を抱いていた侍女は弾かれ、皇女殿下は結界の中でそっと降ろされた。
「なっ……結界だと!?」
すぐに自身も結界の中へ入り、皇女殿下を抱きしめた。小さな体が必死にしがみついてくる。
「殿下、必ずお守りいたします!」
殿下は泣きそうになりながらも、気丈に「うん!」と答えた。
私は入場の際に光矢にこっそり渡されていた神具を押し込む。甲高い音が廊下に響き渡った。
「これで、すぐに助けが来ますからね!」
それは光矢と叔父様が開発していた試作品で、位置を知らせることができる装置だった。
偽の護衛たちが次々と襲いかかってくる。
刀に神気を宿して叩きつけるもの、強力な雷を撃ってくるもの、身体を強化して結界へと体当たりを繰り返すもの――
だが結界は揺るがず、殿下の周囲は穏やかなままだった。
「馬鹿な……この小娘の結界が、これほどまでに……!」
「時間を稼がれては助けが来る! 一気に叩け!」
私は歯を食いしばり、必死に神気を注ぎ続ける。汗が頬を伝う。――まだ大丈夫。まだ持ちこたえられる。
その時。
「姉さまっ!」
光矢の声が響いた。彼と叔父様が駆け込んでくる。
さらに、その後ろから一人の少年が現れた。
漆黒の髪に、夜空を思わせる深い蒼の瞳。
私は彼を知らない。けれど、既に知っているような感覚がした。
少年は静かに、偽の護衛たちを見据えた。
皇女殿下がぱっと顔を輝かせて言った。
「あのね、あおはとってもつよいの。だから、もうだいじょぶよ」
空気がざわりと揺らぎ、次の瞬間、会場の外から禍憑が雪崩れ込んできた。
「結界が……破られた!?」
人々の間にどよめきが広がる。その只中で、御三家の当主たちが同時に立ち上がり、凄烈な神気を解き放った。
「慌てるな!まずは家族を守れ!」
「討伐に向かえる者は、ただちに前へ!」
鋭い声が場を貫き、瞬く間に秩序が戻っていく。次の瞬間、御三家の当主たちは真っ先に禍憑へと躍り出た。
その背後では、御三家の家族が残り、混乱の中で指揮を執り始めていた。
父と母もすぐさま動いた。
「透子、行ってくる」
「わかったわ」
父は禍憑を討つために駆け出し、母は即座に結界を張り巡らせ、私と光矢を包み込んだ。叔父様は結界の外で神具を構え、禍憑を迎え撃つ準備を整えている。
「ここから出てはなりませんよ」
「……はい」
そう告げると母は結界の外へ出て、戦えない者たちを一人ひとり導き、結界の内に入れていった。
禍憑の群れはすでに間近まで迫ってきている。胸の奥には、禍憑そのものとは違う、もっと嫌な気配がじわじわと強まっていくのを感じていた。
天璽家の方々は、家臣たちに守られながらそれぞれ別々の方向へと避難を進めていた。狙いを一手に集めてしまわぬよう、一人ひとりが家臣の護衛に囲まれ、壁のように守られながら分かれて退いていく。
「光矢、何か嫌な予感がするの。天璽家の周囲はどう?」
私は結界の中で光矢に問いかけた。光矢は私の意図を察して、じっと目を凝らし、力を使ってくれている。
「……今、会場中が黒いモヤで覆われていて、すごく見えにくいんだ……。あっ、あそこ! 皇女殿下を抱えている侍女と、その周りが、特に黒い!」
――皇女殿下!?
その言葉で、私ははっとした。
思い出す。過去の記憶を。
皇女殿下はここで攫われてしまう。後に救い出されはしたものの、その後は二度と公の場に姿を見せることはなかった。
「光矢、思い出したわ。皇女殿下は過去、ここで攫われたの。私、行ってくる!」
「うん。一緒に行きたいけど、禍憑が多すぎる。この場には戦えない人も多いし、僕は叔父様と一緒に戦うよ」
「わかった。気をつけてね」
私は結界の外にいた母に呼びかけた。
「お母様、皇女殿下のもとへ参ります。嫌な気配がするのです。私の結界で必ずお守りします!」
母は驚いたように目を見開いたが、すぐに静かにうなずいた。
「……行きなさい。瑞葉の結界ならきっと守れるわ。でも、無茶は決してしてはなりません」
そう言うと母は私の手をぎゅっと握りしめ、力を込めてから放した。
私は自身に薄い結界をまとわせ、禍憑の群れをかわしながら、急ぎ皇女殿下を護衛する一団を追う。
廊下に出て、その姿を捉えた瞬間――鋭い金属音が響いた。
目の前で、護衛の一人が突然、仲間を斬りつけた。
「な……!?」
さらに数人が牙を剥き、次々と本物の護衛へ刃を振るう。
仲間だと信じていた者の急変に戸惑い、抵抗する間もなく斬り伏せられていった。
「皇女殿下を……!」
最後に残った護衛の声は、途中で途切れた。
私は即座に結界を展開し、皇女殿下だけを包み込む。殿下を抱いていた侍女は弾かれ、皇女殿下は結界の中でそっと降ろされた。
「なっ……結界だと!?」
すぐに自身も結界の中へ入り、皇女殿下を抱きしめた。小さな体が必死にしがみついてくる。
「殿下、必ずお守りいたします!」
殿下は泣きそうになりながらも、気丈に「うん!」と答えた。
私は入場の際に光矢にこっそり渡されていた神具を押し込む。甲高い音が廊下に響き渡った。
「これで、すぐに助けが来ますからね!」
それは光矢と叔父様が開発していた試作品で、位置を知らせることができる装置だった。
偽の護衛たちが次々と襲いかかってくる。
刀に神気を宿して叩きつけるもの、強力な雷を撃ってくるもの、身体を強化して結界へと体当たりを繰り返すもの――
だが結界は揺るがず、殿下の周囲は穏やかなままだった。
「馬鹿な……この小娘の結界が、これほどまでに……!」
「時間を稼がれては助けが来る! 一気に叩け!」
私は歯を食いしばり、必死に神気を注ぎ続ける。汗が頬を伝う。――まだ大丈夫。まだ持ちこたえられる。
その時。
「姉さまっ!」
光矢の声が響いた。彼と叔父様が駆け込んでくる。
さらに、その後ろから一人の少年が現れた。
漆黒の髪に、夜空を思わせる深い蒼の瞳。
私は彼を知らない。けれど、既に知っているような感覚がした。
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