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憂鬱な転生【カノンの場合】
13.雨のまえ 2
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熱が出たあの日から数日が経った。学校を休むのは怖くて、結局あの日早退してからも、次の日には学校に向かった。夏休みまで、あと僅かだ。コンサートの練習にも、ますます身を入れなければならない。
昼休みになり、屋上に行こうかと出た廊下で、窓の外から歓声が聞こえた。音の方を眺めると、校庭でサッカーをしている時雨を見つけた。
男子生徒数名と、大きな身体を俊敏に動かし無邪気にボールを追っている姿が見える。友人たちに向ける屈託のない笑顔は、カノンに向けるものとは随分違って見えた。
――今日は時雨くんの好きなものでも購買で買っていこうかな……。
ゲームのなかでは、自分のパラメーターや攻略対象との親密度をいつでも画面で確認することができた。
だが、もちろん今はそんなものはない。ましてゲームをプレイしていた時のように、様々な情報を教えてくれる日高凜子に頼ることもしたくない。
今は自分自身の感覚という不確かなものしかないことが、カノンの不安を大きくしていた。
時雨とはそれなりに会話を重ねていた。帰りに偶々会えば、途中まで一緒に帰ることだってある。
だが、ゲームでのような手ごたえを全く感じることが出来ずにいた。
カノンは小さいころ、時雨くんのことを愛称で“じう”と呼んでいた。
そろそろ「また呼んでいい?」なんて言っても、許される頃かもしれない。そう思って先日そう聞いてみたら、「別にいーけど」と、あっさりと承諾された。
ただ、ゲームのなかで時雨のルートを進めていた時よりも、どこかよそよそしい雰囲気を感じていた。
よそよそしいというよりも、ゲームのなかでこちらを見て頬を赤らめていたような、こちらに対して好意を持っている感じが全くしないのだ。
今のところのカノンに対する時雨の態度は、本当に純粋に、久しぶりに会った昔馴染みの友人に対する対応だった。
時雨のルートはクリアしたばかりだから、勘違いではないと思うのだが、時雨から特別な好意を感じることがない。
――会話の選択は間違ってないはずなのに……。
でも、異性から特別な好意をもたれたことがないから、カノンにも判断のしようがない。これがヒロインに対する親密度のあがった対応なのかな?と思えなくもなくて、困っていた。
手早く昼食を済ませると、とりあえず先日時雨が続きが気になると言っていた小説の新刊を買いに行こうと思い、購買に立ち寄ることにした。
購買についた頃には、昼食を求める喧騒も薄れ、人もまばらだ。
小説を棚から探していると、なんともなしに周りの生徒達の会話が耳に入ってきた。
「さっきさ、あの神崎さんが購買に来てたんだってー!」
「マジで!? 俺も近くで見たかったなー」
「1年の弟くんと一緒でさぁ、二人で並ぶとマジ神々しかったって言ってた…。ちょっとした人だかりができてたらしーよ」
「いいなー。俺も弟に産まれたかったなー…」
「はぁ? ばっかじゃねぇの? 無理無理、お前じゃどうやったってあの顔には生まれれねーよ」
「ひっでぇ!」
――神崎さん……。
その名前の響きに、カノンは胸がとくんと平常とは違う鼓動を打ったのを感じた。先日の体育館でのことを思い出して、また少し心に温もりを感じる。
彩音がいつカノンのことを知ったのかはわからない。
話したことはないものの、時雨のクラスメイトであるので、時折目にはしていた。昨日も時雨のところに行った時に、偶々彩音と目があった。嬉しくて彼女に微笑みを向けたつもりだったが、怪訝な表情で目をそらされてしまった。
――それでも、
カノンになってからも、その前も他人からあんな風に言われたことはなかった。カノンのことを、自分の努力を認めるなんて言ってくれたのは、彼女が初めてだった。
――今度会ったら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
そう思うことは時雨や、他の攻略対象との色々なことを考えることよりも、よっぽど嬉しく、心が弾むことだった。
いま自分の顔が、いつものどこかつくりものめいた笑みではなく、自然に頬が緩んだ微笑みを浮かべていることに、カノンは気が付いていなかった。
そんな心からの笑みを浮かべたのは、本当に久しぶりだったということにも。
◇◇◇◇◇
授業の後、委員の仕事を終えて校門を出る頃には、薄暗い空から重さに耐え切れなかった雨粒がポツポツと落ちてきた。
いつもならコンサートの練習に残っていた時雨も今日はいない。
鞄のなかに折り畳み傘を入れていたので、もう少し雨足が強くなったら出そうかな、なんて考えていた時だった。
カノンの数歩前を歩く生徒が、大河内瑠依だと気が付いたのは。
――雨の帰り道……! イベントだ…っ!
カノンの鼓動が一気に早くなる。
周囲をぐるりと見回しても、先ほどまで数名歩いていたはずの人影はない。今ここにいるのは二人だけ。
あの襟足の長い髪、制服のシャツ越しにでもわかる、すらりとした体躯。見間違うことはない。
雨の帰り道、たまたま瑠依とであったヒロイン。
顔見知りだった二人は、突然降られた雨に、帰り道を急ぎながら、この学園のこと、音楽のことを語り合う。会話の選択肢に成功したら、瑠依の住むマンションに招かれ、瑠依の弾くショパンを聞かせてもらうことができる――。
このイベントはゲーム序盤で起こることもあって、親密度に関係なく、会話の選択に成功すれば発生するはずだ。
濡れて立ち上る地面の匂いが、戸惑うカノンの焦燥を煽る。
「――ルイ、せんぱいっ……」
雨粒がじわりとその色を濃くしたアスファルトを蹴った。
瑠依を呼び止めようと伸ばす手は、カノンの胸の鼓動をうつしたように、ドクドクというリズムで震えていた。
昼休みになり、屋上に行こうかと出た廊下で、窓の外から歓声が聞こえた。音の方を眺めると、校庭でサッカーをしている時雨を見つけた。
男子生徒数名と、大きな身体を俊敏に動かし無邪気にボールを追っている姿が見える。友人たちに向ける屈託のない笑顔は、カノンに向けるものとは随分違って見えた。
――今日は時雨くんの好きなものでも購買で買っていこうかな……。
ゲームのなかでは、自分のパラメーターや攻略対象との親密度をいつでも画面で確認することができた。
だが、もちろん今はそんなものはない。ましてゲームをプレイしていた時のように、様々な情報を教えてくれる日高凜子に頼ることもしたくない。
今は自分自身の感覚という不確かなものしかないことが、カノンの不安を大きくしていた。
時雨とはそれなりに会話を重ねていた。帰りに偶々会えば、途中まで一緒に帰ることだってある。
だが、ゲームでのような手ごたえを全く感じることが出来ずにいた。
カノンは小さいころ、時雨くんのことを愛称で“じう”と呼んでいた。
そろそろ「また呼んでいい?」なんて言っても、許される頃かもしれない。そう思って先日そう聞いてみたら、「別にいーけど」と、あっさりと承諾された。
ただ、ゲームのなかで時雨のルートを進めていた時よりも、どこかよそよそしい雰囲気を感じていた。
よそよそしいというよりも、ゲームのなかでこちらを見て頬を赤らめていたような、こちらに対して好意を持っている感じが全くしないのだ。
今のところのカノンに対する時雨の態度は、本当に純粋に、久しぶりに会った昔馴染みの友人に対する対応だった。
時雨のルートはクリアしたばかりだから、勘違いではないと思うのだが、時雨から特別な好意を感じることがない。
――会話の選択は間違ってないはずなのに……。
でも、異性から特別な好意をもたれたことがないから、カノンにも判断のしようがない。これがヒロインに対する親密度のあがった対応なのかな?と思えなくもなくて、困っていた。
手早く昼食を済ませると、とりあえず先日時雨が続きが気になると言っていた小説の新刊を買いに行こうと思い、購買に立ち寄ることにした。
購買についた頃には、昼食を求める喧騒も薄れ、人もまばらだ。
小説を棚から探していると、なんともなしに周りの生徒達の会話が耳に入ってきた。
「さっきさ、あの神崎さんが購買に来てたんだってー!」
「マジで!? 俺も近くで見たかったなー」
「1年の弟くんと一緒でさぁ、二人で並ぶとマジ神々しかったって言ってた…。ちょっとした人だかりができてたらしーよ」
「いいなー。俺も弟に産まれたかったなー…」
「はぁ? ばっかじゃねぇの? 無理無理、お前じゃどうやったってあの顔には生まれれねーよ」
「ひっでぇ!」
――神崎さん……。
その名前の響きに、カノンは胸がとくんと平常とは違う鼓動を打ったのを感じた。先日の体育館でのことを思い出して、また少し心に温もりを感じる。
彩音がいつカノンのことを知ったのかはわからない。
話したことはないものの、時雨のクラスメイトであるので、時折目にはしていた。昨日も時雨のところに行った時に、偶々彩音と目があった。嬉しくて彼女に微笑みを向けたつもりだったが、怪訝な表情で目をそらされてしまった。
――それでも、
カノンになってからも、その前も他人からあんな風に言われたことはなかった。カノンのことを、自分の努力を認めるなんて言ってくれたのは、彼女が初めてだった。
――今度会ったら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
そう思うことは時雨や、他の攻略対象との色々なことを考えることよりも、よっぽど嬉しく、心が弾むことだった。
いま自分の顔が、いつものどこかつくりものめいた笑みではなく、自然に頬が緩んだ微笑みを浮かべていることに、カノンは気が付いていなかった。
そんな心からの笑みを浮かべたのは、本当に久しぶりだったということにも。
◇◇◇◇◇
授業の後、委員の仕事を終えて校門を出る頃には、薄暗い空から重さに耐え切れなかった雨粒がポツポツと落ちてきた。
いつもならコンサートの練習に残っていた時雨も今日はいない。
鞄のなかに折り畳み傘を入れていたので、もう少し雨足が強くなったら出そうかな、なんて考えていた時だった。
カノンの数歩前を歩く生徒が、大河内瑠依だと気が付いたのは。
――雨の帰り道……! イベントだ…っ!
カノンの鼓動が一気に早くなる。
周囲をぐるりと見回しても、先ほどまで数名歩いていたはずの人影はない。今ここにいるのは二人だけ。
あの襟足の長い髪、制服のシャツ越しにでもわかる、すらりとした体躯。見間違うことはない。
雨の帰り道、たまたま瑠依とであったヒロイン。
顔見知りだった二人は、突然降られた雨に、帰り道を急ぎながら、この学園のこと、音楽のことを語り合う。会話の選択肢に成功したら、瑠依の住むマンションに招かれ、瑠依の弾くショパンを聞かせてもらうことができる――。
このイベントはゲーム序盤で起こることもあって、親密度に関係なく、会話の選択に成功すれば発生するはずだ。
濡れて立ち上る地面の匂いが、戸惑うカノンの焦燥を煽る。
「――ルイ、せんぱいっ……」
雨粒がじわりとその色を濃くしたアスファルトを蹴った。
瑠依を呼び止めようと伸ばす手は、カノンの胸の鼓動をうつしたように、ドクドクというリズムで震えていた。
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