一度でいいから、抱いてください!

瑞月

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憂鬱な転生【カノンの場合】

30.リンリン大作戦

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 ――うぅ、落ち着かない……。
 新学期が始まって初めての登校日に、まさかこんな大きなミッションが降って湧いてくるなんて。カノンになってからというもの、緊張してどうにかなるんじゃないかという場面には何度も出くわしたが、これもなかなかのものだなと思う。

(これから日高さんに話しかけなきゃいけないなんて……)

 夏休み明けで騒がしい教室の中、さっきから何度も凛子の方をチラチラと見ては、一言が出ず、机の上の手をソワソワと組みなおしては、ため息をついた。
(おはよー! 夏休みはどうだった? 今日お昼一緒にどう?)
 ……大して仲が良い訳でもないのに、そんなこと、いきなり言う?
(彩音さんが貴方とお話したいんだって。私もこの機会に彩音さんと仲良くなりたいから、一緒に来てくれない?)
 ……いくらなんでも、それはあり得ない。なんて声をかけるのが、適切で自然なんだろう……。
 彩音達と別れてからというもの、ずっとぐるぐると考え続けているが、答えがでない。そんな時、ポンッと気安く肩を叩かれた。

「よっ、カノン久しぶりだな。って、どうしたんだ? 辛気臭い顔して」
「時雨くん、……おはよう」
「だから、俺のことじうって呼べっつったろ? 久しぶりだなー元気だったか?」

 ぐるぐると悩み焦り始めたところで、隣のクラスのはずの時雨が現れた。
 時雨は充実した夏休みを物語るように、黒く日に焼けた精悍な姿になっている。
 時雨は部活の合宿や、海やキャンプに家族旅行とたくさんのイベントがあったらしく、夏休み中に会うことは殆どなかった。
 だが、頻繁にそんな近況を伝えるメッセージが写真付きで送られてきていたので、久しぶりという感じが全くしない。
 カノンの懊悩をよそに溌溂とした笑顔を向けてくる時雨が少し腹立たしくなり、八つ当たりなことは承知の上で、精一杯じろりと睨みつけた。

「……元気だよ、おかげさまで」
「ぶはっ! なんだよお前そのぶっさいくな顔!」
「え!? いたっ、ちょっと引っ張らないでよ!」

 カノンのそんな表情がツボにハマったらしい時雨は大笑いしながら、カノンの頬を引っ張ってきた。吃驚してその手を払おうと足掻いたが、そんな姿もケラケラと笑っている。
 特に時雨に気に入られるようなことをしているつもりがないのに、時雨は不思議と何かというとかまってくる。そうしてひとしきりカノンのことをかまい倒してから、「じゃあなー」と自分の教室に戻っていった。
 (もう、なんなの……)
 今はそれどころじゃないっていうのに、とため息をつきつつ、乱された髪を整えながら視線を上げた瞬間、こちらを見ていた凛子とバッチリと目が合った。

「あ! ……っと」

 彼女の大きな眼鏡越しの視線を意識した途端に、鼓動が跳ねるのを感じる。時雨とのやり取りを見られていたことに気恥ずかしくなるが、目が合った今がチャンスだ。
 幸いなことに、凛子の周りには今誰もいない。

 思い起こせば凛子は、カノンが勝手に苦手意識を募らせていただけで、概ね好意的に接してくれていたのだ。凛子はゲームのなかでは舞宮カノンヒロインのサポートキャラで、無二の親友だったのだし。
 一つ深呼吸をすると、カノンは勇気を振り絞って、彼女のもとへと歩みを進めた。

「あの、おはよう……」
「おはようカノンちゃん! コンサートぶりだね! あ! コンサートの日に探してた物見つかった?」
「あぁ、うん、見つかったよ。……あの時は、探してくれてありがとう」
「そっか、良かったぁ。あの時はカノンちゃんの出番の前だったから大変だったねぇ。あ、田村君との演奏すっごく良かったよ! やっぱりカノンちゃんはすごいね!」
「ううん、そんなことないよ。……いや、あの、でもありがとう」
「うん!」

(か……会話が終わってしまった……)
 こちらに向かってニコニコとする凛子を前に、今日良かったらお昼を一緒にどう? という一言がなかなか言い出せない。引きつった曖昧な笑みを浮かべたまま、凛子の目をじっと見つめた。
 凛子はそんなカノンを不思議そうに見つめ返している。
(む、無理……! お昼に誘うって、そんなヒロインだっていう自信がないとムリムリ! そんなことやったことないし……!)
 カノンは席に戻ってしまおうかと、一歩後ずさりした。

『それでねそれでね、私のこと紹介してくれない? それで今日皆でお昼食べない?』

 その瞬間、脳内に今朝の彩音のキラキラした笑顔と弾んだ声が再生された。ニコニコとほほ笑んで、嬉しそうにそう話す彼女の姿。
 朝からわざわざカノンの家に訪れるくらいだから、彩音はきっと凛子が来るのを期待しているのだろう。以前はまるで接点のなかった彼女と、朝登校できる仲になれたんだし、なんとか期待に応えたい。
 (でも……彩音さんとお友達になりたい……!)

 ぷつっ

 瞬間、カノンの中で何かがキャパを超えた。
 ――えーとそうだ、これはあれだ。仕事だと思おう。
 窓口での応対の一部だと思おう。日高さんは窓口に相談にきた市民の方だ。
 そうだ、私には彩音さんからのミッションがある。ミッションてことは、これはあれだ、仕事だ。

「? カノンちゃん?」
「ひ……、だかさん!」
「はい!」

 カノンが突然大きな声で彼女を呼んだことで、吃驚に大きな瞳をさらに真ん丸にしてこちらを見つめてきた。カノンも出した声の音量を間違えてしまったことに気が付いて、冷や汗が出る。でも、でも、もう後には引けない。

「私と昼食でもいかがでしょうか?」
「――はい?」
「今日の昼休み、私とお昼ご飯をご一緒していただきたいのですが。何かご予定は?」
「ううん、大丈夫だけど……」
「わかりました。それでは昼休みに1階のアトリウムに行きましょう。よろしくお願いします」
「はい。かしこ、まりました……?」

 呆気にとられる凛子を後目に、カノンは大きく胸をなでおろした。
 ――言い切った! やった! やればできた!
 二人のそんな姿が教室中の注目を集めていることになんて、自分のミッションのことでいっぱいっぱいなカノンは気が付くはずもなく。ホームルーム開始を告げる鐘が鳴る中、いつの間にか騒がしかった教室内はしんと、静まり返っていた。


 ◇◇◇◇◇


「奏くん、私、わたし頑張りました!!」
「あぁ……カノン先輩、ご無理を言って本当にすみませんでした。姉は何分あの調子で言い出したら聞かなくて……」
「いいのいいの、私やりきったよ……!」
「ありがとうございます、カノン先輩……!」

 二人はガシッと手を取り合って、今にも抱擁せんばかりの勢いで健闘を讃え合っていた。
 そわそわとして午前中を過ごし、やっと訪れた昼食時。アトリウムに設けられたテーブルセットに腰かけ、これから皆で食事をとるところだ。
 まず話をしたいという彩音と凛子が二人で座り、今はその二人が座ったテーブルから少し離れたところにあるテーブルで、カノンと奏が並んで座り、そんな二人を見守っているところだった。
 奏からは平身低頭、今朝のことを謝られた。どうやら奏も、彩音がなんでこんなことを急に言いだしたのかわからないそうだ。姉が突飛なことを言いだすのはいつものことなんで……と、悟ったように遠い目をしている奏を少し気の毒に思いつつ、「私は大丈夫だよ」と返した。

 学園のマドンナ的な存在である彩音が突然現れて、生徒たちの注目を注目を集めているのが、こうして離れて眺めているとよくわかる。
 こちらからだとちょうど凛子の背後にまわる形になるので、凛子の表情はわからないが、彩音は何か真剣に話しているようだ。

 ――彩音さんは本当に綺麗だな……。
 ライバルになったら嫌だなんて考えていた頃の自分は、本当に考え違いをしていたものだと思う。ライバルになんて到底無理だったのだ。

『あなたっていうひとは、本当になにもできないんだから』

 ぼんやりとしていると、耳の奥にそんないつかの声が響いた気がした。
 けれど、聞こえないふりをして、奏が買ってきてくれたこんにゃくジュースを、ちゅるちゅると吸いながら二人の姿を眺めた。
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