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第一章
第5話 手のひらのぬくもり
しおりを挟む「陸!」
1階に続く階段を、重そうな足取りで降りていた黒い頭に呼びかける。振り返った陸は、いつもの凛とした表情の中に、どこか陰りがあった。
「楓…」
「陸!分かった、分かったんだよ!行こーぜ!」
興奮気味の俺に、目を瞬かせる陸。でも、謎が解けた快感に突き動かされている俺は、そんな陸の反応には構っていられない。問答無用でその手を取った。
「わ、分かったって何が…」
「いーから、ついてきて!」
気付けば、陸に出会ってから、何度も陸に手を引かれていた気がする。でも今は逆。俺が陸の手を取って、走り出していた。
パタパタと2人分の足音が寮の廊下を駆け抜ける。開けられたままの窓からは、昨日の嵐で散った桜の花びらが、風に乗って舞い込んでいた。
「小日向さん、開けて!」
たどり着いた場所は、寮管理室。陸も向かおうとしていた小日向さんの部屋だ。胸の高さにある小窓のガラスをノックする。俺たちに気付いた小日向さんは、読んでいた新聞と老眼鏡を片付けると、カラカラと小窓を開けた。
「どうしたんだい?」
「これ、落し物です。小日向さんのですよね?」
「…あ!そうだよ!どこにあったんだい?」
顔を綻ばせ、優しい目でキーホルダーを見つめる小日向さん。差し出されたシワの深い手のひらにそれを乗せると、あるべき人のところに戻ったと思えるくらい、その木製のミニマグカップは、小日向さんの手のひらに馴染んで見えた。
「寮の前に落ちてたみたいです。俺たちはその…、『おたすけ部』なんで!持ち主探しを引き受けただけです」
「楓…」
「お助け部」と名乗るところで、少し羞恥が滲んだものの、振り切るように言い切った。
「そうだったのかい。いやぁ…、嬉しいよ。本当に大切なものだったんだ。」
そう言って目尻の皺を更に濃くした小日向さん。その温かい目は、どんな感謝の言葉より嬉しいものに感じた。
「えっと…、『オー』って、小日向さんの名前だったのか…?」
「ああ、違う。それ、略字ですよね、小日向さん?」
「略字…?」
「あ、これのことかい?」
涼海が素直に疑問を口にしたので、そういえばまだ何も伝えてなかったと思い出し、確認を兼ねて小日向さんに尋ねる。
キーホルダーと一緒についていたネームプレートを示す小日向さん。
「そうだよ。これはね、『第一』って書いてあるんだ。僕ら世代はね、『第』って漢字を、カタカナのオに点がついたような形で、略字で使うこともあったんだよ。」
「『第一』…、あ!『第一』って…!」
「『第一自習室』のことさ。このプレートには第一自習室しか書いてないけど、よく使う鍵を纏めて持っていてね、そこに、このキーホルダーをつけていたんだ」
「な、なるほど…そうだったのか…。」
陸とのやりとりの中で、改めて、愛おしげにそのキーホルダーを指で撫でる小日向さん。
その温もりを、確かめるように。
「感謝するよ。君たち『おたすけ部』、とてもいい部活だね。これからも頑張ってね」
「「はい!」」
優しく笑った小日向さんは、キーホルダーをぎゅっと握ってから、机に立て掛けてある家族写真らしきものの横に、そっと、キーホルダーを飾った。
寮管理室を後にする頃には、そろそろ食堂のランチタイムが始まる時間になっていた。
「楓、その…」
「ん?」
「…もう、手は離してもいいんじゃないか…?」
「っ!ごめ…!」
「別に構わないが…」
陸に指摘されるまで気付かなかった。寮管理室に向かうときに手を掴んで、そのまま握り続けていた、なんて…。はっず!
慌てて手を離す。途端に、手のひらが空気に触れ、少しの寂しさを感じる。
陸に目をやると、さすがの陸も恥ずかしかったのだろう、若干頬が赤い。マジごめんって!
食堂に着き、商品棚を眺める。
休日のランチ提供は当日朝までの予約制。予約してない人は、コンビニで売っているような食べ物が並べられている、こっちの棚から購入する。
「楓、外で食べないか?」
「ん、りょーかい」
陸の提案を承諾して、会計を済ませる。
男子寮を出て、校舎の向こう、特別クラスのエリアに進む。昨日の嵐で、校舎側はどのベンチも濡れてるからね。
特別クラスのエリアには、席の半分が半屋内に設置されている中庭テラスがある。平日は上級生が使っているけど、今日は人もまばら。手頃な席に座って、弁当の蓋を開けた。
「気持ちいいな」
「そーだね。」
海から吹く風が、山の斜面を登って、俺たちに吹き抜ける。
潮と、緑と、雨と。ほんの少し、硫黄の香り。
「楓、さっきはありがとう。あと、すまなかった」
「え?なんのこと?」
「3階の共用スペースで、俺、つい熱くなって…」
眉尻を下げながら、悲しげな表情で視線を落とす陸。箸を持つ手は、おとなしく膝の上に置かれている。
「一方的に、お前に押し付けた、俺の気持ちだけを。」
俺に向けられた黒い瞳は、透き通っているのに、不安に揺れていた。
意外だった。
いつでもまっすぐな陸の中に、そんな迷いがあったなんて。
「いつもそうなんだ。楓みたいに、しっかり考えるのが苦手で…。周りが見えないまま、一人で思ったまま進んで…」
陸は伏せ目がちに、あの時掴んだ俺の肩を見た。
「それで、いつも、気付くと周りに誰もいないんだ」
穏やかに吹く風に、陸の前髪が揺れた。
陸の言いたいことは、なんとなく分かる。
いつでも直感的に、正直に、まっすぐ突き進むコイツに、周りはついていけないんだろう。それは本人も同じで、気持ちが先走って、言葉とか考えとか、そういうのが足りてないって、気づいて苦しんでるんだ。
「…お前、無神経そうなのに、案外繊細なとこあんだな。」
「なっ!俺は真剣に…っ」
優しく微笑んで、陸を見る。
すかさず反論しようとした陸だったけど、俺を見て目が合うと、言葉を止めた。
気まずそうに視線がそれる。
もしかして、また感情的になりそうだったって、反省してんのかな。
かわいいとこ、あるじゃん。
「お前のその真っ直ぐなとこ、俺にはない、お前の良いとこだと思う。だから、その性格は、否定はしなくていーんじゃない?」
「…」
「感情的に突っ走って、それで行きすぎた時は、俺がまた、お前の手をとってやるよ。」
「楓…」
「お前がアクセルで、俺がハンドル。な?どこまでも行けそうじゃね?」
陸の瞳がキラキラと輝いた。今日の、雨上がりの綺麗な青空みたいだ。
「陸のまっすぐなとこ、俺は頼りにしてるし。これからもよろしく頼むよー?」
「…ああ。ありがとう。俺も、楓みたいな友人に出会えて良かった。こちらこそ、よろしく頼む」
少し恥ずかしそうに笑った陸。その向こうには、日の光を反射する青い海が見えた。
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