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第一章
第4話 …………ありがと
しおりを挟むコンコンと、幽霊小屋の玄関がノックされる。
「お、ドアノブ交換来たか?…すみませーん、ドア開かないからこっちの窓からお願いしまーす」
ここ数日、実質この小屋の出入り口になっている窓から声をかけると、ウッドデッキを歩いてくる足音が聞こえた。
窓に駆け寄り身を乗り出せば、そこにいたのは外国人。
「…え、り、理事長先生!?」
「やあ。君は、『おたすけ部』の子、でよかったかな?」
理事長は窓から小屋の中の様子をぐるりと見回してから、俺にニコリと微笑む。
金色の髪に澄んだグレーの瞳、堀が深くまっすぐな鼻筋。まるで海外俳優。涼海とはまた違ったタイプの美形だ。学校案内のパンフレットと、入学式の挨拶で遠目に見たことあるだけだけと、近くで見ると、なんていうか…迫力が違う。
「お願いがあってね。さっき、男子寮の前で落とし物を見つけたんだ。これを持ち主に届けて欲しい。」
差し出されたのは、小さなマグカップのような形をした木製キーホルダー。一緒にネームプレートもついているけど、ケースが古ぼけていて文字がよく分からない。
てか男子寮っつったって、そこに生徒何人いると思ってんの?そんな簡単に見つかるわけないじゃん。
「…えっとー、落とし物は職員室管理じゃなかったでしたっけ…?」
やんわーり、断ろう。
そう思って正論をぶつけてみる。
すると、理事長は、眉を下げて悲しげな表情を見せる。肩をすくめて、「困ったな」みたいなポーズ付きで。
「もしかしたら、落とし主は無くしたことに気付いてないかもしれない。だから、届けに行ってほしいんだ。前野くんから、お助け部はなんでもやってくれると聞いたよ。引き受けてくれないのかい?」
「どうしたんだ?……わ!理事長先生!?本物だ!」
偽物がいてたまるか。
なんて、心で毒吐きたくもなる。だって涼海が出てきたということは…
「なるほど!わかりました、お任せください。」
理事長からキーホルダーの話を聞いた涼海は二つ返事で引き受けた。まあこうなると思った。
「ありがとう。よろしく頼むよ」と爽やかな笑顔で去っていく理事長を見送る。
「簡単に引き受けるけどさ、どうやって探すつもり?」
「…ちょっと待て、千秋。その前に言わせてくれ。」
涼海は、何か閃いた表情で俺に向き直った。何?もしかしてキーホルダーの持ち主に心当たりでもあったりする?
「どうしたの?」
「こうやって窓でやりとりするって…、ドライブスルーみたいだな」
…キーホルダーの持ち主探しは、難航しそうだ。
理事長が去ってすぐに、涼海のスマホが前野先生からの着信を知らせる。
要件は、ドアノブの修理業者が来たことと、前野先生が冷蔵庫を持ってきてくれたということだった。
俺は業者対応のために小屋に残って、涼海は冷蔵庫を運ぶのを手伝うために出て行く。
「ドアノブは…と?」
取れていたドアノブを探してチェストの引き出しを開ける。お目当てのドアノブはすぐに見つかったが、一緒に、あの日俺の肩を直撃した額縁も入っていた。
「森の写真?…飾るにしては、センスない写真だけど…あ、」
額の中のセピアカラーの写真は、木と、その向こうに抜けた空だけが写っている。風景として切り取るにしてはちょっと不自然な感じ。
そう思って額を手に取ると、留め具が外れて裏板がズレた。そしてその隙間から、写真の縁が重なっているのが見えた。
「…この写真、折って入れてある…?」
コンコンコン。
「ドアノブの件で伺いましたー」
「あ、はーい。こっちでーす」
額縁ごとチェストの引き出しに戻し、ドアノブを持って窓から対応する。
涼海の言うところのドライブスルー形式。
業者の対応をしている間に、涼海と前野先生もやってきた。台車の上には、実家の冷蔵庫の4分の1くらいのサイズの冷蔵庫がある。
やった!構わない、小さくても…!!
この小屋に冷蔵庫という文明の利器が導入され、俺はすっかり興奮して、朝食用にと購買で買ってきていたサラダチキンやヨーグルト、ドリンク類を放り込む。
「ドアノブ修理終わりました」
「ありがとうございます!」
「千秋、涼海。冷蔵庫の中に、おにぎり入れてあるならな。腹が減ったら食べとけ。」
「おにぎり?」
「俺特製の唐揚げ握りだ!」
「え、前野先生が作ったんですか!?」
慌ただしく、小屋の快適度が上がっていく。嬉しい限り。
…てか先生、おにぎりとか作るの?イメージに合わなすぎる。
「今日の夜は嵐だからな。まあ大丈夫だと思うが、何かあったら連絡しろ。」
「はーい」
「あと、そうだ。階段と、傷んでいる壁や床の修繕は来月中には手配できそうだ。階段は危ないから、近づかないようにな」
「わかってますって。」
前野先生って、口うるさい…ていうか面倒見がいいというか…。なんか…
「前野先生、お母さんみたいですね」
「ブッ」
「…なんだ?涼海、ホームシックか?」
涼海が俺が思ったことと同じことを言うから、思わず吹き出してしまった。先生も負けじとからかっているけど、顔が少し赤いところを見るに、自分でも自覚はあるんだろう。
涼海と前野先生のやりとり笑っているうちに、俺は、額縁の件はそのまま忘れていった。
───これが、後の大事件の鍵になることは、この時はまだ気付くはずもなく。
その日の夜は、先生の言った通り春の嵐だった。雨を伴う、大嵐。
窓を叩きつける雨の音が、1時間ごとに強くなっている。小屋の周りの木々が大きく揺れ、ガサガサと音を立てていた。
てか、窓割れないよね?今日までの積み重ねで、この小屋の耐久性に対する信頼度はかなり落ちてんだけど。
「すごい嵐だな」
「ほんと。ここにいると、余計そう感じる気がする」
お互い風呂も済ませ、寝支度を整えている最中。歯ブラシを咥えながら、眼鏡の涼海とスマホで気象情報をチェックしていた時だった。フッと、視界が暗くなる。
「え、うそ」
「停電か?」
突然、部屋中の全ての灯りが消えた。スマホの画面に照らされたお互いの顔だけが白く浮かび上がる。
「…」
「…」
戻らない。明かりが戻らない。
ザン、ザン、と強い風にのって強弱をつけながら窓を叩く雨の音。メキ、ミシッといった木々の音。
え、やばい、怖い。怖いんだけど!
「す、涼海…?」
「ひっ!な、なんだよ千秋、…脅かすな」
口調はいつも通りでも、涼海の声にも恐怖が滲んでいる。そしてお互いの怯えた声が、さらに恐怖を高める。
体を縮こまらせながらも、スマホのライトで部屋の中を照らし、キョロキョロ見回していた涼海が振り返った。
「そうだ、暖炉の火をつけないか?」
「そ、それだ!そうしよう!」
珍しくまともな提案をする涼海に、性急に賛同する。
それがいい。人類が最初に手にした武器、火だ。それさえあれば無敵なはず。ナニカが出ても戦える!多分!
スマホのライトで照らし合い、暖炉に近づく。この小屋、前年度から前野先生がインフラ整備をしてくれていたと言っていたけど、暖炉もすぐ使えるように整っていた。
脇にあった着火剤や薪を使って、スマホで調べながら火を熾していく。
「つ、ついた!」
「やった!」
試行錯誤の後、着火剤からボウッと立ち上がった火は、白い煙と共に、徐々に周りの細い薪に移っていく。
部屋に明かりが戻り、少し安心したところで、お互い机に置きっぱなしだった歯ブラシを、仕方なく一緒に片付けにいく。
洗面所は鏡があるから…さ。なんか映ってるとか、想像しちゃうじゃん?…するよね?
再び暖炉の前に戻ると、最初に用意した薪は残り少なくなってきていた。新しい薪を追加しながら、どちらともなく、暖炉の前に座り込む。
「…停電、いつ直るんだろーね」
「…そうだな」
いつもより少し静かな涼海の横顔は、暖炉の優しい光にゆらめいて、綺麗だ。相変わらず小屋の外は嵐の音がひどいのに、この暖かい火の照らす範囲は、安心できる場所に感じた。
「千秋、クラス選択の話、だが」
「…うん?」
火を見つめたまま、涼海が切り出した。涼海が言っているのは、部活紹介の前、篠岡や小鳥遊と話した特別クラスの話だろう。
「俺が地域振興かスポーツを学びたくてこの学校を選んだのは本当だ」
「…」
「でも、この学校を選んだもっと大きな理由があるんだ」
そう言うと、自身のスマホを取り出す涼海。
「…あまり笑うなよ?」
前置きしながら、ちょっと恥ずかしそうな表情で見せてくれたのは、この町のご当地キャクター“ゆげまる”のステッカー。湯気の精霊という設定で、ホワホワしたかわいらしい見た目なのに、実は心に闇を抱えてるというキャラクター性で、一時期プチブームになったやつだ。
…で?それがなんなの?
「…知らないか?ゆげまるさんだ」
「いや、ゆげまるは知ってるけど…、え?何?もしかして…、それが、理由?」
「そうだ。」
「………ぷっ。あは、あはははは!あはは!」
「あ、ちょっ、笑いすぎだ…!」
「いやお前が勝手に喋ったんだろ!あははは!」
うそだろ?腹いてー!
こんな真面目な顔して、ご当地キャラが好きで入学って、そんなことある!?意味不明もここまで突き抜けてると笑えてくる。
「あー、めちゃ笑った」
ひとしきり笑って目尻の涙を拭う俺に、涼海はフッと笑い、一呼吸置いてから真面目な顔で続けた。
「…なあ、千秋。別に、どんな理由でここにいてもいいと思う。俺は」
眼鏡の奥で、涼しげな目元が優しく細められた。涼海が伝えたかったのは、こっちか。
それは、寮の裏のゴミ捨て場で、呟いた言葉への、涼海なりの励まし。
俺は、今まで兄貴や姉貴の真似で生きてきて、自分の意思とか考えとか、正直分からない。“ここにいることだって、なんの理由もない”。
あのときの、その呟きが、涼海は引っかかっていたんだ。
「…聞いてたんだ」
「…すまない。」
「…ま、いーけど。…………ありがと」
パチっと薪の爆ぜる音。
「なにか言ったか?」
「別に?」
小さく呟いたお礼の言葉は、涼海には届かなかったようだ。でも、いい。
「そーだ。連絡先、交換しとかない?」
「ああ。そういえばまだしてなかったな」
「入学前からずーっと顔合わせてたからねー」
スマホの画面を見せ合い、連絡先の一覧にお互いの名前が追加される。
「楓って、綺麗な名前だな。名前で呼んでもいいか?」
「お好きにどーぞ」
「俺のことも名前で呼んでくれ」
「ん、わかった。じゃ、そろそろ寝よーぜ、陸」
「そうだな、楓」
弱まった暖炉の火が消え去るのを確認して、布団に入る。
暗い室内なのに、瞼の裏には、火の灯りに優しくゆらめく陸の横顔が映る。
どんな理由でもいい、か…。
胸の中は、小さな火が灯ったように暖かくて。耳の奥では、まだパチッと、薪の爆ぜる音が聞こえるようだった。
翌朝。停電は、日が昇る前には解消していた。冷蔵庫導入により、ちょっと豪華になった朝食を摂って、身支度を整えたら2人して寮に向かう。目的は、キーホルダーの持ち主探し。
「今日は休日だから、外出している寮生もいるかもしれないな」
「まーね。ま、一応探すけどさ。テキトーに切り上げて、あとは小日向さんにお願いして、落し物箱でも置いとけばいいんじゃない?」
正直、持ち主は見つからないでしょ、と思っている。
俺たちが寮に着くのは10時頃。1時間くらい探して、早めの昼飯を食べて帰ろう。やる気満々の陸には悪いけど、俺はそのくらいの気持ち。
「…わかった。でも、できる限り頑張ろう。」
「そーね」
真面目め。
嵐の後の森は、空気ごと水洗いしたように澄んでいて、いつもより緑や土の香りが濃い。肌に触れる静かな冷たさも、瑞々しく感じた。
小道を抜け、特別クラスのエリアも抜け、やっと寮に着くと、陸は早速食堂に向かおうとした。
「一番人が集まるのは食堂だ、行こう」
「待ってって。この時間じゃそんな人いないって。ランチタイム始まるまでは、共有スペース回ってこーぜ」
「なるほど、それもそうだな」
寮は地下を含めて5階建てになっている。地下1階は食堂と大浴場、地上階は、1~3階が学年ごとの寮室、4階は共有フロアで、倉庫と第1~第6自習室がある。
1~3階の中央には、団欒を目的とした共有スペースが設けられていて、テレビや漫画、雑誌なども置いてあるから、暇な寮生はここで時間を潰す可能性が高いだろう。
1階の共有スペースはスプリンクラーの一件で、まだ使用禁止になっている。階段を上がり、2年生フロアの共有スペースを訪れた。
「あ、篠岡」
「あ、千秋と涼海じゃん!何してんの?」
「部活動だ」
「あー!『おた部』!」
「『おた部』って…。まあいいや。この落し物の持ち主探してんだけど、知らない?」
「んー?…わかんねーなぁ。すみませーん、このキーホルダー、誰のですかー?」
2年生たちと混じってゲームをしていた篠岡がキーホルダーを掲げ声を上げると、周りにいた寮生たちもなんだなんだと寄ってくる。
目立つことを厭わない行動力にちょっとビビる。
「誰もしらねーみたい。ネームプレートついてんじゃん?名前書いてないの?」
「プラスチックケースが年季入りすぎてて読めねーの。ケースも開かねーし」
「あ、貸して」
近くにいた親切な2年生が、共有スペースの引き出しからドライバーを持ってきて器用にケースを開けてくれる。パカッと小気味いい音がすると、中に入っていた小さな紙がヒラヒラと落ちていった。
「すげーッス!先輩!」
「なんだこれ?『オー』?そんな名前の人いたかな…」
拾い上げた古ぼけた紙には、滲んだ文字で「オー」とだけ書かれている…ように見える。
真面目な顔で顎に手を当てた篠岡が、口を開く。
「もしかして…あの野球界レジェンドの子孫が…!?」
「はは。いいや、聞いたことないな。2年にも『オー』さんはいないし…3年生かな?」
盛大にスベるも、何も堪えてない様子の篠岡。むしろ尊敬の念すら覚える。
「わかりました!3年生のフロアでも聞いてみます!」
「先輩、ありがとうございました」
「どういたしまして。オタク部さん」
「あ、いや…篠岡が言った『おた部』っていうのは、『オタク部』の略じゃなくて…」
「行こう!楓!」
訂正する間もなく陸に手を引かれ、2階を後にする。手を振る篠岡はケラケラと笑っていた。
篠岡、「オタク部」じゃないって、訂正しとけよ…!?
3年生のフロアに着くも、タイミングが悪かったのか共有スペースには誰もいなかった。テレビの前のソファに座り、誰かが通りかかるのを待つ。ランチタイムまであと20分。
「『オー』さん…、どこなんだ」
「…な、陸。あと10分くらいしても見つからなかったら、諦めよーぜ」
ぼんやり、テレビを見ながら口を開く。こんな紙切れ一枚だけを手かがりに人を探すなんて、馬鹿げてる。無駄な労力だ。
「もしかしたらさ、このキーホルダーだって、捨てるつもりだったのかもしれないじゃん?こんな古びて傷だらけのもの。汚いじゃん」
「楓っ!」
「っ、何だよ」
陸に肩を掴まれ、むりやり体を陸に向けるように押される。
「…何?お前の馬鹿力、痛いんだけど?」
「楓、このキーホルダー、よく見たかよ」
「はあ?」
「古びて傷だらけ。それを汚いなんて言うな。…そうなるまで、誰かが大事に持ってた。そうだろ?」
陸の手が、熱い。黒い瞳の奥には、強い意志が炎のように揺らめく。
その炎は、昨日見た暖炉の優しい炎とは違う。青く、強い、静かな焔。
「………」
「きっと、持ち主は探してる。大事なものに決まってる。」
押し黙る俺に、陸は静かに続けた。数秒の見つめ合い。それから「ごめん、」と小さく謝ってから、ようやく俺の肩を離した。
「俺は、小日向さんに『オー』っていう生徒に心当たりがないか、聞いてくる。楓も来るか?」
「…いい」
「じゃあ、ここで待っててくれ」
陸が立ち上がった反動で、ソファの座面のバランスが崩れる。身体が、心が、グラリと揺れた。
「なんだよ、マジになっちゃって…」
手に残った傷だらけのキーホルダー。木製のそれは、ほんのり温かみすら感じた。
陸のくせに、陸のくせに。
…陸だから。
あんな風に純粋に物事が見れるのかもしれない。
間違ってるのかな、俺…。
はぁ、とため息が漏れる。
体はテレビの方へ向き直るけど、テレビから流れる情報を受け取る元気はない。
ぼんやり、視線を彷徨わせていると、ふと、テレビの上にあった寮内案内図に目が止まった。
何だろう。何か、引っかかるような…?
白いプラ板に丸ゴシック体で書かれた古い案内図。
立ち上がり、案内図に近づく。
この建物は5階建て。最上階の4階は、共有フロア。倉庫の他に、第1~第6自習室が並んでいる。
突然のひらめきに、目の前が明るくなった。
「…そうだ。“第一”自習室…!」
俺は弾かれるようにカーペットを蹴り、陸の後を追った。
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