【完結】強がり高校生が同室のド真面目脳筋に喧嘩しながらも惹かれてく話

日向汐

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第二章

第6話 好きって、何だよ…。

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4月中旬。学園から見下ろせる温泉街の桜も散り、緑が眩しくなってきた頃。

ガシャーン!

「ぅわ!何っ!?」

明け方。まだ薄暗い時間に、何かが崩れるような派手な音がして、俺は飛び起きた。
見ると、窓際で布に絡まって倒れている黒い頭。

「…何事?」

ズレた眼鏡を直しながら立ち上がる陸は、まだぼんやりした目のままボソボソ喋る。

「すまない…、トイレに起きたら蜘蛛がいて…窓から逃がそうとしたんだが…寝ぼけてたみたいだ…」

現在進行形で寝ぼけてそうな顔してるけど、眉尻が下がっている。申し訳なく思っている時の顔だ。
陸が絡まっていた布は、カーテン。だったもの。今は、カーテンレールごとぐちゃぐちゃに落ちていて、見るも無惨な状態だ。

「マジかよ…。てかお前、怪我は?」
「大丈夫だ。そんな柔じゃない。」
「柔とかそういう問題じゃないと思うけど…はぁ。」

幽霊小屋の一日が、今日も始まった。








一部が欠けて散らばったカーテンレールと、大きく裂けたカーテンを陸と片付けていると、窓の外は完全に朝になっていた。
カーテンが無いから、朝日が目に刺さるほどしっかり入ってくる。うん、最悪。

「陸、カーテンの代わりになるもの、なんか探そーぜ」
「そうだな。カーテンレールもないから…」
「窓の上の壁に、画鋲か釘か何かで、布を取り付けない?俺、納屋探してくるわ」
「分かった。俺は寮に行って、使えそうなものがないか小日向さんに聞いてくる。」

幸い、今日は休日。探し物をするには十分時間がある。スマホだけ持って身軽に出ていった陸を見送り、俺も納屋に向かった。
俺たちが「納屋」と呼んでいる建物は、幽霊小屋から見える、更に森の奥にある。生い茂った雑草の中に埋もれるように建っている小さな蔵みたいな建物。

「幽霊小屋は、ログハウスっぽい作りなのに、何でこっちはこんな和風なのかねー、不思議。」

誰に言うわけでもなく呟く。
それにこの蔵、人が住む場所じゃないせいか、ログハウスよりもっと古びてるように思う。

「えーと、布、布…」

重たい扉を開け、納屋の中に足を踏み入れる。窓も照明もない納屋の中は、朝でも暗闇の世界。ひやりとした冷たい空気を感じながら、入ってすぐの所に置かれている懐中電灯を点け、中を見渡した。

「奥まで見に行く…か?」

6畳程度しかないにも関わらず、ごちゃごちゃと置かれているせいで、奥に何があるかわからない。掃除用具とか扇風機とか、幽霊小屋で使いそうなものは入り口付近に整理されているけど、その奥は少し雰囲気が違う。
玉手箱みたいな横長の箱とか、取っ手の金具が豪華な漆塗りタンスとか、ドレッサーってやつ?ばーちゃんが化粧の時に使ってる、縦長の鏡がついた机みたいのとか。《幸い、鏡は蓋が閉じられている。》
どれも売ったらそれなりに値が付きそうな感じ。

「ま、でもあんな奥に布があったとしても、使いたくないからなー。」

探すのが面倒だったわけじゃない。だってこの納屋の中、埃っぽいしカビ臭いし、きっとあの奥に布があっても、カーテンなんかにしたら変な菌とか吸い込んで、体調崩しそうじゃん?
手前の整理されている棚の中だけ探して、結局収穫なしで幽霊小屋に戻った。

「陸の奴、遅いな。いい布あったんかなー」

洗面所で手を洗っていると、玄関ドアが開く音がした。陸だ。

「おかえりー、カーテン用の布……何それ」
「ジャガイモだ!」

言いかけて、突っ込まずにはいられなかった。陸の手には、ジャガイモがごろごろ入ったビニール袋。10個くらい入ってそう。
てか、ジャガイモなのは見れば分かるんだよ。そうじゃなくて、カーテンになりそうな布を探しに行ったんだよね?なんでジャガイモ?

「小日向さんが、この前のキーホルダーのお礼だって、お裾分けしてくれたんだ。新じゃがらしいぞ」

にっこり。満面の笑み。
なるほど、そうだったのか。…って、いやいや、それはいいとしてもさ、

「それどーすんの?」
「どうって、一緒に食べよう」
「料理して?」
「…」

でしょ?
陸の沈黙は何よりの回答。だって俺たちどっちも、料理なんて今までしてない。
俺だって、家庭科の授業でやったことあるくらいで、実家で進んで料理しようなんて思ったことない。
2人して、一度も使われてない小さなキッチンを見る。

「お、俺がなんか作る!」
「ほんとにー?」
「動画で勉強して、やってみる…!」
「そー。じゃ、そうして。俺は食堂で食べるね」
「おい!楓も食べろ!」
「やだよ!陸の料理とか絶対黒焦げじゃん」
「…………気をつけて作れば、きっとできる…と、思う」

かなり間があった。語尾に連れて声が小さくなってた。

「やっぱそーじゃん!」

コイツの、その「やればできる」みたいな自信どっからくるわけ?
チラリとジャガイモをみる。新ジャガって言ってたな。美味しいやつだ。焼いてバター乗せるだけでも美味しそう。ジャーマンポテトも、食べたい。

…ジャガイモに罪はないよな。

「フライパンとか鍋とか、あったっけ?」
「あった気がする」

カーテン問題は一度脇に置き、初めてキッチンの捜索をする。出てきた調理器具類は、取っ手がグラグラしてる鍋と、底面がガリガリに削れてるフライパン。そして、折れたフライ返し。ゴミじゃん。

「ダメだな。使えそうにない」
「だね。前野先生に相談してみるしかないかなー、カーテンの件も含めてさ」
「そうだな」

言うが早いか、スマホを取り出し前野先生に連絡を入れる陸。ほんとこの行動力、本人は突っ走り気味なこと気にしてたけど、むしろ長所だと思う。

「楓、前野先生が翠和《すいわ》神社まで来るよう言ってる」
「え?今から?」
「今から。…あ、都合悪かったか?」

伺うように聞く陸。
都合は悪くないけど、…急じゃね?
陸は当然のように急な呼び出しを受け入れてるあたり、そう思うのは俺だけなんだろう。俺を取り巻くフットワークの軽い男2人、赤ジャージ教師と脳筋黒髪男は、ペースが合うらしい。

「支度するから、出るの10分後でいい?」
「分かった。動きやすい服で来て欲しいそうだ。」
「んー、なんか既に嫌な予感するけど。分かった。」













翠和神社は、この辺りで一番大きな神社。観光名所の一つでもある。
俺たちはバスに揺られ20分、駅前の温泉街へ出た。翠和神社は、この温泉街の先、分かれ道を山の方へ進んで行ったところにある。ちなみに海の方へ進むと地元民向けの商店街がある。この町には大きなショッピングモールみたいな便利な店はない。だから、うちの生徒も、買い物は基本的にこの商店街で済ませる。ここが、この町のライフラインとも言える。

「来たか!2人とも!」

神社へ続く石畳を進むと、鳥居の前には、いつもの赤ジャージの前野先生。たくさんの人が通り過ぎる中でも響く大声で呼んだ。だから声デカいし、あと休日まで赤ジャージって…、何着持ってるの、この人。

「先生、おはようございます。…なんだか、人が多いですね」
「陸、多分アレじゃね?」

俺が指さしたのは、鳥居の横、参道沿いにある手書き風の看板。そこには「蚤の市」と大きく書かれている。

「この蚤の市はな、町の商店街連合会と観光協会、そしてこの翠和神社の共同で開催してるものだ。足りないものは、ここで揃えるといい。」
「先生、でもまだ開始時間まで1時間以上あるみたいですけど…」

言いながら勘付いた。そして、前野先生も俺が勘付いたことを表情から読み取ったみたい。ニッと笑い、俺たちを見た。

「『おたすけ部』として、地域イベントの手伝いをする。さあ、ついてこい!」
「わかりました!」
「…やっぱり…」

鳥居をくぐると、拝殿前の広場では今日の出店者だと思われる人々が机を出したり商品を並べたりと準備に追われている。
この蚤の市に出店している人たちは、主に商店街の人たち。アウトレット品をお手頃価格で出品してるようだ。あとはハンドメイド品を個人で出品してる人もいる。

「おはようございます、前野先生」
「おはようございます、佐倉さん!」
「前野くん今日も手伝いかい?ありがとうね」
「海野会長!いいえ、こちらこそ、いつもありがとうございます!」

前野先生は町内で顔が広いらしく、境内でブース出店してる人の多くが、「前野先生」、「前野くん」など呼び止める。
そしてその度に前野先生は、俺たちを紹介する。

「あら、前野さん、そちらは生徒さん?」
「はい!2人は『おたすけ部』っていう部活の部員です。手伝い、雑用、なんでも頼ってやってください!」
「あらまあ、かっこいい子~!黒髪のあなたも、とっても綺麗!ふふ、あとで呼び込みを手伝ってもらおうかしら~?」

調子のいいおばさんの言葉は、ニコリとするだけで流す。てか、前野先生の「場に馴染めない我が子を心配して余計なお世話を焼く親」みたいな感じ、いい加減恥ずかしいんだけど。陸も苦笑いしてるし。

「前野先生、おはようございます。」
「ああ、おはよう!丁度探してたんだ」

社務所から出てきて前野先生に声をかけたのは、俺たちと同じくらいの年頃の、袴姿の男の子。
少し色素の薄い髪に、宝石のように輝くグレーの瞳。甘さのある整った顔は、さながら異国の王子様。

「紹介しよう、この子は、ここの神主さんの子で、伊吹祐希人《いぶき ゆきと》くん。来年、うちの生徒になる子だ。」
「はじめまして。お話は伺ってます。楓先輩と、陸先輩ですね。よろしくお願いします。」

物腰柔らかに話し、綺麗に微笑む。境内を囲む桜の葉と緑の紅葉が、キラキラとやわらかな日を届け、彼を包む。…背景さえも味方につける…、マジで王子様キャラだわ。

「伊吹くん、2人が君の手伝いをしてくれる。俺は駐車場整備を手伝いに行くから、2人をお願いできるか?」
「もちろんです。いつも助かります。それでは先輩たち、すみませんが、掃き掃除をお願いしたいのですが…よろしいですか?」
「ああ。なんでも言ってくれ」
「はーい」

前野先生と別れ、伊吹の案内の下、倉庫までたどり着く。

「箒はこちらを使ってください。集めたものはこちらの袋に。」

自然な動作でたもとを抑えながら、掃除に使う道具を取り出す和装王子。

「ちりとりは、これを使ってもいいか?」
「あ、陸先輩!だめです!」 

陸が、近くにあった屋外用の柄の長いちりとりを持ち上げると、伊吹はすかさず陸を制止する。

「古いので、もう処分しようと思っていたんです。塗装が剥がれて錆びていて…、お怪我はありませんか?」
「すまない。大丈夫だ。」

壊れ物に触れるように、陸の手をそっと、下から指先で持ち上げる。陸より頭半分ほど背の低い彼が、心配そうに、しかしうっとりと、グレーの瞳で陸を見上げる。
見目麗しい二人の見つめ合いは、倉庫の前なんていう味気ない場所なのに、絵でも見てるかのように美しい。
…てか、なんかさ。
なんか…、なんかムカつくんだけど?
いつまで手、持ってんだよ。

「…早く掃除やろーぜ」

思わず眉間に皺が寄る。そんな俺の表情を一瞬見て、小さく微笑んだ伊吹。「はい、すみませんでした。」と言いつつも、心なしか愉快そうに目が細められている。
何笑ってんの。


拝殿へ続く参道を境に、左右に分かれた俺と陸。参道の石畳はすでに綺麗に掃除されていたが、境内の隅の方は、見頃を終えた桜の花びらが大量に落ちていて、掃いても掃いても、終わりが無いように思えるほどだった。

「こんなん、放っておけば勝手に消えると思うけど…」

文句を言いながらも、ちゃんと、手は動かす。
ザッ、ザッと地面を掃くと、箒の先に小さな山となって溜まる花びらたち。咲いてる時はあんなに愛でられるのに、散った瞬間、隅に追いやられてゴミになって。
はあ、とため息が出た。

「………惨め、だよな…」

萎れたピンクの花びらは、まるで身を縮こまらせているように見える。
そんなゴミを、俺はどこか冷たい目で見てしまう。自分が“そっち側”になることは、ない。…というか、絶対に、なりたくない。
ぎゅっと、箒を握る手に力が入った。

「楓先輩」
「!」

ぼうっとしていたところに、急に声をかけられて、身体がびくりと反応した。振り返った先にいたのは、伊吹。

「何?どうかした?」
「楓先輩って、陸先輩のこと好きなんですか?」
「………はあっ!?」

全く悪気のない顔で、突拍子もない質問。思わず間抜けな声が出た。
…何言ってんの、この子。

「…違うんですか…?」
「いやいやいや、お前さ、目おかしいんじゃない?」
「うーん…、確かに僕の目の色は、先輩みたいな素敵なブラウンの目と比べたら、随分変わってて『おかしい』のかもしれませんが…」

軽く握った手を胸に当て、視線を逸らし、「僕、傷付いてます」という顔をする伊吹。恐らくこの場に伊吹のファンがいたら《いるか知らないけど》、俺は刺されているだろうって感じるくらい、同情を誘う表情と所作。
…でも、甘く見ないでくんないかな?
俺だって、15年間「演じて」生きてきてんの。

「お前のわざとらしい演技には興味ないからさ、早く本題に入ってくれる?」
「…」

俺の言葉を咀嚼するように、数秒間を置くと、伊吹はスッと表情を消した。感情のスイッチが急に切れたかのように、俺に向けられた冷ややかな目は、どこか暗い。
しかしそれはまるで、俺の奥に誰かを見ているかのようでもある。

「……先輩みたいな子供っぽい人、僕、嫌いなんですよね」

低く抑揚のない声。
こっちがこいつの本当の顔かと、確信する。

「…あっそ。で、何が言いたいの?」
「せっかちですね。まあいいですけど。」

そう言って腕を組み、片方の口角だけを上げて笑う様は、もはや悪者顔。先ほどまでの王子様らしさはどこにもない。

「僕、陸先輩が欲しいんです。もらっちゃいますね。」
「は…?」

もらうって、陸は物じゃないんだけど?
そもそも、こんな偏屈な奴に陸は似合わない。素直で人を疑うことを知らない陸は、きっと騙されて傷付けられる、そうに決まってる。

「言ってる意味がよく分からないんだけど。てかお前、本性見せんの早すぎない?」
「僕は使い分けてるだけですよ。処世術です。楓先輩には、使ってもただの使い損なので、早々にやめただけです。」

なんだコイツ。
使い損って。頭の奥がジリっとする。口撃したい気持ちと、こんな煽りに乗るべきじゃないという理性の声がぶつかり合う。
接戦の後、理性の勝利。あくまで冷静を努めて伊吹に対応する。

「…もらうとか勝手に言ってるけど、陸は物じゃねーから。俺に言われても知らねーし」
「そうですか。さっき倉庫で睨まれたので、てっきり…。」

はぁ?睨んだ覚えなんかないけど?

「確かに、楓先輩みたいなお腹で何考えてるか分かんないような人は、陸先輩に相応しくないですね。」
「…っ、」

ジリリ、と頭の奥から熱が広がる。
相応しくない、なんて、なんでコイツに決めつけられなきゃいけないの?
目の前のガキに徐々にイライラが募り、伊吹を睨みつける。

「てかさ、この短時間で、陸の何を知って、何が気に入ったってゆーの?」
「陸先輩、かわいいじゃないですか。真面目そうなのに抜けてる感じとか。あと僕は、見た目が好きです」
「お前…」

恥ずかしげもなく淡々と、かわいいとか好きとか口にする伊吹。
俺としては、陸のことを知ったように話すところが、非常にムカつく。
真面目そうなのに抜けてるのは、…確かにそうだけど、それを「かわいい」だなんて簡単に言いやがって。本人はそれで失敗するたびに、大なり小なり落ち込んでんの、お前知らないだろ?

「先輩、僕、相手が本当のことを言ってるか嘘を言ってるか、この目で見分けることができるんですよ」
「………だから、何?」

自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。もう、こいつと話していたくない。そんな感情が声に滲んだ。
それでも伊吹はお構いなしに続ける。

「だから、もう一度聞くので、ちゃんと答えてください。…先輩、陸先輩のこと、好きですか?」

伊吹の問いが、頭の中でいやに響いた。真っ直ぐにそんなこと聞かれて、苛立ちの勢いが萎える。
思わず、伊吹から目を逸らした。

好きって…、好きって、何だよ…?

ジリっと、踵が小さく地面を擦り後退りする。上手く答えが出ないもどかしさから、奥歯を強く噛みしめた。

陸を好きか…?
最初こそ最悪だったけど、真っ直ぐで、他人思いで、正義感が強くて…、俺にはない良いところをたくさん持ってる奴だ。だから、好きか嫌いかで言えば、…間違いなく、好きの方。
でも伊吹のいう好きは、その好きではない。
そんなの、
そんなの…、

「きゃあっ!」
ベチャン!
「わ、大丈夫?膝、擦りむいちゃった?」
「…痛い…ぐすっ」

俺たちのすぐ近くで女の子の小さな悲鳴が聞こえたと思ったら、小学生くらいの女の子が地面にすっ転んでいた。
すかさず王子の仮面で対応する伊吹。

「君は…、佐倉さんのところの、まどかちゃんだね?おばあちゃんのお手伝いに来てたの?」
「うん。でもね、お花にあげるお水をもらってきてっていわれて、それで汲んで来ようとして…、」
「うんうん、まどかちゃん、えらいね。まずは、傷口を洗おうか。社務所に救急箱もあるからね、一緒に来てくれる?」
「…うん」
「ありがとう」
「…じゃ、俺はいっぱいになったゴミ袋片付けてくるから…」
「楓先輩」

いけすかない王子モードの伊吹を置いて、とっととこの場から去ろうとしたのに。
伊吹は近くに転がっていたバケツを拾うと俺に持たせた。

「佐倉さんは、切り花のお店を出店してます。水を渡して、まどかちゃんの怪我のこと、伝えてきてください。」
「は?なんで俺が」
「『おたすけ部』?でしたっけ。面白い部活ですね。前野先生にも、楓先輩の仕事ぶりはキッチリ伝えておきますね」
「……分かったよ、貸して」

ほんと腹立つ。
女の子の手を引いて社務所に向かう伊吹の背中に、舌打ちしたい気持ちになる。
言われたままに近くの水栓でバケツに水を入れ、花びらのゴミでいっぱいのゴミ袋とバケツを持って、拝殿から伸びる参道に向かう。

「骨董品、金物、古書、アクセサリー、和菓子…、結構なんでもアリなんだ」

周りの景色に意識を移すと、先ほどまでの苛立ちは落ち着いていった。
それにしても、来たばかりの時は、まだ品物を並べているお店が少なくて気付かなかったけど、様々なジャンルの店が出ている。
確かにここなら、カーテンも鍋もフライパンも揃いそう。

そうやってよそ見しながら歩いてると、「楓!」と、陸の弾むような声が聞こえた。
声のした前方にすぐ顔を向ける。すると、俺と同じようにピンクでいっぱいのゴミ袋を持った陸。しかし、

「楓、聞いてくれ…うわぁ!?」
「はっ!?」

───デジャヴ。
陸と初めて会ったあの時のように、全てがスローモーションに感じた。

石畳に躓いた陸が、俺に飛び込んでくる。

舞い上がった桜の花びらと、きらめく水飛沫。
目の前には、陸。

「わ、悪い、楓!大丈夫か!?」
「……ッ、」

鼓動がうるさいくらい耳に響く。

濡れた服越しに触れているところが熱い。

春の葉に揺れる、瞬く光の中。目に映るのは、水に滴る黒髪と白い肌。額に張り付く黒髪の隙間から見える、澄んだ瞳。
その美しい瞳には、陸に見惚れる俺が映っている。

そうか、そうなのかも…。

───先輩、陸先輩のこと、好きですか?───

伊吹の言葉が蘇る。
あの時、陸が傷付くのは、嫌だと思った。
陸のことを知ったように話されるのが、不快だった。
陸には相応しくないと言われて、強い怒りを感じた。

そして今、目の前の陸に、胸が締め付けられるような、焦がれるような気持ちになっている。

陸を好きか?
そんなの…、


陸のこと、好き、じゃん…。



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