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五章
かなしい記憶
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月夜は夢を見た。
それははるか遠い昔、記憶の片隅にもないはずの出来事だ。
月夜の目に映るのは恐る恐る近づいてくる暁未の姿。それも幼少の頃の姿である。こちらに向かって無邪気な笑顔を振りまく暁未は、あまりに純粋で悲しくなるほど綺麗だった。
「月夜、遊ぼう」
暁未は覗くようにして話しかけてくる。しかし月夜は何も言えず、ただ見つめることしかできない。
「早く大きくなって、お姉ちゃんとお出かけしようね」
にこにこしながら話す暁未を見て、月夜は驚く。
暁未のこんな表情を見たことがないはずなのに、なぜか月夜は懐かしく感じてたまらなく泣きたい気持ちになった。
穏やかで切なくて、ずっと続いてほしいと思ったが、それは母の声で遮られる。
「暁未!」
暁未がびくりとして慌てて振り返ると、背後に母が鬼の形相で立っていた。
「お勉強の時間よ」
「はい、お母さま」
「それと、その子に近づいてはいけないとあれほど言ったでしょう? 言うことが聞けないの?」
暁未は母を見て震えていた。
それでも、どうしても納得できない暁未は母に訊ねる。
「お母さま、なぜですか? なぜ月夜に会ってはいけないのですか?」
「この子はこの家に災禍をもたらす不幸な子なの。本当におぞましい子だわ」
母は恐ろしい目つきでこちらを見つめている。
だが、暁未は恐る恐る自分の思いを口にした。
「月夜は、こんなに可愛いのに……」
暁未がそう言った瞬間、母は怒りの形相で手を振り上げた。ばしんっと派手な音がして暁未の頬が赤く腫れ上がる。
暁未は驚きのあまりしばし呆然としていたが、母はかまうことなく怒鳴りつけた。
「言うことを聞かないと、食事を与えませんよ!」
「ひぐっ……おかぁ、さま……」
「いいこと? わたくしの娘はあなたひとりよ、暁未。この子のことは忘れなさい」
「どう、して……どうして……」
嗚咽をもらす暁未に対し、母はさらに声を荒らげる。
「この子は化け物なの! あなたとは違うのよ!」
その言葉に暁未は驚愕し、震え上がった。
そしてすぐに暁未はわああっと声を出して泣いた。
「ああ、うるさい。どうして思いどおりにならないのよ。それもこれも、この子が生まれたせいだわ」
母は嫌悪の表情で月夜を見下ろした。
母は使用人を呼びつけて、暁未を連れて出ていくように命じた。しかし暁未は使用人に手を引かれながらも、何度も月夜のほうへ振り返った。
「月夜……月夜……」
「早く連れていきなさい!」
「お母さま、ごめんなさい。ごめんなさい」
泣きながら謝る暁未の姿はぴしゃりと閉められた障子の向こうに隠れてしまう。残った母は月夜を見ないようにしてぶつぶつひとりごとを呟いた。
「冗談じゃないわよ。あんなに腹を痛めて産んだのに人間じゃないなんて。ああ、どうして死んでくれなかったのよ」
もう幾度となく母から言われてきた言葉だった。
胸が引き裂かれるほど、苦しくて悲しくて、何かを訴えたいのにただ泣くことしかできない。
部屋中に赤子の泣き声が響きわたる。すると母は気が狂ったように叫びだした。
「誰か! この子を泣き止ませて! もう声を聞くのも嫌よ!」
使用人たちがやって来たが、誰もがみな月夜に触りたがらなかった。代わりにそれぞれが思いを吐露していた。
「可哀想に。化け物の血を濃く受け継いでしまって」
「光汰さまも暁未さまも人間だったから、次もそうなると思っていらしたのでしょう。とんだ誤算だと旦那さまはおっしゃっておられたわ」
「お世話をするのが怖くてたまらないわ。いつ狂暴化するかわからないのでしょう?」
月夜は何も話すことができず、ただひたすら泣き叫ぶだけだった。
それははるか遠い昔、記憶の片隅にもないはずの出来事だ。
月夜の目に映るのは恐る恐る近づいてくる暁未の姿。それも幼少の頃の姿である。こちらに向かって無邪気な笑顔を振りまく暁未は、あまりに純粋で悲しくなるほど綺麗だった。
「月夜、遊ぼう」
暁未は覗くようにして話しかけてくる。しかし月夜は何も言えず、ただ見つめることしかできない。
「早く大きくなって、お姉ちゃんとお出かけしようね」
にこにこしながら話す暁未を見て、月夜は驚く。
暁未のこんな表情を見たことがないはずなのに、なぜか月夜は懐かしく感じてたまらなく泣きたい気持ちになった。
穏やかで切なくて、ずっと続いてほしいと思ったが、それは母の声で遮られる。
「暁未!」
暁未がびくりとして慌てて振り返ると、背後に母が鬼の形相で立っていた。
「お勉強の時間よ」
「はい、お母さま」
「それと、その子に近づいてはいけないとあれほど言ったでしょう? 言うことが聞けないの?」
暁未は母を見て震えていた。
それでも、どうしても納得できない暁未は母に訊ねる。
「お母さま、なぜですか? なぜ月夜に会ってはいけないのですか?」
「この子はこの家に災禍をもたらす不幸な子なの。本当におぞましい子だわ」
母は恐ろしい目つきでこちらを見つめている。
だが、暁未は恐る恐る自分の思いを口にした。
「月夜は、こんなに可愛いのに……」
暁未がそう言った瞬間、母は怒りの形相で手を振り上げた。ばしんっと派手な音がして暁未の頬が赤く腫れ上がる。
暁未は驚きのあまりしばし呆然としていたが、母はかまうことなく怒鳴りつけた。
「言うことを聞かないと、食事を与えませんよ!」
「ひぐっ……おかぁ、さま……」
「いいこと? わたくしの娘はあなたひとりよ、暁未。この子のことは忘れなさい」
「どう、して……どうして……」
嗚咽をもらす暁未に対し、母はさらに声を荒らげる。
「この子は化け物なの! あなたとは違うのよ!」
その言葉に暁未は驚愕し、震え上がった。
そしてすぐに暁未はわああっと声を出して泣いた。
「ああ、うるさい。どうして思いどおりにならないのよ。それもこれも、この子が生まれたせいだわ」
母は嫌悪の表情で月夜を見下ろした。
母は使用人を呼びつけて、暁未を連れて出ていくように命じた。しかし暁未は使用人に手を引かれながらも、何度も月夜のほうへ振り返った。
「月夜……月夜……」
「早く連れていきなさい!」
「お母さま、ごめんなさい。ごめんなさい」
泣きながら謝る暁未の姿はぴしゃりと閉められた障子の向こうに隠れてしまう。残った母は月夜を見ないようにしてぶつぶつひとりごとを呟いた。
「冗談じゃないわよ。あんなに腹を痛めて産んだのに人間じゃないなんて。ああ、どうして死んでくれなかったのよ」
もう幾度となく母から言われてきた言葉だった。
胸が引き裂かれるほど、苦しくて悲しくて、何かを訴えたいのにただ泣くことしかできない。
部屋中に赤子の泣き声が響きわたる。すると母は気が狂ったように叫びだした。
「誰か! この子を泣き止ませて! もう声を聞くのも嫌よ!」
使用人たちがやって来たが、誰もがみな月夜に触りたがらなかった。代わりにそれぞれが思いを吐露していた。
「可哀想に。化け物の血を濃く受け継いでしまって」
「光汰さまも暁未さまも人間だったから、次もそうなると思っていらしたのでしょう。とんだ誤算だと旦那さまはおっしゃっておられたわ」
「お世話をするのが怖くてたまらないわ。いつ狂暴化するかわからないのでしょう?」
月夜は何も話すことができず、ただひたすら泣き叫ぶだけだった。
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