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20、フローラのその後
しおりを挟むナスカ伯爵家の噂は瞬く間に社交界に広がった。
伯爵が今までしたきた罪と、実の娘に殺害された事件。
噂は時折、別の件も盛り込まれて、人々はお茶会の菓子として大いに盛り上がった。
伯爵が殺したのは前妻と元恋人、だけではなく、通り魔殺人の犯人ではないかとか。
伯爵は数十人も愛人がいて、よそに多くの子をもうけているとか。
伯爵が性犯罪者であるとか、実の娘にまで手を出したとか。
「一番怖いのはそこらにいる人間だよなあ」
とグレンがぼやいた。
セオドアとグレンが、フローラの見舞いに来ている。
フローラはあれから5日間高熱で寝込んだ。
呪術師ゲートが死んだことで、フローラの呪いは解けたが、身体が元通りになるまでにはまだ時間がかかるという。
グレンが毎日、治癒魔法でフローラの治療を行ってくれる。
セオドアは後始末に追われているようだ。
公爵家の親族たちにもきちんと説明をして、フローラのことも両親に認めてもらえるよう努力してくれたらしい。
「君が早く元気になってくれることを、俺の両親も願っているよ」
とセオドアが言った。
フローラは「ありがとう」と言って微笑んだ。
そして、虚ろな表情で淡々と語った。
「父は最期まで反省の色を見せることはありませんでした。すべて自分が正しいと思い込み、自分に都合のいいように物事を進め、何かあれば他人に責任転嫁し、あげく邪魔な者は排除したのです」
フローラは父を看取ったときのことをふたりに話した。
許しを請うのかと思えば、結局最後まで実の娘を恨んで死んでいったのだ。
「私は……最初から最後まで、実の親に憎まれていたのですね」
フローラはすべてを諦めたような陰鬱な表情で言った。
セオドアは彼女の肩を抱いて微笑む。
「だが君は、実の母には愛されていたはずだ。それは俺が一番よく知っている」
セオドアの言葉を受けて、フローラは昔の記憶を鮮明に思い出した。
10年前のあの日だ。
初めてセオドアと会って、木の上でたくさん話していたときのこと。
セオドアが訊ねたのだ。
「君はいろんなことをよく知っているんだね。たくさん本を読むように教育係に言われてるの?」
「違うわ。お母さまに言われるの。あのね、お母さまはいつも言うの。人はときどき嘘をつくけれど、本は嘘をつかないわって。だから、たくさん本を読んで、先人たちの考えを知って、これからのことは自分で考えるようにって。人の意見を聞くことも大切だけど、それに流されすぎるのはよくないって」
「君のお母さまは素晴らしい人だね」
「ほんと? 嬉しいわ。お母さまが褒められると私も褒められたみたい」
フローラの母リリアは娘を立派な伯爵令嬢に育てるために、自分の人生すべてを娘に捧げた。
時折厳しくとも優しい母だった。
フローラは母からの深い愛情を感じて育った。
*
「お母さま……」
母を思って涙をこぼすフローラをセオドアがそっと抱きしめる。
あのようなパーティの場で伯爵に濡れぎぬを着せられた母のことを考えると、悲しくて悔しくてたまらない。
たとえそれが嘘だったとわかっても、一部で母の悪い噂を流すものはいるだろう。
社交界とはそういうところだ。
誰にどんなことを言われようとも、セオドアが理解してくれるなら、それでいい。
フローラは亡き母のためにも、精いっぱい強く生きることを決意した。
こうしてナスカ伯爵家は主を失い、今後のことはフローラに託された。
だが、まだ気がかりなことがたくさんある。
伯爵夫人は意気消沈して何もできず、フローラが世話をしなければならなかった。
そして、父を殺害した実の娘マギーの行方がわからない。
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しかし、マギーの影はひそかに、フローラへと迫っていた。
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