公爵さま、私が本物です!

水川サキ

文字の大きさ
20 / 22

20、フローラのその後

しおりを挟む

 ナスカ伯爵家の噂は瞬く間に社交界に広がった。
 伯爵が今までしたきた罪と、実の娘に殺害された事件。
 噂は時折、別の件も盛り込まれて、人々はお茶会の菓子ネタとして大いに盛り上がった。

 伯爵が殺したのは前妻と元恋人、だけではなく、通り魔殺人の犯人ではないかとか。
 伯爵は数十人も愛人がいて、よそに多くの子をもうけているとか。
 伯爵が性犯罪者であるとか、実の娘にまで手を出したとか。


「一番怖いのはそこらにいる人間だよなあ」
 とグレンがぼやいた。

 セオドアとグレンが、フローラの見舞いに来ている。


 フローラはあれから5日間高熱で寝込んだ。
 呪術師ゲートが死んだことで、フローラの呪いは解けたが、身体が元通りになるまでにはまだ時間がかかるという。
 グレンが毎日、治癒魔法でフローラの治療を行ってくれる。

 セオドアは後始末に追われているようだ。
 公爵家の親族たちにもきちんと説明をして、フローラのことも両親に認めてもらえるよう努力してくれたらしい。


「君が早く元気になってくれることを、俺の両親も願っているよ」
 とセオドアが言った。

 フローラは「ありがとう」と言って微笑んだ。
 そして、虚ろな表情で淡々と語った。

「父は最期まで反省の色を見せることはありませんでした。すべて自分が正しいと思い込み、自分に都合のいいように物事を進め、何かあれば他人に責任転嫁し、あげく邪魔な者は排除したのです」

 フローラは父を看取ったときのことをふたりに話した。
 許しを請うのかと思えば、結局最後まで実の娘を恨んで死んでいったのだ。


「私は……最初から最後まで、実の親に憎まれていたのですね」

 フローラはすべてを諦めたような陰鬱な表情で言った。
 セオドアは彼女の肩を抱いて微笑む。


「だが君は、実の母には愛されていたはずだ。それは俺が一番よく知っている」

 セオドアの言葉を受けて、フローラは昔の記憶を鮮明に思い出した。



 10年前のあの日だ。
 初めてセオドアと会って、木の上でたくさん話していたときのこと。
 セオドアが訊ねたのだ。
 
「君はいろんなことをよく知っているんだね。たくさん本を読むように教育係に言われてるの?」
「違うわ。お母さまに言われるの。あのね、お母さまはいつも言うの。人はときどき嘘をつくけれど、本は嘘をつかないわって。だから、たくさん本を読んで、先人たちの考えを知って、これからのことは自分で考えるようにって。人の意見を聞くことも大切だけど、それに流されすぎるのはよくないって」
「君のお母さまは素晴らしい人だね」
「ほんと? 嬉しいわ。お母さまが褒められると私も褒められたみたい」


 フローラの母リリアは娘を立派な伯爵令嬢に育てるために、自分の人生すべてを娘に捧げた。
 時折厳しくとも優しい母だった。
 フローラは母からの深い愛情を感じて育った。


  *


「お母さま……」

 母を思って涙をこぼすフローラをセオドアがそっと抱きしめる。
 あのようなパーティの場で伯爵に濡れぎぬを着せられた母のことを考えると、悲しくて悔しくてたまらない。
 たとえそれが嘘だったとわかっても、一部で母の悪い噂を流すものはいるだろう。
 社交界とはそういうところだ。

 誰にどんなことを言われようとも、セオドアが理解してくれるなら、それでいい。
 フローラは亡き母のためにも、精いっぱい強く生きることを決意した。


 こうしてナスカ伯爵家は主を失い、今後のことはフローラに託された。
 だが、まだ気がかりなことがたくさんある。

 伯爵夫人は意気消沈して何もできず、フローラが世話をしなければならなかった。
 そして、父を殺害した実の娘マギーの行方がわからない。
 ナスカ家には公爵が手配した護衛騎士が数人いる。

 しかし、マギーの影はひそかに、フローラへと迫っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。 誤字訂正ありがとうございました。4話の助詞を修正しました。

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。 カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。 国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。 さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。 なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと? フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。 「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

冷淡姫の恋心

玉響なつめ
恋愛
冷淡姫、そうあだ名される貴族令嬢のイリアネと、平民の生まれだがその実力から貴族家の養子になったアリオスは縁あって婚約した。 そんな二人にアリオスと同じように才能を見込まれて貴族家の養子になったというマリアンナの存在が加わり、一見仲良く過ごす彼らだが次第に貴族たちの慣習や矜持に翻弄される。 我慢すれば済む、それは本当に? 貴族らしくある、そればかりに目を向けていない? 不器用な二人と、そんな二人を振り回す周囲の人々が織りなすなんでもない日常。 ※カクヨム・小説家になろう・Talesにも載せています

処理中です...