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21、さようなら、マギー
しおりを挟む「マギー……マギー! 私の可愛い娘はどこ?」
伯爵夫人は精神を病んでたびたびベッドの上で唸った。
医師が言うには、身体はどこも悪くないのに動けないらしい。
フローラは夫人の世話をしながら伯爵家の業務を行った。
正確には、伯爵家を手放すための処理である。
フローラはもうすぐ公爵家に嫁ぐ身。
伯爵夫人は気が狂ってしまい、とてもこの家を管理できる状態ではなかった。
そうなれば、他の家門に領地を渡すしかない。
伯爵の遺産を使って夫人は療養施設に入ってもらうことにした。
しかし、夫人はそれを嫌がった。
「マギー、私を置いていくの? 嫌よ。母を置いていかないで!」
夫人は泣きながらフローラにすがりついた。
「お継母さま、私はマギーではありません。フローラです。あなたは心の病にかかっています。自然の豊かなところでゆったりと療養することが一番だと思いますわ」
「フローラ……そうよ、フローラだわ。私の娘……どうか私を置いていかないで」
フローラは呆れぎみにため息をついた。
突き放すことができない自分にも、呆れてしまった。
「時々、会いにいきますから」
「本当? 約束よ。どうか、私を忘れないで!」
「わかりました」
伯爵夫人が正気なのか、もうほとんどわからなくなっているのか、フローラには判断できなかった。
しかし、医師が言うには夫人は急速に思考が退化しているらしい。
こうして夫人は伯爵家を出ることになった。
そしてしばらくの後、夫人は完全に自分のこともわからなくなり、ひとり静かに息を引き取ったという。
フローラが伯爵家を出ていく前日のこと。
その夜は激しい雷雨だった。
窓ガラスが割れ、強風が室内に吹きすさぶ。
そこから、ずぶ濡れの黒い影が侵入してきた。
フローラはそこから離れた寝室で静かに就寝していた。
黒い影はひたひたとフローラの寝室へ向かい、ゆっくりと扉を開けた。
その手には鋭い刃物。
窓に稲光が走り、刃物をぎらりと照らした。
そして、それがフローラの身体に振り下ろされようとしたとき。
「やっぱり来ると思っていたわ。マギー」
フローラがぱっちりと目を開けた。
黒い影は稲光に照らされ、ぼろぼろの格好になったマギーの姿が現れた。
「あ、あんたのせいよ……私の、地位も財産も、恋人も! すべてを奪ったあんたが憎い!」
「おかしなことを言うのね。伯爵家の令嬢として先に生まれたのは私よ。あなたにもその権利はあるけれど、それは私を蔑ろにして手に入れるべきものじゃないわ」
「黙れええっ!! お前さえいなければ、私がすべてを手に入れられたのに!」
「はぁ……何を言っても無理ね。もう話すことはないわ」
フローラが布団をめくって立ち上がろうとすると、マギーが襲いかかってきた。
「死ねえっ! この偽物めええぇっ!!!」
薄ら笑いを浮かべながら刃物を振り上げたマギーの腕が突如静止した。
「えっ……な、動かない……どうして!?」
マギーの腕は岩のように硬直している。
だが、マギーは必死に身体を動かしながらぎゃーぎゃー騒いだ。
「いやいや無理だから。どれだけ抵抗しても俺の術にあんたが敵うわけないじゃん」
片手をかざしたグレンが笑いながら言った。
マギーはグレンを睨みつける。
「卑怯者! 背後から不意打ちするとは、あなたは腐ってる!」
「え? それ、あんたが言う?」
グレンはきょとんとした顔で返した。
その背後からセオドアが現れると、マギーは急に明るい表情になった。
「セオドア! 私よ、フローラよ! 早く助けて!」
マギーのすがりつくような声に、セオドアはうんざりした顔をした。
「私はあなたと結婚するの。公爵夫人になるのよ。待ってて。この邪魔者を始末してすぐにこの家を取り戻すから! 」
マギーの言葉に全員が呆れ顔になった。
フローラは静かに問いかける。
「マギー、この家を手に入れてどうなるというの? ここはもう伯爵家ではなくなったのよ」
マギーは振り返り、フローラをぎょろりと睨む。
「負け犬が何を言うのかしら? ここは私の家よ。伯爵令嬢である私のお屋敷なのよ!」
「残念だけど、この屋敷はもう別の者に渡るの。ナスカ伯爵家は没落したのよ」
「え……あはは……何を、言うの? ナスカ家は財産もたくさんあって……そうよ、お父さまの遺産だってあるんじゃない? お金ならいくらでもあるわよ。ひとり占めする気なのね、フローラ。この盗人め!」
フローラは嫌悪の表情でマギーを見据える。
「お父さまを殺したのはあなたよ。よくもそんなことを堂々と言えるわね。あなたは捕まって監獄行きが決まっているのよ」
「うるさい! うるさいうるさい! 私は伯爵令嬢よ。この家で美しいドレスを着て、豪華な食事をして、優雅な生活を送って、公爵家に嫁ぐのよ!」
話にならないと思ったのか、フローラはもう何も言わず、黙って首を横に振った。
「私がこの家の令嬢なのよおおおっ!!!!!」
大きな落雷とともにマギーの声が屋敷中に響きわたる。
その後すぐ護衛騎士たちに取り押さえられ、マギーは連れられていった。
マギーは最後まで「私は伯爵令嬢よ!」と叫び続けていた。
こうして、すべてが終わったのは、冬の気配が近づく頃だった。
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