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22、真実の愛を未来へ
しおりを挟むあれから10年の月日が経った。
アストリウス公爵家には当主のセオドアと夫人のフローラ、そして8歳になる双子の姉妹がいる。
家族は平穏で幸福に包まれた生活をしていた。
けれども、ある日フローラが言った。
「旦那さま、男の養子を迎えてくださいませ」
しかし、セオドアは静かに反対した。
「私はもう、子を産める身体ではないから、ぜひ養子を。もしくは別の女性を娶って子を産んでもらってください」
「何を言うんだ? フローラ。俺の愛する女性は君だけだ」
「そんなことを言っている場合ではないでしょう。このままでは公爵家を継ぐ者がおりません」
フローラは双子の姉妹を出産したあと、出血多量で意識を失い、死亡するところだった。
医師も無理だと諦めたとき、セオドアがグレンと親しい魔法師たちを呼びつけ、奇跡的に助かったのだ。
そのとき、フローラは二度と子を授かることができない身体になった。
「跡継ぎのことなど考えなくてもいい。それに、継ぐのは必ず男である必要はないだろう」
「けれど、私はあの子たちに跡継ぎのことで醜い争いをさせたくないのです」
フローラは俯いた。
どうしても、自分とマギーのことを思い出してしまう。
血のつながった姉妹なのに、相手を殺すかどうかというところまで憎しみ合った。
フローラは娘たちを平等に、ときに厳しくも優しく育てたつもりだ。
おかげで姉妹はたまに喧嘩をしても普段は仲良くしている。
娘たちに権力争いなど、絶対にさせたくなかった。
「ではこうしよう。娘たちが大人になり、自分たちで未来を決めてから、公爵家のその後のことを考えるとしよう」
「それでは遅いですわ。次期当主は幼少期から教育をしなければならないでしょう」
「娘たちが大人になるまで10年もかからない。俺はまだまだ現役だ。それから跡継ぎを育てても遅くはないだろう」
「旦那さま……申しわけございません。私がこんな身体だから……」
セオドアはフローラを抱きしめる。
ちょうど夕暮れの光が窓から差し込み、ふたりのいる書斎をオレンジ色に包み込んだ。
セオドアはゆっくりとフローラの髪を撫でた。
「俺は幸せなんだ。君と可愛い子供たちに囲まれて、この10年はいろいろ大変なこともあったが、幸せなことのほうが多かった。君が生きている。それだけでどれほど救われたことか」
セオドアからのこの話は何度も聞いた。
フローラが出産時に命を落としていたら、セオドアは今のような生活はできなかっただろうと話す。
それでも、彼の性格なら娘たちはきちんと育てただろうけれど。
「子供たちのことは本当に愛しているし、可愛いと思っている。だが、せっかく再会できた君とわずか2年で別れることになっていたら、俺は気が狂ってしまうほど悲しんでいたことだろう」
フローラは彼に抱きしめられながら「セオドア」と名前で呼んだ。
「フローラ、少しでも長く生きてほしい。少しでも多く、君と子供たちとの時間を過ごしたいんだ。だから、跡継ぎの話はそのあとでもいいと思っている」
セオドアはフローラをぎゅっと強く抱きしめた。
フローラは黙って涙を流した。
10年前、フローラにかけられた呪いは、術者が死亡したことで完全に解けたはずだった。
しかし、その後遺症としてフローラの身体はひどく弱ってしまった。
定期的に魔法師グレンに治癒魔法を施してもらってはいるが、死期を延ばすことまではできないらしい。
フローラの寿命はあと10年ほどだと言われている。それより早くなることもあれば、それ以上生きることもあるだろう。
フローラは今、治癒魔法で延命を施しているが、それがいつまで続くかは誰にもわからない。
セオドアは残された時間を家族だけで大切に過ごしたいと思っていた。
「わかりました。旦那さまの望むとおりに」
とフローラは言った。
ふたりが微笑んで見つめ合っていると、急に扉が開いて双子の娘たちが飛び込んできた。
「お父さま、お母さま、ハグしているの?」
「ねえ、あたしも! あたしもして!」
娘たちに飛びつかれて、セオドアがひとりを抱き上げると、フローラはもうひとりを抱きしめた。
「お父さま、もっと高い高いして!」
「ほら。ずいぶん大きくなったなあ」
セオドアと娘が笑い合う姿を見て、フローラは涙ぐんだ。
「お母さま、泣いてるの?」
ともうひとりの娘が困った顔をした。
「泣かないで。そばにいるから」
「ありがとう。こんな可愛い娘たちに囲まれて父さまも母さまも幸せだわ」
「お母さま、大好きよ」
フローラはもう一度娘をぎゅっと抱きしめた。
「あーん、あたしも!」
とセオドアに抱かれていた娘がフローラのもとへ飛びついた。
フローラがふたりの娘を抱きしめると、セオドアは3人を包み込むように抱きしめた。
「幸せだな」
とセオドアが言った。
「幸せね」
とフローラが言った。
「しあわせ!」
「しあわせしあわせ!」
ふたりの娘たちも同時に叫んだ。
アストリウス公爵家は今日も、穏やかな日々を大切に過ごしていた。
〈 完 〉
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