公爵さま、私が本物です!

水川サキ

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19、どうしてこんなことになった!?【伯爵視点】

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 伯爵は騎士から奪った剣をマギーに突きつけ、彼女を人質にとったまま逃走した。
 マギーの母親である夫人が「やめてください」と泣き叫んだが、伯爵は構うことなくそのまま会場を飛び出した。
 待機していた御者を脅して、マギーを連れて馬車に乗り込む。
 そして、馬車を走らせた。

 伯爵邸には戻れない。
 行く先はわからない。
 だが、とにかく逃げたかった。


「すべて順調だったのに、なぜこうなったんだ?」

 ぶつぶつと文句を言うとなりで、マギーが泣き続けている。


「お父さま、どうして私をこんな目に遭わせるの? 私はお父さまの子でしょ。たったひとりの娘だわ。それなのに、こんな酷い仕打ちをするなんて……」
「黙れ! お前のせいだ! お前が上手くやらなかったからこんなことになったんだ!」

 伯爵はマギーの首に剣を突きつけた。
 マギーは「ひいいっ!」と悲鳴を上げる。


「お、と……さま、ゆる、ひ……」

 伯爵の剣先がわずかにマギーの首に刺さり、じわりと血があふれ出す。

「黙っていろ。ああ、もうおしまいだ。くそっ! フローラ、お前が私の子なら何の問題もなかったんだ。だが、私には信じられん。フローラを見るたびにあの男の顔が浮かぶんだ。あの男が……」

 伯爵はぐらりと眩暈がして、マギーに向けた剣を落とした。
 マギーはとっさに剣を拾い、それを両手で握って伯爵に向ける。


「お父さま……私を殺すつもりなら、私がお父さまを殺すわ……」
「うるさい。私はお前も娘だと思ったことは一度もない。汚らしい娼婦の娘が!」
「ひ、酷い! お父さまが私とお母さまをお屋敷に呼んでくださったんじゃないの? 今さらそんなこと……」
「お前は、私が気分転換に一度遊んだだけで出来たんだ。それがなければお前なんか生まれてこなかった。これもあの男のせいだ。リリアがあの男のことを忘れていれば、私がよその女を抱くこともなかったのだ。すべて、あの忌まわしい男が悪い!」
「いやあああああああああっ!!!」


 マギーは気が狂ったように泣き叫びながら伯爵に突進した。
 マギーが握った剣は深々と伯爵の懐へ沈んでいく。


「あ……うそっ……お父さま……」

 マギーは自分が刺した剣を慌てて抜いた。
 伯爵は「ぐはあっ」と血を吐き、腹から血飛沫を吹きながらその場に倒れ込む。


「いやあああっ! 私のせいじゃないわ! 私は悪くない! お父さまのせいよおぉっ!!!」

 マギーの泣き叫ぶ声など伯爵の耳には聞こえない。
 だが、異変を感じた御者が馬車を止めたせいで、マギーは悲鳴を上げながら急いで馬車を降りた。
 伯爵も血まみれの状態で馬車を降りたが、すぐに地面にうつ伏せで倒れる。

 意識が朦朧としていく彼の目の前に、ひとりの女が立っていた。
 マギーではない。
 純白のドレスを着た赤毛の女だ。
 伯爵は目を見開いてその女を見た。そして、震え声を出す。


「リリア……!」

 伯爵が手を伸ばすが、女は黙って微笑んでいるだけ。


「お前が悪いんだぞ……リリア、お前が……あの男が恋人でなければ……お前がもっと、私を愛してくれれば……私は浮気などしなかった。フローラだって愛してやれたはずだ」

 女は何も反応せず、ただ微笑んでいる。


「こうなったのは、すべて、お前のせいだ……リリア、お前はフローラが生まれてから、私を蔑ろにした……フローラのことばかり、かまって……私はお前に、愛されなくなった……」

 伯爵は血を吐きながら涙を流す。


「フローラさえ生まれなければ……お前は私しか見ていなかっただろう……ああ、そうだ。あの男もフローラも、お前に関わるすべての者が悪い。私たちの愛を邪魔したのだ!」

 伯爵は女に向かって、懇願するように、血まみれの手を伸ばした。


「リリア……助けてくれ。私は、死にたく、ない……」

 伯爵は力尽きて、伸ばしていた手をだらりと地面に落とした。
 女は何も言わずに立っている。
 伯爵は薄れゆく意識の中で、女の足下をぼんやり見つめた。目の焦点がだんだん合わなくなっている。


「可哀想なお父さま」
 と頭上から声がした。

 伯爵は目を見開き、顔を上げた。
 そこに立っていたのはリリアではなく、フローラだったのだ。
 フローラは冷たく見下ろしながら言い放つ。


「お父さま、私は思い出しました。お母さまは病気じゃなかった。お父さまに……あなたに、監禁されていたんだわ。ろくに食事も与えられず、毒か何かを少しずつ飲まされて……だんだん弱っていったのよ」

 伯爵は声も出せず、ただフローラを睨みつける。
 フローラも伯爵を睨み、蔑むような目で見下ろす。


「あなたはお母さまを愛してなどいなかった」

 伯爵の視界は歪み、フローラの姿が見えなくなる。
 そして、彼は血を吐いて絶命した。


 くそっ……生意気な娘だ。
 お前さえ、生まれてこなければ……。

 リリアは私のものだったのに。


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