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14、さようなら、レイラ(セリス)
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アベリオは何度もレイラに会いに来ていた。
けれど、私は伯父様にきちんと忠告をしておいたのよ。
「レイラの仕事の邪魔をさせてはならないと思うの。アベリオの相手は私がしておくわ」
私のことが大好きな伯父様だから簡単に従ってくれたわ。
伯父様は絵の稼ぎを失うと自分が贅沢をできないから危機感を抱いたのね。
アベリオはいつも寂しそうだった。
だから、私がいつも慰めていたの。
最初はアベリオも私がそばにいることを遠慮していたけれど、やっぱり寂しいときにそばにいてくれる女って大切よね。アベリオはだんだん私に心を開いてくれたわ。
だから、ちょうどいい頃合いに私はレイラの噂を彼に伝えたの。
「レイラが忙しいのは仕事ではないの。あの子は外で男と会っているのよ」
アベリオは相当ショックを受けたみたいだった。
私はそれからも、アベリオに会うたびにレイラのことを伝えたわ。
レイラって、昔からいい子ちゃんだったけど、私に対しては少し感情的になるところがあったの。
それを利用すればいいと思ったわ。
アベリオの前で、あなたが私を非難する姿を彼に見せる。
その計画は完璧に成功した。
アベリオはすでに私のことを信頼しきっていたもの。
だって、そうでしょ。
何度会いに行っても会ってくれない婚約者と、寂しいときにそばにいてくれる女友だち。
どちらを選ぶかなんて、わかりきっていることよ。
さあ、総仕上げよ。
これで私の計画は完了する。
あの日、私は意気消沈したレイラの部屋へ行ったの。
毒草の原液が入った瓶を持って。
ハーブ入りローズの香り。
あれは人工的に作ったものよ。
本当は違法薬物だったの。
あれは匂いだけ嗅ぐと深い眠りに落ちる。
だから、私は瓶の蓋を開けて置いたわ。
そして、あなたが眠ったあとにもう一度、あなたの部屋へ入った。
テーブルの上の瓶を手に取り、眠るあなたの右手に中身を少しずつこぼした。
皮膚の焼ける匂いがして、思わずハンカチで口を塞いだわ。
あなたの右手が溶けていく様子を見ると、さすがに怖くなったわね。
自分がいかに恐ろしいことをしているのか、実感すると胸が痛くなった。
だけど、私はやらなきゃいけなかったの。
ここまで来たら、完全に私は悪になるしかなかった。
それもこれも、すべて、あなたのせいだから。
あなたが、私をこうしてしまったの。
あなたさえいなければ、私はこんなひどいことをしなくてもよかったのよ。
◇
あなたが男爵家へ嫁いだ日の夜。
私と伯父様と母は3人で祝杯を上げたわ。
あなたの結婚祝いよ、レイラ。
伯父様はあなたを失って、これから絵の依頼をどうしようか悩んでいた。
これからは私が描くと言ったら、伯父様は感激したわ。
「お前はなんて心優しい子なんだ。それに比べてレイラは自分勝手で可愛げのない子だった」
「本当の娘ではないのだから、仕方ないわよ」
母がそう言って、私は驚いた。
えっ……レイラが伯父様の子じゃない?
私はそのとき初めて知ったの。
どうりで伯父様があなたをいじめていたわけよ。
聞けばあなたのお母様は婚姻前に元恋人とのあいだにあなたを身籠っていたそうね。
汚いわ、レイラ。
伯父様と結婚したのに、別れた恋人の子として生まれてくるなんて、どれだけ伯父様を侮辱すれば気が済むの?
あなたって、生まれる前から汚れた人間だったのね。
「まあ、いいさ。レイラを異国の商人に引き渡したら、結構な額になった。何でも買ってやるぞ、セリス」
伯父様がにこやかにそう言って、私は固まった。
そして訊ねた。
「伯父様、レイラは男爵様のところへ嫁いだのでは?」
「まさか。あんな醜い腕になった娘を嫁にもらってくれる貴族があるか」
「では、レイラは異国の奴隷に……?」
「あれでも容姿はいい。若いうちなら役に立つだろう」
それはつまり、大人の遊び相手にされるということだ。
可哀想なレイラ。
きっと今頃はもう、国境を出ているでしょうね。
少しあなたに同情しちゃうわ。
でも、あなたは充分人々から称賛を受けて、満足した人生を歩んだのだから。
もういいでしょ。
「ああ、そうだ。セリス、お前を私の養女にしてやるぞ。これからはわがスレイド家を名乗るといい」
「ありがとうございます。伯父様。ところでレイラの戸籍はどうなったの?」
「行方不明として手続きしたさ。もう忘れるといい。あいつはこの家からいなくなった。それだけだ」
「そうね」
すべて計画通りよ。
これからは私があなたの代わりになってあげる。
アベリオの妻になって、聖絵師として仕事をして、社交界で輝いて生きていくわ。
さようなら、レイラ。永遠に。
けれど、私は伯父様にきちんと忠告をしておいたのよ。
「レイラの仕事の邪魔をさせてはならないと思うの。アベリオの相手は私がしておくわ」
私のことが大好きな伯父様だから簡単に従ってくれたわ。
伯父様は絵の稼ぎを失うと自分が贅沢をできないから危機感を抱いたのね。
アベリオはいつも寂しそうだった。
だから、私がいつも慰めていたの。
最初はアベリオも私がそばにいることを遠慮していたけれど、やっぱり寂しいときにそばにいてくれる女って大切よね。アベリオはだんだん私に心を開いてくれたわ。
だから、ちょうどいい頃合いに私はレイラの噂を彼に伝えたの。
「レイラが忙しいのは仕事ではないの。あの子は外で男と会っているのよ」
アベリオは相当ショックを受けたみたいだった。
私はそれからも、アベリオに会うたびにレイラのことを伝えたわ。
レイラって、昔からいい子ちゃんだったけど、私に対しては少し感情的になるところがあったの。
それを利用すればいいと思ったわ。
アベリオの前で、あなたが私を非難する姿を彼に見せる。
その計画は完璧に成功した。
アベリオはすでに私のことを信頼しきっていたもの。
だって、そうでしょ。
何度会いに行っても会ってくれない婚約者と、寂しいときにそばにいてくれる女友だち。
どちらを選ぶかなんて、わかりきっていることよ。
さあ、総仕上げよ。
これで私の計画は完了する。
あの日、私は意気消沈したレイラの部屋へ行ったの。
毒草の原液が入った瓶を持って。
ハーブ入りローズの香り。
あれは人工的に作ったものよ。
本当は違法薬物だったの。
あれは匂いだけ嗅ぐと深い眠りに落ちる。
だから、私は瓶の蓋を開けて置いたわ。
そして、あなたが眠ったあとにもう一度、あなたの部屋へ入った。
テーブルの上の瓶を手に取り、眠るあなたの右手に中身を少しずつこぼした。
皮膚の焼ける匂いがして、思わずハンカチで口を塞いだわ。
あなたの右手が溶けていく様子を見ると、さすがに怖くなったわね。
自分がいかに恐ろしいことをしているのか、実感すると胸が痛くなった。
だけど、私はやらなきゃいけなかったの。
ここまで来たら、完全に私は悪になるしかなかった。
それもこれも、すべて、あなたのせいだから。
あなたが、私をこうしてしまったの。
あなたさえいなければ、私はこんなひどいことをしなくてもよかったのよ。
◇
あなたが男爵家へ嫁いだ日の夜。
私と伯父様と母は3人で祝杯を上げたわ。
あなたの結婚祝いよ、レイラ。
伯父様はあなたを失って、これから絵の依頼をどうしようか悩んでいた。
これからは私が描くと言ったら、伯父様は感激したわ。
「お前はなんて心優しい子なんだ。それに比べてレイラは自分勝手で可愛げのない子だった」
「本当の娘ではないのだから、仕方ないわよ」
母がそう言って、私は驚いた。
えっ……レイラが伯父様の子じゃない?
私はそのとき初めて知ったの。
どうりで伯父様があなたをいじめていたわけよ。
聞けばあなたのお母様は婚姻前に元恋人とのあいだにあなたを身籠っていたそうね。
汚いわ、レイラ。
伯父様と結婚したのに、別れた恋人の子として生まれてくるなんて、どれだけ伯父様を侮辱すれば気が済むの?
あなたって、生まれる前から汚れた人間だったのね。
「まあ、いいさ。レイラを異国の商人に引き渡したら、結構な額になった。何でも買ってやるぞ、セリス」
伯父様がにこやかにそう言って、私は固まった。
そして訊ねた。
「伯父様、レイラは男爵様のところへ嫁いだのでは?」
「まさか。あんな醜い腕になった娘を嫁にもらってくれる貴族があるか」
「では、レイラは異国の奴隷に……?」
「あれでも容姿はいい。若いうちなら役に立つだろう」
それはつまり、大人の遊び相手にされるということだ。
可哀想なレイラ。
きっと今頃はもう、国境を出ているでしょうね。
少しあなたに同情しちゃうわ。
でも、あなたは充分人々から称賛を受けて、満足した人生を歩んだのだから。
もういいでしょ。
「ああ、そうだ。セリス、お前を私の養女にしてやるぞ。これからはわがスレイド家を名乗るといい」
「ありがとうございます。伯父様。ところでレイラの戸籍はどうなったの?」
「行方不明として手続きしたさ。もう忘れるといい。あいつはこの家からいなくなった。それだけだ」
「そうね」
すべて計画通りよ。
これからは私があなたの代わりになってあげる。
アベリオの妻になって、聖絵師として仕事をして、社交界で輝いて生きていくわ。
さようなら、レイラ。永遠に。
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