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15、公爵家に招かれて
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家を追い出されたその日に、まさか公爵家に来ることになるなんて、人生は本当にどう転ぶかわからない。
馬車を降りると、目の前には広大な敷地と壮麗な大邸宅が広がっていた。
伯爵家の屋敷など比べものにならない規模で、整えられた庭園から噴水の水音が涼やかに響いてくる。
エントランスでは使用人たちがずらりと並び、一斉に「おかえりなさいませ」と声をそろえた。
エリオスは足を止めて「出迎えをありがとう」と言った。
主人を迎えるのは当然の勤めなのに、わざわざ使用人に礼を述べるなんて、律儀で人柄の表れるお方だ。
「彼女はレイラという。しばらく屋敷に滞在することになった。俺が依頼した聖絵師だ。丁寧にもてなしてほしい」
エリオスの言葉に、侍女たちは一斉に頭を下げる。
それから彼は、私に笑顔を向けて言った。
「俺の両親は郊外の別邸で隠居している。本邸には俺ひとりだ。遠慮する必要はないから」
「いろいろとお気遣いいただき、ありがとうございます」
与えられた部屋は、私にはあまりにも不釣り合いなほど立派だった。
高い天井には繊細な彫刻が施され、床には上質な絨毯が敷かれている。
天蓋付きの大きなベッドに、やわらかいソファ、磨き上げられた家具など。
伯爵家で使っていた部屋とはあまりにも違って、目が眩む思いだった。
「こんなに立派なお部屋をいただいて、申し訳ありません」
思わずそう言うと、侍従のサイラスが恭しく一礼した。
「何かご入用がございましたら、遠慮なくお申しつけください」
言葉も態度も穏やかで、胸の奥が熱くなる。
ここは実家とはまるで別世界だ。
昨日まで使用人にすら冷遇されていたのに、こんなふうに丁重に扱われて、嬉しくも戸惑ってしまった。
「このお部屋の香りは隣国カルベラから取り寄せた香水を使っております。お気に召されるといいのですが」
「素敵な香りです。私は異国へ行ったことがないので新鮮です」
「そうですか。では、ぜひご堪能くださいませ」
サイラスはにこやかに笑って、一礼すると静かに退室した。
「湯浴みの支度をいたしましょう。お手伝いいたしますわ」
侍女たちが浴槽に湯を張ってくれたが、私は慌てて首を振る。
「あの、自分でできますので」
「ですが、お怪我に差し障ってはなりませんから」
ああ、そうだった。
私はもう右手が使えないのだ。
「では、髪を洗うだけ手伝っていただけますか?」
「はい、喜んで」
侍女たちは最後まで丁寧で、私の右手が湯に触れないよう細やかに気を配ってくれた。
右手はやはり目を背けたくなるほど異様に腫れ上がっている。
それでも、彼女たちは一言も触れず、ただ穏やかな笑顔で接してくれる。
その優しさが胸に沁みて、私は滲んだ涙を湯の中にそっとこぼした。
部屋に戻ると、丸いテーブルの上に軽食が用意されていた。
香ばしいパンに温かいスープ。
けれど空腹のはずなのに、胃が食べ物を受けつけてくれない。
少しだけパンを口にしてスープを飲むと、それだけで満たされた。
ふかふかのベッドに横たわると、甘い香水の香りにふわっと包まれて、すぐにまぶたが重くなった。
これは現実だろうか、それとも夢なのかしら。
けれど今は疲れ果ててしまっていて、そんなことをじっくり考える余裕もなく、私は深い眠りへ落ちていった。
馬車を降りると、目の前には広大な敷地と壮麗な大邸宅が広がっていた。
伯爵家の屋敷など比べものにならない規模で、整えられた庭園から噴水の水音が涼やかに響いてくる。
エントランスでは使用人たちがずらりと並び、一斉に「おかえりなさいませ」と声をそろえた。
エリオスは足を止めて「出迎えをありがとう」と言った。
主人を迎えるのは当然の勤めなのに、わざわざ使用人に礼を述べるなんて、律儀で人柄の表れるお方だ。
「彼女はレイラという。しばらく屋敷に滞在することになった。俺が依頼した聖絵師だ。丁寧にもてなしてほしい」
エリオスの言葉に、侍女たちは一斉に頭を下げる。
それから彼は、私に笑顔を向けて言った。
「俺の両親は郊外の別邸で隠居している。本邸には俺ひとりだ。遠慮する必要はないから」
「いろいろとお気遣いいただき、ありがとうございます」
与えられた部屋は、私にはあまりにも不釣り合いなほど立派だった。
高い天井には繊細な彫刻が施され、床には上質な絨毯が敷かれている。
天蓋付きの大きなベッドに、やわらかいソファ、磨き上げられた家具など。
伯爵家で使っていた部屋とはあまりにも違って、目が眩む思いだった。
「こんなに立派なお部屋をいただいて、申し訳ありません」
思わずそう言うと、侍従のサイラスが恭しく一礼した。
「何かご入用がございましたら、遠慮なくお申しつけください」
言葉も態度も穏やかで、胸の奥が熱くなる。
ここは実家とはまるで別世界だ。
昨日まで使用人にすら冷遇されていたのに、こんなふうに丁重に扱われて、嬉しくも戸惑ってしまった。
「このお部屋の香りは隣国カルベラから取り寄せた香水を使っております。お気に召されるといいのですが」
「素敵な香りです。私は異国へ行ったことがないので新鮮です」
「そうですか。では、ぜひご堪能くださいませ」
サイラスはにこやかに笑って、一礼すると静かに退室した。
「湯浴みの支度をいたしましょう。お手伝いいたしますわ」
侍女たちが浴槽に湯を張ってくれたが、私は慌てて首を振る。
「あの、自分でできますので」
「ですが、お怪我に差し障ってはなりませんから」
ああ、そうだった。
私はもう右手が使えないのだ。
「では、髪を洗うだけ手伝っていただけますか?」
「はい、喜んで」
侍女たちは最後まで丁寧で、私の右手が湯に触れないよう細やかに気を配ってくれた。
右手はやはり目を背けたくなるほど異様に腫れ上がっている。
それでも、彼女たちは一言も触れず、ただ穏やかな笑顔で接してくれる。
その優しさが胸に沁みて、私は滲んだ涙を湯の中にそっとこぼした。
部屋に戻ると、丸いテーブルの上に軽食が用意されていた。
香ばしいパンに温かいスープ。
けれど空腹のはずなのに、胃が食べ物を受けつけてくれない。
少しだけパンを口にしてスープを飲むと、それだけで満たされた。
ふかふかのベッドに横たわると、甘い香水の香りにふわっと包まれて、すぐにまぶたが重くなった。
これは現実だろうか、それとも夢なのかしら。
けれど今は疲れ果ててしまっていて、そんなことをじっくり考える余裕もなく、私は深い眠りへ落ちていった。
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