子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽

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夜会は馬車売り場ではない

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突然のことにバランスを崩して後ろに倒れそうになると逞しい胸板が私を支えた。

「探した。ここにいたのか」
「……リクハルド様?」

私を後ろから全全身を抱擁するリクハルド様が、ジェレミー様の手を払った。

「人の婚約者に勝手に触らないでいただこう。キーラを侮辱するなら、許さない」
「リクハルドっ……」

ジェレミー様がよろめきながら驚いた。

「……伯爵だ。俺はマクシミリアン伯爵だ。気安く呼ばないでいただこう。俺の婚約者にも、だ」
「婚約者……? まさか、キーラと婚約したのか!?」
「そうだ」
「まさか、お前までキーラのラッキージンクスを狙っているのか? ははっ……結婚しないと思えば、出来ないだけだったか」

ジェレミー様がリクハルド様を嘲笑する。リクハルド様は眉根一つ動かなさい。でも、雰囲気は怖いものを感じる。怒っているのだ。

「厚顔無恥な者同士お似合いだ」

笑っていたかと思えば、ジェレミー様が不快感と怒りを滲ませて私とリクハルド様を見据えた。

「……行こう。レーネ」
「は、はい……」

くるりと踵を返したジェレミー様が、レーネと呼んだ婚約者の腰に手を回して去ろうとした。

「ジェレミー。忠告だ。二度とキーラに手を出すな。彼女は、俺の婚約者だ」
「……呼び捨てはやめていただこう。俺は次期侯爵だ。リクハルド」

いや、お前がリクハルド様の呼び捨てをやめろ。

そう言いたい。相変わらず、不遜な男だ。
不愉快な気分で頭をこてんと傾げると、胸板から鼓動が聞こえた。ハッとすれば、未だにリクハルド様の腕の中にいることに気づいて恥ずかしくなる。

「あ、あの……リクハルド様……」

リクハルド様を見上げれば、ジェレミー様を睨みつけている。その表情を見て、彼に恥ずかしがっていた気持ちが消えた。

「あ、ああ……大丈夫か? キーラ」
「はい」

私に声をかけられて気づいたリクハルド様に、笑顔で応えて離れた。

「助けてくださってありがとうございます。あと少し遅ければ、止めを刺して逃げるところでした」
「そうか……キーラなら、止めを刺せるかもな」
「ええ、やってやります。私は健気な令嬢じゃないので」

拳に力を入れて言うと、少しだけリクハルド様が微笑んだ。

「キャア!」

悲鳴が聞こえてリクハルド様と階段に視線を向ければ、階段から転んだルミエル様が座り込んでいる。

「まぁ、大丈夫ですか? ルミエル様」

リクハルド様と駆け寄ってルミエル様の前にしゃがみ込んだ。

「は、はい! すみません。お話中でしたのに……」
「……足を挫いたのか? ルミエル」
「リクハルド様、申し訳ございません。立てなくて……」

痛そうに表情を歪めるルミエル様に、リクハルド様が支えて起こそうとする。

「大変ですわ。すぐに医師に診せましょう。それとも、クリス様を呼びましょうか?」

今夜の夜会の警備は魔法師団。クリストフ様もどこかにいるはず。そう思って、辺りを見回した。

「そ、そこまではっ……魔法師団にお願いするなど……」
「クリス様なら、きっと聞いてくださいますよ? とっても優しいですから」
「し、しかし……」

魔法師団に軽い捻挫を見てもらうことに恐縮するルミエル様を、リクハルド様がそっと抱き上げた。

驚いた。ルイーズ様を嫌がっていた。妻でも、婚約者でもない女性に近づかれることを嫌がったリクハルド様が、ルミエル様には違ったのだ。

「魔法師団は呼ばなくていい。俺が医務室へと連れて行く」
「そう……ですか……」

リクハルド様の態度に呆然とした。

「リクハルド様。すみません……お話が終わってなかったから、私が追いかけてきたばかりに……」
「いい。続きはそこで聞く」
「はい。リクハルド様」

そう言って、ルミエル様がリクハルド様から落ちないように、そっと彼に手を回した。

「キーラ。君も、」
「私はご遠慮いたしますね」
「一緒に来ないのか? また、ジェレミーが来ればどうする」
「もう来ないと思いますよ。それに、ルミエル様を先に連れて行ってあげてください」

早く行って欲しくてリクハルド様の背中を押せば、リクハルド様が眉根にシワを寄せて私を見た。
なぜ睨む?

「では、行ってくる」
「はい……」

リクハルド様がため息一つ吐いてルミエル様を抱き上げて連れて行った。

「……私を話に入れる気などなかったくせに……」

二人を見ながら、誰にも聞こえないように呟いた。
リクハルド様がルミエル様を抱き上げた姿を見た夜会では、可愛い悲鳴が上がる。氷の伯爵様と言われたリクハルド様が、令嬢を抱き上げて夜会会場を闊歩しているのだ。

ふいっと顔を逸らしてその場を去った。急いで、会場を出れば馬車乗り場へとたどり着く。まだ、馬車でやって来る貴族たちがいる。警備に付いている魔法師団もいるなかで、リクハルド様と乗ってきた馬車を探した。

でも、私が乗って帰ればリクハルド様が困らないだろうか。

そう思うと、探そうとした足が止まり悩んでいた。

「キーラ?」
「クリス様……」
「こんなところで、どうしたのだ?」
「帰ろうと思ったので、どうしようかと……馬車は売ってないですか?」
「こんなところで馬車の売買をすれば、違反行為だと思われる。ここは、馬車売り場ではない」

相変わらず、おかしなことを言うと言いたげにクリストフ様が呆れる。

「だいたい、どうやって来たのだ? 馬車で来ているはずだろう。マクシミリアン伯爵家の馬車はあちらにあったぞ」
「そうですけど……」
「マクシミリアン伯爵と一緒に帰らないのか?」
「リクハルド様はまだご用がおありですから……私が乗って帰れば、リクハルド様が帰宅する時にお困りになるかと……」
「そうか……相変わらず、変なところで気を遣うな」

うつむき加減で言うと、クリストフ様が子供の時のように私の頭を撫でた。

「少し時間がある。マクシミリアン伯爵邸まで送るよ」
「一人で大丈夫です。だから、馬車を……」
「だから、馬車はここでは売ってない。勝手にここで売買すると、逮捕するぞ」
「それは、困ります」
「だから、私が送る。ドレス姿の女性が一人で帰るものではない」
「わかりましたわ」

魔法には自信があるけど、襲われたこともあるし、クリストフ様の言う通りなのだろう。
クリストフ様が、魔法師団の警備に少し抜けることを伝えて、彼が城門に配置されている馬を引いた。

煌々とした夜会を見れば、もの寂しい気持ちがあった。そんな私をクリストフ様が呼んだ。

「キーラ。何かあったのか?」
「何もありませんわ。いつも元気ですわよ?」
「元気な奴が、自分で元気だと言うか?」
「そういう人がいてもいいかと思います」

私に手を差し出すクリストフ様に近づけば、彼が馬に乗せてくれる。揺れたドレスのスカートの刺しゅうが煌めいた。

「マクシミリアン伯爵領の希少なドレスだな……」
「特注ですよ……」

この特注のドレスのせいで、私だけがあとからの出発になった。心配気に私を見つめるクリストフ様が馬の手綱を引いて、私が夜会を去った。




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