25 / 83
夜会は馬車売り場ではない
しおりを挟む突然のことにバランスを崩して後ろに倒れそうになると逞しい胸板が私を支えた。
「探した。ここにいたのか」
「……リクハルド様?」
私を後ろから全全身を抱擁するリクハルド様が、ジェレミー様の手を払った。
「人の婚約者に勝手に触らないでいただこう。キーラを侮辱するなら、許さない」
「リクハルドっ……」
ジェレミー様がよろめきながら驚いた。
「……伯爵だ。俺はマクシミリアン伯爵だ。気安く呼ばないでいただこう。俺の婚約者にも、だ」
「婚約者……? まさか、キーラと婚約したのか!?」
「そうだ」
「まさか、お前までキーラのラッキージンクスを狙っているのか? ははっ……結婚しないと思えば、出来ないだけだったか」
ジェレミー様がリクハルド様を嘲笑する。リクハルド様は眉根一つ動かなさい。でも、雰囲気は怖いものを感じる。怒っているのだ。
「厚顔無恥な者同士お似合いだ」
笑っていたかと思えば、ジェレミー様が不快感と怒りを滲ませて私とリクハルド様を見据えた。
「……行こう。レーネ」
「は、はい……」
くるりと踵を返したジェレミー様が、レーネと呼んだ婚約者の腰に手を回して去ろうとした。
「ジェレミー。忠告だ。二度とキーラに手を出すな。彼女は、俺の婚約者だ」
「……呼び捨てはやめていただこう。俺は次期侯爵だ。リクハルド」
いや、お前がリクハルド様の呼び捨てをやめろ。
そう言いたい。相変わらず、不遜な男だ。
不愉快な気分で頭をこてんと傾げると、胸板から鼓動が聞こえた。ハッとすれば、未だにリクハルド様の腕の中にいることに気づいて恥ずかしくなる。
「あ、あの……リクハルド様……」
リクハルド様を見上げれば、ジェレミー様を睨みつけている。その表情を見て、彼に恥ずかしがっていた気持ちが消えた。
「あ、ああ……大丈夫か? キーラ」
「はい」
私に声をかけられて気づいたリクハルド様に、笑顔で応えて離れた。
「助けてくださってありがとうございます。あと少し遅ければ、止めを刺して逃げるところでした」
「そうか……キーラなら、止めを刺せるかもな」
「ええ、やってやります。私は健気な令嬢じゃないので」
拳に力を入れて言うと、少しだけリクハルド様が微笑んだ。
「キャア!」
悲鳴が聞こえてリクハルド様と階段に視線を向ければ、階段から転んだルミエル様が座り込んでいる。
「まぁ、大丈夫ですか? ルミエル様」
リクハルド様と駆け寄ってルミエル様の前にしゃがみ込んだ。
「は、はい! すみません。お話中でしたのに……」
「……足を挫いたのか? ルミエル」
「リクハルド様、申し訳ございません。立てなくて……」
痛そうに表情を歪めるルミエル様に、リクハルド様が支えて起こそうとする。
「大変ですわ。すぐに医師に診せましょう。それとも、クリス様を呼びましょうか?」
今夜の夜会の警備は魔法師団。クリストフ様もどこかにいるはず。そう思って、辺りを見回した。
「そ、そこまではっ……魔法師団にお願いするなど……」
「クリス様なら、きっと聞いてくださいますよ? とっても優しいですから」
「し、しかし……」
魔法師団に軽い捻挫を見てもらうことに恐縮するルミエル様を、リクハルド様がそっと抱き上げた。
驚いた。ルイーズ様を嫌がっていた。妻でも、婚約者でもない女性に近づかれることを嫌がったリクハルド様が、ルミエル様には違ったのだ。
「魔法師団は呼ばなくていい。俺が医務室へと連れて行く」
「そう……ですか……」
リクハルド様の態度に呆然とした。
「リクハルド様。すみません……お話が終わってなかったから、私が追いかけてきたばかりに……」
「いい。続きはそこで聞く」
「はい。リクハルド様」
そう言って、ルミエル様がリクハルド様から落ちないように、そっと彼に手を回した。
「キーラ。君も、」
「私はご遠慮いたしますね」
「一緒に来ないのか? また、ジェレミーが来ればどうする」
「もう来ないと思いますよ。それに、ルミエル様を先に連れて行ってあげてください」
早く行って欲しくてリクハルド様の背中を押せば、リクハルド様が眉根にシワを寄せて私を見た。
なぜ睨む?
「では、行ってくる」
「はい……」
リクハルド様がため息一つ吐いてルミエル様を抱き上げて連れて行った。
「……私を話に入れる気などなかったくせに……」
二人を見ながら、誰にも聞こえないように呟いた。
リクハルド様がルミエル様を抱き上げた姿を見た夜会では、可愛い悲鳴が上がる。氷の伯爵様と言われたリクハルド様が、令嬢を抱き上げて夜会会場を闊歩しているのだ。
ふいっと顔を逸らしてその場を去った。急いで、会場を出れば馬車乗り場へとたどり着く。まだ、馬車でやって来る貴族たちがいる。警備に付いている魔法師団もいるなかで、リクハルド様と乗ってきた馬車を探した。
でも、私が乗って帰ればリクハルド様が困らないだろうか。
そう思うと、探そうとした足が止まり悩んでいた。
「キーラ?」
「クリス様……」
「こんなところで、どうしたのだ?」
「帰ろうと思ったので、どうしようかと……馬車は売ってないですか?」
「こんなところで馬車の売買をすれば、違反行為だと思われる。ここは、馬車売り場ではない」
相変わらず、おかしなことを言うと言いたげにクリストフ様が呆れる。
「だいたい、どうやって来たのだ? 馬車で来ているはずだろう。マクシミリアン伯爵家の馬車はあちらにあったぞ」
「そうですけど……」
「マクシミリアン伯爵と一緒に帰らないのか?」
「リクハルド様はまだご用がおありですから……私が乗って帰れば、リクハルド様が帰宅する時にお困りになるかと……」
「そうか……相変わらず、変なところで気を遣うな」
うつむき加減で言うと、クリストフ様が子供の時のように私の頭を撫でた。
「少し時間がある。マクシミリアン伯爵邸まで送るよ」
「一人で大丈夫です。だから、馬車を……」
「だから、馬車はここでは売ってない。勝手にここで売買すると、逮捕するぞ」
「それは、困ります」
「だから、私が送る。ドレス姿の女性が一人で帰るものではない」
「わかりましたわ」
魔法には自信があるけど、襲われたこともあるし、クリストフ様の言う通りなのだろう。
クリストフ様が、魔法師団の警備に少し抜けることを伝えて、彼が城門に配置されている馬を引いた。
煌々とした夜会を見れば、もの寂しい気持ちがあった。そんな私をクリストフ様が呼んだ。
「キーラ。何かあったのか?」
「何もありませんわ。いつも元気ですわよ?」
「元気な奴が、自分で元気だと言うか?」
「そういう人がいてもいいかと思います」
私に手を差し出すクリストフ様に近づけば、彼が馬に乗せてくれる。揺れたドレスのスカートの刺しゅうが煌めいた。
「マクシミリアン伯爵領の希少なドレスだな……」
「特注ですよ……」
この特注のドレスのせいで、私だけがあとからの出発になった。心配気に私を見つめるクリストフ様が馬の手綱を引いて、私が夜会を去った。
551
あなたにおすすめの小説
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと
淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品)
※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。
原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。
よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。
王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。
どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。
家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。
1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。
2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる)
3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。
4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。
5.お父様と弟の問題を解決する。
それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc.
リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。
ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう?
たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。
これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。
【注意点】
恋愛要素は弱め。
設定はかなりゆるめに作っています。
1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。
2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)
わんこな旦那様の胃袋を掴んだら、溺愛が止まらなくなりました。
楠ノ木雫
恋愛
若くして亡くなった日本人の主人公は、とある島の王女李・翠蘭《リ・スイラン》として転生した。第二の人生ではちゃんと結婚し、おばあちゃんになるまで生きる事を目標にしたが、父である国王陛下が縁談話が来ては娘に相応しくないと断り続け、気が付けば19歳まで独身となってしまった。
婚期を逃がしてしまう事を恐れた主人公は、他国から来ていた縁談話を成立させ嫁ぐ事に成功した。島のしきたりにより、初対面は結婚式となっているはずが、何故か以前おにぎりをあげた使節団の護衛が新郎として待ち受けていた!?
そして、嫁ぐ先の料理はあまりにも口に合わず、新郎の恋人まで現れる始末。
主人公は、嫁ぎ先で平和で充実した結婚生活を手に入れる事を決意する。
※他のサイトにも投稿しています。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します
大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。
「私あなたみたいな男性好みじゃないの」
「僕から逃げられると思っているの?」
そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。
すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。
これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない!
「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」
嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。
私は命を守るため。
彼は偽物の妻を得るため。
お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。
「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」
アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。
転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!?
ハッピーエンド保証します。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる