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第1章
噂の人と、小さな出会い 2
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私はすれ違うだけのつもりで歩みを進めたが、そのとき男の子の手から絵本がするりと落ちた。
ぱたん、とアスファルトに音を立てて落ちる。
「あっ……」
気づいた私は咄嗟にかがみ、絵本を拾い上げた。表紙には可愛らしい動物の絵。
「落としましたよ」と声をかけると、男の子がくりくりした目で私を見上げた。
「ありがと、おねえちゃん!」
ぱっと笑ったその顔は、あまりにも無垢で、思わず私も笑顔になる。
「どういたしまして」
藤堂さんが「すみません」と低い声で礼を言った。近くで見ると、長いまつげと端正な顔立ちが際立つ。
でもその表情には、少しだけ戸惑いが混じっていた。
「いえ……藤堂さん、今ご帰宅ですか?」
藤堂さんは私が名前を呼んだことで、ようやく私が同じ会社の人間だと気付いたようだ。
「ええ。保育所の迎えです」
案の定、藤堂さんは短い返事で会話が途切れた。声を掛けたことが迷惑だったのかと不安になるけれど、その声は思っていた以上に柔らかかった。
それ以上は踏み込むのも失礼かと思い、「お気をつけて」とだけ言って別れた。
歩き出すと、なんとなく胸の奥が温かくなった。
小さな子どもがあんなふうに笑う顔、久しぶりに見た気がする。
翌朝、部署の前を通る藤堂さんと目が合い、軽く会釈をすると、向こうも小さく会釈を返してきた。
たったそれだけのことなのに、なぜか私の心は弾む。
お昼の休憩が終わり、同じ経理部の先輩に頼まれて総務に書類を届けに行くと、藤堂さんがカウンター越しに応対してくれた。
私の顔を見て、ほんの一瞬だけ口元がゆるむ。
「昨日は……ありがとうございました」
「あ……いえ。たいしたことしてませんから」
思い出してくれたことを嬉しいと思う私がいた。
書類を受け取った藤堂さんは、業務的なやりとりを終えると、また黙々とパソコンに向かった。
その背中を見ながら、ふと、昨日の男の子の笑顔が蘇る。
この会社での新しい日々に、少しだけ彩りが差した気がした——
午後の会議が長引き、私が自席に戻ったときには、もう定時を過ぎていた。
周りの先輩たちは残業を続けているけれど、今日は新人は早く上がっていいと言われている。
パソコンをシャットダウンし、軽く挨拶をして会社を出た。
エレベーターを降り、正面玄関を抜けると、外の空気が一気に広がる。
そこに、また見覚えのある背中があった。
藤堂さんだ。
手には昨日と同じように、紙袋と、男の子の手。
どうやら保育所はこの会社の近くにあるようだ。
藤堂さんが私に気づくと、少しだけ眉を上げる。
ぱたん、とアスファルトに音を立てて落ちる。
「あっ……」
気づいた私は咄嗟にかがみ、絵本を拾い上げた。表紙には可愛らしい動物の絵。
「落としましたよ」と声をかけると、男の子がくりくりした目で私を見上げた。
「ありがと、おねえちゃん!」
ぱっと笑ったその顔は、あまりにも無垢で、思わず私も笑顔になる。
「どういたしまして」
藤堂さんが「すみません」と低い声で礼を言った。近くで見ると、長いまつげと端正な顔立ちが際立つ。
でもその表情には、少しだけ戸惑いが混じっていた。
「いえ……藤堂さん、今ご帰宅ですか?」
藤堂さんは私が名前を呼んだことで、ようやく私が同じ会社の人間だと気付いたようだ。
「ええ。保育所の迎えです」
案の定、藤堂さんは短い返事で会話が途切れた。声を掛けたことが迷惑だったのかと不安になるけれど、その声は思っていた以上に柔らかかった。
それ以上は踏み込むのも失礼かと思い、「お気をつけて」とだけ言って別れた。
歩き出すと、なんとなく胸の奥が温かくなった。
小さな子どもがあんなふうに笑う顔、久しぶりに見た気がする。
翌朝、部署の前を通る藤堂さんと目が合い、軽く会釈をすると、向こうも小さく会釈を返してきた。
たったそれだけのことなのに、なぜか私の心は弾む。
お昼の休憩が終わり、同じ経理部の先輩に頼まれて総務に書類を届けに行くと、藤堂さんがカウンター越しに応対してくれた。
私の顔を見て、ほんの一瞬だけ口元がゆるむ。
「昨日は……ありがとうございました」
「あ……いえ。たいしたことしてませんから」
思い出してくれたことを嬉しいと思う私がいた。
書類を受け取った藤堂さんは、業務的なやりとりを終えると、また黙々とパソコンに向かった。
その背中を見ながら、ふと、昨日の男の子の笑顔が蘇る。
この会社での新しい日々に、少しだけ彩りが差した気がした——
午後の会議が長引き、私が自席に戻ったときには、もう定時を過ぎていた。
周りの先輩たちは残業を続けているけれど、今日は新人は早く上がっていいと言われている。
パソコンをシャットダウンし、軽く挨拶をして会社を出た。
エレベーターを降り、正面玄関を抜けると、外の空気が一気に広がる。
そこに、また見覚えのある背中があった。
藤堂さんだ。
手には昨日と同じように、紙袋と、男の子の手。
どうやら保育所はこの会社の近くにあるようだ。
藤堂さんが私に気づくと、少しだけ眉を上げる。
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