白銀オメガに草原で愛を

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草原

14.月毛のカヤ

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 ルイドから先に降りてユクガがキアラに手を伸ばすと、小さな口が少し尖っているように見えた。愛らしい不満の表明に苦笑をこぼして、それでも素直に腕の中に降りてくる体を抱きとめる。

「何が気に入らない」
「……私一人でも降りられるのに、子どものようではありませんか」

 ルイドから降りるのに手を貸したのが不満らしい。そっと地面に下ろしてやって、風に巻かれて乱れた髪を整えてやる。今日は結ぶ気分ではなかったようだ。

「俺がお前を大切にするのが、不服か」
「……そのように仰られては、何も言えなくなってしまいます」

 むう、とまた口を尖らせるキアラを撫でて、ユクガはルイドの手綱を杭に繋いだ。それから荷車の周囲を回り、積荷の上にかけた布が飛ばないよう縄の具合を点検して、緩んでいるところを締め直しておく。せっかくの品が飛んでいっては困る。
 外にいた店のものに馬と荷を頼み、ユクガは馴染みの店に足を踏み入れた。集落の女たちが作った糸や織物をここで売り、集落に必要なものを買って帰るのが今日の仕事だ。個人的な買い物や頼まれごともあったので、ついでにキアラに市を見せてやろうと二人で来たのだが、失敗だったかもしれない。
 周囲の視線が、ユクガの隣に集まっている。

「……キアラ、離れるなよ」
「はい、ユクガ様」

 知らない人に声をかけられてもついていかない、ユクガから離れない、何かあったら大声で助けを呼ぶ、などと子どもにするように言い聞かせてはあるが、薄氷の色をした瞳は周囲の観察に忙しそうだ。念のためキアラの手を取って、ユクガは顔見知りの店主のもとへ向かった。

「おやユクガ殿、ずいぶん可愛らしい方をお連れで」
「……買取を頼む」

 愛想よく声をかけてきた店主に何と返すべきか迷って、結局触れないことにする。キアラが可愛らしいのは事実だが、その自慢をしにきたわけではない。

「承知いたしました。拝見いたします」

 店主を荷車に案内して、糸や織物の出来を確認してもらう。キアラは店主が品を眺めている様子が物珍しいのか、そちらをじっと見つめている。

「ユクガ殿……今回、何か織り方を変えたりなどは?」
「いや……特にないと思うが」
「……そうですか」

 ふむ、と頷いた店主が荷車に品を戻したので、ユクガたちはまた店に戻った。あとは対価を受け取って、買い物に回るだけだ。
 店の下働きや接客の担当が立ち回るのを横目に待って、改めて店主に呼ばれて奥に向かう。
 ただ、今まで店の奥で支払を受けたことなどない。

「今回は、こちらでお引き取りいたします」

 しばらく、ユクガは革袋の山を眺めていた。
 いつもより、積まれた革袋の量は多いし一つ一つが妙に膨らんで見える。

「今回のものはとても良い仕上がりでした。正直なところを申しまして、これでも足りないかとは思うのですが……しかし店でも支払の限界というものがございまして……」

 ユクガの無言をどう受け取ったのか、店主があたふたと内情をこぼす。キアラも不思議そうに店主を眺め、どうするのかと問うようにユクガを見上げてくる。
 どうもこうも、その値がついたならユクガはそれを受け取るだけだが、かといってこれだけの金を持ち歩いて買い物をしたくはない。

「……わかった。それで買ってくれ」
「ありがとうございます」

 控えていた店のものが即座に動き出し、部屋の外に出ていく。荷車から品を移すのだろう。
 しかし、これほど急いで荷物を運び入れようと動いているのを、今までに見たことはない。

「悪いが、買い物が終わるまで預かっておいてもらえるか」
「ええ、ええ、もちろんでございます。このあとはどういったご予定か、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 糸も毛織物も、ユクガの目には普段と変わらないように見えた。何か目新しいことを試したのなら、作り手の誰かがこう言って売りつけろなどと言ってくるはずで、特にそれも聞いていない。キアラやベルリアーナも製作に関わっていたかもしれないが、集落の女たちのほうが技術は上だろう。
 何か質が変わりそうな要因はいまいち思いつかないが、変化といえばキアラとベルリアーナが加わったことしかない。だが、品質が変わるほどの影響があるとも思えない。

「……できるだけ気性の穏やかな若駒を買いたい。あとは食料品、日用品の買い出し、そんなところだ」
「かしこまりました。でしたら馴染みのものがおりますので、ご紹介いたしましょう」

 今まで、そんな対応を受けたこともない。

 店主の態度の変化には首を捻りつつ、馬を扱う店のあてもなかったので申し出は受けておく。店を教えてくれたことと、ルイドと荷車を置いていていいという計らいに礼を言って、ユクガはキアラを連れて店を出た。

「……キアラ」
「はい、ユクガ様」

 興味深そうに周囲を眺めていた顔を上げ、キアラが従順に見上げてくる。大人しくユクガと手を繋いで、どこかに勝手に歩いていこうとする様子はない。

 キアラがあの場にいたから相手がやたらと親切にしてくれた、という仮定はできる。ユクガが感じた限りなので客観性は薄いだろうが、キアラは厚意を向けられることのほうが多い。
 ただ、相手は商人であって、自分が損をするようなことはしないはずだ。実際にそれだけの価値がなければ、特に変わったところもない糸や織物にあれだけの金を払うとも思えない。一つ二つだけが抜きん出てよかったというわけでもなく、全てを確認してのあの革袋の山だ。
 挨拶をさせたわけでもなく、ひと言も声を発しなかったキアラが傍にいただけで、そんな効果があるわけもないだろう。

「お前の馬を買いに行く」
「……私の、ですか」

 ユクガを見上げていた顔がぱっと輝いて、それから少し悩むような顔をして、繋いでいた手にもう片方の手を添えてくる。
 ずいぶんと、感情表現が豊かになってきたと思う。

「よろしいのですか」
「今日はそのためにお前を連れてきたからな」

 馬のことがなくても、市を見せてやるだけでも喜ぶかもしれないという思惑もあったが、喜ばせたいという目的は同じなので口にはしない。
 嬉しそうに礼を言ってくるキアラに笑みを返し、店主に教わった場所まで連れ立って歩く。あれは何かと不思議そうに尋ねてくる声に答えるだけでも、ユクガの気持ちも弾んだ。
 出会った頃より格段に表情豊かになったキアラは、前にも増して可愛らしい。

「ユクガ様、馬の鳴き声が、します」
「ああ、この先だ」

 店主に紹介された男は毎年これくらいの時期に馬を売りに来ているそうで、ちょうど新しい馬を連れてきたところだというので見せてもらうことにした。
 男が店舗代わりに張っているユルトの裏に、杭と縄で区画を作って馬を放してあるらしい。売ることを想定して訓練しているそうで、どの馬も、人が来ると賢く神妙にしていた。

「キアラ……」

 振り返って声をかけ、ユクガはそのまま口を閉じた。
 囲いの外に立っているキアラの傍に、大量の馬が集まって首を伸ばしている。

「ゆ、ユクガ様」

 どうしたらいいかわからない、といった顔でおろおろしているキアラのもとに戻って、わずかに囲いから離すように抱き寄せてやった。

「すごいですね、どの馬も坊ちゃんに興味津々で」
「そ、そうなのですか」

 普段からルイドの世話を手伝わせたり、集落の他の馬とも関わっているはずだから、キアラは馬自体には慣れているはずだ。しかし今は、怖がるようにぎゅっとユクガにしがみついている。
 さすがにこの量に囲まれれば、ユクガも少々落ちつかない気持ちにはなるだろう。

「相性もありますし、この中からお選びになってはどうでしょう。お互いに興味を持っているほうが、馴染みやすいですよ」
「だそうだが、どうする、キアラ」

 キアラが視線を向けると、馬たちがわらわらと動いた。選ばれたい、のだろうか。馬なりに何かを訴えているのかもしれないが、ユクガにはよくわからない。一頭一頭の顔を真剣に見つめて選んでいるらしいキアラは、馬の言葉をわかっているのだろうか。
 集まっている馬を見終わったのか、ふっと力を抜いたキアラが見上げてきたので、撫でてやる。

「決めたか」
「あの……茶色と、白の、馬がいいです」

 茶色と白、と言われても何頭かあてはまるものはいたが、そのうちの一頭がユクガに視線を向けてきていた。近づいてしばらく待つとすっと首を差し出してきたので、軽く撫でてやる。嫌がる様子もない。

「この馬か」
「はい」
「坊ちゃんお目が高い、そいつは賢くていい馬ですよ」

 体色は薄い茶色だが、たてがみと尻尾は白くて少し長い。わらわらと集まってきていたうちの一頭だが、落ちついた様子で大人しそうだ。キアラも気に入ったようだしその場で買うことに決めて、男が持ってきた馬具をそのままつけさせてもらう。
 ユクガの名前を出してあの店に代金を請求するよう伝え、ユクガとキアラは男のユルトをあとにした。騎乗まではさせないもののさっそく手綱をキアラに持たせているが、慣れているからか賢いからか、馬も大人しくついてきている。

「名前を決めなければな」
「名前、ですか」
「ああ。お前の馬である証だ」

 そのあとの買い物の間、キアラは悩み続け、帰り道で集落が見えてきた頃にようやく、カヤという名前を贈っていた。
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