忘れられない君の香

秋月真鳥

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アレクシス(受け)視点

14.借金の真実

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 初めて一緒に過ごしたヒートであれだけ濃厚に抱き合ったにも関わらず、アレクシスは妊娠していなかった。
 ヒート期間のオメガの妊娠率はかなり高い。それでも妊娠しなかったということに関して、アレクシスは考えることがあった。

「わたしは、この通りオメガらしいオメガではないので、妊娠が難しいのではないでしょうか?」

 夫夫で夜を過ごすようになり、寝室のソファセットでヴォルフラムの横に座り、グラスに注いでもらったブランデーを舐めるように味わいながらアレクシスが真剣な表情で言えば、ヴォルフラムが青みがかった緑の目を見開いている。

「一度のヒートでそれを決めてしまわなくていいと思うよ。それに、子どもができなければ養子をもらえばいいだけの話だから」
「あなたは子どもが欲しくないのですか?」
「欲しいけど、授からなかったら仕方がないよ」

 何もアレクシスに強要してこないヴォルフラムは、こういうところでも理解があって優しかった。だからこそ、アレクシスは不安になる。

「愛人を持っても構わないのですよ?」
「冗談じゃない。アレクシスとやっと正式な夫夫になれたんだ。アレクシス以外を愛するつもりはないよ」
「でも……」
「アレクシスはおれがあなた以外を抱いても平気なのか?」

 真剣な眼差しで問いかけられて、アレクシスは初めてそのことを考える。
 愛人を持つのは貴族社会では普通のできごとだったから、考えたこともなかったが、ヴォルフラムが愛人を持てばその相手を抱くようなことになるのだ。ヴォルフラムが自分以外を抱くと考えるだけで、アレクシスは頭がくらくらしてくる。

「あなたが……わたし以外を……」
「アレクシス以外に睦言を囁いて、子種を注ぎ込むおれなど、考えたくもない」

 不機嫌になってしまったヴォルフラムに、アレクシスは自分の分厚い胸を押さえた。ヴォルフラムが言う通り、アレクシス以外に睦言を囁いて子種を注ぎ込む相手を考えるだけで、胸を内側からぎゅっと握り締められたかのように痛みが走る。

「ヴォルフラム様、ここが痛いです」
「アレクシス、それは嫉妬だよ。おれもアレクシスの周囲にいた相手にずっと嫉妬してた」
「わたしは、嫉妬してもいいのですか?」
「当然だよ。アレクシスはおれの夫なんだから、自分の夫が誰かに奪われそうになったら嫉妬していい。嫉妬されたら、おれも嬉しい」
「嫉妬が嬉しい……」

 嫉妬とは醜い感情で、表面に出してはいけないし、口に出してもいけないものだとばかり思っていた。それをヴォルフラムは嬉しいという。

「おれもあなたが後ろで受け入れたことがあると聞いて嫉妬した。それで、初めて抱いたときに、おれアルファしか届かないところまで犯してしまった。手酷く抱いたことを許してほしい」
「ヒート中だったので何をされても気持ちがよかったし、何も嫌なことはされていませんよ」

 張り型で後ろを拡張して娼館に身売りに行ったことを、ヴォルフラムは汚らわしいと思っているのだろうか。嫉妬したと言われて、アレクシスはあのときはああするしかなかったのだと心の中で言い訳をする。

「事業は立ち直ったし、領地の借金は全部返せた。アレクシス、結婚式のやり直しをしないか?」
「結婚式をもう一度するのですか?」
「あのときは、おれも大人げない態度を取ってしまったし、アレクシスに愛していることを告げられていなかった。おれはずっとアレクシスが好きだったんだ。アレクシスとの結婚式をやり直したいと思っている」

 学園で出会って、一学年上で、成績も首席で、剣術も体術もアルファよりも優れていたアレクシスは、ヴォルフラム曰く目立っていたようだ。体格がよすぎるオメガとして悪目立ちしている自覚はあったが、ヴォルフラムのように好意を抱いてくれている相手がいたとは思わなかった。
 ヴォルフラムがそんなに長く自分のことを好きでいてくれたのだと感じると、アレクシスも心が浮き立つような気分になる。

「ハインケス子爵家に肩代わりしてもらっている分の借金も返したいのですが」
「それに関しては、返す必要はない」
「いえ、それだとヴォルフラムと対等になれないではないですか」

 もう一度結婚式をするのならば、契約書などない普通の結婚式をしたい。
 アレクシスが申し出ると、ヴォルフラムが頬を掻く。

「実は、あの資金はおれが出したものだから、アレクシスは気にしなくていいんだ」
「え? あんな大金を、あなたが?」

 驚くアレクシスにヴォルフラムが説明してくれる。

「学園に在学中から、バルテル侯爵家には借金が増え続けていることは知っていた。おれはどうしてもアレクシスと結婚したかったから、父から事業の一部を任せてもらっていたんだ。果実園の事業だったが、この国では二束三文で売られていく果実も、海を越えた国では貴重なものとして高値で売り買いされる。それを利用して、日持ちのする果実を船を使って海外に売ったら、ひと財産できてしまったんだ」

 バルテル侯爵領で栽培されている果実の多くは日持ちがするものだった。それを海を越えた国に売るなど、ヴォルフラムは商才があったのだろう。それで築いた財産を、アレクシスの結婚のときに借金の肩代わりをする金として使ったのだ。

「驚きました。あなたは商才があるのですね」
「たまたまうまくいっただけだけど、アレクシスと結婚するいい口実になった」

 肩代わりしてもらった借金は、ハインケス子爵家から出ていると思っていたのだが、どうやらヴォルフラムの私財のようだった。そうであっても、返さなくては対等ではないように思える。

「それなら、あなたに借金を返さなくては」
「それはいらないんだ。アレクシス、おれたちは夫夫なんだから、財産も共有していいんじゃないか?」
「いえ、それでは対等とは言えません」

 頑なにアレクシスが借金を返すと主張すると、ヴォルフラムがアレクシスの頬を撫でた。引き寄せられて、口付けるとブランデーの香りの中に爽やかな好ましいフェロモンの香りがする。

「おれの下心付きの金なんてどうでもいいんだ。アレクシスがおれのものになったんだから」

 チョーカー越しにうなじを撫でられて、アレクシスはびくりと体を震わせた。うなじには番になったときにヴォルフラムが噛み付いた痕がくっきりと残っている。他の痕が消えてもそれだけは消えなかった。

「アレクシスにこの話はできればしたくなかったんだ。おれの金だと分かったら、アレクシスはおれに借金があると思ってなんでも従ってしまいそうな気がしたから」

 言ってしまってから後悔したように頭を掻くヴォルフラムに、アレクシスはその通りかもしれないと思ってしまう。ヴォルフラムの金だと最初から知っていたら、アレクシスは妊娠するかもしれないことを理由に最初のヒートでヴォルフラムのことを拒めなかっただろう。

「アレクシス、おれがどれだけあなたを愛しているか伝わっていればいいんだが」
「わたしに愛されるような要素はないと思っていました。それなのに、あなたは学園にいたころからわたしのことを想っていたという。ヴォルフラム様、あなたは……」
「おれは?」
「特殊な趣味をなさっているんですか?」

 自分より大柄なオメガを屈服させたいとか、自分より大きな相手を服従させたいとか、そういう欲がある男性もいるとアレクシスは知っている。
 娼館に身売りに行こうとした時だって、そういう客層を狙ってのことだったが、あまりにも需要はなかったようだった。

「特殊な趣味!? どうして? アレクシスはこんなに格好よくて素晴らしいのに」
「わたしは普通のオメガのように儚くも美しくもありません」
「普通のオメガなんて知らない。おれはアレクシスの豊かな胸、しっかりとした腰、鍛え上げられた腕と脚、汗ばんで艶の出る褐色の肌が最高にそそると思っている」
「はぁ」

 やっぱり特殊な趣味をしているとしか思えない。
 それでもヴォルフラムがアレクシスを愛してくれて、アレクシスもヴォルフラムに心が傾いているのは、間違いないのだから、結婚式のやり直しくらいしてもいいだろう。

「いいですよ。しましょう、結婚式のやり直し」
「あのときの衣装も実は気に入ってなかったんだ。仕立て職人を呼ぼう」

 結婚式のやり直しをすることに賛成すれば、ヴォルフラムはこの上なく嬉しそうに青みがかった緑の目を細めた。
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