忘れられない君の香

秋月真鳥

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アレクシス(受け)視点

15.ヴォルフラムの嫉妬

 春が来て、アレクシスは二十三歳に、ヴォルフラムは二十二歳になっていた。
 温暖なバルテル侯爵領の雪解けは早い。
 雪解けと共にアレクシスとヴォルフラムは馬に乗って郊外に出ていた。貴族たちが兎狩りや狐狩りによく行く草原は、まだ草丈が短く、ぽつぽつと生える低木が風に揺れていた。
 体格のいいアレクシスが乗れる馬は限られていて、アレクシスは十五歳のときに屋敷の馬が産んだ青毛の馬を好んで使っていた。ヴォルフラムはハインケス子爵家から連れてきた葦毛の馬に乗っている。
 葦毛が日の光りに反射して、白馬にも見えて、ヴォルフラムは白馬に乗った王子様という雰囲気だった。

「あの丘の上で昼食にしようか」
「丘の上の木に馬を繋げばよさそうですね」

 ヴォルフラムに提案されてアレクシスは馬を丘の上に歩かせる。ヴォルフラムも横に並んだ。

 体格がいいのでアレクシスはオメガだなどということは全く思われていなくて、幼いころから乗馬も許されたし、剣術や体術の稽古もしていた。
 初めてヒートが来た十六歳のときには驚愕と混乱で自分がオメガだということを受け入れられなかったし、その後も自分がオメガだということは分かっていたが認めたくない意識がどこかにあった。
 今、ヴォルフラムの横に並んで、アレクシスは自分がオメガでよかったと思い始めている。

 丘の上の木に馬を繋いで、ヴォルフラムが持ってきた敷物を丘の上に敷いてくれる。昼食の入ったバスケットを持って、アレクシスはヴォルフラムの横に座る。

「草原の草が生え揃うころには、狐狩りや兎狩りが行われます。お好きですか?」
「フィリップに付き合わされて何度かしたけど、ああいうのはあまり好きじゃなかったな」
「わたしも好きではなくて参加したことはないです」

 バスケットからサンドイッチと水筒を取り出しながら話すと、ヴォルフラムはアレクシスと感覚が近いようだった。乗馬は好きだが、兎や狐を追い回して捕らえるのは好みではない。
 水筒からカップに紅茶を注いでヴォルフラムに渡すと、喉が乾いていたのか、ヴォルフラムはそれを一気に飲み干してしまった。カップが空になったのでアレクシスは紅茶を注ぎ足す。
 敷物の上の平らな部分にカップを置いて、ヴォルフラムがアレクシスの分の紅茶をカップに注いでくれた。
 二人で並んで敷物の上に座ってサンドイッチを食べる。
 サラミとキュウリの入ったサンドイッチを齧っていると、ヴォルフラムがアレクシスの手元を覗き込んでいる。

「おれのはハムとチーズだ」
「一口食べますか?」
「もらおう」

 アレクシスにサンドイッチを持たせたまま、一口齧ったヴォルフラムは、自分のサンドイッチをアレクシスに差し出してくる。アレクシスもヴォルフラムのサンドイッチを一口齧った。

「帰りは町に寄りますか?」
「結婚式の招待状のレターセットを注文したかったんだ」
「二度目の結婚式にそんなに招待客が必要ですか?」

 やり直しの結婚式は二人だけで密やかにやっても構わないとアレクシスは思うのだが、ヴォルフラムは違うようだ。結婚式に招待したい客がいる。

「おれの両親だろ? 兄たちに、フィリップ、それに学友も」
「あなたは学友が多そうですね」
「アレクシスは招待したいひとはいないのか?」
「特には」

 学園時代は孤立していたし、侯爵家の後継ぎなのに借金まみれのアレクシスと親しい相手はいなかった。
 その話をしても愉快ではないのでアレクシスは口には出さなかった。

 昼食を食べ終わると、町までヴォルフラムと馬を走らせ、遠巻きについてきていた護衛に馬を預けて町を歩く。
 入った門が偶然近かったのか、娼館の前を歩くことになって、アレクシスはヴォルフラムの顔をちらりと見た。
 アレクシスを抱いたときにヴォルフラムは慣れているように感じられた。
 貴族の男性は一定年齢になると閨教育を受ける。その一環として娼館に行くこともあるのだが、ヴォルフラムが誰かを抱いたことがあるのだろうかと考えると、少しだけ胸がちりちりする。

「あ! あのときのオメガの旦那じゃないですか! いいお相手が見つかったんですね!」

 急に声をかけられて、アレクシスは娼館の方を見た。そこにはアレクシスが身売りをしに行ったときにそれを一蹴した店主が立っていた。

「アレクシス? ここに通っていたのか?」
「通ってはいません。一度来ただけです」

 身売りをしようとして行ったと言えば、ヴォルフラムに汚らわしいと思われるかもしれない。正直に言えないアレクシスに、店主は何か恐ろしいものでも見たかのように急いで娼館の中に駆け込んでしまう。

「一度だけ……そうか」

 ヴォルフラムの表情が消えて凍て付いたのに気付いて、アレクシスは内心慌てる。何か口にすれば、ヴォルフラムはますます機嫌を損ねてしまうかもしれない。

 二人で馬に乗って草原を駆けて、丘の上で昼食を食べ、やり直しの結婚式の話をした。
 非常にいい雰囲気だったのに、アレクシスの言葉でヴォルフラムは機嫌を損ねてしまった。

「あの……汚らわしいと思うかもしれませんが……」
「いや、分かっている。オメガのヒートは苦しいものだと。それをおれが助けられなかったのだから、アレクシスのせいじゃない」

 ヒートとは関係がないのだが、何か勘違いしているヴォルフラムに、「それ以上何も言わないでくれ。嫉妬でおかしくなりそうだ」と言われてアレクシスは黙った。
 無言のまま町を歩いて、雑貨屋まで行って、ヴォルフラムは招待状用の特別なレターセットを注文した。
 冬の間に仕立て職人が屋敷に来てくれて、アレクシスとヴォルフラムの衣装は出来上がりつつあるし、初夏にはやり直しの結婚式ができそうだ。
 アレクシスの顔を見ないヴォルフラムに一抹の不安を覚えつつ、アレクシスは何も言わないでくれと言われたので黙っていた。

 前のヒートからそろそろ三か月が経つ。
 次のヒートに備えて、アレクシスは夫夫の寝室のベッドを完璧に整えていた。

 オメガの巣作りがよほど気に入ったのか、ヴォルフラムはアレクシスが何も言わなくても脱いだジャケットやシャツやタイやスラックスを渡してくれる。ヴォルフラムと一緒に寝ていると、爽やかで好ましい香りを胸いっぱいに吸い込めるので、衣服はそれほど必要ではなかったのだが、巣作りをしていいと渡されるとオメガの本能なのだろう、ベッドに配置してしまう。
 時間が経ってフェロモンが薄れたものは洗濯に出して入れ替えてはいるが、アレクシスの手によって夫夫のベッドはヴォルフラムの衣服で巣作りがしてあった。

「アレクシス」

 町から帰ってくると、ヴォルフラムがアレクシスを夫夫の寝室に招いて、ベッドにアレクシスを座らせて口付けを降らせる。
 ジャケットのボタンを外し、胸を撫でるようにしながら肩まで手を入れてジャケットを脱がせて、シャツのボタンに手をかけるヴォルフラムに、アレクシスは身をよじって抵抗する。

「今から、ですか?」

 まだ日も高いのにアレクシスを抱こうとするヴォルフラムに、嫌ではないのだが、恥じらいが勝ってしまう。

「今、あなたを抱きたい」
「帰ったばかりです。せめてシャワーを浴びてから……」
「そのままでいい。アレクシスのフェロモンが濃くなっていていい香りだ」

 シャツのボタンを外されて、首筋に口付けを落とされてアレクシスはびくりと体を震わせる。ベッドサイドのテーブルの引き出しからチョーカーの鍵を出して、ヴォルフラムはアレクシスの首を晒した。
 うなじに残る噛み跡に舌を這わされる。

「ふっ……あぁっ!」
「アレクシス……おれのものだ。誰にも渡さない」

 うなじに歯を立てられて、アレクシスは甘い声をあげていた。
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