あなたの家族にしてください

秋月真鳥

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28.サイモンのマフラー

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 ティエリーの仕事は午前六時半から午後三時半までである。
 途中で休憩が一時間入る。
 サイモンのマンションから職場までは徒歩五分程度だったので、午後四時までにはティエリーは買い物を済ませて部屋に帰ることができた。
 サイモンの定時は午後六時である。定時から買い物を済ませて帰ってくるのは午後六時半くらい。
 それまでの二時間半、ティエリーは編み物をしていた。

 サイモンは誕生日にティエリーからはなにも受け取ってくれなかった。最初にもらった給料も、サイモンに何か買いたかったのに、子どものための資金に充てることになってしまった。
 ティエリーとしてはサイモンになにか贈りものをしたかったが、サイモンは何でも買える金を持っているし、ティエリーにできることがなくて悩んでいるときに、同僚の厨房担当の従業員がティエリーに編み物の本を見せてくれたのだ。

「マフラーとか平たいものなら難しくないと思う」
「わたしに編めるでしょうか」
「この本貸してあげるよ。道具を揃えたらやるだけやってみたら」

 時期はちょうど冬。
 サイモンの誕生日が終わって新年になったころだったので、冬のうちに編めるようにティエリーは必死に頑張っていた。

 その間にティエリーの妊娠が分かり、サイモンは大喜びしてくれて医者にこまめに連れて行ってくれるようになったし、ティエリーの体型が変わったときのための服も探してくれるようになった。
 ある程度胎児が育ったら、エコーで性別がどちらか分かるようなのだが、サイモンもティエリーも性別は聞かないようにしようと決めた。

「女の子でも男の子でも嬉しいけど、エコーで見たのが百パーセント当たるとは限らないから、妙に準備しないように、性別は聞かない方向で行こう」
「そうですね。男の子でも女の子でもいいようなものしか用意しないでおきましょう」

 ベビードレスは退院のときや百日のお祝いのときに着せるものだが、男女問わず着ていいものだし、大きめのサイズを準備しておくものだと聞いていたので、純白のものを選んだ。産着や乳児の服はベージュやクリーム色や水色など、男女どちらが着てもいいようなものを選んでおく。
 医者にも性別は教えないでほしいという意向は伝えてあった。

 エコー写真にはまだ豆粒ほどの胎児しか映っていないが、これが少しずつ大きくなっていくのだと思うと感慨深い。
 エコー写真を見せると、サイモンの両親はものすごく懐かしがっていた。

「サイモンとレイモンも最初はこんな感じだった」
「懐かしいわね。小さなお豆ちゃんね」

 お豆ちゃんという呼び方が気に入って、ティエリーはお腹の子どもを暫定的に「お豆ちゃん」と呼ぶことにした。

「お豆ちゃん、もうすぐお父さんが帰ってきますよ。マフラーは隠さなくちゃ。冬が終わるまでに間に合いますかね」

 まだ豆粒くらいしかない赤ん坊にお腹を押さえて話しかけていると、一人ではない気がして楽しい。サイモンと離れているだけでティエリーは若干の寂しさを覚えるのだが、お腹に胎児が宿ってからはそれがなくなった。

 編みかけのマフラーは毛糸と共にボストンバッグの中に隠して、サイモンが帰ってくるのを待つ。
 遅くなるときには定時の午後六時までに連絡があるし、連絡がないときには午後六時半までにはサイモンは帰ってくる。
 夕食の買い物をして帰ってきてくれるサイモンに、パンは自分の店で買ったものを用意して、ティエリーはドアが開くのを待っていた。ドアが開くとサイモンのフェロモンの香りがふわりと部屋中に広がる。ティエリーはアルファのフェロモンに鈍い方だったが、サイモンの香りだけは近付くとはっきりと感じ取れた。

「ただいま、ティエリー。今日も変わりない?」
「変わりないですよ。今日はクロワッサンとバゲットを買ってきました」
「クロワッサンは明日の朝ご飯にしようか。バゲットは半分残して、明日のお弁当にサンドイッチにしよう」
「いいですね。夕飯は何にします?」
「スコッチエッグを作ろうかな。卵が入ってるの、ティエリー好きだろう?」

 卵の入ったハンバーグであるスコッチエッグはティエリーの好物の一つだった。サイモンと暮らすようになってからティエリーはまともな食事を摂り始めたが、サイモンの作ってくれるものはなんでも美味しかった。

 二人でスコッチエッグを作って、サラダとスープも準備して、ティエリーがパンを切る。自分の作ったパンを買って帰るようにしているティエリーにサイモンはいつも美味しいと言ってくれる。

「ティエリーはパン作りの天才だな」
「そんなことはないです。マニュアル通りに作っているだけです。捏ねるのは機械でやっていますし」
「やっぱり、パン捏ね機を買おう。オーブンも使っていいから、家でもパンを作らないか?」
「いいんですか? 資格を取るために練習しておくように言われたんですよね。捏ねるのもできれば自分でやりたいです」

 国境の町のパン屋では機械がないので捏ねるのも自分でやっていた。資格を取るための試験では配合も、捏ねるのも自分でやると聞いている。練習をしておきたかったのは確かだから、サイモンの申し出にティエリーは喜んでやると答えた。

 十二月の終わりのサイモンの誕生日から編み始めたマフラーは一月の終わりにはなんとか形になった。紺色のただ編んだだけのマフラーだったが、サイモンに見せるとサイモンは青い目を見開いて驚いていた。

「これ、ティエリーが作ったの?」
「そうです。ちょっと力加減がうまくいかなくて、目が詰まってるところが多いんですが」
「嬉しい。マフラーは持ってなかったんだ。大事にするよ」

 車通勤なのでマフラーや手袋などの防寒具はそれほど必要なかったサイモンにとって、そのマフラーは唯一のものになったようだった。幸せそうに首に巻いているサイモンにティエリーは頑張ってよかったと思っていた。

 一月の終わりごろから、ティエリーは悪阻が起きるようになった。
 食べ物の匂い全般がきつくなるようなものではなかったが、食べた後に気持ち悪くなって戻してしまうことが何度かあった。それでも食欲が失せなかったのが幸いだった。
 パンの匂いで吐いてしまうようなこともなかったので、仕事も続けられた。

 マンションでパンを焼くようになって、ティエリーは店ではパンを買わなくなった。練習に付き合わせているので、サイモンの食事も三食パンになってしまっていたが、サイモンは何も文句は言わなかった。それどころか、おかずを工夫して、ティエリーが飽きないように、悪阻が酷くならないように工夫してくれた。

 悪阻のせいで魚介類の生臭さが苦手になってしまったティエリーのために、サイモンは栄養が偏らないようにメニューを考えてくれて、ティエリーと一緒に食事を作ってくれた。
 生臭さを少しでも減らすために、オリーブオイルと白ワインで下処理をしてくれて、工夫もしてくれるのだが、どうしても食べられないときがあってティエリーは申し訳なく感じていたが、サイモンは気にしていない様子だった。

 結婚衣装を注文したテイラーにも何度か足を運び、採寸をし直してもらったが、ティエリーはまだ体型は変わっていない様子だった。
 ティエリーもサイモンも純白の燕尾服を誂えてもらっていて、ティエリーのものは後ろの部分が広めになっていて、ウエディングドレスを思わせるデザインになっていた。

 サイモンは百九十センチ超え、ティエリーは二メートル超えなので、特別に誂えないとサイズがないのは分かっていたが、注文すればデザインを自分で決められるという利点があった。
 小柄でも儚くも可愛くもないが、サイモンの番のオメガとして着飾りたい気持ちはある。

 結婚式場も決まって、結婚式は間近に迫っていた。
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