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一章 ご寵愛の理由
30.ご寵愛の結果
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ラヴァル夫人は昼食も食べずに帰って行ってしまった。
わたくしは一人で食堂に行って、昼食を食べた。
食べた後は急に時間が空いてしまったので、仕立て職人さんたちの作業室に向かって、結婚式の衣装のデザインを一緒に考えてもらう。
伝統的な形があるのかもしれないのでラヴァル夫人にも確認したのだが、ラヴァル夫人の答えは簡潔だった。
「レイシー殿下のよいようになさってください」
アレクサンテリ陛下も聞いたら同じようなことしか言わなかったので、わたくしは結婚衣装は仕立て職人さんたちと相談しつつ、わたくしの思うように作らせてもらうようにした。
作業室に入ると、仕立て職人さんたちが迎えてくれる。
衣装のデザインのスケッチを見せると、様々な意見が飛び交った。
「皇帝陛下のジャケットは長いものの方が長身に映えるでしょう」
「妃殿下のドレスは裾の長いものがよいでしょうね」
「皇帝陛下のテイルコートと妃殿下のドレスにお揃いの刺繍を施すのはいかがでしょう?」
「妃殿下もすらりとして背が高くていらっしゃいますので、スカートを膨らませるよりも体に添ったデザインの方がお似合いになるかもしれません」
それぞれの意見を聞いて、デザイン画を修正して書き加えていく。
デザイン画がある程度出来上がると、これはアレクサンテリ陛下に確認していただくとして、造花作りの続きをする。
前回は染料で花びらを染めたのだが、今回は花びら一枚一枚にこてを当てて立体的にしていく。こての熱で布に型がついて立体的になるのだ。
造花用のこてを握って一枚一枚丁寧に型をつけていって、全部が終わるころに、わたくしは侍女に呼ばれた。
「皇帝陛下がお帰りになります」
「分かりました。今日はありがとうございました。この続きは次回します」
仕立て職人さんたちに挨拶をして、わたくしは部屋に戻って手早く着替える。ディアン子爵家にいたころにも、学園に通っていたころにも、着替えは自分でしていたのだが、皇帝宮では手伝われてしまうので、抵抗しないことにしていた。髪も整えてもらって、玄関のホールに移動すると、アレクサンテリ陛下が帰ってきたところだった。
「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま、レイシー。茶室で待っていてくれ。すぐに着替えてくる」
「はい、お待ちしております」
なにか急な用事でもあったのだろうか。
不思議に思いながら茶室に移動すると、アレクサンテリ陛下は執務用の白を基調とした服から淡い青の服に着替えてきていた。その手には四角くて平たい箱を持っている。
なんだろうと思いながらアレクサンテリ陛下に促されてソファに座ると、アレクサンテリ陛下も横に座った。
「レイシー、話より先に、これを見てほしい」
箱を開けたアレクサンテリ陛下は、大切そうにその中に入っていた布を取り出した。茶色の染みがついているその布は、子どもの服のようだった。
アレクサンテリ陛下が指先で辿る刺繍は、わたくしには見覚えがあった。
「これは、ガーネくんの服ですね」
「そうだ。わたしが生きていくために必死に縋っていた大事な思い出だ。セシルが作ってくれた服。この一枚しか持って来られなかったが、この染みはセシルの血なのだ」
茶色の染みに触れるアレクサンテリ陛下の指先が震えている。
アレクサンテリ陛下はその子ども服をわたくしに渡してくれた。夢の中で何度も見た、ガーネくんの着ていた青い蔦模様の刺繍の入った服だ。
「セシルは切られながらも、わたしの体を抱き締めて必死に庇ってくれた。その体から血が流れて命が零れ落ちていくのをわたしはこの手で感じ取っていた」
その後すぐに皇帝陛下代理だったカイエタン宰相閣下の差し向けた軍勢がやってきて、アレクサンテリ陛下を保護したのだとアレクサンテリ陛下は教えてくれた。
「わたしはセシルと離れたくなかったが、引き離されて、セシルの遺体は埋葬されてしまった」
「死んでいたのだから仕方がありません。わたくし、夢の中で何度も殺される瞬間を見ました。セシルは、ガーネくんを守れてよかったと思っていました」
「わたしのせいでセシルは死んでしまった。わたしはもう、何も失いたくないのだ」
血を吐くようなアレクサンテリ陛下の声に、わたくしはかける言葉がなくなってしまう。セシルの記憶を夢で見ていたとしても、わたくしはセシルではないし、セシルとしてガーネくんだったアレクサンテリ陛下を慰めることはできない。セシルは死んでしまったのだ。
「だから、レイシー、あなたには皇后になってほしいと思っている」
「はい?」
なんだか話が飛んだ気がする。
わたくしが皇后?
皇后といえば、皇帝陛下の唯一の本妻で、陛下と呼ばれる身分の?
アレクサンテリ陛下が卒業パーティーでわたくしに求婚したときにそんなことを言っていたような気がする。わたくしは皇帝陛下に求婚されるだなんてあり得ないと思っていたし、アレクサンテリ陛下の言葉を本気にしていなかったので、すっかりと忘れていた。
「わたくしが、皇后!?」
「そうだ、レイシー。わたしの隣に立つのは生涯レイシーだけ。たった一人の妃なのだ。皇后になるに決まっている」
「いやいやいや、無理です! わたくしにそんな皇后なんて無理です!」
妾妃よりは側妃の方が権力があるのでアレクサンテリ陛下を支えやすいとは思っていたが、皇后の地位をいただけるとは思わなかった。
皇后は皇帝陛下の次にこの国で地位の高い権力者ではないか。
「わたくし、子爵家の娘ですよ?」
「それは関係ない。それに、ディアン子爵家といえば、数代前の皇帝のときに国の資金難を救ってくれた恩のある家だ。誰にも文句は言わせない」
「わたくし、ずっと貧乏で、貴族というより庶民のような暮らしをしていたのですよ?」
「それも問題ない。そのようなレイシーが皇后になる方が、国民の支持は得やすいだろう」
「わたくし、縫物もするし、家庭菜園で野菜も育てますよ?」
「それは構わない。レイシーの好きなことをして、幸せそうにそばにいてくれるのがわたしの何よりの喜びだ」
アレクサンテリ陛下は本気らしい。
わたくし、皇后になんてなれるのだろうか。
貧乏子爵家の生まれで、庶民と変わりない生活をしてきたのに。
愕然としているわたくしに、アレクサンテリ陛下が肩を抱いてわたくしを引き寄せる。
「ラヴァル夫人の話では、レイシーは妃教育も問題なく進んでいると聞いている。結婚式には立派な皇后になれるだろう」
わたくし、側妃でも妾妃でもなくて、皇后になるのでした。
アレクサンテリ陛下がやたらと寵愛してくるとは思っていたけれど、まさか皇后だなんて。
ラヴァル夫人の教育も毎日熱が入っているとは思っていたけれど。
驚きのあまり固まってしまったわたくしの緊張を解きほぐすように、アレクサンテリ陛下がわたくしの背中を優しく撫でてくる。服越しに伝わる体温にわたくしは少しずつ落ち着いてくる。
「わたくしが、皇后……」
「レイシーがなりたくないと言っても、これだけはなってもらわなくては困る。レイシーの地位をしっかりと確立させることが、皇宮に置いてレイシーの身の安全を守ることにもなる」
「わたくしが……」
「わたしが愛せるのはレイシーただ一人だ。お願いだ、レイシー。わたしと結婚して皇后になってほしい」
抱き締められてアレクサンテリ陛下にお願いされて、呆然としていたわたくしは少しずつ正気を取り戻す。
わたくしが皇后になるだなんて全く自信はない。
けれど、アレクサンテリ陛下がわたくしを愛してくれて、わたくしもアレクサンテリ陛下を愛しているのだ。
何より、アレクサンテリ陛下にセシルを失ったときのような絶望には陥ってほしくない。
アレクサンテリ陛下の妃になれば、今後命を狙われるようなことも有り得るだろう。
そういうときに、アレクサンテリ陛下に次ぐ権力者であれば、護衛もつけやすいし、手を出してくる輩も少なくなるという考えなのだろう。
「わたくしで、いいのでしょうか?」
「レイシーしかいない。レイシーが必要なのだ」
わたくしは皇宮に来る時点で、アレクサンテリ陛下の妃となり、アレクサンテリ陛下の血統を継ぐ子どもを産む覚悟はしてきた。
それならば、できるだけ身分が高い方がアレクサンテリ陛下の力になれるだろうし、生まれてくる子どもも大事にされるだろう。
「自信はないですが、頑張ります」
今はまだ胸を張って、わたくしが皇后になりますとは言えなかったが、精一杯の返事をすると、アレクサンテリ陛下はわたくしを抱き締めたまま、わたくしの唇にそっと触れるだけの口付けをした。
レイシー・ディアン、十九歳。
皇后になるまで、残り十か月。
わたくしは一人で食堂に行って、昼食を食べた。
食べた後は急に時間が空いてしまったので、仕立て職人さんたちの作業室に向かって、結婚式の衣装のデザインを一緒に考えてもらう。
伝統的な形があるのかもしれないのでラヴァル夫人にも確認したのだが、ラヴァル夫人の答えは簡潔だった。
「レイシー殿下のよいようになさってください」
アレクサンテリ陛下も聞いたら同じようなことしか言わなかったので、わたくしは結婚衣装は仕立て職人さんたちと相談しつつ、わたくしの思うように作らせてもらうようにした。
作業室に入ると、仕立て職人さんたちが迎えてくれる。
衣装のデザインのスケッチを見せると、様々な意見が飛び交った。
「皇帝陛下のジャケットは長いものの方が長身に映えるでしょう」
「妃殿下のドレスは裾の長いものがよいでしょうね」
「皇帝陛下のテイルコートと妃殿下のドレスにお揃いの刺繍を施すのはいかがでしょう?」
「妃殿下もすらりとして背が高くていらっしゃいますので、スカートを膨らませるよりも体に添ったデザインの方がお似合いになるかもしれません」
それぞれの意見を聞いて、デザイン画を修正して書き加えていく。
デザイン画がある程度出来上がると、これはアレクサンテリ陛下に確認していただくとして、造花作りの続きをする。
前回は染料で花びらを染めたのだが、今回は花びら一枚一枚にこてを当てて立体的にしていく。こての熱で布に型がついて立体的になるのだ。
造花用のこてを握って一枚一枚丁寧に型をつけていって、全部が終わるころに、わたくしは侍女に呼ばれた。
「皇帝陛下がお帰りになります」
「分かりました。今日はありがとうございました。この続きは次回します」
仕立て職人さんたちに挨拶をして、わたくしは部屋に戻って手早く着替える。ディアン子爵家にいたころにも、学園に通っていたころにも、着替えは自分でしていたのだが、皇帝宮では手伝われてしまうので、抵抗しないことにしていた。髪も整えてもらって、玄関のホールに移動すると、アレクサンテリ陛下が帰ってきたところだった。
「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま、レイシー。茶室で待っていてくれ。すぐに着替えてくる」
「はい、お待ちしております」
なにか急な用事でもあったのだろうか。
不思議に思いながら茶室に移動すると、アレクサンテリ陛下は執務用の白を基調とした服から淡い青の服に着替えてきていた。その手には四角くて平たい箱を持っている。
なんだろうと思いながらアレクサンテリ陛下に促されてソファに座ると、アレクサンテリ陛下も横に座った。
「レイシー、話より先に、これを見てほしい」
箱を開けたアレクサンテリ陛下は、大切そうにその中に入っていた布を取り出した。茶色の染みがついているその布は、子どもの服のようだった。
アレクサンテリ陛下が指先で辿る刺繍は、わたくしには見覚えがあった。
「これは、ガーネくんの服ですね」
「そうだ。わたしが生きていくために必死に縋っていた大事な思い出だ。セシルが作ってくれた服。この一枚しか持って来られなかったが、この染みはセシルの血なのだ」
茶色の染みに触れるアレクサンテリ陛下の指先が震えている。
アレクサンテリ陛下はその子ども服をわたくしに渡してくれた。夢の中で何度も見た、ガーネくんの着ていた青い蔦模様の刺繍の入った服だ。
「セシルは切られながらも、わたしの体を抱き締めて必死に庇ってくれた。その体から血が流れて命が零れ落ちていくのをわたしはこの手で感じ取っていた」
その後すぐに皇帝陛下代理だったカイエタン宰相閣下の差し向けた軍勢がやってきて、アレクサンテリ陛下を保護したのだとアレクサンテリ陛下は教えてくれた。
「わたしはセシルと離れたくなかったが、引き離されて、セシルの遺体は埋葬されてしまった」
「死んでいたのだから仕方がありません。わたくし、夢の中で何度も殺される瞬間を見ました。セシルは、ガーネくんを守れてよかったと思っていました」
「わたしのせいでセシルは死んでしまった。わたしはもう、何も失いたくないのだ」
血を吐くようなアレクサンテリ陛下の声に、わたくしはかける言葉がなくなってしまう。セシルの記憶を夢で見ていたとしても、わたくしはセシルではないし、セシルとしてガーネくんだったアレクサンテリ陛下を慰めることはできない。セシルは死んでしまったのだ。
「だから、レイシー、あなたには皇后になってほしいと思っている」
「はい?」
なんだか話が飛んだ気がする。
わたくしが皇后?
皇后といえば、皇帝陛下の唯一の本妻で、陛下と呼ばれる身分の?
アレクサンテリ陛下が卒業パーティーでわたくしに求婚したときにそんなことを言っていたような気がする。わたくしは皇帝陛下に求婚されるだなんてあり得ないと思っていたし、アレクサンテリ陛下の言葉を本気にしていなかったので、すっかりと忘れていた。
「わたくしが、皇后!?」
「そうだ、レイシー。わたしの隣に立つのは生涯レイシーだけ。たった一人の妃なのだ。皇后になるに決まっている」
「いやいやいや、無理です! わたくしにそんな皇后なんて無理です!」
妾妃よりは側妃の方が権力があるのでアレクサンテリ陛下を支えやすいとは思っていたが、皇后の地位をいただけるとは思わなかった。
皇后は皇帝陛下の次にこの国で地位の高い権力者ではないか。
「わたくし、子爵家の娘ですよ?」
「それは関係ない。それに、ディアン子爵家といえば、数代前の皇帝のときに国の資金難を救ってくれた恩のある家だ。誰にも文句は言わせない」
「わたくし、ずっと貧乏で、貴族というより庶民のような暮らしをしていたのですよ?」
「それも問題ない。そのようなレイシーが皇后になる方が、国民の支持は得やすいだろう」
「わたくし、縫物もするし、家庭菜園で野菜も育てますよ?」
「それは構わない。レイシーの好きなことをして、幸せそうにそばにいてくれるのがわたしの何よりの喜びだ」
アレクサンテリ陛下は本気らしい。
わたくし、皇后になんてなれるのだろうか。
貧乏子爵家の生まれで、庶民と変わりない生活をしてきたのに。
愕然としているわたくしに、アレクサンテリ陛下が肩を抱いてわたくしを引き寄せる。
「ラヴァル夫人の話では、レイシーは妃教育も問題なく進んでいると聞いている。結婚式には立派な皇后になれるだろう」
わたくし、側妃でも妾妃でもなくて、皇后になるのでした。
アレクサンテリ陛下がやたらと寵愛してくるとは思っていたけれど、まさか皇后だなんて。
ラヴァル夫人の教育も毎日熱が入っているとは思っていたけれど。
驚きのあまり固まってしまったわたくしの緊張を解きほぐすように、アレクサンテリ陛下がわたくしの背中を優しく撫でてくる。服越しに伝わる体温にわたくしは少しずつ落ち着いてくる。
「わたくしが、皇后……」
「レイシーがなりたくないと言っても、これだけはなってもらわなくては困る。レイシーの地位をしっかりと確立させることが、皇宮に置いてレイシーの身の安全を守ることにもなる」
「わたくしが……」
「わたしが愛せるのはレイシーただ一人だ。お願いだ、レイシー。わたしと結婚して皇后になってほしい」
抱き締められてアレクサンテリ陛下にお願いされて、呆然としていたわたくしは少しずつ正気を取り戻す。
わたくしが皇后になるだなんて全く自信はない。
けれど、アレクサンテリ陛下がわたくしを愛してくれて、わたくしもアレクサンテリ陛下を愛しているのだ。
何より、アレクサンテリ陛下にセシルを失ったときのような絶望には陥ってほしくない。
アレクサンテリ陛下の妃になれば、今後命を狙われるようなことも有り得るだろう。
そういうときに、アレクサンテリ陛下に次ぐ権力者であれば、護衛もつけやすいし、手を出してくる輩も少なくなるという考えなのだろう。
「わたくしで、いいのでしょうか?」
「レイシーしかいない。レイシーが必要なのだ」
わたくしは皇宮に来る時点で、アレクサンテリ陛下の妃となり、アレクサンテリ陛下の血統を継ぐ子どもを産む覚悟はしてきた。
それならば、できるだけ身分が高い方がアレクサンテリ陛下の力になれるだろうし、生まれてくる子どもも大事にされるだろう。
「自信はないですが、頑張ります」
今はまだ胸を張って、わたくしが皇后になりますとは言えなかったが、精一杯の返事をすると、アレクサンテリ陛下はわたくしを抱き締めたまま、わたくしの唇にそっと触れるだけの口付けをした。
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皇后になるまで、残り十か月。
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