そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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二章 ご寵愛されてます

1.アレクサンテリ陛下の側近

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 わたくし、レイシー・ディアンは皇宮の皇帝陛下が住む皇帝宮で暮らしている。
 ここに来ることになったきっかけは、貴族の学園の卒業パーティーでわたくしが婚約破棄されて、そこに皇帝陛下であるアレクサンテリ陛下がお越しになって、わたくしに求婚したことから始まる。
 それから約三か月。
 わたくしは妃教育を受けながら、仕立て職人さんたちに縫物や刺繍や造花の技術を習い、皇帝宮の中庭に家庭菜園も作って、アレクサンテリ陛下と婚約した妃候補にしては自由に暮らさせてもらっていると思う。

 アレクサンテリ陛下はわたくしのことを愛していて、わたくしもアレクサンテリ陛下のことを愛している。
 先日聞いた皇后になるという話には驚いてしまったが、今は立派な皇后になれるように努力していこうと思っている。

 わたくしは幼いころから別人になる夢を見ていた。
 その人物として生きた記憶があるかのように現実味のある夢の中の少女、セシル。セシルがお針子になりたいと裁縫や刺繍を頑張っていたので、わたくしも自然と幼いころから針を使って縫物や刺繍をするようになったし、セシルが十六歳で迷い込んできた男の子、ガーネくんを庇って死んでしまうところも何度も夢に見た。
 それが現実に起こったことだというのを知ったのは、アレクサンテリ陛下がガーネくんと呼ばれていた男の子の成長した姿で、セシルの死に絶望しながらも生き延びていてくれたからだった。

 わたくしがセシルの生まれ変わりかどうかはよく分からない。
 アレクサンテリ陛下も、最初はわたくしの中にセシルの姿を重ねていたようだが、今はレイシーとして愛してくださっているので何の問題もないと思う。

 レイシー・ディアン、十九歳。
 皇后になるために頑張ります。

 皇后になると思ってからは、それまでもラヴァル夫人の妃教育は真剣に受けていたが、さらに力を入れて受けるようになった。
 属国の歴史やマナー、言語に至るまで、全て完璧に身に着けたい。
 わたくしの学習意欲にラヴァル夫人も応えてくれていた。

「皇帝陛下はレイシー殿下を皇后陛下に望まれていることをきちんと伝えたのですね」
「はい。最初は戸惑い、とても無理だと思いましたが、わたくしがアレクサンテリ陛下のお子を産んだ際に、皇后の地位があった方がいいのではないかと思って、努力することに決めました」

 皇后になれる自信はまだない。
 でも努力していくほかはないだろう。

「それでは、家庭教師を増やさなければいけませんね」
「ラヴァル夫人だけではいけないのですか?」
「わたくしで教えられることにも限度があります。前々から家庭教師を増やすように皇帝陛下にはお伝えしていたのですが、レイシー殿下に教えられる人材がいなかったのです。男性の家庭教師は絶対にダメだと仰るし」
「男性の家庭教師はダメなのですか?」
「皇帝陛下はレイシー殿下をご寵愛されています。他の男性が近付くのを好まないのです」

 言われてみれば皇帝宮で働いている使用人も、わたくしの家庭教師として来てくださっているラヴァル夫人も、仕立て職人さんたちも、わたくしの視界に入る人物は皆女性である気がする。
 男性を目にしたのは、皇宮で婚約式をしたときと、お誕生日のお茶会をしたときくらいだ。それも皇帝宮の中ではない。

「アレクサンテリ陛下は、その、嫉妬を?」
「はっきりと申し上げればそうですね。レイシー殿下に他の男性が近付くだけで嫉妬してしまうようです」

 なるほど。
 アレクサンテリ陛下は嫉妬深いようだ。
 誤解されるようなことがないように、わたくしも気を付けなければいけない。

 気を引き締めていると、ラヴァル夫人が少し考えて、わたくしに言った。

「近々新しい家庭教師を紹介いたしましょう。レイシー殿下は身分は気になさいませんよね」
「はい。わたくし自身、子爵家の出身です」
「ディアン子爵家は、数代前の皇帝陛下の御代に資金難に陥った国を私財を投げ打って助けてくれた高貴な家柄です。もっと高い身分を皇帝陛下が授けようとしても、断り、子爵家の身分をようやく受け取ってくださった家です。レイシー殿下はもっと誇りを持ってください」
「アレクサンテリ陛下も同じようなことを仰られたのですが、今のディアン子爵家は庶民と変わらない暮らしをしていますよ」
「そうであっても、数代前の皇帝陛下に恩がある家だということは確かなのです。今後、レイシー殿下を妬んでくる者もおりましょう。レイシー殿下は誇りを持ってその者たちに対峙していかねばならないのです」

 ディアン子爵家で育ったことを、わたくしは恥だと思ったことはない。裕福な貴族からしてみれば、ディアン子爵家は馬鹿にするような家なのかもしれないが、それを許してはならないとラヴァル夫人は言っている。
 誇りを持って対峙しないと、皇后として立派にやっていくことはできないだろう。

「できるかどうか分かりませんが、わたくしはディアン子爵家で幸せでした。ディアン子爵家に生まれたことを何一つ後悔していません。誇りを持てるように努力していきたいと思います」

 わたくしが答えると、ラヴァル夫人は厳かに頷いた。

 その日は皇太后陛下からお茶に誘われていた。
 アレクサンテリ陛下も同席するというので、わたくしはアレクサンテリ陛下が戻るまでに着替えて準備をしておいた。
 時間近くになると玄関ホールで待っていたわたくしに、ドアが開いてアレクサンテリ陛下が姿を現す。

「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま、レイシー。待っていてくれたのかな?」
「はい、お待ちしておりました」

 アレクサンテリ陛下のお顔を見ると安心する。慣れない頃は眩しすぎて美しいお顔を直視できなかったけれど、最近はちゃんと見られるようになってきた。
 微笑むと目元が朱鷺色に染まるアレクサンテリ陛下。色素がとても薄いので、表情に感情が出やすいのだ。
 ガーネくんと呼ばれていたころはどうだったか思い出そうとするのだが、目元が朱鷺色に染まるようなことはなかった気がする。長じてから肌の色がますます白くなったのかもしれない。髪の色もガーネくんは銀色だったが、アレクサンテリ陛下は白銀になっている。

「レイシー、少しだけ待っていてくれるかな。着替えてくる」
「はい」

 足早に階段を駆け上がり、ご自分の部屋に行って、着替えて戻ってくるアレクサンテリ陛下。執務をするときの普段の格好は白を基調として赤と金の縁取りのある服なのだが、普段着は薄い青や水色が多い。最近は紫もお召しになっている姿を見かける。

 薄い青のフロックコートを着てきたアレクサンテリ陛下は、わたくしをエスコートして皇太后宮まで連れて行ってくれた。
 皇宮はとても広いので、移動に馬車を使うこともある。
 皇帝宮から皇太后宮まではそれほど遠くなかったので、二人で歩いたが、それでも十分はかかったのではないだろうか。

 皇太后宮に行くと、庭のサンルームに通される。サンルームには皇太后陛下の他に、アレクサンテリ陛下くらいの年齢の男性が一緒だった。その男性を見ると、アレクサンテリ陛下の表情が苦いものになる。

「レイシー殿下、ユリウス・ノルデンと申します。ノルデン侯爵家の長男です。皇帝陛下の側近として共に執務にあたらせていただいております」
「お初にお目にかかります、ユリウス様。わたくしはレイシー・ディアンと申します。ディアン子爵家の長女です。よろしくお願いします」

 立ち上がってわたくしに優雅に一礼するユリウス様は、灰色の髪に薄い水色の目の整った顔立ちの男性だった。アレクサンテリ陛下ほどではないが、背が高くて見上げてしまう。

「母上、ユリウスがどうしてここにいるのですか?」
「わたくしが呼んだのです。皇帝陛下はご自分の側近もレイシー殿下に紹介していない様子なので」
「お茶会でユリウスはレイシーの顔を見ているでしょう。婚約式でもそうです」
「ユリウス殿はあなたが結婚しないから、ご自分も結婚を控えているような忠義ものなのですよ。レイシー殿下と何かあるはずがないでしょう」
「わたしより、ユリウスの方がレイシーに年が近いではないですか!」
「たったの二歳でしょう? 皇帝陛下は冷静になってレイシー殿下の交友関係を広げるべきなのです。レイシー殿下に皇后になってほしいと伝えたのでしょう?」

 皇太后陛下の言葉にアレクサンテリ陛下はぐっと言葉に詰まる。
 わたくしはアレクサンテリ陛下の袖を引いてサンルームの中のソファに一緒に腰かけた。アレクサンテリ陛下が座らなければ、他の誰も座れないので、みんな立ったままだったのだ。

「ユリウス、レイシーに余計なことは言わないように」
「分かっておりますよ、皇帝陛下。皇帝陛下が妃殿下のことをどれだけ大事に思っていらっしゃるかも」

 ユリウス様とアレクサンテリ陛下は仲がいいのだろうか、ユリウス様の口調が気安いもののように思える。
 わたくしは妃候補としてユリウス様とどのような会話をするべきか、考えながら紅茶の注がれたカップを手に取った。
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