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三章 ご寵愛の末に
1.春の兆し
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アレクサンテリ陛下のお誕生日には国を挙げて生誕祭が開かれる。
今年の生誕祭はアレクサンテリ陛下が婚約しているという事実があるし、妃候補であるわたくしも参加するので例年よりも盛大に開催されるようだった。
アレクサンテリ陛下は生誕祭で貴族たちに挨拶をして、皇宮本殿のテラスから国民に手を振ることが決まっている。
わたくしはアレクサンテリ陛下の衣装とわたくしの衣装を作るために作業室に通っていた。
冬も終わりになりかけていて、アレクサンテリ陛下の生誕祭までは残り二か月。アレクサンテリ陛下のサイズもわたくしのサイズも分かっているので、それほど焦ることはないが、時間が限られているのは確かだった。
衣装作りはデザインを決めて、型紙を作り、布の型紙を作って仮縫いをして、本縫い用の布を裁つまでが一番大変だ。そこからは縫うだけなのでそれほど労力はかからないのだが、まずデザインからわたくしは迷っていた。
対になるような衣装を作るようにとラヴァル夫人からは言われたが、どのようにして対にしていけばいいのか分からない。
皇帝陛下の色は決まっていて、公の場では白をお召しになるのだが、その差し色にわたくしの目の色である紫を使うのまではなんとなく決まった。
問題はわたくしの衣装だ。皇帝陛下の色が白と決まっているのは、汚れのない清廉なイメージと、この国の技術では真っ白な布を作ることが難しいので、最高級の布を使っているというアピールでもあった。
アレクサンテリ陛下が白をお召しになるとしても、わたくしが白を着ていい理由にはならない。
それならば、淡い紫にアレクサンテリ陛下の目の色の赤を差し色に入れるかとも思うのだが、わたくしは公の場で淡い紫色ばかり着ているような気がしているのでそれもどうかと迷ってしまう。
迷うわたくしに、仕立て職人さんの一人が助言をくれた。
「白ではなく、生成りではどうでしょうか?」
絹の色はそのままの状態では白ではなく生成りになる。薄いベージュのシルクを切るのだったら、皇帝陛下の白と被らないし、いいかもしれない。
「アレクサンテリ陛下が白地に紫を差し色に、わたくしが生成りに赤を差し色にする。悪くないかもしれません。その線で考えていきましょう」
とりあえず色が決まれば、後はデザインである。アレクサンテリ陛下はフロックコートの形にして、わたくしはスカートを膨らませないすとんと床まで落とすデザインにする。
デザインが決まると、刺繍も決めていく。アレクサンテリ陛下は青い蔦模様がお好きだが、この色味に青まで混ぜてしまうと色味が多くなりすぎるので、アレクサンテリ陛下の銀色の髪に合わせて銀糸で蔦模様を刺繍することを決めた。わたくしも衣装も同じく銀糸で蔦模様を刺繍する。
デザインを決めるのに少し時間がかかってしまったが、決まってしまえば後は型紙を作って、仮縫いをして、本縫い用の布を裁って、本縫いをするのみだった。
仮縫いにはアレクサンテリ陛下に協力してもらった。
「どこか窮屈なところや、余っているところはありませんか?」
「どうかな? レイシーから見て、おかしいところはない?」
「ないとおもうのですが。アレクサンテリ陛下、ゆっくりと腕を回してみてください」
「こうかな?」
腕を回してみてもらったり、その場でゆっくり回ってもらったりして、問題がないことを確かめる。
「素晴らしい衣装ができそうだね。わたしの一生の思い出になりそうだ」
「これからも何度でもアレクサンテリ陛下の衣装を作ります。一生の思い出なんて言わないでください」
嬉しそうな笑顔のアレクサンテリ陛下に、わたくしまで嬉しくなってしまう。
作業は続けつつも、毎日の妃教育も変わりなく行われているので、わたくしは忙しかった。
それでも、中庭に春のための準備をするのは忘れなかった。
「ジャガイモと、何を植えましょうか。人参とトマトとナスは外せないでしょう」
呟きながら検討していると、庭師さんから声をかけられる。
「恐れながら、妃殿下、今年も苗や種を仕入れておきましょうか?」
「お願いします」
去年、皇帝宮に来てからわたくしは中庭に家庭菜園を作る許可を得て、庭師さんに苗や種を仕入れてもらっていた。今年もそうしてもらえるのならばありがたい。
お願いして、中庭の開墾を行って、わたくしは汗をかいたので、部屋で汗を拭いて着替えた。
ディアン伯爵家から持ってきた衣装は、作業のときにはとても役に立っている。汚れることを気にせずに着られるからだ。それでも、この衣装もわたくしが皇后になればもう着てはいけないとラヴァル夫人に言われていた。
開墾作業が終わってお茶の時間になると、アレクサンテリ陛下が皇帝宮に戻ってきてくれる。アレクサンテリ陛下と一緒にお茶をするのがわたくしの日課になっていた。
「レイシー、ただいま」
「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
帰ってきたアレクサンテリ陛下がわたくしを抱き締めるのにも慣れてきた。胸はドキドキするのだが、それも心地いいときめきに変わっている。
アレクサンテリ陛下とわたくしは着実に愛を深めていた。
「今日は何をしていたのかな?」
「午前中に妃教育を受けて、午後はお茶の時間まで中庭の開墾をしていました」
「今年はどんな美味しい野菜を食べさせてもらえるのかな?」
「ジャガイモと人参とトマトとナスは植えようと思っているのですが、他に何を植えようか迷っています」
「レイシーは豆類は育てないのかな?」
「豆ですか? インゲンがお好きですか? 枝豆がお好きですか?」
「枝豆が好きかな」
アレクサンテリ陛下の返事に、わたくしは枝豆を育てようと心に決めた。
冬は終わり、暦の上では春になっていく。
アレクサンテリ陛下の生誕祭まで残り一か月を切った。
わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式まではまだ五か月ある。
「アレクサンテリ陛下、夏になったら泳ぐ練習をさせてくださるというお話を覚えていますか」
「レイシーは覚えていたのか。それならば、大至急プールを作らせなければいけないね」
「プールを作るのですか!?」
「レイシーを川や湖で泳がせるわけにはいかないからね。だからといって、泳げないというのも問題がある。船で移動するときに、レイシーが万が一落ちてしまったら、護衛が助けに行くとは思うのだが、レイシー自身が泳げるに越したことはない」
暗殺、という言葉が頭をよぎった。
わたくしは皇后になるのだ。
アレクサンテリ陛下が視察で他国や属国を訪れるときにご一緒するかもしれない。そのときに船に乗ったわたくしに、刺客が放たれないとは限らなかった。
水の中に突き落とされて、ただ溺れるだけでは命を守れない。
「わたくし、泳げるようになるよう、頑張ります」
「そのためにも、夏までにプールを作らせよう」
わたくし専用のプールがあるのはあまりにも贅沢すぎる気もするが、皇后とはそういう地位なのかもしれないと諦める。
アレクサンテリ陛下はわたくしに既婚、未婚を問わず男性が近付くのを嫌がるので、皇帝宮で働いている使用人は全員女性で、護衛だけが男性だった。
その護衛も緊急時以外はわたくしに話しかけてはいけない、近寄ってはいけない、と決められているようだった。
わたくしが男性と話したのは、ユリウス様やテオ様やシリル様やカイエタン宰相閣下、それにカイエタン宰相閣下の御子息のエメリック様とアウグスタ様を除けば、婚約式やお誕生日のお茶会や皇帝陛下の別荘や新年のパーティーで挨拶した方くらいで、それも一言二言話したくらいで、顔も覚えていない。
アレクサンテリ陛下は少々わたくしに過保護すぎるところがあるのかもしれない。
そんなことを思いながらアレクサンテリ陛下の顔を見ると、微笑んでいたので、わたくしも自然と微笑みを返してしまった。
今年の生誕祭はアレクサンテリ陛下が婚約しているという事実があるし、妃候補であるわたくしも参加するので例年よりも盛大に開催されるようだった。
アレクサンテリ陛下は生誕祭で貴族たちに挨拶をして、皇宮本殿のテラスから国民に手を振ることが決まっている。
わたくしはアレクサンテリ陛下の衣装とわたくしの衣装を作るために作業室に通っていた。
冬も終わりになりかけていて、アレクサンテリ陛下の生誕祭までは残り二か月。アレクサンテリ陛下のサイズもわたくしのサイズも分かっているので、それほど焦ることはないが、時間が限られているのは確かだった。
衣装作りはデザインを決めて、型紙を作り、布の型紙を作って仮縫いをして、本縫い用の布を裁つまでが一番大変だ。そこからは縫うだけなのでそれほど労力はかからないのだが、まずデザインからわたくしは迷っていた。
対になるような衣装を作るようにとラヴァル夫人からは言われたが、どのようにして対にしていけばいいのか分からない。
皇帝陛下の色は決まっていて、公の場では白をお召しになるのだが、その差し色にわたくしの目の色である紫を使うのまではなんとなく決まった。
問題はわたくしの衣装だ。皇帝陛下の色が白と決まっているのは、汚れのない清廉なイメージと、この国の技術では真っ白な布を作ることが難しいので、最高級の布を使っているというアピールでもあった。
アレクサンテリ陛下が白をお召しになるとしても、わたくしが白を着ていい理由にはならない。
それならば、淡い紫にアレクサンテリ陛下の目の色の赤を差し色に入れるかとも思うのだが、わたくしは公の場で淡い紫色ばかり着ているような気がしているのでそれもどうかと迷ってしまう。
迷うわたくしに、仕立て職人さんの一人が助言をくれた。
「白ではなく、生成りではどうでしょうか?」
絹の色はそのままの状態では白ではなく生成りになる。薄いベージュのシルクを切るのだったら、皇帝陛下の白と被らないし、いいかもしれない。
「アレクサンテリ陛下が白地に紫を差し色に、わたくしが生成りに赤を差し色にする。悪くないかもしれません。その線で考えていきましょう」
とりあえず色が決まれば、後はデザインである。アレクサンテリ陛下はフロックコートの形にして、わたくしはスカートを膨らませないすとんと床まで落とすデザインにする。
デザインが決まると、刺繍も決めていく。アレクサンテリ陛下は青い蔦模様がお好きだが、この色味に青まで混ぜてしまうと色味が多くなりすぎるので、アレクサンテリ陛下の銀色の髪に合わせて銀糸で蔦模様を刺繍することを決めた。わたくしも衣装も同じく銀糸で蔦模様を刺繍する。
デザインを決めるのに少し時間がかかってしまったが、決まってしまえば後は型紙を作って、仮縫いをして、本縫い用の布を裁って、本縫いをするのみだった。
仮縫いにはアレクサンテリ陛下に協力してもらった。
「どこか窮屈なところや、余っているところはありませんか?」
「どうかな? レイシーから見て、おかしいところはない?」
「ないとおもうのですが。アレクサンテリ陛下、ゆっくりと腕を回してみてください」
「こうかな?」
腕を回してみてもらったり、その場でゆっくり回ってもらったりして、問題がないことを確かめる。
「素晴らしい衣装ができそうだね。わたしの一生の思い出になりそうだ」
「これからも何度でもアレクサンテリ陛下の衣装を作ります。一生の思い出なんて言わないでください」
嬉しそうな笑顔のアレクサンテリ陛下に、わたくしまで嬉しくなってしまう。
作業は続けつつも、毎日の妃教育も変わりなく行われているので、わたくしは忙しかった。
それでも、中庭に春のための準備をするのは忘れなかった。
「ジャガイモと、何を植えましょうか。人参とトマトとナスは外せないでしょう」
呟きながら検討していると、庭師さんから声をかけられる。
「恐れながら、妃殿下、今年も苗や種を仕入れておきましょうか?」
「お願いします」
去年、皇帝宮に来てからわたくしは中庭に家庭菜園を作る許可を得て、庭師さんに苗や種を仕入れてもらっていた。今年もそうしてもらえるのならばありがたい。
お願いして、中庭の開墾を行って、わたくしは汗をかいたので、部屋で汗を拭いて着替えた。
ディアン伯爵家から持ってきた衣装は、作業のときにはとても役に立っている。汚れることを気にせずに着られるからだ。それでも、この衣装もわたくしが皇后になればもう着てはいけないとラヴァル夫人に言われていた。
開墾作業が終わってお茶の時間になると、アレクサンテリ陛下が皇帝宮に戻ってきてくれる。アレクサンテリ陛下と一緒にお茶をするのがわたくしの日課になっていた。
「レイシー、ただいま」
「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
帰ってきたアレクサンテリ陛下がわたくしを抱き締めるのにも慣れてきた。胸はドキドキするのだが、それも心地いいときめきに変わっている。
アレクサンテリ陛下とわたくしは着実に愛を深めていた。
「今日は何をしていたのかな?」
「午前中に妃教育を受けて、午後はお茶の時間まで中庭の開墾をしていました」
「今年はどんな美味しい野菜を食べさせてもらえるのかな?」
「ジャガイモと人参とトマトとナスは植えようと思っているのですが、他に何を植えようか迷っています」
「レイシーは豆類は育てないのかな?」
「豆ですか? インゲンがお好きですか? 枝豆がお好きですか?」
「枝豆が好きかな」
アレクサンテリ陛下の返事に、わたくしは枝豆を育てようと心に決めた。
冬は終わり、暦の上では春になっていく。
アレクサンテリ陛下の生誕祭まで残り一か月を切った。
わたくしとアレクサンテリ陛下の結婚式まではまだ五か月ある。
「アレクサンテリ陛下、夏になったら泳ぐ練習をさせてくださるというお話を覚えていますか」
「レイシーは覚えていたのか。それならば、大至急プールを作らせなければいけないね」
「プールを作るのですか!?」
「レイシーを川や湖で泳がせるわけにはいかないからね。だからといって、泳げないというのも問題がある。船で移動するときに、レイシーが万が一落ちてしまったら、護衛が助けに行くとは思うのだが、レイシー自身が泳げるに越したことはない」
暗殺、という言葉が頭をよぎった。
わたくしは皇后になるのだ。
アレクサンテリ陛下が視察で他国や属国を訪れるときにご一緒するかもしれない。そのときに船に乗ったわたくしに、刺客が放たれないとは限らなかった。
水の中に突き落とされて、ただ溺れるだけでは命を守れない。
「わたくし、泳げるようになるよう、頑張ります」
「そのためにも、夏までにプールを作らせよう」
わたくし専用のプールがあるのはあまりにも贅沢すぎる気もするが、皇后とはそういう地位なのかもしれないと諦める。
アレクサンテリ陛下はわたくしに既婚、未婚を問わず男性が近付くのを嫌がるので、皇帝宮で働いている使用人は全員女性で、護衛だけが男性だった。
その護衛も緊急時以外はわたくしに話しかけてはいけない、近寄ってはいけない、と決められているようだった。
わたくしが男性と話したのは、ユリウス様やテオ様やシリル様やカイエタン宰相閣下、それにカイエタン宰相閣下の御子息のエメリック様とアウグスタ様を除けば、婚約式やお誕生日のお茶会や皇帝陛下の別荘や新年のパーティーで挨拶した方くらいで、それも一言二言話したくらいで、顔も覚えていない。
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