そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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三章 ご寵愛の末に

2.玉留めの場所

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 アレクサンテリ陛下の生誕祭の衣装が出来上がった。
 刺繍の最後の一針を終えて、玉結びをして刺繍糸を切ると、わたくしの胸の中に達成感がわいてくる。
 先にわたくしの衣装も仕上げていたので、これでアレクサンテリ陛下の生誕祭に出席することができる。

 出来上がった喜びのあまりアレクサンテリ陛下のフロックコートのジャケットを抱き締めてから、わたくしは皴になってはいけないと慌てて腕を放した。

 アレクサンテリ陛下とわたくしの衣装を作る時間は、妃教育の合間にしていたが、それだけでは足りなかったので、夜寝る前にも作業を続けていた。時計を見れば日付が変わりそうになっている。
 わたくしは衣装をトルソーに着せて、針や糸を片付けて、ベッドに入った。


 夢の中でガーネくんがセシルの手元を覗き込んでいた。
 セシル……わたしは、ガーネくんに教える。

「縫い終わった最後は玉留めをするの。それが表に見えていない方がきれいだから、本当は裏側に玉留めをするの」
「おねえちゃんは、どうして、表に玉どめをするの?」
「ガーネくんはまだとても小さいでしょう? 裏に玉留めをしたら、ガサガサして気になるかもしれない。ガーネくんのお肌に傷がついたりしないように、表に玉留めをして、それもデザインにしてしまうのよ」

 説明すると、ガーネくんは柘榴の瞳を煌めかせてわたしを見上げていた。

「ぼくのために、玉どめを表にしてくれてるの?」
「そうよ。小さい子の服は着やすいのが一番だからね」

 わたしはガーネくんの服を何枚も縫っていたし、刺繍もしていたが、ガーネくんの服はできるだけ縫い代が内側にならないようなデザインにして、外側に縫い代が出ているのを刺繍で押さえて、刺繍の玉留めも表に出して作っていた。
 それは小さな子は肌が弱いので縫い代や刺繍の玉留めが肌にあたって痒くなることがよくあるのだ。
 この地域では学校に通う前の子どもにはそうやって配慮していた。

 ガーネくんは六歳なので学校に入学する年齢になっていたが、この地域の子どもではないので学校に通うことができない。なにより、ガーネくんはとても賢くて、文字の読み書きはできたし、普通の平民の六歳児とは思えなかった。
 それでも、ガーネくんはとても肌が白くて、色素が薄くて、皮膚も薄いように見えた。だから、わたしはガーネくんの服はできるだけ肌触りのいいように作っていたのだ。

 青い蔦模様の刺繍を小さな指で辿って、ガーネくんが刺繍の一番端にちょこんと小さくついている玉留めに触れた。

「これだね、玉どめ」
「そうよ。表にあったら肌にあたらないでしょう?」
「うん! ありがとう、おねえちゃん」

 嬉しそうに何度も刺繍の上を指で撫でるガーネくんに、わたしは工夫をしてよかったと思っていた。


 目が覚めてわたくしは思い出していた。
 玉留めの位置。
 普通は裏側に玉留めを持って来て、刺繍が映えるようにするのだが、わたくしは自然と玉留めを表に持ってきていた。
 それはセシルのころのくせだったのかもしれない。

 朝食の席でわたくしはアレクサンテリ陛下に聞いてみた。

「青い蔦模様の刺繍ならば、探せば他にもあったのではないですか? アレクサンテリ陛下がわたくしの刺繍した青い蔦模様を見て、セシルと重ねたのはどうしてだったのですか?」
「セシルはわたしの衣装の刺繍の玉留めを必ず表にしてくれていた。その玉留めも、デザイン的になっていて、玉留めだということが一目では分からないようになっていた。レイシーが刺繍して店に卸したハンカチの刺繍も、玉留めが表になっていたが、デザイン的になっていて、それが玉留めとはすぐには分からないようになっていた」

 やはりそうだった。
 アレクサンテリ陛下は、セシルと同じ玉留めの仕方をしていたわたくしのハンカチを見て、わたくしとセシルが関係あると確信したのだ。

「デビュタントのときに運命を感じたと仰いましたが、それはどうだったのですか?」
「レイシーを見て、セシルの面影があると思った。なにより、セシルの声とレイシーの声がとてもよく似ていたのだ」
「わたくしの声とセシルの声は似ていたのですか!?」

 それは初耳だった。
 自分の声というのは骨を伝わって聞こえるので、他のひとが聞いている声とは少し聞こえが違うのだと聞いたことがある。それに、わたくしが聞くセシルの声は夢の中の自分の声だったし、わたくしの声と似ているかどうかは全く分からなかった。

「なにより、レイシーが顔を上げてわたしを見た瞬間、わたしはレイシーに一目で心奪われた。わたしの初恋はセシルだったけれど、二度目の恋はレイシーだったのかもしれない」

 あのころのわたくしは、貧乏で自分が作ったドレスしか着たことがなかったし、そのドレスも高い生地は使えなかった。髪も最低限の手入れしかできていなかったし、お化粧もほとんどしたことがない。皇帝陛下の御前でご挨拶をするのだからと、母が自分の口紅を貸してくれたけれど、それも似合っていたか分からない。
 地味で貧相なわたくしにアレクサンテリ陛下は恋をしたのだと言ってくださる。

「わたくしは緊張してアレクサンテリ陛下のお顔もまともに見られませんでした」
「わたしは壇上から降りて、レイシーに駆け寄りたかった。それが許されない立場である自分を恨んだよ」

 デビュタントのときには、わたくしはレナン殿と婚約していた。正直レナン殿のことは思い出したくないくらい、最低で、わたくしを侮辱してくる嫌な婚約者だったが、アレクサンテリ陛下はわたくしに婚約者がいたことを知っていたのだろう。
 そうでなかったらどうなったのだろうか。
 デビュタントの席で求婚されていたら、わたくしは緊張のあまり倒れていたかもしれない。

 卒業パーティーで求婚されたときも、倒れなかったのが不思議なくらいだった。
 ただ現実味がなくて、アレクサンテリ陛下の言っていることが何も頭に入って来なくて、実感がなかった。

 あれからもう八か月が経とうとしているのか。
 皇帝宮に来てからの日々はあっという間にも思えたが、色んなことが濃縮された日々でもあった。

「アレクサンテリ陛下生誕祭の衣装が完成しました。今日のお茶の時間にでも着てみてください」
「それは楽しみだね、レイシー。玉留めは表にしたの?」
「それは、裏にしました」

 さすがにアレクサンテリ陛下の年齢で玉留めを表にしているのはおかしいし、デザイン的にも不自然なのでそう答えると、アレクサンテリ陛下はくすくすと笑っていた。

「残念だな。レイシーの玉留めを隠すデザイン好きなのに」
「アレクサンテリ陛下はそう思ってくださっても、生誕祭という公の場で玉留めを表に出しておくことはできません」
「誰も気付かないのに」
「わたくしが嫌なのです」

 アレクサンテリ陛下には晴れの日に最高の衣装を着てほしい。わたくしの願いを口にすれば、アレクサンテリ陛下が微笑んだ。色素が薄いので目元が朱鷺色に染まる。

「レイシー、わたしのために衣装を作ってくれてありがとう。わたしはセシルにお願いしたかったんだ。大きくなっても、ずっとずっと衣装を作り続けてほしいと」

 セシルへのアレクサンテリ陛下の願いは叶わなかった。
 セシルはたったの十六歳でアレクサンテリ陛下を庇って命を落としてしまった。
 その願いをわたくしは引き継ぐことができる。

「セシルの代わりに、わたくしがずっとアレクサンテリ陛下の衣装を作り続けます」
「嬉しいよ、レイシー」
「できれば、華やかな場面のものだけではなくて、普段着も作りたいのですが」
「大変ではない?」
「時間を見つけて少しずつ縫っていけば大丈夫です」

 心配するアレクサンテリ陛下に、わたくしは平気だと伝える。

「それじゃ、お願いしようかな。わたしは一生レイシーの衣装を着ていられるんだね。幸せ者だ」
「はい、一生、お仕立てします」

 セシルはお針子になりたかったけれどなれなかった。
 わたくしは、お針子になるわけにはいかないけれど、アレクサンテリ陛下専属の衣装係にはなれそうだ。
 これもセシルの夢を叶えることになるのかもしれないとわたくしは思っていた。
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