姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました

天埜鳩愛

文字の大きさ
21 / 22
番外編 僕らは国境の街で愛を叫ぶのさ

前編

しおりを挟む
☆作中に登場した天才魔導師 ロイ君のエピソードです。

 異国の街角の高い屋根の上、僕は途方に暮れながら真っ赤に染まる空を見上げた。はあ、これからどうしよう。もうじき日が暮れてしまう。ああ、愛しいアズール。僕はただ、もう一度君に会いたかっただけなのに。
 下で人の話し声がしたから、身が縮こまる。どうしよう、下に降りたいけど、きっとまだそこらへんにあいつらがうろついている気配がする。

 つい先ほどの事。僕は辿り着いたばかりの異国の地で男たちに襲撃された。四方八方から僕に掴みかかってきた浅黒い大きな手、血走った眼を思い出しただけでも身震いする。これまでの人生で一番怖かったのは兄さんの騎乗する龍に乗って一気に空へと駆け上がったあの時だったけど、今日はそれに匹敵するぐらいに恐ろしかった。今だってまだ早鐘を打っている心臓が、さっきなんて口から飛び出るかと思った。もう逃げることだけしか考えられなかったか、得意変身魔法で猫の姿になって追っ手を撒き、闇雲にここまで走って屋根の上へとよじ登ってきたのだ。
 
 夕闇が足元から忍び寄って、ひんやりした風が吹いてきた。心細さに涙が出そうになった僕の視界に、金色の弧を描き流れ星のようなものがぴゅんっと横切っていく。

「にゃあああん」

 僕は腰を抜かさんばかりに驚き声を上げたが、間の抜けた猫の鳴き声が口から洩れて余計に泣けてきた。

 僕はロイ。隣国の魔法学校の学生だ。本来ならばこんなところにいるはずがない僕だけど、理由があって今ここにいる。大好きな人に会うために、頑張って国境を越えてきたんだ。

 年に一度、僕の通う魔法学校には隣国の優秀な学生が特別授業を受けにやってくる。
 僕の想い人、アズールは毎年もれなくそのメンバーに入っていた。
 彼はとりわけ優秀な学生という印象はあったけど、これまで僕らは特別親しい間柄ではなかった。それがあるきっかけで無二の親友になれたんだ。

 今年の特別授業の目玉として、我が国が誇る『暁風の竜騎士団』の竜騎士による竜の騎乗実習が組まれていた。その希少な機会を得る為、予想通り両校から志願者が殺到したんだ。
 僕は当選したけど、アズールは抽選に敗れてしまって、酷く落ち込んでいた。僕はといえば兄さんが竜医をしているから、これまで何度も竜に乗せてもらって空を飛んだことがある。
 竜に乗るのは慣れるまで結構コツがいる。最初は空へと舞い上がる瞬間に気絶するものもいるぐらいだ。僕はむしろ周りに格好いいところを見せられたらいいな、ぐらいの動機で授業を取ったから、僕は快く彼に当選枠を譲った。
 アズールは深く感謝してくれて、それがきっかけで彼に海より深く感謝をされて、僕らは一気に親しくなった。
 賢いアズールの学びの着眼点は僕にとって常に新鮮で、今まで周りにいた誰よりも彼の発言に影響を受けることが多かった。
 夏の間どこに行くにも一緒で、何時でも肩がくっつくほど近い距離にいた。消灯前には必ず僕の寮の部屋の前まで来てくれて、ほっぺにお休みのキスをしてくれたんだ。

 消灯間際、彼がはにかんだ笑顔だけを残して小さく手を振る。僕も嬉しくてぶんぶん手を振る。彼が帰るまでは我慢してても、ベッドに入ったらもう、顔がにやけてしまって、嬉しさと恥ずかしさとドキドキで毎晩眠れなくなってた。
 一緒にいるときゅっと胸が締め付けられるような愛おしさが日に日に増した。何で僕らは同じ国に生まれなかったんだろう。同窓で学べたらどんなに良かっただろう。そう寂しく思った。ずっとこの日々が続けばいいのに、季節はあっという間に過ぎていく。
 溢れる程の思いが頂点に達したのは彼が帰国する日の朝だった。

 その日は少し肌寒くて、僕はそれだけでもすごく心細いような、切ないような心地に囚われていた。僕らは寮から校舎へと続く花苑の小道を連れだって歩いた。数日前に彼が僕に向かって伸ばした手を取ってからは、そこを歩くときは自然と手をつなぐようになっていた。
 急にアズールが立ち止まって、温かな手で僕の手をもっと強くぎゅうっと掴んだ。僕は驚いて彼の顔を見上げた。
 言葉にならないけど目を見たら分かった。彼の青い瞳が哀しみで揺れている。

(離れ離れになりたくない)

 そう目で語っていた。もちろん僕も同じ気持ちだった。見つめあっていたら哀しみが増してきて、鼻の奥がつんっとしてきた。僕らはどちらともなく引き寄せ合い、僕は長身の彼にぎゅっとしがみついた。
 シャツの向こうではアズールの素直な心音がとくとく早鐘を打っていた。誰が密かもわからない場所で大胆に抱き合って、僕の頬も釣られるようにかっかと火照ってきた。

「ロイ、僕は……」

 彼が僕の名をいつになく低く甘い声で呼んで、唇がくっつきそうなほど顔を近づけてきた。僕は緊張して両の拳を握りながら目を瞑る。次の言葉を期待して、僕はこくり、と喉を鳴らす。

(僕らって、相思相愛なの? それってすごく幸せだ)

 そう思って天にも昇る気持ちだったのに、いいところで後から「おい、送別式に遅刻するぞ」と友達に後から声をかけられてしまった。反射的に目を開けると、彼は苦笑して僕から身を離した。

 僕らは千載一遇のチャンスを逃してしまって、悔しくて小さく唇を噛む。
 僕の子供っぽい仕草に彼は呆れもせずに微笑んで、自分がローブに留めていた金色の小鳥のブローチを外すと僕の掌に載せてくれた。

「これ、あげるね」

 キラキラと掌で星みたいに光る、小さな小鳥。見るからに高価で僕は頂けないとぶんぶん首を振ったが、彼は名残惜し気に僕の掌を外側から包んで手ごとブローチを握った。

「必ずまた会おう」

 ついに恐れていた瞬間が来た。別れが辛くて僕は頷くことしかできなかった。
 結局彼が言いかけた言葉の続きを聞くこともできず、唇へのキスすら未遂のまま彼は帰国してしまった。

 彼がくれた金の小鳥は僕が眠る前のひと時、異国の言葉で唄を歌う。最初はその言葉の意味が分からなくて、図書館で頑張って調べた。それが恋人の無事を願い、永遠の愛を囁く唄だって知った時、天にも昇る気持ちになった。

 毎晩毎晩愛を囀る小鳥に「僕もアズールが好き。だーい好き」と話しかけた。この想いをどうにか彼に伝えたい。
 手紙に君の事が好きって書きたかった。君も僕の事好き? って聞きたかった。でもやっぱり僕の勘違いだったら恥ずかしい。きちんと会って彼に直接僕の気持ちを伝えたい。 

 だけど未成年の魔法使いが単独で国外に出ることは危険だと禁じられている。魔法使いの試験を受けられる年齢に達して合格し国境を超えるときに身分を示す「鍵」を得るのに、最短でもあと半年は会えないのだ。

 ああアズール。会いたくて堪らないよ。あの真っ青な空を切り取ったような澄んだ目で見つめられたい。お休みのキスをした時に見せる、少し照れた笑顔がとても恋しい。

 若い僕らにとって半年は長すぎる。だから僕はご褒美目当てに試験をものすごく頑張った。
 そしてなんとわが校創設以来初、全科目首位を勝ち取ったのだ。これには鬼の学長もご満悦だった。きっと僕ならば、無謀な使い方をしないだろうと、未成年の魔法使いが非常に優秀な成績を修めた時にのみ発行される「青の鍵」を授与してくれた。ちなみに二十年ぶりの快挙だって。えっへん。

 いくら僕が未熟な魔法使いだとしても、国境をちょっぴり越えるぐらいはきっと大丈夫だろうと高を括った。だからアズールに手紙を書いて、「君に会いに行くよ。だから国境の街まで僕を迎えに来て」とお願いをしたのだ。

 国境でピカピカの青い鍵を番人に見せつけて意気揚々と越えたまでは良かった。相手は僕の幼さと尊い鍵を見比べて驚いているように見えた。他にも番人が集まってきて、上役と話をして「通ってよろしい」と言われた。
 
 異国情緒漂う街が珍しくて、ついきょろきょろしてしまう。僕は待ち合わせ場所を確認しようと地図を広げて立ち止まった。すると国境を超える時に居合わせた強面のおじさんたちが声をかけてきたんだ。

 ああ、僕は世間知らずな自分が恨めしい。青の鍵が一部のコレクターの間で高値で取引をされているなんて知らなかったんだ。「鍵をよこせば命だけは助けてやる!」なんて寄ってたかって脅されるなんて、夢にも思わなかった。

 僕は目くらましの魔法をかけて一瞬彼らの視界を奪う。魔法は得意だ。身を護るすべぐらいは分かっている。それから確実に逃げ切るため、猫の姿に変身し鍵だけ首からぶら下げ走り出した。

 男たちの怒号に身がすくむ。見知らぬ街を必死に駆ける。仕方がなかったとはいえ路銀や地図、彼へのお土産はおろか、あの大切なブローチの付いた服すら、泣く泣く置き去りにするしかなかった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

虐げられた氷の聖子は隣国の野獣皇帝に執着(愛)されすぎて溶かされる

たら昆布
BL
暴君皇帝×薄幸の聖子

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中
BL
30歳の警察官、オメガの貴弘(たかひろ )は、猫獣人の不実な恋人・アルファの猫井司(ねこいつかさ)に裏切られたショックで家出をした矢先、埼玉山中の交通事故で事故死してしまう。 ところが、気付けば猫井と出会う前に時間が戻っていた。 今度の人生では猫井に振り回されるのをやめようと決心するが……。 本編「理想の結婚 俺、犬とお見合いします」のスピンオフです。 全く話が繋がっていないので、単体で問題なく読めます。 (本編のコミカライズにつきましては、日頃より有難うございます)

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです

まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。 そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。 だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。 二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。 ─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。 受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。 拗らせ両片想いの大人の恋(?) オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。 Rシーンは※つけます。 1話1,000~2,000字程度です。

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

処理中です...