皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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思い出した私


本邸の片付けや執務を、義母に押し付けられた帰りだった。

書類を抱え、指先にまだ紙のざらつきを残したまま、私は本邸の階段を降りていた。

高い天井。磨き上げられた大理石の床。
靴音が、やけに大きく響く踊り場。

――そのとき。

背後に、ぬるりとした気配を感じた。
振り返るより先に、視界の端に映る影。
義妹だった。淡い色のドレス。聖女を名乗るようになってから、好んで身にまとう清楚な装い。

けれど、口元だけが違う。

薄く歪んだ笑み。人の不幸を確信したときだけ浮かべる、あの笑い方。

「……」

彼女は、何も言わない。
ただ、私の背中を見つめて――
次の瞬間。背中に、強い衝撃。

「……っ」

身体が前に投げ出される。足が空を切り、
重力に引きずられる感覚。

視界がぐるりと回り、天井と階段と壁が、
ぐちゃりと混ざり合った。

額が風を切り、肩が段にぶつかり、背中に鈍い痛みが走る。

ごつん。
ごつん。

骨に響く音。最後に、床へと叩きつけられた。息が、できない。肺が潰れたみたいに、空気が入らない。

痛み。視界が滲む。そのとき。

――違う。

この感覚は、知っている。頭の奥で、
何かがひび割れる音がした。ぱきり、と。
長い間張りついていた薄い膜が、一気に砕け落ちるみたいに。



白い天井。規則的に並ぶ蛍光灯。耳元で、
パソコンの起動音が鳴る。

「それ、私の案件なんで」

はっきりとした声。
迷いのない声。

「売上の数字、全部まとめておきました。
こちらが私の分です」

書類を机に置く音。
キーボードを叩く指。

自分の声だ。

田中裕子。
三十歳。
独身。

日本という国で、会社員をしていた。黙って損をする性格じゃない。正面から噛みつくこともあったし、裏から回って相手を動かすこともできた。

腹黒?

上等。

ルールの中で勝つなら、手段なんて選ばない。多少強引でも、数字と理屈と空気で相手を納得させる。

泣かない。
耐えない。

我慢は、使うときだけ使う“戦略”だ。

「使えるものは、全部使うでしょ」

笑いながら、そう言っていた。

女の武器?使えるなら使う。陰口?
それ情報でしょ。友達は、女友達より男友達の方が多かった。

――だからこそ。

信じていた彼氏を、親友に奪われた。

あの夜、私は決めた。

二度と、男なんて信じない。

それが、私だった。


――ガン。

背中に、現実の痛みが戻ってくる。階段の冷たさ。床の硬さ。息が、少し戻る。

異世界。
公爵家。
聖女。
義妹。

……ああ。

理解した。異世界転生じゃん。

しかも、よくある“お花畑系ヒロイン”の器に、私が入ってる。そりゃ、好き放題やられるわけだ。思い返せば、全部そう。

奪われても、黙って。
殴られても、祈って治して。

私だったら?ありえない。

(はぁ……)

口の端が、ひくりと上がる。

魔法?

嫌いじゃない。むしろ、昔から憧れてた。楽しそうじゃない。

イメージが大事?王道でいいでしょ。

公爵家?最高じゃない。贅沢三昧じゃなくていい。稼いで、貯めて、ぐーたら生きるのも悪くない。前に出るのも好き。目立つのも嫌いじゃない。

なのに今までは――耐えて、譲って、黙ってた。

理由は一つ。性格が、違っただけ。今までの記憶は消えない。虐げられてきた日々も、奪われた立場も、全部、ちゃんと覚えてるでも、そこに。

田中裕子の思考が、重なった。

(……なるほどね)

義妹が少しずつ奪っていった理由。
周囲がそれを止めなかった構造。
神殿が、祈る“役”しか見ていないこと。

全部、整理できる。理解できる。

――勝てる。

階段の下で、私はゆっくりと目を開けた。
涙は、出ない。代わりに、頭が異様に冴えている。

(さて)

ここから、どう動く?答えは、もう決まってる。

私は、小さく笑った。

(やられっぱなしは、性に合わないのよ)

この世界でも。奪われたなら、取り返す。

倍?

……いえ。一万倍返し、かしら。

楽しくなってきた。


まずは――
   奪い返すところから、ね。




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